Dr.Carrasco2
2025年12月18日木曜日
ビタミンDはなぜ重要? 骨だけでない、免疫・心臓への影響も
2025年12月14日
日照時間が減る冬は、「サンシャインビタミン」とも呼ばれるビタミンDが不足しがちだ。
骨の健康だけでなく、免疫システムや心臓の健康にも影響することが最近の研究で明らかになりつつある。
●3つのポイント
1)ビタミンDの血中レベルが精神的健康、妊娠転帰、がん患者の生存期間と関連することが判明
2)100年前にくる病治療法として発見されたが、骨以外への多面的効果が近年明らかになりつつある
3)サプリメント効果の証拠は混在しており、理想的な血中濃度についても専門家間で合意できていない
ここロンドンでは、この数日間で本当に冬らしくなってきた。
朝は霜が降り、風は身を切るように冷たく、子どもたちを学校に迎えに行く頃にはもう暗くなっている。
特にこの暗さが、「サンシャインビタミン」とも呼ばれるビタミンDについて考えさせる。
数年前の健康診断で、私は医師からビタミンDが不足していると言われた。
しかし医師は、サプリメントの処方箋を書いてくれなかった。
というのも、英国では誰もがビタミンD不足だからだ。
国民全体にサプリメントを処方するのは、国民保健サービス(NHS)にとってコストがかかりすぎると医師は説明。
しかし、医療保険で補償されるかどうかに関係なく、サプリメントの摂取は重要である。
北半球に暮らす私たちが日光を浴びる時間が少なくなる今、ビタミンDの重要性について考えてみたい。
ビタミンDは、骨の健康にとって重要な存在だ。
最近の研究では、このビタミンが免疫系や心臓の健康など、体の他の部分に及ぼす影響について、
驚くべき新たな知見が明らかになりつつある。
ビタミンDが発見されたのは100年以上前のことで、当時「英国病」と呼ばれていた病気の治療法を医師たちが探していた時期。
現在では、子どもの骨が弱くなるくる病はビタミンD不足によって引き起こされることが知られ、
ビタミンDは骨の健康において最もよく知られる栄養素となっている。
それは、ビタミンDが体内でのカルシウム吸収を助けるためである。
骨は常に分解と再構築を繰り返しており、この再構築にはカルシウムが必要となる。
カルシウムが不足すれば、骨は弱く、もろくなり得る。
(くる病は依然として世界的な健康問題であり、乳児は少なくとも1歳になるまで
ビタミンDのサプリメントを摂取すべきだという国際的な合意がある。)
その後の数十年で、科学者たちはビタミンDが骨以外にも影響を及ぼすことを明らかにしてきた。
ビタミンDが不足している人は、高血圧のリスクが高まるという証拠がある。
日常的あるいは週ごとのサプリメント摂取が、そうした人々の血圧を下げるのに役立つ可能性がある。
ビタミンD不足は、心臓発作などの「心血管イベント」のリスク増加とも関連づけられている。
サプリメント摂取が、そのリスクを下げられるかどうかは明らかではない。
証拠はかなりばらついている。
ビタミンDは、免疫の健康にも影響を及ぼしている。
ビタミンDレベルが低い人は風邪をひきやすいという関連が、いくつかの研究で示されている。
他の研究では、ビタミンDサプリメントが、免疫システムの機能に重要な役割を果たすタンパク質の遺伝子発現に
影響を及ぼすことも示されている。
こうした関係が正確にどう機能するのかはまだ分かっていない。
37件の臨床試験の結果を評価した最近の研究では、
ビタミンDサプリメントが「急性呼吸器感染症」の予防にはおそらく効果がない。
ビタミンDの血中レベルが精神的健康、妊娠の転帰、さらにはがんと診断された人の生存期間と関連している。
安価なサプリメントが、私たちの健康の多くに恩恵をもたらす可能性があるとすると、心惹かれるものがある。
しかし、私たちはまだそこに到達していない。
さまざまな症状に対するビタミンDサプリメントの効果に関する証拠は混在している。
ビタミンDサプリメントのランダム化比較試験を実施するのは難しい。
多くの人が、ビタミンDの大半を日光から得ているからである。
私たちの皮膚は、UVB(紫外線B波)を体内で利用できる形のビタミンに変換する。
食事からもビタミンDは得られるが、量はそれほど多くない。
(主な供給源は脂肪の多い魚、卵黄、キノコ、一部の強化シリアルや植物性ミルクなど)。
ビタミンDの状態を評価する標準的な方法は、
肝臓で代謝された際に生成される25-ヒドロキシコレカルシフェロール(25(OH)D)の血中濃度を測定すること。
「理想的」な濃度については、専門家の間でも意見が一致していない。
仮に数値に合意できたとしても、その目標値に達するにはどの程度のビタミンDを摂取すればよいのか、
どの程度の日光曝露が必要なのかは明確ではない。
複雑な要因のひとつは、個人によって紫外線に対する反応が異なり、皮膚のメラニン量に大きく左右される。
脂の多い魚とキノコを食べ、強化ミルクで流し込んでいるとしても、追加でどれだけ必要かを判断するのは難しい。
ビタミンD不足の定義については、より多くの合意がある。
血中濃度が1リットルあたり30ナノモル未満である。
ビタミンDが私たちの体内でどのように働いているのかがより明らかになるまでは、
不足を避けることに重点を置くべきである。
それは、サプリメントで補うことを意味する。
英国政府は、国内すべての人に対し、秋から冬の間は10mgのビタミンDサプリメントを摂取するよう推奨。
年齢、血中濃度、皮膚のメラニン量といった要素を考慮していない。
しかし現時点では、私にできることはそれだけである。
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2025年11月19日水曜日
時計の針は巻き戻せるか? 老化時計から紐解く、 「老い」のメカニズム
生物学的年齢を測る「老化時計」は、老化研究に革命をもたらした。
怪しげなクリニックやサプリメントで利用されるケースもあるが、
老化時計は、科学者たちが生物学における最も深遠な謎を解き明かす手がかりとなっている。
最終的には、「老化というプロセスそのものを逆転できるかどうか」を私たちに教えてくれるかもしれない。
●記事の3つのポイント
・科学者らがDNAメチル化を基にした老化時計を開発し、生物学的年齢の測定が可能になった
・老化研究分野では基本的定義に合意がなく、現在の時計は個人の正確な予測には限界がある
・若返り実験や細胞リプログラミング研究により、老化プロセスの逆転可能性が示されている
子どもの頃からの知り合いを、どんなふうに老けたのかを見るためだけに、
ソーシャルメディアで検索したことはないだろうか?
名指しは避けるが、私のある同僚は確実にそれをやっていた。
彼は最近、昔の同級生の写真を共有し、「俺たちが同い年だなんて信じられる?」と、どこか得意げに言った。
親戚にもこの手の楽しみを好む人がいる。
子どもの頃から知っている女性の写真を見て、「うわー、この人、おばあちゃんみたいだね」と言うのだ。
確かに、時の流れがもたらす影響は人それぞれである。
しかし、人の体が実際にどの程度うまく、あるいは悪く老化しているかを見極めるのは難しい。
若い頃に加齢関連疾患を発症したり、コレステロールの上昇や炎症マーカーの増加といった
老化に伴う生物学的変化が見られたりする人は、同じ年代でもそうした兆候のない人よりも
「生物学的に高齢」と見なされることがある。
同じ80歳でも、弱々しく衰えている人もいれば、壮健で活動的な人もいるのだ。
メイヨー・クリニックで老化を研究するタミール・チャンドラ博士によれば、
医師たちは以前から、患者の筋力や歩行距離を測定する機能検査を用いたり、あるいは単に見た目から
「この患者は治療に耐えられるかどうか」を推測したりしてきた。
この10年の間に、科学者たちは私たちの体内で進行する老化の隠れた兆候を探る新たな手法を明らかにしてきた。
これらの発見は、老化そのものに対する理解を変えつつある。
「老化時計(エイジング・クロック)」とは、臓器の消耗度を測定し、
私たちの健康状態や寿命についての手がかりを与えてくれる、新しい科学的ツールである。
それが示すのは、生物学的年齢だ。
実年齢が単にこれまでに迎えた誕生日の回数を意味するのに対し、
生物学的年齢はそれよりも深い何か、すなわち体が時間の経過にどう対処しているかを表す指標。
それは、私たちに「残された時間」がどれほどあるかも教えてくれる。
実年齢は変えられないが、生物学的年齢には、介入によって影響を与えられる可能性がある。
老化時計を使っているのは、科学者だけではない。
ブライアン・ジョンソンのような長寿インフルエンサーは、自らが「若返っている」ことを示すために、
老化時計の数値を積極的に利用している。
ジョンソンは4月、X(旧Twitter)に「私のテロメア年齢は10歳」と投稿した。
米国の有名なセレブ一家であるカーダシアン一家もこれを試しており、
クロエ・カーダシアンはテレビ番組で「あなたの生物学的年齢は、実年齢より12歳若い」と告げられた。
私の地元の健康食品店でさえ、生物学的年齢の検査を提供している。
この老化時計を使って、効果が科学的に確認されていない「アンチエイジング(抗老化)」サプリメントの販売を促進している店舗も。
この科学分野はまだ黎明期にある。
老化時計が、個人の生物学的年齢を明確に示せると自信を持って断言する専門家はほとんどいない。
専門家の中には、老化時計の研究分野を、親しみを込めて「時計の世界(clock world)」と呼ぶ者もいる。
彼らの研究成果は、老化時計がインスタ映えのための数字や、いかがわしい宣伝文句、
単なる見た目のインパクト以上の可能性を秘めていることを明らかにしつつある。
老化時計は、科学者たちが生物学における最も深遠な謎を解き明かす手助けをしているのだ。
人はなぜ老いるのか?
