2023年12月18日月曜日
難攻不落のがんに光明、 次世代CAR-T療法が 固形腫瘍の治療で新成果
2023年12月1日(金)
遺伝子改変T細胞を用いたがん治療が、固形腫瘍にも有効であることを示す研究結果が発表された。
研究チームによると、mRNAワクチンを併用することで、より効果を高められる可能性がある。
ここ数年、遺伝子改変T細胞を用いた治療法の登場により、
治療が困難な血液がんに対する治療は劇的な進歩を遂げた。
この治療法では、患者自身の免疫系を利用してがん細胞を攻撃する。
「キメラ抗原受容体発現T細胞(CAR-T)療法」と呼ばれるこのようなT細胞療法でも、
つい最近まで、がん発症例のほとんどを占める固形腫瘍に有効なものはなかなか開発が進まなかった。
あまりの進歩のなさに、この分野の多くの関係者たちは落胆してきた。
マサチューセッツ総合病院がんセンターの細胞免疫療法部門長を務めるマルセラ・マウス医師は、
「少し前までは、固形腫瘍に対してCAR-T療法を実施しても、どの患者にも効果がなく、少々悲観的な声が聞こえてきました」
新たな臨床試験の結果は、次世代のCAR-T療法がようやく前進し始めたことをうかがわせるものであった。
10月下旬、マドリードで開催された欧州臨床腫瘍学会(European Society for Medical Oncology)のカンファレンスで、
バイオンテック(BioNTech)は「BNT211」と呼ばれる治療法に関して、臨床試験の暫定結果を発表した。
同社の研究チームは、主として卵巣がんや胚細胞がんなどの固形腫瘍患者44人を対象に、
さまざまな用量のCAR-T細胞と、場合によっては治療効果を高めるためのワクチンを投与した。
治療効果を評価できるだけの十分なデータが得られた患者38人のうち、
45%が奏効し、腫瘍の縮小あるいは完全な消失が認められた。
発表では、より高用量が投与された27人からなる別の治療群にも焦点が当てられた。
この群では、奏効率はさらに良く、60%近くに上った。
しかし、より深刻な副作用も認められた。
これは、臨床試験が進行中の数百件にものぼるCAR-T療法のうち、ほんの1件の結果に過ぎない。
研究者たちは、CAR-T療法をより有効で、正確で、安全なものにするために試行錯誤を重ねている。
「私たちは日々学び、前進しており、その成果として固形腫瘍にも効果が現れつつあります」とマウス医師は言う。
「格段に有用な治療法になるのではと大いに期待しています」。
●標的システム
T細胞は免疫細胞の一種で、病気の細胞を破壊したり、他の免疫細胞を呼び寄せて攻撃させたりすることで、
身体が感染症に抵抗するのを助けている。
残念ながら、T細胞はがん細胞を認識するのが苦手だ。
CAR-T療法は、その欠点を解消するものだ。
CAR-T療法を実施するには、まず専門技師が患者の血液からT細胞を採取する。
その細胞に遺伝子操作をして、がん細胞表面のタンパク質と結合できるキメラ抗原受容体(CAR)と
呼ばれる受容体を組み込ませる。
次に、この遺伝子操作した細胞を実験室で数百万個になるまで培養し、患者の体内に再注入する。
こうした細胞は、設計上の標的となるタンパク質と出会うと活性化し、そのがん細胞を破壊し始める。
「まさに生きた薬です」と、ヴァンダービルト大学の血液・腫瘍専門医のアンドリュー・ジャルークは説明。
固形腫瘍に対して、この治療法を用いる際の大きな課題のひとつは、
標的として適切なタンパク質を見つけることだ。
「いかにして適切な抗原を見つけ出すのか?
