国際的な非営利組織「人間を中心とした医療国際組織」
(ICPCM;The International College of Person-centered Medicine)は
11月2日、日本医師会との共催で都内で開催した
「第7回人間を中心とした医療国際会議」で、
「ワーク・ライフ・バランスに関する東京宣言2019」(案)を公表。
「序文」と計12項目の「勧告」から成り、
良好なワーク・ライフ・バランス(WLB)の重要性について、
個人だけではなく社会全体のさまざまな利害関係者の責任として認識し、
達成すべきだとしている。
ICPCM理事のワーディ・ファン・スターデン氏
(南アフリカのプレトリア大学健康科学倫理・哲学センター長、精神学・哲学教授)は、
「東京宣言2019」(案)に対する意見を募集し、成案とする方針を説明。
ICPCMは、人間中心の医療に関する出版、研究活動を続けるほか、
2020年4月にはスイス・ジュネーブで、self-careとwell-beingをテーマに
会議を開催する予定。
第7回会議のテーマは、「ワーク・ライフ・バランス:その課題と解決手段」。
世界医師会(WMA)会長のミゲル・ジョルジュ氏(ブラジル医師会理事)は、
2019年7月のランセット誌の論説で、
「医師のバーンアウト(燃え尽き症候群)は世界的流行レベルに達している」、
「バーンアウトが米国の医師の半数以上に影響している」、
「2019年の英国医師会の調査によると、医師の80%でバーンアウト・リスクが
高いか非常に高く、若手医師が最もリスクが高かった」
2015年の「医師のwell-beingに関するWMA声明」では、
研修医を含む医師のWLBを改善するための取り組みを各国医師会に求めた。
ドイツで主に入院医療に従事する医師への調査では、
2017年の週平均労働時間は「49~59時間」が最多で40%、
「60~79時間」が20%、「80時間以上」も2%と長時間労働医師が少なくなく、
「煩雑な事務処理を減らす」ことを求める声が多いなど、
医師の働き方改革を行い、WLBの改善を進めることが各国共通の課題である。
日医会長の横倉義武氏は、
「医師の勤務環境改善、ワーク・ライフ・バランスの改善は、
各国共通の喫緊に取り組むべき課題」
「医師の働き方改革は、医師が自身の健康を守りながら誇りを持って働き、
国民・患者がどこに住んでも最善の医療を受けることができる社会の不可欠な要素」、
働き方改革は燃え尽き症候群を防ぐことにもつながると期待。
ICPCM会長で、世界医師会元会長のジョン・スネーデル氏は、
「現在の医療システムにおける市場主導型の解決手段、
現代医学の断片化された技術開発により、
医師と患者の関係は危険に。
医師の中心的な役割に戻るためにも、
燃え尽き症候群の問題を解決することが重要」
◆ドイツ医師、週60時間以上勤務も2割強
「科学は医療に必要な技術の一つだが、ヒューマニズムこそ医療の本体」、
人間中心の医療の基本的な考え方。
患者の視点だけでなく、医療提供者側のWLBなども踏まえて
医療の在り方を考えていく発想だ。
問題は、医師の健康を損なう長時間労働、それに伴う燃え尽き症候群であり、
会議では世界的な問題になっていることが提起。
各国ともその有効な解決策は見いだしておらず、
個人だけでなく、行政も含め、さまざまなレベルで取り組んでいく。
ドイツの例を紹介したのは、
ラミン・パルサ・パルシ氏(世界医師会理事、ドイツ医師会国際担当役員)。
2017年、ドイツで主に入院医療に従事する医師に実施した調査では、
週平均労働時間は「49~59時間」が最多で40%、
「60~79時間」が20%、「80時間以上」も2%と長時間労働医師は少なくない。
労働時間削減に、計82%が「重要」と回答。
医療により多くの時間を使えるようにするために必要なこととして、
最多は「事務処理の煩雑さの軽減」(74%)、
「他の医療職との負担の共有」(70%)、
「医師の数を増やす」(70%)(複数回答)。
優先したい事項として、
「プライベート/家族との時間を増やす」(最重要を100、平均74)、
「看護師を増やす」(同74)、
「煩雑な事務処理を減らす」(同73)、
「医師の数を増やす」(同72)などが上位。
ラミン・パルサ・パルシ氏自身、今でも週に100時間以上勤務、