どうやって老いるのか?
老化はいつ始まるのか?
そもそも老いるとはどういうことなのか?
何より重要なことは、老化時計がやがて「老化というプロセスそのものを逆転できるかどうか」を
私たちに教えてくれるかもしれないということだ。
●時計は動き出す
遺伝子の働き方は、変化することがある。
メチル基と呼ばれる分子がDNAに結合すると、遺伝子によるタンパク質の合成の仕組みが制御される。
このプロセスは「メチル化」と呼ばれ、ゲノム上の数百万カ所で起こりうる。
エピジェネティック(後成的)マーカーは、遺伝子のオン・オフを切り替えたり、産生されるタンパク質の量を増減させたりする。
DNAそのものの一部ではないが、その機能に直接影響を与える。
2011年、当時カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の生物統計学者だったスティーブ・ホーヴァス教授は、
エピジェネティック・マーカーと性的指向の関連性を調べる研究に参加した。
ホーヴァス教授自身は異性愛者で、双子の兄弟であるマーカス(研究にもボランティアとして参加)はゲイであると申告。
この研究では、DNAメチル化と性的指向との関連性は見つからなかった。
データを見直していたホーヴァス教授は、年齢とメチル化の間に非常に強い相関があることに気づいた。
ゲノム上のおよそ88カ所で、それが確認されたのだ。
その瞬間、彼は「椅子から転げ落ちた」と以前の私の取材に語っている。
影響を受けていた遺伝子の多くは、すでに加齢に関連する脳疾患や心血管疾患と関係づけられていたが、
メチル化がそれらにどう関与しているかは不明だった。
2013年、ホーヴァス教授は8000個の組織および細胞サンプルからメチル化データを収集し、
「ホーヴァス・クロック(Horvath Clock)」と呼ばれるモデルを作り上げた。
これは、ゲノム上の353カ所のDNAメチル化情報をもとに年齢を推定する数理モデルで、
組織サンプルからおおむね誤差2.9年以内の精度で年齢を測定できた。
ホーヴァス・クロックは、すべてを変えた。
2013年の発表は、老化時計の研究という新分野の到来を告げた。
ある人々にとって、それは無限の可能性の扉だった。
平均的な老化の進行を把握できるモデルがあれば、個人が平均より速く、あるいは遅く老いているかを推定できるかもしれない。
それは医療を変革し、アンチエイジング薬の研究を加速させるだろう。
老化の本質やその発生理由に迫る手がかりにもなるかもしれない。
「率直にいえば成功例の少ない分野」において、エピジェネティック時計は稀有な成功例だったと、
英国バーミンガム大学で老化を研究するジョアン・ペドロ・デ・マガリャエス教授は言う。
数年をかけて時計の存在が広く知られるようになると、より多くの老化研究者たちがこの手法を自らの研究に取り入れ、
さらには独自の時計を開発し始めた。
ホーヴァス教授はちょっとした有名人になり、学会では科学者たちから自撮りを求められるようになった。
2013年の論文の表紙をプリントしたTシャツを作った研究者までいた。
以降に開発された数多くの老化時計の中には、
「フェノエイジ(PhenoAge)」や「ダニーデン・ペース・オブ・エイジング(Dunedin Pace of Aging)」のように、
独自の注目を浴びたものもある。
前者は血球数や炎症マーカーといった健康データをメチル化情報と組み合わせたモデルであり、
後者は特定の年齢ではなく、老化の速度を示す時計である。
多くの老化時計はメチル化を基にしているが、血中タンパク質や、それに結合する特定の炭水化物分子など、
他のバイオマーカーに基づくものもある。
キングス・カレッジ・ロンドンで老化を研究し、「老化バイオマーカー・コンソーシアム(Biomarkers of Aging Consortium)」の
一員でもあるキアラ・ヘルツォーク特別研究員によれば、
現在では数百どころか数千もの時計が存在する。
研究者それぞれに「お気に入りの時計」がある。
ホーヴァス教授本人のお気に入りは、自身が開発した「グリムエイジ(GrimAge)」である。
この時計は死神(グリム・リーパー)にちなんで名づけられており、死亡までの時間の予測を目的としている。
グリムエイジは、被験者を数十年にわたって追跡調査し、得られたデータを基に訓練されたモデルである。
多くの被験者は、追跡期間中に亡くなっている。
ホーヴァス教授は、この時計を使って誰かの「死の時期」を直接予測することには否定的で、
それは倫理的に問題があると主張。
グリムエイジはその人の生物学的年齢を提示することで、残りの寿命の目安を与えてくれる。
実年齢が50歳でグリムエイジが60歳なら、平均的な50歳よりも、人生の終わりがわずかに近いのかもしれないと推測できる。
グリムエイジは万能ではない。
個人の過去の健康状態から、死亡までの時間を高精度で予測できるが、
たとえば将来タバコを吸い始めるのか、離婚するのか(一般的にはいずれも老化を加速させる)、
あるいは急にランニングを始めるのか(一般的には老化を遅らせる)といった将来の変化を予測することはできない。
「人間は複雑です」とホーヴァス教授。
「予測には巨大な誤差範囲があるのです」。
老化時計は健康や寿命の予測において、かなりの精度を持っている。
105歳を超える高齢者は、生物学的年齢が低い傾向があることも示されており、
これはその年齢まで生きることがいかに稀であるかを考えれば、納得のいく結果である。
高いエピジェネティック年齢は、認知機能の低下やアルツハイマー病の兆候と関連付けられており、
逆に身体的・認知的に健康な状態は、低いエピジェネティック年齢と関連している。
●ブラックボックス時計
すべての老化時計に共通する課題は、やはり精度だ。
問題の一端は、時計の設計方法にある。
ほとんどの老化時計は、メチル化パターンと年齢を結びつけるように訓練されている。
最も優れた時計であっても、出力される推定値は、あくまでその人物の生物学的状態が平均から
どの程度ずれているかを示すものだ。
老化時計はいまも、実年齢をどれほど正確に予測できるかで評価される傾向にあるが、
実年齢と近すぎるのはむしろ問題だと、シフト・バイオサイエンス(Shift Bioscience)で
機械学習部門の責任者を務めるルーカス・パウロ・デ・リマ・カミロは指摘する。
彼は、2.55年以内の誤差で年齢を推定できる時計を開発し、
「バイオマーカーズ・オブ・エイジング・コンソーシアム(Biomarkers of Aging Consortium)」から1万ドルの賞金を授与された。
1人の人間の生物学的年齢を予測できるほど、正確な老化時計は存在しない。
同一の生体サンプルを異なる5つの時計に通すと、まったく異なる5つの結果を得ることになる。
「一種のパラドックスがあります」とカミロは言う。
時計が実年齢の予測に優れていればいるほど、それ以外の情報、とりわけ生物学的年齢を得ることは難しくなる。
何歳かを知るだけなら、わざわざ老化時計を使う必要はないのだ。
カミロは、「完璧」に近い年齢予測をする時計ほど、死亡率の予測が不正確になる傾向があることに気づいた。
老化時計の開発・応用に携わる科学者たちが直面している、もうひとつの根本的な問題がある。
それは、彼らが測定している「それ」が、実際には何なのかという問いだ。
この分野では、老化の定義そのものから、その発生メカニズム・原因に至るまで、
基本的な点でさえ専門家間で合意が取れていないため、これは非常に難しい問題である。
唯一の合意点は、老化は極めて複雑だということである。
メチル化ベースの老化時計は、化学マーカーの集まりを個人間で比較した結果を示すにすぎない。
せいぜい「エピジェネティック年齢」の推定値を与えているだけだと、タミール・チャンドラ博士は語る。
老化の他の側面を示しうる生物学的マーカーは、おそらく多数存在するだろう。
「すべての老化マーカーを測定できる時計など存在しません」。
なぜ一部のメチル基が年齢とともに現れたり、消えたりするのかも分かっていない。
これらの変化は老化の原因なのか?
それとも単なる副産物なのか?
90歳の個体に見られるエピジェネティックなパターンは、衰えの兆候なのか?
それとも長寿をもたらした要因なのか?