これこそが、この分野の誰もが本当に追い求めていることです」と、
スクリプス研究所(Scripps Research)にある創薬開発が専門の研究機関、
カリバー(Calibr)で生物学的製剤部門の副所長を務めるトラヴィス・ヤング博士。
標的としてふさわしいと思われるタンパク質の中には、重要な組織にも存在しているものがある。
T細胞が腫瘍を標的とする過程で、健康な細胞も攻撃してしまう危険性があるのだ。
15年前、実際にそのような事例が起こった。
乳がんの多くに共通する表面タンパク質である「HER-2」を標的とした、遺伝子改変T細胞を使った臨床試験で、
ある患者が、治療を受けた数分後に呼吸困難に陥り、5日後に死亡した。
T細胞が、彼女の肺細胞にある低レベルのHER-2を認識し、この組織を間違って攻撃したためだ。
バイオンテックは、「クローディン6(Claudin-6)」と呼ばれる特殊なタンパク質を標的とすることで、
この問題を回避した。
このタンパク質は、胎児組織やある種のがん細胞には存在するが、健康な成人組織には存在しない。
もうひとつの解決策は、T細胞をより賢くすることだ。
遺伝子操作により、複数の受容体を発現させたT細胞を作り出せば、
特定の条件が満たされた時だけスイッチが入る、いわば生物学的論理ゲートを持った細胞を作れる。
活性化に2種類の抗原の存在が必須となる細胞(「AND」ゲート)や、
いずれかの受容体が存在すれば活性化できる細胞(「OR」ゲート)を作成できる。
「まるでコンピューターが実行するような、細胞への複数の入力ゲートを人工的に作り出せるのです」とヤング博士。
T細胞はこうしたロジックを使って、腫瘍細胞と正常細胞のどちらと接触したかを判断できる。
それは、T細胞の本来の働きによく似ている。
T細胞には複数の入力経路が存在し、負と正のフィードバックループをなしている。
アーセナル・バイオ(Arsenal Bio)は、
こうした「ロジック・ゲート」的なアプローチを追求する企業のひとつだ。
2023年1月、同社は卵巣がんに対するCAR-T療法の臨床試験を開始した。
時には、治療の標的として利用できるがん細胞特異的なタンパク質、
もしくは複数のタンパク質の組み合わせが存在しないこともある。
そうした場合は、腫瘍特異的な標的が存在しなくても、標的を新たに付け加えることができるかもしれない。
コロンビア大学の研究チームは10月、
腫瘍に標識をつけるよう遺伝子操作したバクテリアを利用したCAR-T療法を開発した、と学術誌「サイエンス」に発表。
同研究チームは、大腸菌(E. coli)の一系統に改変を加えて緑色蛍光タンパク質を発現させ、
その株をマウスに注射した。
この大腸菌は、マウスの腫瘍に蓄積した。
次に、その緑色蛍光タンパク質を標的とするT細胞をマウスに注射した。
「私たちは腫瘍を緑色に塗り上げましたが、T細胞はこの緑色を『見る』ことができたのです」と、
コロンビア大学で合成生物学を研究する博士課程の学生で、論文の筆頭著者であるローザ・ヴィンセント。
なぜ、この大腸菌が腫瘍にのみ蓄積するのかはよくわかっていない。
ヴィンセントは、腫瘍の微小環境と関係があるのではないかと推測。
「免疫が強く抑制されている腫瘍内は、バクテリアが増殖するには絶好の環境です。
たった1個の細胞さえあれば、指数関数的に増殖します。
一方、健康な組織にバクテリアが付着しても、免疫系が即座に排除するでしょう」。
この方法は、今のところ臨床試験には至っていないが、
研究チームはすでにこの研究を発展させる方法について検討している。
ヒトは、マウスよりも大腸菌の表面にある毒素に対して脆弱である。
そのため、「主なリスクとしては、敗血症と毒素性ショックが考えられます」とヴィンセントは指摘。
「しかし、この菌株の毒性を弱めるために使える遺伝子工学的な手法はいくらでもあります」。
●自然の「OFF」スイッチ
がんと闘うために、免疫系を利用することは諸刃の剣でもある。
悪性細胞を破壊するには、強力なT細胞が必要となる。
しかし、T細胞が強力すぎると、大量の炎症分子を分泌して全身に炎症反応を引き起こし、
場合によっては死に至らしめることもあり得る。
こうした「サイトカイン放出症候群」と呼ばれる問題は、認可済のCAR-T療法でも起こり得る。
この症候群は、軽症の場合はインフルエンザのような感覚で、筋肉痛、身体の痛み、発熱を伴う。
重症の場合、激しい炎症により危険な状態に陥る可能性がある。