「EU労働時間指令で、医療に限らず、あらゆるセクターに労働時間規制がある。
病院、政府は圧力にさらされ、長時間労働の状況は改善してきてはいるが、
完全に良い状況とは言えない。
オプトアウトすることができるからだ」
オプトアウトとは、雇用者と個人が契約を結べば、
労働時間規制を超える労働が可能になる仕組み。
ドイツでは、オプトアウトを利用する医師が多い。
ラミン・パルサ・パルシ氏が、「自身の健康に責任を持つ」必要性を述べたのに対し、
フロアから、「WLBを考えると、手術数を制限するしかない。
有効な手立てがあるのか」との質問。
「ドイツでは、医師の数は過去数年で増えているが、
医師の労働時間が減ってきている。
理由の一つは、女性医師が増えているため。
もう一つは、医師自らの健康に留意するようになってきたこと。
医学部定員を増やしてほしいと言っているが、政府は受け入れてくれない。
これから多くの医師が引退していく時期にあり、
その後、どうするのか、解決策はない」と答えた。
ドイツの主に外来診療に従事する医師の労働時間は、別の演者が説明。
入院医療従事医師よりは労働時間は短いものの、
事務負担の軽減などの業務改善を求める声が上がっている。
◆イギリスでも燃え尽き症候群を懸念
イギリスの例を紹介したのは、
ヘレン・ミラー氏(ICPCM理事、世界精神衛生連盟財元財務担当役員、
ダンディー大学精神科コンサルタント)。
「イギリスでも、燃え尽き症候群は約30年前から懸念されてきた」、
原因を下記のように整理。
政府レベルの対策とともに、医療者自身が自分自身のwell-beingを
心がける大切さを指摘。
◆スタッフの士気の低下・人員不足と危険な労働環境
・人間中心の姿勢がない
・評価されない、足を引っ張られる、自律性がない
・いじめ文化
・臨床上の問題を提起しても、ろくに支持を得られない
・過剰規制、不平不満・非難文化の影響
◆医師への要求増大
・人口増、人口動態の変化
・政府が掲げる非現実的な約束や目標が国民の期待を押し上げる。「医療の政治化」
◆契約条件の悪化
・劣悪なワーク・ライフ・バランス
・経済的ディスインセンティブ:減給、年金減額、所得増税
◆日本からも4人の演者が登壇
日本からは、北里大学医学部公衆衛生学教授の堤明純氏、
三井記念病院精神科部長の中嶋義文氏、
国際医療福祉大学医学部公衆衛生学教授の和田耕治氏のほか、
日本赤十字社医療センター第一産婦人科の卒後3年目産婦人科医、中安杏奈氏が登壇。
堤氏と中嶋氏は、日本の医師の勤務環境の現状や
医師の働き方改革の概況などを紹介。
和田氏は、医学生や若手医師のバーンアウト予防の重要性を強調、
医療従事者の健康を守るために、
▽自助(自らが健康を守れるように良好な生活習慣を維持するなど)、
▽共助(医療機関における産業保健体制など)、
▽公助(公的機関の活用など)――という3つの柱で
具体的行動を起こす必要性を指摘。
中安氏は、自らが全国の日赤病院に勤務する卒後1~5年目の医師226人を
対象に実施した調査を基に、
「地方で勤務する医師の不満」のトップはWLBであり、
診療科の選択・変更の重要な要因、
WLB改善には、「シフト勤務制の実施と夜勤後の休息」、
「当直明けの勤務は禁止」、
「十分な休日数」、
「主治医制より当直医制」などを若手医師が望んでいる。
★「ワーク・ライフ・バランスに関する東京宣言2019」(案)(訳は日本医師会)
【序文】個人と社会は、良好なワーク・ライフ・バランス(WLB)に向けて努力し、
達成することに強い関心を持っている。
臨床実践、教育、研究、機関管理などのさまざまな医療分野ならびに
政策立案・遂行において、この目的を達成するための活動は、
人間を中心とした倫理的価値観によって導かれるべきである。
WLBの利益は、集団的にも個人のwell-beingと繁栄においても十分に立証されている。
WLBの利益は、職業生活あるいは私生活の目標達成において
個人の価値観に照らして測った、個々の医師、保健専門職または患者の利益であるだろう。
これらの利益は、模範となる生産性と最適で質の高い医療サービスおよび
健康アウトカムを探求する雇用者や機関、医療サービスの共通の
価値観により評価されることによっても得られる。
良好なWLBを提唱するものの、人間を中心とした医療