いずれも未解明だ。
問題をさらに複雑にしているのは、異なる2つの時計が、ゲノム上のまったく別の領域のメチル化を測定していながら、
似たような結果を出すことがある点だ。
その理由も、どの領域に注目すべきかも、現時点では誰にも分かっていない。
「バイオマーカーには、ブラックボックス的な性質があります」。
ハーバード大学医学部ブリガム・アンド・ウィメンズ病院のジェス・ポガニック博士。
「因果関係があるものもあれば、適応的なもの、中立的なものもあるでしょう。
ただランダムに起きているだけかもしれません」。
「発生しない理由は何もない」か、「偶然のチャンスによって発生するだけ」かもしれない。
現時点では、いかなる老化時計も、個人の生物学的年齢を正確に予測するレベルには達していない、ということだ。
同一の生体サンプルを5つの異なる時計にかければ、まったく異なる5つの結果が出てくる。
同じ時計でさえ、サンプルを複数回通すと異なる結果を出すことがある。
「個人単位での予測は、まだ不可能です」とヘルツォーク特別研究員。
「この時計の結果が、その人にとって何を意味するのか、あるいはその人が病気になる可能性が高いのか低いのか、
私たちには分かっていません」。
こうした理由から、多くの老化研究者たちは、自分のエピジェネティック年齢を測ろうとすらしない。
「仮に測ってみて、生物学的年齢が実年齢より5歳上だったとしましょう。
だから何なんです?」マガリャエス教授はこう言って肩をすくめる。
「大して意味のある数字だとは思いません」。
このように解釈が難しい現状では、老化時計は臨床現場では役に立たないと思うかもしれない。
それでも、多くのクリニックが老化時計を提供している。
一部の長寿クリニックでは慎重に、複数の時計を定期的に使用し、経時的に測定結果を追跡している。
単に「長寿治療パッケージ」の一部として、生物学的年齢の推定値を提供しているクリニックもある。
老化時計をサプリメント販売に利用する者もいる。
寿命を延ばす効果が、科学的に証明された薬やサプリメントは存在しない。
規制の緩いウェルネス業界では、ローションからハーブ錠剤、さらには幹細胞注射に至るまで、
さまざまな「治療法」が次々と登場している。
こうした業者の中には、老化研究の学会にまで姿を見せる者もいる。
あるイベントでは、1人のCEOが登壇し、「自社のサプリメントの効果で自分の生物学的年齢が18歳若返った」と主張。
ポンセ・デ・レオン・ヘルス(Ponce de Leon Health)のトム・ウェルドンCEOは、白髪が茶色に戻ってきたとも語った。
彼は、「長寿脱出速度(longevity escape velocity)」に到達するほど、急速に若返ったというのである。
彼のサプリメントを購入した人が「ベンジャミン・バトン効果」のようなものを期待していたとしたら、がっかりするかもしれない。
ポンセ・デ・レオン・ヘルスは、「Rejuvant(リジュバント)」と呼ばれるこのサプリメントについて、
アンチエイジング効果を実証するランダム化比較試験をまだ実施していないのだ。
ウェルドンCEOは、こうした試験には数年と数百万ドルの費用がかかるため、
実施するには「製品価格を4倍以上に引き上げなければならない」
(同社はこれまでに、有効成分のマウス試験と、ヒトを対象とした暫定的な試験は実施ている)。
老化時計が「手っ取り早く稼ぐ」手段として利用されている場面を見ると不快に感じると、ホーヴァス教授は言う。
同時に、こうした販売業者の多くは、時計にも製品にも本当に信頼を置いているのだろうとも語る。
「人は、自分のナンセンスを本気で信じてしまうものです。
自分が発見したことに熱中するあまり、その思い込みに囚われてしまうのです」。
老化時計の精度は、研究には有用なレベルに達しているが、個人単位での予測に使えるほどではない。
たとえある時計が「あなたの生物学的年齢は実年齢より5歳若い」と示したとしても、
それが「5年長く生きられる」ことを意味するわけではないと、マガリャエス教授。
「老化研究の分野は、昔から『いかがわしい商売』と誇大宣伝の温床でした。
この分野に関わる限り、それは避けられないものです」
(ウェルドンCEOはRejuvantについて「臨床的に意味のある効果が唯一確認されている製品だ」と主張)。
どんな宣伝であれ無いよりはマシだと思う、とマガリャエス教授は付け加えた。
それがこの問題の核心だ。
老化研究の多くの関係者は、老化時計がもたらした注目や利用のされ方に対して、複雑な思いを抱いている。
彼らは、老化時計が一般消費者向けに使われるにはまだ早すぎることでは一致しているが、注目自体は歓迎している。
長寿研究には莫大な費用がかかる。
資金提供の増加と、それに伴う長寿関連のバイオテクノロジー企業の急増により、老化研究に関わる科学者たちは、
これから本格的なイノベーションと進歩が始まることに期待している。
科学者たちは老化時計の評判が、インフルエンサーやサプリ販売業者の行為によって台無しになることを恐れている。
こうした人々が「生物学的年齢」を使って注目を集める一方、
科学者たちはいま、老化時計を用いていくつかの驚くべき発見をしている。
その発見は、私たちの老化に対する考え方そのものを変えようとしているのだ。
●若返りの方法
ジム・ホワイト助教授がメスを準備する傍らで、麻酔によって意識を失った2匹の小さなマウスが並んで横たわっている。
どちらも同じ品種だが、外見はまるで違う。
1匹は生後3か月の若いマウスで、毛は黒々として厚く、光沢もある。
もう1匹は生後20か月で、明らかに老いている。
毛並みはまばらで白髪交じり、ヒゲは短く、全体的に弱々しく見える。
これから2匹はある意味で「同じ体」を共有することになる。
ホワイト助教授は研究仲間の助けを借りて、2匹の体の側面に切開を入れ、同じ側の前肢と後肢の上部にも切り込みを加える。
その後、皮膜や筋膜、皮膚を丁寧に縫い合わせ、2匹の体を結合する。
処置には約1時間を要し、その後、2匹のマウスは麻酔から覚醒する。
最初はふらつきながらお互いから離れようとするが、
数日もすると、体がつながった状態を受け入れ始める。
まもなく2匹の循環器系が融合し、血流も共有されるようになる。
「人間は複雑です。予測には巨大な誤差範囲があるのです」
(カリフォルニア大学ロサンゼルス校 スティーブ・ホーヴァス教授)
デューク大学で老化を研究するホワイト助教授は、マウスを縫い合わせて結合する実験を何年も続けてきた。
「異時性パラバイオーシス(並体結合)」と呼ばれる奇妙な処置を100回以上実施しており、
その過程でホワイト助教授は興味深い現象を目にしている。
年老いたマウスが、若返ったように見えるのだ。
異時性パラバイオーシスによる実験は何十年も前からされているが、一般的にマウス同士の結合は数週間にとどまる。
ホワイト助教授と共同研究者たちは、マウスを3カ月間(人間でいえば約10年に相当)結合させ続け、
その後慎重に分離し、個体の状態を評価した。
「すぐに離れたがると思うでしょう?でも実際は、切り離したあと、2匹はお互いについて回るんです」。
この実験で最も注目されたのは、若いマウスと結合していた老マウスが、同年齢のマウスよりも長生きしたことだ。
「寿命が約10%延びただけでなく、機能も多く維持していました」とホワイト助教授。
彼らはより活発で、より長く体力を保っていたという。
その老マウスに対して老化時計を使ってみると、予想よりも若いエピジェネティック年齢が示されたと、
ポガニック博士らホワイト助教授の共同研究者は報告。
「若い血液循環が、老マウスの老化を遅らせたのです」とホワイト助教授。
その効果は、少なくとも一定期間は持続していた。
「我々の予想よりも、若々しさが長く保たれていました」。
一方で、若いマウスのほうは逆の影響を受けた。
結合されている間と、切り離された直後には、生物学的に老けて見えたのだ。
ただし、こちらの効果は長続きせず、「若いマウスは再び若さを取り戻しました」とホワイト助教授。
この結果からホワイト助教授が得た洞察は、「若々しい状態」が何らかの方法でプログラムされている可能性がある。
それは、私たちのDNAに書き込まれているのかもしれない。
つまり、老化は避けられない運命ではないかもしれない。
老化研究における核心に関わる問いである。
老化とは何か?
なぜそれは起こるのか?
老化とは単なる損傷の蓄積だとする考えもあれば、成長や発達と同じく、あらかじめプログラムされた過程だとする立場もある。
手足の成長や脳の発達、思春期、閉経などと同様に、老化も予定されたプロセスだというわけだ。
ある理論では、初期の成長に必要なプログラムが、後年になって害を及ぼすだけだとする考え方もある。
こうした異なる意見すべてに同意する研究者も存在する。
ホワイト助教授の理論は、老いることは「若さの喪失」にすぎない、というものだ。
そうであるならば、希望はある。
若さがどのように失われるのかを理解することができれば、それを取り戻す方法も見えてくるかもしれない。
若さのプログラムを何らかの形で再起動することが、その手がかりになるかもしれない。
●犬とイルカ
ホーヴァス教授の名を冠した老化時計は、体内のさまざまな組織から採取されたDNAサンプルのメチル化状態を測定することで開発された。
それらすべての組織に共通する老化指標を示すように見えたため、彼はこの時計を「汎組織時計(pan-tissue clock)」と呼んでいる。
私たちの臓器が、それぞれ異なるペースで老化すると考えられている中で、
1つの時計が複数の臓器の老化を推定できることは驚くべきことだ。
ホーヴァス教授は、さらに野心的な計画があった。
あらゆる哺乳類に対応する汎種モデルの構築である。
彼は2017年、世界中の研究者たちにメールで連絡を取り、それぞれが扱ってきた動物の組織サンプルの提供を依頼した。
動物園にも協力を呼びかけた。
「ある研究者が、キャリアをかけて組織サンプルを集めていることを知りました。
「冷凍庫いっぱいに保存していたんです」。
協力的な研究者たちは、その凍結組織やDNAをカリフォルニアのホーヴァス教授の研究室に送った。
それらは新しいモデルの訓練に使われた。
ホーヴァス教授は当初、約30種の動物を対象にするつもりだったが、最終的には、200人の科学者から、
犬からイルカまでを含む348種の生物にわたる約1万5000のサンプルを受け取ることになった。
果たして、1つの時計でそれらすべての年齢を推定できるのだろうか?