CAR-T療法において、有効性と毒性のバランスを見極めることは永遠の課題である。
バイオンテックは、まだ最適なバランスを見い出せていない。
発表された臨床試験では、半数以上の被験者にサイトカイン放出症候群が認められた。
ほとんどの症例は軽度であったが、2例でより重度の症状が見られた。
うち1例は急性呼吸不全に陥り、集中治療室での治療を余儀なくされた。
このような問題が高確率で発生したことは、
皮肉にも「ある意味で良い兆候」だとマウス医師は主張する。
この治療法が機能していることを示すものだからだ。
T細胞が、確実にがん細胞のみを標的にできるようになれば、CAR-T療法はより安全なものとなる。
医師たちは、T細胞が患者にダメージを与え始めた場合に備えて、
T細胞の抑制も可能にしておきたいと考えている。
ヤング博士を中心とするカリバーの研究者たちは、
T細胞を活性化させる際に抗体が必要となる、オンオフが可能なCAR-T療法を開発した。
がん細胞に結合する抗体を投与する。
次に、T細胞を注入すると、T細胞は抗体に結合して活性化する。
「抗体が存在しない場合、CAR-T細胞はどの細胞も標的にしません」とヤング博士。
抗体は数日以上はとどまらないため、「CAR-T細胞は、自然に『OFF』状態に戻ります」。
それによって、副作用があった場合は、治療を中断できる。
●時の試練
バイオンテックでは、CAR-T療法に付きまとうもうひとつの課題である、持続性の問題にも取り組もうとしている。
遺伝子改変T細胞は、体内のがんを完全に根絶できるほど長持ちするとは限らないのだ。
同社の研究者たちは、CAR-T細胞をmRNAワクチンと組み合わせることで、
その持続性を向上させたいと考えている。
T細胞が標的とする抗原と同じ、クローディン6を合成するように、mRNAワクチンに指令を出させるのだ。
周りに抗原が多ければ多いほど、T細胞は活性化する。
がん細胞もクローディン6を発現しているが、固形腫瘍の微小環境がT細胞の働きを妨げている可能性がある。
「CAR-T細胞が腫瘍に到達するころには、免疫抑制的な働きによってあまり増殖できなくなっている可能性があります」とジャルーク医師。
「ワクチンによって、T細胞はクローディン6と確実に接触して活性化され、すぐに十分増殖できるようになるはずです」。
バイオンテックの研究チームがマドリードで発表した暫定結果は、
このアプローチが有効である可能性を示唆している。
ワクチンを投与しなかった群では、「50日目には、CAR-T細胞の大部分が見られなくなりました」と、
結果の発表をしたオランダ癌研究所(Netherlands Cancer Institute)の研究者、ジョン・ハーネン教授。
ワクチンを投与された患者たちは、CAR-T細胞の持続性が向上していた。
こうした患者の多くは、90日が経過してもCAR-T細胞が残存していた。
「この結果を受けて、ワクチンを打たない場合と比較して有効性が高いと判断するには、もう少しデータが必要です」とジャルーク医師。
「増殖性や持続性を高めようとする方法としては、理にかなっていると思います」
将来的に同社は、より多くの患者を対象とした第2相臨床試験の実施を計画している。
「この分野には多くの企業が参入しており、さまざまな新技術について臨床試験が実施されています」とジャルーク医師。
「大成功」とは言えない臨床試験でさえ、貴重な教訓をもたらしてくれるという。
「いずれは、固形腫瘍に効果を発揮する製法に辿り着けるはずだ、と大いに希望を持っています」。
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「死」とは何か? 覆る概念、あいまい化する境界線
2023年12月11日(月)
神経科学の研究が進むにつれて、死ぬことはプロセスであり、
生と死の間に明確な境界線はないことがわかってきた。
死のプロセスをより正確に理解できれば、
死を迎えたが、体はまだ比較的無傷である人たちを救えるようになるかもしれない。
出生証明書が人生の始まりのときを意味するように、
死亡証明書はその終わりの瞬間を記すものだ。
この慣行は、生と死を2つの対極的なものとして捉える従来の概念を反映したものだ。
私たちは、突然灯りが消されたように亡くなってしまうまで生き続ける。
死についての考えが広く浸透している一方、
それは時代遅れの社会通念であり、実際には生物学に基づいたものではないという証拠が固まりつつある。
死ぬことは実際にはプロセスであり、人がそれを越えると戻って来れない、