(person-centered medicine;PCM)は、職務よりも人間の方が重要であることを主張する。
WLBが考慮されている人は、
例えば患者、医師、または他の保健専門職、家族の一員、被雇用者、
雇用者、親、学生、市民、同業者の代表、機関の代理人、研究者、
臨床教育者など、さまざまな役割を持つかもしれない。
一人の人間は同時にいくつかの役割を持つが、
それは良好なWLBが、例えば患者あるいは専門職という単に一つの役割ではなく、
これらの役割全てに当てはまることを意味する。
それにもかかわらず、人はその役割よりも重要であると認識されている。
対人関係は、良好なWLBのために極めて重要である。
PCMは、人をその役割や環境、特に、他の人々との関係の中に居続ける。
良好なWLBの一部として、これらの関係を助長すべきである。
対人関係は、良好なWLBに向けた努力と達成における人間を中心とした
プロセスの構成要素である。
ある人にとって良好なWLBとされるものは、必ずしも誰にとっても同じ
というわけではないが、それは哲学者オルテガが
「私は、私と私の環境である」と言明したように、
各人はある程度それぞれの環境によって構成されている。
人々の経験は、良好なWLBとされるものにおいて、
そしてそれに向けた努力において、極めて重要である。
これは満足感以上の問題であり、「私にとって」良好なWLBとは何か(どんなものか)、
「私の」固有の状況において「私にとって」何が重要か、を含む。
ある人の一人称の経験を、良好なWLBに向けての努力と
その達成において非常に重要であると考えることは、
その人の価値観、興味、好みが、単なる付け足しではなく、
医療と協同的意思決定となることを意味する。
PCMに導かれる良好なWLBの追求においては、
人のWLBの肯定面と否定面の両方を斟酌すべきである。
肯定面は、人間のwell-being、強さ、回復力、ならびに助けとなる環境と関係する。
否定面は、良好なWLBに対する欠乏と障害に関係し、
その人あるいはその人の環境の特質であるかもしれない。
個々の人間に帰するものの、良好なWLBはそれぞれの医療現場の
社会環境と文化によって影響される。
【勧告】
1) 良好なWLBの重要性は、特定の設定の集団的実践において、
個人だけではなく地域社会、施設、医療制度、および社会全体の
well-beingと繁栄を確保するためのさまざまな利害関係者の責任として
認識されるべきである。
2) 良好なWLBは、個人のwell-beingの一部であり、燃え尽き症候群と
人的資本の衰退に対抗する働きをするということを認識すべきである。
3) PCMにおける良好なWLBは、さまざまな利害関係者が、
個々の医師、他の保健専門職、患者、被雇用者、および他のさまざまな
立場の個人のWLBに継続的に関与することを必要とする。
4) 人間を中心とするならば、さまざまな利害関係者のWLBに関する
重大な関心および利害を認識すべきである。
5) 人間を中心としたアプローチに従って、共通基準が全てに適合すると
仮定せずに、良好なWLBとされるものを考慮する際に個人の好みと
価値観を受け入れるべきである。
6) 人間を中心としたアプローチに従って、良好なWLBの利益と
それを達成する方向に関して、医療系学生および専門職を教育・訓練すべきである。
7) 人間を中心としたアプローチによって患者に良好なWLBがどのように
助成される可能性があるかに関して、医療系学生および専門職を
教育・訓練すべきである。
8) 雇用者と機関は、人間を中心とした人的繁栄の開発を目指して、
被雇用者とその関係者の良好なWLBに関与すべきである。
9) 管理機関および組織は、医師とその他保健専門職と同様に、
医療現場における患者の良好なWLBを助成するために、
人間を中心とした政策およびプログラムを採用すべきである。
10) 良好なWLBを達成するために正規のプログラムと取り組みは、
この目標に対人関係が極めて重要であることを認識し、
その助成と開発を組み入れたものとすべきである。
11) 良好なWLBは、個人や他の利害関係者を搾取しない
構成な方法で追求すべきである。
12) 人間を中心としたアプローチにより良好なWLBを達成する方法は
継続的研究の課題とされるべきである。
https://www.m3.com/news/iryoishin/708900