「失敗すると思っていました」とホーヴァス教授は振り返る。
「でも私は完全に間違っていました」。
彼らのチームが開発したのは、ゲノム上の3万6000カ所のメチル化を評価する時計だった。
2023年に発表されたこの汎哺乳類時計は、あらゆる哺乳類の年齢を推定できるだけでなく、その種の最大寿命の予測も可能だった。
このデータセットは誰でもダウンロード可能で、「誰かがこのデータを使って、健康寿命を延ばす鍵を見つけてくれることを願っています」。
汎哺乳類時計は、老化に共通する何かが存在することを示している。
すべての哺乳類が似たような形で老いるだけでなく、似たような遺伝的あるいはエピジェネティックな要因が、
その背景にある可能性を示している。
英国エジンバラ大学で老化を研究するエピジェネティクス研究者ネリー・オロヴァによれば、
哺乳類間の比較からも「メチル化の変化が遅いほど寿命が長くなる」という仮説が支持される。
「DNAメチル化は、年齢とともに徐々に崩れていきます。
指令そのものは残っていても、だんだん乱雑になっていくのです」。
さまざまな哺乳類を対象にした研究からは、細胞が機能停止するまでに耐えられる変化の量には限界があることが示されている。
「細胞が耐えられる変化の量には限界があります」とオロヴァ。
「指令が乱れてノイズが多くなりすぎると、細胞は生命維持に必要な機能を果たせなくなります」。
オロヴァは、老化時計の針がいつから動き出すのか、つまり老化が始まる瞬間を調べている。
老化時計は、ボランティアから収集したデータと、それらデータのDNA上のメチル化パターンを実年齢に一致させることで訓練される。
訓練された時計は、通常であれば、成人の生物学的年齢の推定に使われる。
子どもや赤ちゃんから集めたサンプルを入力することもできる。
胚を構成する細胞の生物学的年齢を、時計を使って計算することもできる。
オロヴァのチームの研究では、成人の皮膚細胞が用いられた。
これらの細胞は、2000年代にノーベル賞を受賞した研究によって、胚に似た状態の多能性幹細胞へと「リプログラミング」できる。
オロヴァの研究チームが「部分的リプログラミング」の手法で細胞をその状態に寄せていくと、
完全なリプログラミング状態に近づくほど、細胞が「若返る」ことが判明した。
リプログラムから約20日後、細胞の生物学的年齢がゼロに達したことが老化時計によって分かった。
「少し非現実的でした」とオロヴァは語る。
「多能性細胞の測定値はマイナス0.5で、ゼロをわずかに下回っていたのです」。
これに関連して、ハーバード大学の著名な老化研究者ヴァディム・グラディシェフは、
胚にも同様の「マイナスレベルの老化状態」が当てはまる可能性を提唱。
結局のところ、胚形成の初期段階には何らかの若返りが起こっている。
老化した卵細胞と老化した精子細胞が、まったく新しい細胞を作り出すのだ。
すべてが白紙に戻るのである。
グラディシェフはこの時点を「グラウンドゼロ」と呼び、「中期胚の状態」のどこかでそれに到達すると推測する。
老化の開始と「生物としての命」の始まりは同時に訪れるというのが彼の主張だ。
「これは『生命はいつ始まるのか』という哲学的な問いとも重なっていて、非常に興味深いです」とオロヴァは言う。
生命は、受精の瞬間に始まるとする説もあれば、胚が統一的な構造を持ち始める段階が重要だとする考え方もある。
オロヴァによれば、「グラウンドゼロ」は、身体の設計図が定まり、それに沿って細胞が組織化を始める瞬間だという。
「それ以前は、単なる細胞の集まりにすぎません」。
これは、「生命の始まりが胚の段階である」と断言するものではない。
老化が始まる時点を示している可能性はある。
それは、「世代をまたいで損傷が除去される過程」の結果かもしれないと、ポガニック博士は補足する。
この研究はまだ初期段階であり、科学的結論を出すには時期尚早だ。
だが、老化が始まるタイミングを知ることができれば、
その時計を巻き戻す方法を見つけるための重要な手がかりになるかもしれない。
もし科学者たちが細胞にとって理想的な生物学的年齢を特定できれば、
古い細胞をその若い状態へと戻す方法が見つかるかもしれない。
また、ある特定の年齢に達したときに老化を遅らせる方法も見つかる可能性がある。
「おそらく、白髪が生えそろう前に老化を狙い撃ちできるチャンスがあるかもしれません」とポガニック博士。
「現在の高齢者医療よりも、ずっと早い段階での介入が可能になる理想的なタイミングがあるのかもしれません」。
●若年と老年の結合
ホワイト助教授が初めてマウスを縫い合わせる実験をしたとき、彼は何時間もかけてその様子を座って見守った。
「ほら見てくれ! くっついてるのに、全然気にしてないじゃないか! って思ったんですよ」。
その後、彼はいくつかのコツを覚えた。
実験には、主にメスのマウスを使うようになった。
オスはよくいがみ合って噛みついたりするが、メスは互いにうまくやっているように見えるという。
マウスのこうしたつながりが生物学的年齢に及ぼす(たとえ一時的でも)影響は、
老化時計が「生物学的年齢の可塑性」を理解するうえで役立つことを示す一例である。
ホワイト助教授と共同研究者は、たとえばストレスが生物学的年齢を押し上げるように見えても、
そのストレスが解消されれば影響は元に戻ることも発見している。
妊娠と新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染も、両方に同様の可逆的な影響を及ぼす可能性がある。
ポガニック博士は、こうした発見が臓器移植への応用につながる可能性を考えている。
移植前に臓器の生物学的年齢を測定し、何らかの方法で若返らせることができるかもしれないのだ。
老化時計によって得られた新たなデータは、この話が想像以上に複雑である可能性を示している。
ポガニック博士の研究チームは、生きた患者から移植直後に採取した心臓組織の生物学的年齢を、
メチル化時計を用いて測定している。
若い心臓は高齢者の体内でもうまく機能するが、その生物学的年齢は時間の経過とともに、受容者の年齢に近づいていく。
この調査結果はまだ公表されていないが、ポガニック博士によれば、若年者に移植された高齢の心臓でも、
同様のことが起きる可能性があるという。
「数カ月もすれば、その臓器の組織は宿主の生物学的年齢に同化するかもしれません」と彼は語る。
それが事実なら、若い臓器の恩恵は一時的なものにすぎないことになる。
個別の臓器を若返らせることに取り組んでいる科学者たちは、
たとえば造血幹細胞のような、全身に効果をもたらす再生細胞に注目する必要があるかもしれない。
そうした細胞を、「グラウンドゼロ」に近い若々しい状態へリプログラムすることが、進むべき道なのかもしれない。
全身の若返りにはまだ時間がかかるだろう。
それでも科学者たちは、老化時計が人間の老化を逆転させる手がかりをもたらすかもしれないと期待。
「エピジェネティック時計をより若々しい状態にリセットできる装置があります」とホワイト助教授。
「つまり、私たちには時計を巻き戻す力があるのです」。
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https://medicalai.m3.com/news/251109-news-mittr
「AI時代、ひとりスタートアップが可能に」救急医が医療現場の課題解決に挑む
札幌徳洲会病院副院長・救急部長として22年間現場に立ち続けながら、
2024年6月にWonder Drill株式会社を設立した平山傑氏。
「現場のことは現場の人がわかる」という信念のもと、
音声入力で医療記録を効率化するアプリ「コエレク」を開発。
医療DXの最前線で奮闘する医師起業家に話を聞きました。
●医療現場の確実な業務効率化を成し遂げたい
Q まずは簡単に先生の自己紹介をお願いします。
Wonder Drill株式会社代表取締役 平山傑です。
北海道旭川市出身、札幌医科大学2003年卒の救急医22年目。
現在は札幌徳洲会病院 副院長、救急科部長を兼任しながら、
2024年6月Wonder Drill株式会社を設立し、製品開発、実証実験、運営、営業など
会社のことは全てひとりでこなしています。
保有資格は救急専門医・指導医、DMATコーディネーターです。
学生の時は演劇部とアイスホッケー部でしたが、
今はどちらもやる暇がなく病院と会社の毎日を送っています。
3人の子どもがいます。
Q 創業への想いをお聞かせください。
「あなたの病院は働きやすいですか?」
この質問から全てが始まりました。
電子カルテが導入されるようになって20年、日常生活ではスマホが当たり前になり、
情報共有はテキストから動画へ、固定電話は自宅から姿を消し、
連絡も直接電話からかけるより、LINEなどのSNSで済ませることが多くなりました。
しかし医療現場は、社会の変化に完全に取り残されているのではないでしょうか。
医療DXは、待っていても何も変わりません。
医療従事者は真面目なので、真面目で真摯にやっていれば、いつかは制度を含め自分たちを救ってくれると思いがち。
しかし現実は厳しく、物価は上がるが給料はむしろ下がる。
福利厚生費や出張旅費の減額から昇給停止。
もうすでに現実になっていませんか?