という明確な境界線はそこにはない。
科学者や多くの医師は、死に関するこのより微妙な解釈をすでに受け入れている。
世の中がその考えに追いつくにつれて、生の意味合いは奥深いものになる可能性がある。
「多くの人が再び生き返る可能性があります」と、
ニューヨーク大学ランゴーン医療センター救急救命・蘇生研究部長のサム・パーニア博士。
神経科学者は、脳が驚くべきレベルの酸素欠乏にも耐えることができることを学びつつある。
これは、医師が死のプロセスを覆すまでの猶予時間が、いつかの日か延びる可能性があることを意味する。
他の器官も同様に、現在の医療行為に反映されているよりも、
はるかに長い時間にわたって回復の見込みがあるようで、
臓器提供の可能性が広がることが期待される。
そのためには、私たちが生と死をどのように考え、どのようにアプローチするかを再考する必要がある。
パーニア博士は死について、人がそこから戻ることができない出来事として考えるのではなく、
むしろ酸素欠乏の過渡的なプロセスであり、相当の時間が経過するか、
医療介入が失敗した場合に覆すことができなくなることとして考えるべきだという。
私たちが死についてこのような考え方をするようになれば、
「突然、誰もが『死を治しましょう』と言うようになるでしょう」とパーニア博士は話す。
●死の概念を覆す
死の法的および生物学的定義は、
一般的に心臓、肺、脳によって支えられている生命維持プロセスの「不可逆的な停止」を指す。
心臓は最もよく不具合を起こす部位で、人類の歴史の大部分において、
心臓が停止すると大抵は元に戻らなかった。
1960年頃に心肺蘇生法が発明されて、その状況は変わった。
それまでは、心拍停止の再開は、ほぼ奇跡の産物だと考えられていた。
今では、それは現代医学で達成可能な範囲内にある。
心肺蘇生法により、死という概念を初めて大々的に再考することになった。
「心停止」という言葉が辞書に登録され、
一時的な心機能の喪失と生命の永久停止との間に明確な意味上の分離が生まれた。
心肺蘇生法とほぼ同時期に、肺に空気を送り込むことで機能する機械式陽圧人工呼吸器が出現したことで、
たとえば頭部への銃撃、重度の脳卒中、交通事故などで致命的な脳損傷を負った人でも、
呼吸を続けることが可能となった。
これらの患者が亡くなった後の解剖で、研究者らは一部の患者の脳が深刻な損傷を受けており、
組織が液化し始めていることを発見した。
シアトルにあるアレン脳科学研究所の神経科学者クリストフ・コッホ博士は、
このような場合、人工呼吸器は基本的に「心臓が鼓動する死体」を作り出していたと語る。
これらの所見は、脳死という概念につながり、
心臓の鼓動が停止する前にそのような患者の死亡宣告ができるかどうかについて、
医学的、倫理的、法的な議論をするきっかけとなった。
最終的には多くの国が、この新しい死の定義を何らかの形で採用した。
脳死であれ、生物学的な死であれ、そのプロセスの背後にある科学的な複雑さは、
はっきりとは解明されていない。
ベルギーのリエージュ大学の神経科学者シャーロット・マルシャル博士は、
「死につつある脳の特徴を詳しく調べれば調べるほど、疑問が増えます。それはとても複雑な現象です」。
●瀬戸際の脳
これまで医師たちは、脳は酸素が供給されなくなってから数分後にダメージを受け始めると考えてきた。
ミシガン大学の神経科学者ジモ・ボルジギン准教授は、
「なぜ私たちの脳は、これほど壊れやすい構造になっているのか疑問に思うはずです」
最近の研究では、おそらく実際にはそうではないことが示唆されている。
科学者らは2019年、4時間前に屠殺場で首を切り落とされた32頭のブタの脳の一連の機能を回復させることができたと
『ネイチャー』誌で報告した。
この研究者らは、保護薬剤のカクテルを注入した酸素を豊富に含む人工血液を使って、
脳内の血液循環と細胞活動を再開させた。
ニューロンの発火を止める薬剤も使われ、ブタの脳が意識を取り戻す可能性を阻止した。
彼らはこの実験の終了まで、脳を最長36時間生かし続けた。
「私たちの研究は、おそらくこれまで考えられていたよりも、
はるかに多くの酸素欠乏による脳のダメージが回復可能であることを示しています」と、
論文の共著者でイェール大学の生命倫理学者スティーブン・レーサム博士。
2022年、レイサム博士とその同僚は2本目の論文をネイチャー誌で公開し、
1時間前に殺された全身状態のブタの脳や心臓など、複数の器官の多くの機能を回復させることができたと発表。