病院の財政が潤っているところはほぼないのでは。
そういう厳しい現実の中で、我々はどうするべきか?
それを考えた時に「確実な業務効率化」を成し遂げることこそが大切だと思った。
業務効率化を進めることで、患者との接点が増えます。
つまり、より良い医療を提供しながらも医療従事者の時間の確保につながっていくのです。
「医療DX」と名前をつけた、現場を知らない製品に騙され、高額だけれどもほとんど使われない。
そんな製品に時間とお金を無駄遣いしないように、
現場を理解している人間が、現場で実際に使えるものを作る。
これが最も重要だと考えています。
「現場のことは現場の人が一番わかる」と考え、現場発信の医療DXを行いたいという思いを胸に創業しました。
医療現場の課題は、医療現場で働く人から変えていくべき。
これが創業の原動力です。
Q 創業メンバーとの出会いやどうして一緒に歩んでいこうと考えたのか、メンバーへのお考えをお聞かせください。
創業メンバーは僕とAIです(笑)。
いや、ほぼひとりで実務を行っていますが、一応共同創業者がいます。
それはオンラインネットゲームで出会った友人です。
長年やっていたオンラインゲームの友人がIT系会社をやっており、僕の作ったプロトタイプアプリをアピールして、
一緒に会社をやろうとお願いしました。
現在は製品化、保守運用を彼の会社に業務委託しており、経営に関するアドバイスもいただいています。
ただし、こちらの運営に大きく軸足を置いてもらっているわけではないので、実務は全て僕がこなします。
実質ひとりの会社になりますね。
今はAIが強力な仲間なので、日々ChatGPT、Claude、Notionなどで業務を分担し、作業させています。
僕は代表として決断することと、指示を出すことに集中できます。
これが、僕が医者をしながら会社を運営できている秘訣です。
AIが必要な部分を補うことで、ひとりで法人運営と医者の仕事を並行できるのは、
AI時代ならではなのではないでしょうか?
生きていく上で必要な金銭的な心配を医業で担保しながら将来を見据えた製品を作り、
医者として得た信用と知見から、医療従事者に確実に届く、現場を理解した製品ができると考えています。
将来的にスケールしていけば、新たな人を雇うことも考えていますが、
最初に仲間を集める必要がなくなった。
これが、今のAI時代の起業だと思います。
臆することなく、誰に頼るでもなく、最初の一歩目はひとりで起業できる。
これを後進にも見せていければと考えています。
理想を言うと、開発者の仲間が欲しいです。
よく驚かれるのですが、僕はアプリを作るけれども、一行もコードを書かないですし、ほとんど理解していません。
開発段階でアドバイスしてくれる仲間がいると助かると思っています。
あと、AI開発に詳しい人ですね。
AIに必要な知識はAIに聞くのが一番なのですが、どうしても納得いかない時に専門家に聞けるといいなと思っています。
●AIで音声メモをカルテや紹介状などに変換
Q 展開するサービスの詳細を教えてください。
開発したのは、救急情報一元化アプリ「コエレク」です。
これは、音声で簡単にメモを保存し、その後必要な時に必要な形(例えば救急外来のカルテや紹介状など)にAIが変換します。
後はQRコードを介して、一瞬で電子カルテに貼り付けることができるアプリです。
医療における「覚える」「まとめる」「記録する」を一元管理するアプリです。
現在は、医療用iPhoneアプリとしてリリースしています。
医療現場の課題である記録時間の削減に加え、記録時に必要なメモを代替し、
アプリにメモのように音声で情報を渡しておくと、必要なフォーマットにテキストを構造化してくれる。
現在は、救急医の僕が救急現場で使えるようにとカスタマイズして発売を開始していますが、
在宅診療や通常のクリニックでも「簡単」「スピードが速い」という感想をいただき、
カスタマイズのニーズをいただいています。
今後は、それぞれの診療ですぐに使えるよう変更したバージョンをリリースしていく予定。
【コエレクの革新的機能】
✅ 音声メモ3分 → 構造化カルテが30秒で完成
✅ 記録時間を80%短縮(札幌徳洲会病院にて実証済み)
✅ QRコード1回スキャンで電子カルテに即反映
✅ 救急・外来・在宅診療など、オリジナルのカルテ作成もサポート
「コエレク」シリーズの強みは、一度使えば誰でも簡単に使えることです。
今後救急や医療領域に限らず「観察する」「記録する」の全ての業界に
音声でのサポートが行えることを目指しています。
コエレクでまとめた構造化データは匿名性を保っており、将来的にその蓄積した情報で
「その病院・施設向けのLLM」の開発ができれば、オリジナリティの高い診療のレベルを維持しながら
生成AIの効果を享受することが可能になると考えています。
Q コエレクのエビデンスや学術的視点について教えてください。
AI開発のスピードは目まぐるしく、数日、数時間単位で新しい知見、新しい製品が出てきます。
医療においてエビデンスの重要性は理解しているつもりですが、
それよりも重要なことは早く現場に届き、早く改善することだと考えています。
今回の製品に関するエビデンス自体は、数字ではなくぜひ手に取って実感していただければと思います。
●医師だけでなく、医療現場の他の職種まで展開可能
Q 今後、事業を継続、そして発展していくためにどのような工夫をしていますか?
「コエレク」の1番の強みは、AIを用いた音声入力が簡単に、すぐに届きすぐに使えることです。
今後のマネタイズポイントは、
1)救急以外の医療にもフィットした形で出す
2)介護領域などへの拡大
3)医療で培った安全性をもとに他の業種への展開
4)集積した情報を匿名のままベクトル化することで得られる、ローカルLLM作成と未来予測システムの構築
4)についてはまだ、可能性レベルで個人研究している段階ではありますが、そこまで広がっていけば、
個別最適化されたAIをどこでも作り、運用することが可能になると考えています。
作られたローカルLLMの集積は、大きな知見の鍵になると信じています。
Q 競合やメルクマールとして注目している企業やサービスについて教えてください。
先行している会社はいくつかあります。
Medimo、Kanavo、TXPのSpeech ERなど、大手企業が医療+音声入力に力を入れています。
たくさんの大手競合に単身乗り込んだ気分です(笑)。
Q 他の競合サービスあるいはプロダクトと比較した独自性について教えてください。
他社との決定的な違いとして、大手競合は複雑な設定、高額、現場の実情を理解していないという点がある一方、
コエレクは1回使えばマニュアル不要、現役救急医が現場で開発した実用ツールである点です。
僕の「コエレク」がどこよりも「簡単」に「素早く」結果を出せる理由は、コアバリューにあります。
「医師向けのAI音声入力」ではなく、「観察し記録する人」の「業務負担軽減」を目指しているからです。
医師に特化せず看護師、薬剤師、リハビリ、事務員まで展開可能な汎用性を持たせています。
あえて職業特化でガチガチに作らず、いい意味でルーズな使い方を許容するシステムです。
何よりも小さい会社なので、ニーズに対して即座に対応できることも大きな強みです。
Q 現状のプロダクトやサービスにおける課題感と今後の展望について教えてください。
現状のプロダクトは、まだ進化の途中です。
AIを使わない人にも届けるために、より広く認知を取る必要があります。
今「コエレク」に興味を持っていただいているのは、AIなどの情報キャッチが早いアーリーアダプター層です。
さらにAIに全く興味がない層に実際に使ってもらえるプロダクトにするためには、
広いマーケットに便利さを届ける必要があります。
そのために必要な方策はSNS運用や、医療以外のマーケットリサーチだと考えています。
しかし、人的リソースが限られているので、なかなかすぐに動けないのが現状です。
介護や看護、リハビリ分野での現場に詳しい人間からの情報収集や、
実証実験を行ってくれる場所を今探しているところです。
資金面に関しては、まだ始まったばかりなので見えてこない部分もありますが、
雇用を抱えていないこと、ランニングコストが非常にリーズナブルなことから
「数を確実に売っていくことが必要」と考えています。
そのために、営業リソースとそれに割くための資金が今後必要になってくるかもしれません。
たくさんの人に一度手に取っていただき、その感想をいただくことが、何よりも良い結果を生み出します。
「コエレク」のコアバリューは、「医師向けのAI音声入力」ではなく、
「観察し記録する人」の「業務負担軽減」です。
医療という安全を重視した現場からスタートすることで、広い分野での業務負担軽減につながっていければと考えています。
特に医療分野は「観察して記録する」作業が多いので、今の救急分野に限らず、
カテ室や手術室など清潔操作の場所や、看護、リハビリ、臨床工学技士などにおいても活用が広がればと考えています。
●医師も新しいキャリアにチャレンジする必要がある
Q この記事を読む医師にメッセージをいただけると嬉しいです。
医療現場はすでに逼迫している状況で、今までのままではまずいと考えている医師も多いのではないでしょうか?
「変わらなければ、このままの状態は維持できない」と感じているけれども、最初の一歩が踏み出せない。
まずは、自分から変わってみることが大事だと思います。
今はAIを使えば、他分野も含めて平均的なことを理解して新しいことを始められます。
医療×○○、医師×○○などが非常に流行っていますが、一発正解なんてものはありません。
まずはチャレンジしてみて何度も失敗しながら、当たりを見つけていくことが重要だと思います。
AI活用には「音声入力」が非常に有用です。
ぜひこの機会に「コエレク」も試していただければ幸いです。
まずはお問い合わせください!
その日からお試しが可能なアカウントを発行できます。
一度使うと二度と手放せない体験があります。
昨今、医師のキャリアが多様化してきています。
キャリアに悩む医師も増えてきている印象です。
そんなキャリアの視点でもコメントをいただけると嬉しいです。
医者だけで、今までと同じように食べて生きる時代は終わりました。
医師はその能力の高さから、医療以外でも生き残っていく力があるはずです。
「仲間がいない」「知識がない」は言い訳でしかありません。
まずは一歩、自分が興味のあるところから深掘りして新しいキャリアにチャレンジしてみてはいかがでしょうか。
今までちゃんと培ってきた医者のキャリアは強力です。
少なくとも10年は一般的な医師としてキャリアをきちんと積みながら、
もしくは積んだ上で新しいキャリアを築いていくことをお勧めします。
医師の仕事を自分の生活が潰れないようにきちんとこなしながら、新しいチャレンジをすることで、
より少ないリスクで起業が可能になります。
さらに、医療で培った人脈と信用は他業種では得られない価値になります。
医師としてのキャリアをきちんと積みながら、並行して起業もやる。
両方きちんとこなすことをお勧めします。
Q 事業以外に取り組まれていることがあればご紹介ください。
情報の一元管理で、可処分時間を確保する。
これが僕の個人活動のテーマです。
タスクマネジメントで、個人の可処分時間の増加を作り出す方法を発信しています。
医療におけるAIの活用方法やNotionという情報整理ツールの使用を推し進めています。
タスクマネジメントを行うことで、今まで通りの働き方をより簡単に、より効率よく行えます。
生き方のベースを変えてたくさんの時間を生み出せば、その時間でより深い医療へのアプローチができたり、
新しい知識を得たり、人と会って刺激を受けたりすることができます。
時間は、最も重要な変えがたい資産です。
タスクマネジメントで可処分時間を確保することが、今後の人生をより濃密なものにできると考え、
興味のある方はご連絡ください。
今回は、Wonder Drill株式会社をご紹介しました。
あえて医師向けに特化せず、「観察し記録する人」の「業務負担軽減」を目指すというところは、
働き方改革の中で、医師だけでなく医療現場全体の業務効率化を考える上で、非常に重要な考え方だと感じました。
今後の広がりと開発に期待しています。
参考文献
[1] Wonder Drill
https://wonder-drill.com/
https://medicalai.m3.com/news/251117-interview-koereq
2025年4月1日火曜日
微生物から医薬品へ
(Nature ダイジェスト 2025年4月)
健康と病気における微生物叢の可能性を最大限に活用するためには、
微生物叢研究に、ファージや真菌、ヒトの腸内生態学の全体像に関する研究をもっと取り入れる必要がある。
私たちの体の表面や体内には非常に多くの微生物が存在しており、
その数は私たち自身の細胞の数と同程度かそれ以上だと考えられている。
小さくも強力な共生生物に関する研究は、その存在をマッピングする段階から、
微生物の組成がヒトの健康と病気をどのように形作っているかを理解する段階へと移行しつつある。
現在、微生物叢に基づく治療法は、100 以上が臨床試験段階にあり、
2022年には米国食品医薬品局(FDA)が微生物叢療法を初めて承認したことで、医療の新時代が到来した。
こうした進展や、微生物叢療法の将来の課題について議論するため、
2024年11月19日、 英国ロンドンのKings Place に専門家たちが集い、
Nature Café: Modulating the Microbiome to Treat Disease(微生物叢を調節して病気を治療する)が 開催。
このイベントは、Nature Conferencesが主催し、株式会社ヤクルト本社が共催。
ヤクルトは、腸内細菌を基盤とした食品、化粧品、医薬品を開発するグローバル企業。
●重要なものを測定する
「科学者は多くの場合、自分たちは重要なものを測定していると思いがちですが、
実際には、測定方法を知っているものしか測定していないことが多いのです」と、
スタンフォード大学(米国カリフォルニア州)の医学・遺伝学教授であるAmi Bhatt (アミ・バット)。
まだ想像も測定もできないものがあるため、微生物叢に関する現在の私たちの理解は限られたものである。
バットの研究は、細菌に感染するウイルスであるファージに重点を置いている。
ファージは細菌と同様、腸内に大量に存在するにもかかわらず、
ファージの核酸は、微生物叢の遺伝子プロファイルを解析するための方法である
従来の16Sリボソーム RNA塩基配列決定法では検出できないため、これまであまり注目されてこなかった。
「ヒトの糞便試料中のファージを分析するためには、全く別のリソースを大量に要する作業が必要であり、
ファージに関する報告はほとんどなく、微生物群集の全体像が見えないままになっている」。
「私たちは、腸内細菌と共に腸内ファージを測定して、
その両方の知識をヒトの健康に関する研究に組み込めるような環境を整えたいと考えています」。
バットらのチームは、ヒトの糞便試料中のファージと細菌を同時にプロファイリングできる
メタゲノム解析ソフトウエアを開発し1、一般公開している。
彼女の研究室では、このソフトウエアをさらに拡張して、
ユーザーがファージの動態を経時的に追跡できる縦断的メタゲノムデータセットを作成している。
ファージと同様に、研究が進んでいない微生物叢の構成要素として、「マイコバイオーム」が挙げられる。
マイコバイオームは、真菌の集まりのことであり、その存在量は少ないものの生理学的な影響という点では非常に大きい。
カルガリー大学(カナダ)の微生物学者で、幼児期の微生物叢の発達を研究しているMarie-Claire Arrieta(マリー= クレール・アリエタ)は、
微生物叢の分析には生態学的な視点を取り入れる必要があると主張。
「幼児期の真菌と細菌の相互作用を調べると、ヒトの初期の発達段階では逆方向に進化していることが分かります」。
「細菌集団はどんどん数が増えて多様になっていく一方、真菌集団はそうではなくなる」。
アリエタの研究室の2人の鋭い学生、Mackenzie Gutierrez(マッケンジー・グティエレス)と
Emily Mercer(エミリー・マーサー)によって、この傾向から外れる例外があることが見つかった。
CHILDコホート研究に参加した100人の乳児の個々の微生物叢の発達の軌跡を精査したところ、
データのうち約20%は、年齢とともに多様性が増加するパターンに反していた。
こうした違いの一部は、個体の真菌の多様性と関連し、この真菌の多様性は、幼児期の生活や、
母親と父親のBMI値の影響を受けていることが分かった2。
「この結果は、微生物が時間の経過とともにどのように相互作用するかを理解する上で、
生態学的な枠組みを取り入れることが重要であることを浮き彫りにしています」。
「さまざまな年齢の段階で、どのような真菌が存在しているかという生態学的な観点が重要。
これらが食事や肥満などの他の要因と相まって、その後の人生の代謝に大きな影響を与える可能性があります」。
●病気との関連を特定する
微生物叢と代謝性疾患が関連していることは知られているものの、
ほとんどの研究は、投薬などの交絡因子が存在している可能性のあるヒトにおいて相関解析を行ったもの、
あるいは無菌マウスと常在菌が存在するマウスを比較したものである。
イエーテボリ大学(スウェーデン)で分子医学の教授を務めるFredrik Bäckhed (フレドリック・バークヘッド)は、
「微生物叢の研究は、休暇シーズンの家族団欒の食卓のようなものです」。
「微生物の中には、相互作用して良い影響を与えるものもあれば、そうでないものもあります。
与える食事によって、微生物間の相互作用の仕方が変わる可能性がある」。
バークヘッドは、こうした状況をより明確にするために、
2型糖尿病の発症リスクが高いが、糖尿病治療薬未投薬の人々のコホートを対象に、
微生物叢の変化が病気に先行して起こり、病的な併存疾患の発症が促されるかどうかを調べた。
その結果、「酪酸産生菌の減少と糖尿病の進行に一貫した関連性が認められました。
糖尿病が進行するにつれて増加する細菌は、個体によって異なることが分かりました」。
「この結果は、糖尿病を発症するリスクが最も高い人々に対し、 微生物叢に基づいた個別化予防療法を実施できる可能性を示唆。
そのためにはまず、微生物叢を調節する最適な戦略を見いだす必要があります」。
代謝性疾患以外で、微生物叢と他の疾患との因果関係を特定するのはより困難である。
メイヨー・クリニック医科大学(米国ミネソタ州ロチェスター)の医学・生理学教授である Purna Kashyap(プルナ・カシャップ) は、
「微生物叢とさまざまながんとの関連を調べた臨床研究の多くは、
規模が小さく、単一のがんと健康な対照者を比較する症例対照研究であるため、限界があります」。
複数の疾患を含むコホートから得られるリアル・ワールド・エビデンスの必要性を認識したカシャップは、