レイサム博士らはこの実験を6時間続け、麻酔をかけられ、
死んだとされる動物が血液循環を取り戻し、多くの重要な細胞機能が活性化したことを確認した。
「これらの研究が示しているのは、生と死の境界線が私たちがこれまで考えていたほど明確ではないということです」と、
イェール大学医学部の神経科学者で、ブタに関する両方の研究の上席著者であるネナド・セスタン博士。
死には「私たちが思っているよりも長い時間がかかりますが、
少なくともその一部のプロセスは停止させて元に戻すことができるのです」
数は少ないが、人間を対象とした研究でも、
脳は心臓の鼓動が止まった後の酸素欠乏への対処において、
私たちが考えているよりも優れていることが示唆されている。
「脳が生命を維持するための酸素を奪われると、異常な電気サージが起こることがあるようです」とコッホ博士。
「理由はわかりませんが、少なくとも数分間は過活動状態になります」。
9月にリサシテイション(Resuscitation)誌に発表された研究で、
パーニア博士とその同僚は、入院中に心停止を経験した85人の患者から、
脳内の酸素と電気活動のデータを収集した。
ほとんどの患者の脳活動は最初、脳波モニター上で平坦となっていたが、
そのうちの約40%では、心肺蘇生の開始から最長60分の間に、
それら患者の脳内で正常に近い電気活動が断続的に再出現した。
5月に米国科学アカデミー紀要(PNAS:Proceedings of the National Academy of Sciences)に発表された研究で、
ボルジギン准教授とその同僚は、2人の昏睡患者の脳の活動が、
人工呼吸器を外された後に急増したことを報告した。
同准教授によると、脳波のサインは患者が死亡する直前に発生し、意識がある状態の特徴がすべて示されていた。
不明な点は多く残されているが、このような発見は死のプロセスと意識のメカニズムについて、興味深い疑問を提起する。
●死後に生きる
死のプロセスの背後にあるメカニズムについて、
科学者が学べば学ぶほど、「より体系的な救命活動」が開発される可能性が高まるとボルジギン准教授は言う。
最良のシナリオでは、この一連の研究によって
「医療行為のあり方が塗り替えられ、多くの人々の命が救われる可能性があります」。
人はいつかは死ぬ運命であり、救うことができないときが来るだろう。
死のプロセスをより正確に理解できれば、これまで健康であったものの、予期せぬ形で早期の終わりを迎え、
しかし体はまだ比較的無傷である人たちを医師が救える可能性がある。
心筋梗塞に見舞われた人、致命的な失血で亡くなる人、窒息や溺れた人などである。
このような人たちの多くが死亡し、亡くなったままであるという事実は、
単に「適切なリソースの割り当て、医学的知識、生き返らせるための十分な進歩の欠如」を反映しているとパーニア博士は言う。
ボルジギン准教授の望みは、最終的に死のプロセスを「秒刻みで」理解することだ。
これを解明できれば、医学の進歩に貢献できるだけでなく、
「脳機能に関する理解を修正して、革命的に変える」ことができると言う。
セスタン博士も同様に、ブタの脳や他の器官の代謝機能を回復させるために使った「技術を完成させる」ことを目指して、
同僚とともにフォローアップ研究に取り組んでいる。
この一連の研究は、最終的には、心臓が停止した人の脳や他の器官の酸素欠乏による損傷を
(もちろん、ある程度までではあるが)回復させることができる技術につながる可能性がある。
この方法が成功すれば、医師が実際に亡くなった人から臓器を回収する猶予時間が延長され、
臓器提供が可能な人の数が増える可能性がある。
このようなブレークスルーが実現するとしても、
何年にもおよぶ研究が必要になるだろうとセスタン博士は強調する。
「誇張しすぎたり、過度に約束したりしないことが重要。
だからといって、私たちにビジョンがないという意味ではありません」。
一方で、死のプロセスに関する進行中の研究は、間違いなく私たちの死の概念に挑戦し続け、
神学的なものから法律的なものまで、科学や社会の他の領域に大きな変化をもたらすだろう。
「死は神経科学のものではありません。私たち全員が死と関係しているのです」。
https://medicalai.m3.com/news/231211-news-mittr
2023年9月19日火曜日
「動かしたい意思」を汲み取るAIロボットで上肢運動機能改善、世界初 順天堂大ら
2023年9月5日(火)
脳卒中患者のリハビリテーションにおけるデジタルソリューションについては、
下肢リハビリの分野で日本企業のロボットが世界進出を果たしているが、
課題とされている上肢についても、日本から注目すべき研究成果が発表された。
動かそうとする際の脳の生体信号を読み取りAIで解析、
自分の意図に合わせた動きをさせるようにすることで効果が確認できた。
●週2回、10回のトレーニングで効果確認
研究成果を発表したのは、順天堂大学大学院医学研究科リハビリテーション医学 藤原俊之教授、メルティンMMI(東京都)らの研究グループ。
脳卒中で麻痺などの後遺症が残る患者のうち、
手の麻痺が実用レベルまで回復するのは15~20%にとどまると言われている。
近年、ロボットがリハビリテーション分野でも応用されるようになってきたが、
上肢に関しては多くは患者の意図に関係なく決まった動作を繰り返し練習するものであったり、
患者の動きをアシストするものであったため、重度な手の麻痺は回復が困難とされてきた。
研究グループは、自分では思うように手を動かせない重度の麻痺がある患者においても
「患者の意図を生体電気信号からAIが判別し、麻痺した手を思い通りに動かすAIロボット」を開発し、
脳卒中後の手の麻痺のリハビリテーションに用い、その効果を無作為化比較試験で検証した。
AIロボットは、麻痺した前腕に3対の電極を置き、脳から手に送られる電気信号のパターンをAIが解析することにより、
重度な麻痺で手が動かない患者においても、患者が「指を伸ばそう」としているのか、「曲げよう」としているのか、
それとも力を入れないように「リラックスさせよう」としているのかを読み取り、患者の意図に合わせて麻痺した手を動かす。
本研究には、脳卒中発症後2か月以上経過した後に手の麻痺が残存している患者20名が参加。
参加者は、無作為にAIロボット群と他動ロボット群に割り付けられ、
AIロボット群では1回40分のAIロボットを使用して、自分の意図に合わせて指の曲げ伸ばしを行い、
物を掴んだり、移動させる麻痺手のトレーニングを週2回、計10回行った。
他動ロボット群では、他動的に指の曲げ伸ばしを行う麻痺手のトレーニングを同様の回数を行った。
終了後、AIロボット群ではトレーニング後に上肢運動機能の改善を認め、
その効果はリハビリテーション終了4週後にも維持されていたこと確認された。
日常生活での麻痺手の使用頻度においても、改善を認めた。
研究グループでは、この研究成果は「患者の意図を生体電気信号からAIが判別し、麻痺した手を思い通りに動かすAIロボット」を用いた
脳卒中リハビリテーション治療の効果を示した世界初の研究であり、
これまで回復が困難であるとされていた脳卒中後の麻痺手の回復を可能とする新しいリハビリテーション治療として期待できる」。
論文リンク:New artificial Intelligence-Integrated Electromyography-Driven Robot Hand for Upper Extremity Rehabilitation of Patients With Stroke: A Randomized Controlled Trial(Neurorehabilitation and Neural Repair)
https://medicalai.m3.com/news/230905-news-medittech
脳インプラントで毎分78語を変換、アバターで表情も再現
2023年9月12日(火)
脳活動を発話に変換する新たな研究成果が発表された。
発話に使う唇や舌の筋肉を制御する脳内信号を脳インプラントで捕捉し、その信号をAIで言葉に変換する。
「私の人工音声はどうかしら?」と、
コンピューターの画面に映し出された女性が緑色をした目を少し見開いて尋ねる。
映像は明らかにコンピューター処理されており、音声もたどたどしいが、それでも画期的な瞬間だ。
この映像は、18年前に脳卒中で発話能力を喪失した女性のデジタルアバターだ。
脳インプラントと人工知能(AI)アルゴリズムを取り込んだ実験の一環として、
現在この女性は、本人の声を複製した音声で語り、アバターを通じて限られた範囲の表情を伝えることもできる。
8月23日にネイチャー(Nature)誌に掲載された、2つの別々の研究チームによる2本の論文は、
この分野がいかに急速に進歩しているかを示している。
いずれもまだ概念実証に過ぎず、このテクノロジーが広く一般に提供されるようになるまでに、