2019年、治療を開始しようとしている全てのがん患者を対象とした、Mayo Clinic Cancer Microbiome (MCCM)Oncobiome研究を開始。
「複数の疾患やがん種を含むコホートを対象とすることで、
多様ながんに共通して見られる非特異的な変化を管理できるようになり、
特定のがんに関連する特異的シグナルをより的確に捉えられるのです」。
「全ての微生物が、これらのがん種と因果関係があるという意味ではありません。
確実に関連することが示唆された微生物であっても、傍観者にすぎない場合もあれば、
病態に関与して、診断・治療のバイオマーカーとして役立つ可能性もあります。
病態におけるこれらの役割について結論を急ぐ前に、
これらの微生物が宿主とどのように相互作用するのかを理解する必要がある」。
また、微生物叢を用いたがん治療の有効性を調べた多くの先行研究では、
有害事象が考慮されていないという欠点がある。
「異なるがん種で、同じ治療を受けている患者の微生物叢を調べることで、
特定のメタゲノムあるいはメタボロームの特徴と、治療に関連した有害事象を経験する可能性を
関連付けることができると期待しています」。
「微生物叢を利用して、がん治療の結果を予測できる可能性が高まります」。
●微生物から分子へ
微生物叢に基づく治療法で現在承認されているものは、
ドナーからレシピエントに健康な微生物を移植する「糞便微生物移植(FMT)」という考え方に基づいているが、
この手法には限界がある。
「健康なドナーからの移植であっても、FMTには病原微生物が存在している可能性があります」と、
慶應義塾大学医学部の本田賢也教授。
「移植する内容をコントロールできないため、有効性を予測することが難しい。
私たちはFMTを、合理的に設計された微生物療法で置き換える必要があります」。
微生物叢に基づく治療法を設計するには、大きく2つの方法がある。
1つは、「トップダウン」手法であり、無菌マウスにFMT を介してコロニーを形成させ、
望ましい表現型を一貫して誘導する細菌群を絞り込むというもの。
もう1つは、「ボトムアップ」手法で、微生物が産生する低分子をメタボロミクスによって特定し、
それを医薬品開発の出発点とする。
本田は免疫、病原体感染、代謝などにおいて望ましい表現型を促進できる複数のエフェクター細菌コンソーシアムを特定するため、
トップダウンアプローチを活用している。
白色脂肪組織は代謝性疾患と関連しているが、褐色脂肪組織は抗肥満作用や抗糖尿病作用があり、
寒冷ストレスなどの特定条件下で脂肪組織に発生を誘導することができる。
「我々は、特定の食事と特定の微生物叢の組み合わせによって、
褐色脂肪組織の誘導のような、代謝的に好ましい表現型が促進されるのではないかという仮説を立てました」。
好ましい変化を引き起こす微生物を培養し、その後、ヒトで効果的な微生物をさらに絞り込むことで、
研究を進めるべき候補菌株を特定できる。
「これらの菌株を特定の食事条件と組み合わせることで、
最終的には代謝性疾患の予防や治療のために使われるようになることを願っています」
腸内微生物自体を医薬品として用いるには、さらなる課題がある。
多くの菌株は偏性嫌気性細菌で、培養すること自体が難しいのだ。
バークヘッドは、これに対処するため、一部の細菌が酸素に適応するための「トレーニングプログラム」を考案した。
相対的な還元状態を維持しながら、酸素濃度を徐々に高めるサイクルを繰り返すというもの。
「これらの嫌気性細菌を大気環境中で扱うことが可能に。
この方法こそが、ある程度の保存期間を持って生産する唯一の方法であり、非常に重要となります」とバークヘッド。
別の課題もある。
微生物は、絶えず適応・進化しているのだ。
「現在得られているプロバイオティクスの投与に関するデータからは、
微生物叢が少なくとも分類学的な組成レベルで長期的に変化するのは例外的であり、
一般的ではないことが示唆されています」とバット。
「こうした治療法は、分子を評価するための規制プロセスを経る必要があるため、
微生物が宿主とのやり取りに用いる分子を見つけることが、このような治療法を臨床へと移行させるためのカギとなる」。
バークヘッドは、そのような手法の一例として、微生物叢の代謝物の産生を変化させる方法を紹介。
イミダゾールプロピオン酸は、一部の細菌がヒスチジンから生成する物質だが、
2型糖尿病患者ではこの物質が増加している。
イミダゾールプロピオン酸のレベルを低下させる1つの手法は、
ウロカナート還元酵素3の構造と機能に基づいて、この酵素に対する特異的で選択的な阻害剤を開発することだ。
「この考え方に基づくと、心血管代謝疾患の治療を目的とした、
微生物酵素を標的とする阻害薬を開発できるようになります」とバークヘッド。
「微生物の分類学的な組成は、患者や地域によって大きく異なることが分かっていますが、
代謝物を狙うことで、 機能を標的とできるため、より大きな成功が期待できます」。
●健康を映し出す
講演者たちが取り上げた別の疑問は、健康と病気の非常に多くの側面に影響を及ぼしている微生物叢が、
健康を測定するための代替マーカーとして機能し得るのかということ。
「微生物叢を取り巻く熱気が一般消費者や投資家にまで届いており、
家庭用または臨床用の検査を商品化している企業が多数存在しています」とアリエタ。
「現時点の微生物叢を見ただけで、その人の現在の健康状態、
ましてや将来の健康状態について多くを語ることはできない」。
こうした用途で微生物叢の特徴を利用するには、2つの障壁がある。
1つは、微生物叢と疾患の関連性を特定した既存のコホート研究は、より幅広い集団に一般化できない傾向があるという点。
もう1つは、物質の絶対量を測定する他の臨床検査とは異なり、
微生物叢研究の多くは、絶対量ではなく相対的な存在量を比較している点。
これは、この研究分野に標準化が必要であることを意味しているのだろうか。
「私たちはまだ、技術的にも生物学的にも、探索・発見の段階にあると思います」とアリエタ。
「依然として分からないことが多く、私たちは、微生物ゲノムの大部分を理解していないのです」。
「今日私たちが紹介した研究だけ見ても、その内容は非常に多様です。
私たちが抱えている疑問、コホート、目的はそれぞれ異なっています」と バット。
「この研究領域の素晴らしい点の1つです。
いまだ探求されていない微生物学の領域が開拓されつつあるのです」。
◆参考文献
Pinto, Y. et al., Nat Biotechnol. 42, 651-662 (2024). https://doi.org/10.1038%2Fs41587-023-01799-4
Mercer, E.M. et al., Microbiome. 12, 22 (2024). https://link.springer.com/doi/10.1186/s40168-023-01735-3
Venskutonytė, R. et al., Nat Commun. 12, 1347 (2021). https://doi.org/10.1038%2Fs41467-021-21548-y
原文:From microbes to medicines
2024年2月17日土曜日
脳震盪判定マウスピース「ぜひ導入促進を」
2024年2月17日(土)
脳しんとうから選手や兵士を守れ、衝撃を計測するマウスピース
アスリートや兵士が脳しんとうを起こした場合、最も有益な対応は、
とにかく競技場から退出させるか、その活動から離脱させて回復させることである。
なぜ衝撃によって脳しんとうが起こったり、起こらなかったりするのかなど、
頭部負傷については多くのことが謎のままである。
頭部への衝撃に関して、豊富な情報を提供してくれる可能性のある新しい測定装置が開発されている。
軍事活動や競技から離れる必要があることを速やかに警告することで、
兵士やアスリートを脳損傷から守ることができる。
2023年パリでラグビーワールドカップが開催された。
近年ラグビーではHIA(Head Injury Assessment)と呼ばれる脳震盪のチェックが導入され、
選手の脳へのダメージを厳密に評価する取り組みが進んでいる。
これまで根性論が幅を利かせていたスポーツの世界でも、客観的な評価によって脳への影響やプレー復帰の可否が判断され、
選手の安全が確保されるようになった。
今回紹介されたマウスピース一体型ツールは、コンタクトスポーツ全体に導入される可能性を秘めており、興味を持った。
●私の見解
紹介されているマウスピースは、単に衝撃の有無を測定するだけではない。
直線加速度、角加速度、外傷の位置、方向、衝撃の回数、負荷の強さを測定し、総合的に頭部へのダメージを計算。
リアルタイム評価に基づいてプレーヤーを一時退場させるかどうかの判断を、
主観的な判断から客観的なプロセスに移行させることができ、
コーチや保護者に正しい判断をしているという安心感を与えることができるだろう。
集められたデータはサーバーに送られ、日々のトレーニングに活用されるそうで、
試合中のみならず日々の練習やトレーニングでのダメージ蓄積を評価し、
休養を与えたり病院に行かせたりすることが可能だろう。
出典:https://preventbiometrics.com/
●日常診療への生かし方
本デバイスは、女子ラグビーの国別対抗戦で使用される予定だが、
男性トップ選手ではなくジュニア世代やアマチュアなど未熟な競技者、
大きな大会ではなく小さな大会や練習中など映像記録が難しい場面での活用が期待される。
私自身も競技中に脳震盪を起こした事があるのだが、病院に行くこともなかった。
今、医師になって振り返るとぞっとしてしまう話だ。
ジュニア世代の選手は自分から症状を言い出しづらい、集団でトレーニングを行うため無理をしやすい、
指導者から無理を強いられるといった事が考えられるため、
試合というよりもトレーニングなどの場面で積極的な活用を期待したい。
病院や研究所とあらかじめ連携できるようであれば、
地域でリスクのある頭部外傷が起こった時点でスムーズに精査を行うことができ、
データの集約化も期待できるだろう。
https://medicalai.m3.com/news/240217-snapshot
新型コロナ後遺症の治療に光明、血中バイオマーカーにヒント
2024年2月13日(火)
新たな研究は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)後遺症(ロング・コビッド)の原因が、
免疫系の特定の部分の異常にある可能性を示している。。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は多くの人にとって、感染者数の急増と減少が繰り返される中で、
生活に大混乱を巻き起こしては去っていく病気となっている。
数千万人の感染者にとって、新型コロナウイルス感染症とは、数カ月または数年続くこともある慢性疾患、
場合によっては消耗性疾患の始まりになっている。
新型コロナウイルス感染症の後遺症(ロング・コビッド)を発症する者と、感染して回復する者との違いはどこにあるのか。
新たに発表された論文によると、後遺症の発症者は多くの場合、
見過ごされがちな免疫系のある部分が異常に活性化するという。
スイスの研究者チームは、新型コロナウイルス感染症に感染したことがない人、感染して回復した人、
後遺症を発症した人たちから採取した血液サンプルのタンパク質濃度を比較した。
「私たちは、後遺症の原因は何か、後遺症を活性化させ続けるものは何なのかを解明したいと考えました」と
チューリッヒ大学の免疫学者で、この論文の著者であるオヌール・ボイマン教授。
科学者チームは、後遺症を発症した人の補体系に関わる一連のタンパク質に変化が見られることを発見した。
補体系は、病原菌の破壊や細胞の破片の除去に際して、免疫系を補助する働きを持っている。
研究結果は、少なくとも別の1つのグループによる研究結果と呼応している。
こうした補体系の変化が後遺症が続く原因となっていることを証明した研究は、これまでに存在していない。
医師が特定の治療薬の治験に最適な被験者を選定し、治療法を模索するうえでの新たな道を開く可能性がある。
「明確に効果的な治療法はありません」と呼吸器医療の専門家で、
インペリアル・カレッジ・ロンドンで肺感染症を研究しているアラン・シンガナヤガム博士は話す。
「絶望的で、大きな問題なのです」。
彼らは、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の陽性となった113人と、
一度も感染したことがない39人の血中にある6500以上のタンパク質濃度を調べるところから研究を始めた。
6カ月後、彼らは新たな血液サンプルを採取した。
その時点で73人が感染後に回復し、40人が後遺症を発症していた。
後遺症患者の血中で濃度が上昇したタンパク質の多くは、
重度の新型コロナウイルス感染症から回復した人の血中でも濃度が上昇した。
後遺症患者グループに固有のマーカーは、補体系の異常活性を示した。
補体系とは何か?
良い質問だ。
「免疫学者以外は、耳にすることのない言葉でしょう」とボイマン教授。
補体系は、微生物から体を守るうえで欠かせない役割を担っている。
補体系は、肝臓で生成される30種類以上のタンパク質で構成されており、血中を移動し免疫監視システムとして機能する。
補体系が活性化すると次々に反応が起こり、免疫細胞を感染部位へと集結させ、病原菌を破壊対象に指定し、
病原菌に穴を開けて破壊する。
補体系は名前から連想できるように、抗体の活動を補っている。
補体系が変調をきたすと炎症が広がり、細胞や血管をダメージを与えることになる。
補体系の異常活性が後遺症の際立った特徴の1つだという研究結果が明らかになったとき、
「私たちは突然、『ああ、確かに筋が通っている』と声を上げました」とボイマン教授。
「補体系は非常に重要で、免疫系とのやり取りだけでなく、血液凝固系、
つまり内皮細胞、血小板、赤血球ともやり取りし、あらゆる器官に入り込みます」。
このことは、一部の研究者が、感染者の血管内に小さな血栓を発見した理由の説明になるかもしれない。
新型コロナウイルスに感染した後、補体系が変調をきたす可能性がある理由については明らかになっていない。
「私としては、このような形で補体が活性化した場合、
現在進行形で感染が起きている可能性を示していると考えます」と
カリフォルニア大学サンフランシスコ校の免疫学者、ティモシー・ヘンリッヒ教授。
残存ウイルスが、補体系を活性化させ続けている可能性があるのだ。
なかなか修復されない細胞の損傷が、補体系を活性化し続けている可能性もある。
もしくは、全く別の原因があるのかもしれない。
「現時点での後遺症研究の根本的な問題は、相関関係は数多く明らかになっているものの、
証明されている因果関係があまりないことです」(同教授)。
後遺症の特徴の1つとして、補体の異常調節を指摘している論文は、今回発表されたものだけではない。
2023年10月、英国カーディフ大学医学部の免疫学者ポール・モーガン教授と同僚らが研究を公表した(まだ査読されていない)。
この研究でも、後遺症発症者の補体タンパク質濃度異常が明らかになっている。
この研究グループは、重度の新型コロナウイルス感染症から後遺症の発症まで、
患者の経過を追うことはできなかった。
どちらの研究グループも、マーカー自体は異なるものの、後遺症の前兆と見られる一連のマーカーを特定している。
シンガナヤガム博士は、こうしたマーカーが決定的な診断につながるかという点については懐疑的だ。
補体系が後遺症の一部の症状の原因であるならば、解決策はあるかもしれない。
補体系の活性化を阻害する治療薬はすでに存在する。
一部の希少遺伝性疾患や自己免疫疾患の治療用に認可されている治療薬だ。
一部の治療法は、重度の新型コロナウイルス感染症患者を対象としてすでに試験を実施しているが、結果はまちまちだ。
これは、研究者が補体の異常調節の兆候を示している患者のみを対象とする術を持たないことが
原因になっているかもしれない、とモーガン教授。
製薬会社が後遺症発症者を対象に治験を始める場合、
最も大きな恩恵を受けられそうな者を被験者として選定するという目的で前出のマーカーを利用できるかもしれない。
「抗補体薬による治療が、後遺症に対する初めての効果的な治療法になるかもしれません」と同教授。
すでに同教授のチームは、これらの治療薬を開発した企業と交渉を始めている。
こうした治療薬が仮に効果を発揮したとしても(これ自体も依然として大きな「もしも」だが)、
全員がその恩恵を受けられる可能性は低い。
後遺症は「異なる種類の症状の集合」だとシンガナヤガム博士は言う。
「後遺症の症状はブレイン・フォグ、疲労、胸痛などです。
患者ごとに、それぞれの症状の度合いが異なります」。
モーガン教授の研究によると、後遺症患者で明確な補体の異常調節があったのはわずか3分の1から半数程度。
この論文は、重要な知見を与えてくれるとヘンリッヒ教授は言う。
後遺症の原因に関する謎は、解明にはほど遠い。
「これが1000ピースのパズルだとすれば、今は縁が完成した段階です」と同教授は話す。
「良い出だしではありますが、パズル全体が完成したわけではありません」。
https://medicalai.m3.com/news/240213-news-mittr?dcf_doctor=false&portalId=mailmag&mmp=AI240216&mc.l=1013524282
2024年1月29日月曜日
腸内細菌叢の多様性が「健常児の認知機能」を予測する
2024年1月6日(土)
米ウェルズリー大学などの研究チームは、
「腸内細菌叢の違いが、健常児の認知機能全般や脳構造と関連していること」を明らかにした。
研究は、Science Advancesに発表されたもので、
米国立衛生研究所の資金提供によるECHO(Environmental Influences on Child Health Outcome)プログラムの一環となる。
研究は、ロードアイランド州プロビデンスにある「The RESONANCEコホート」の健康な子ども381人を対象としたもの。
小児の腸内細菌叢と認知機能との関連を調査したところ、
Alistipes obesiやBlautia wexleraeなどの特定の腸内細菌種は、より高い認知機能と関連していた。
逆に、Ruminococcus gnavusのような種では、認知スコアの低い子どもにより多くみられていた。
同時に、機械学習モデルを用い、腸内微生物プロファイルが脳構造と認知能力の変動を予測できることを示しており、
神経発達における早期発見と介入戦略の可能性が強調されている。
本知見は、認知機能と脳発達のバイオマーカー開発に道を開くものとなり得る。
また、小児期における腸内環境の重要性を浮き彫りにし、
保護者や医療提供者が食事・生活習慣について考慮すべきことを示唆している。
チームはさらなる研究の推進を表明しており、異なる環境下における成果の再現性を調査するとしている。
参照論文:
Gut-resident microorganisms and their genes are associated with cognition and neuroanatomy in children
https://medicalai.m3.com/news/240106-news-mat
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