非常に長い道のりがまだ待ち構えている。
どちらの研究も、明瞭に発話する能力を喪失した女性を対象にしており、
一人は脳幹卒中、もう一人は進行性の神経変性疾患であるALSが原因で話せなくなった。
参加者は、それぞれ別のタイプの記録装置を脳に埋め込んでおり、
2人とも1分間に60語から70語ほどのスピードでなんとか話す。
通常の発話スピードのほぼ半分だが、以前の報告時に比べて4倍以上速い。
カリフォルニア大学サンフランシスコ校の脳外科医エドワード・チャンが率いるチームは、
表情を作り出す微小な動きを制御する脳信号を捉えることで、
被験者の発話行為をほぼリアルタイムで表現するアバターの作成にも成功した。
2本の論文は「非常にエレガントで厳密な脳の科学と工学を象徴するもの」。
カナダ・バンクーバーにあるブリティッシュコロンビア大学の脳神経倫理学者であるジュディ・イレス教授
(同教授はどちらの研究にも関与していない)。
表情を表すことができるアバターが追加された点を、イレス教授は特に評価した。
「コミュニケーションは、人と人の間の単なる言葉のやりとりではありません。
声の調子、表情、強勢、文脈を通じて伝えられる言葉やメッセージ。
こうした人間性の要素を実際に基礎科学、工学、ニューロテクノロジーに持ち込もうとしたのは、
創造的でとても思慮深いことだと思います」。
チャン医師率いる研究チームは、この問題に10年以上取り組んできた。
2021年、同チームは脳幹卒中を患った人の脳活動を捉え、その信号を書き言葉での単語や文に変換できることを示した。
変換スピードはゆっくりしたものだった。
最新の論文で、研究チームはインプラントをクレジットカードほどに大きくして、
電極数を2倍にし、当時とは別の患者であるアンの脳の信号を捉えた。
アンは、20年近く前に脳卒中を発症して発話能力を喪失した。
インプラントは思考を捉えるのではない。
代わりに、発話を可能にするすべての筋肉の動きに当たる、唇、舌、顎、喉頭の筋肉の動きを制御する電気信号を捉える。
「『P』や『B』の音を出すには、上下の唇を寄せ集める必要があります。
その結果、唇の制御に関係する特定の一部の電極が活性化されます」と、
チャン医師の研究室の大学院生で論文の著者に名を連ねるアレクサンダー・シルバ。
頭皮に装着したポートを通じて、これらの信号はコンピューターに伝送され、
AIアルゴリズムが信号を復号し、言語モデルが提供する自動修正機能が正確度を向上させる。
このテクノロジーにより、チームはアンの脳活動を毎分78語のペースで書き言葉に変換した。
語彙は1024語、エラー率は23%だった。
チャン医師の研究チームは、他のどのチームよりも早く、脳の信号を話すという行為にまで復号した。
捉えられた筋肉の信号を利用することで、参加者はアバターを通じて、嬉しい、悲しい、驚いた、という3つの感情を、
それぞれ3段階の強度で表現できた。
「話すという行為は、言葉を伝達するだけではなく、私が誰であるかについても伝達します。
人間の声や表情は、その人のアイデンティティの一部なのです」とチャン医師。
この臨床試験の参加者であるアンは、カウンセラーになることを希望しており、
これは「私にとって、たいへんな挑戦です」と研究チームに語っている。
アンはこの種のアバターを使用すると、カウンセラーを受ける人の気持ちが落ち着くのではないかと考えている。
アンが話す声を再現するために、チームは本人の結婚式の映像に記録されていた音声を使用した。
これにより、アバターは彼女のような感じがいっそう高まった。
スタンフォード大学の研究者が率いる別の研究チームが最初に結果を発表したのは、
1月に査読前論文(プレプリント)としてだった。
パット・ベネットというALS患者の参加者に対して、研究者ははるかに小型のインプラントを4個埋め込んだ。
それぞれのインプラントはアスピリン錠剤ほどの大きさで、一つひとつのニューロンの信号を記録できる。
25回に及ぶセッションを通して、ベネットは音節、単語、文を読んでシステムを訓練した。
次に、研究チームは、学習時に使用されなかった文をベネットに読んでもらい、この技術を試験した。
語彙数を50語に設定し、その範囲内で文を構成した場合、エラー率は約9%だった。
英語の大部分を包摂することになる12万5000語にまで語彙数を拡大すると、エラー率は約24%に上昇した。
これらのインターフェイスを使用した発話は、流暢な語り口ではない。
今でも通常の発話より遅いし、23%や24%というエラー率は以前の結果からははるかに改善しているものの、
まだそれほど優れたものではない。
いくつかの例では、システムは文を完璧に再現した。
「How is your cold?」(風邪の具合はどうですか?)を「Your old.」と表示することもあった。
科学者らはさらに改善できると確信している。
「興味深いのは、インプラントの電極の数を増やせば増やすほど、デコーダーの性能が向上することです」。
スタンフォード論文の著者の1人である神経科学者のフランシス・ウィレット博士。
「電極数を増やし、より多くのニューロンの信号を捉えることができれば、正確度をさらに向上させられるでしょう」。
現在のシステムは、家庭で使用できるほど実用的ではない。
有線接続とかさばるコンピューター・システムを使って処理しており、
実験環境の外部では、被験者らは脳インプラントを使用してコミュニケーションをとることはできない。
「この知識を、ニーズを抱えながらまだ満たされていない人たちにとって有用なシステムに転換するまでに、
まだまだ非常に多くの作業が必要です」。
アムステルダムにあるユトレヒト大学病院脳センターの神経科学者で、
付随論評の著者であるニック・ラムジー教授は言う。
どちらのチームも、一個人についての結果を報告しているのであり、
同じような神経疾患でも他の患者には当てはまらない可能性があると、イレス教授も警告。
「これは概念実証です。
脳損傷は実に厄介で、異質性が非常に高いことがわかっています。
脳卒中やALSの患者の場合でも、一般化できる可能性はありますが、確実には言えません」。
コミュニケーション能力を喪失した人にとって、解決に至る技術的な可能性が開かれたことは確かだ。
「私たちがしてきたのは、解決が可能であり、それに向かう道筋が存在していることを証明することです」と、チャン医師。
話せるというのは、非常に重要なことだ。
チャン医師の研究の被験者であるアンは、以前はコミュニケーションをとるのにレターボードを使っていた。
「夫は私のために立ち上がって、コミュニケーションボードの翻訳に取り組まなければならないことに、
本当に辟易していました」と、アンは研究チームに語っている。
「私たちが言い争うことはありませんでした。
というのも、夫は私に言い返すチャンスを与えなかったからです。
おわかりでしょうが、ものすごく欲求不満が溜まりました」。
https://medicalai.m3.com/news/230912-news-mittr
心臓年齢を予測するAIツール研究
2023年9月14日(木)
心臓疾患と老化の関係は長らく注目されてきたが、
この関連には個人差がみられることが知られている。
英Imperial College Londonなどの研究グループは、MRIと心電図データにAIツールを組み合わせることで、
「心臓年齢」をより精密に予測する手法を構築し、心臓の老化プロセスに関与する遺伝子を特定する試みを進めている。
Nature Communicationsに発表された同研究では、
大規模データベースのUK Biobankから収集した約4万人のデータに基づき、
「心臓の形態学的特性」「心臓の動き」「電気伝導特性」などといった要素を老化のバイオマーカーとして計量分析した。
機械学習手法を用いることで、心臓の老化に最も影響を与える因子が「高血圧」であることが確認され、
加えて「喫煙」「糖尿病」「肥満」が老化を加速させる要因として明らかになった。
さらに、心臓組織の修復能力や、その若さを維持する「速度」に影響を与える遺伝子変異も特定した。
研究グループは、この新しいアプローチを用い、喫煙や肥満といった既知のリスク因子を再評価するだけでなく、
心臓年齢に影響を及ぼす未知の環境リスク特定にも期待している。
研究を主導したDeclan O’Regan教授は、
「我々のグループは、心臓スキャンデータから心臓年齢の予測を可能とするAI技術を開発した。
この研究の成果は、心臓の老化を遅らせる治療法の優先順位付けにも貢献する可能性がある」。
参照論文:
Environmental and genetic predictors of human cardiovascular ageing
2023年7月22日土曜日
NVIDIA CEO「AIが生活様式を完全に変える」ーCOMPUTEX TAIPEI 2023 レポート 前編
2023年6月24日(土)
5月30日~6月2日までの4日間、台北市の南港展覧館でアジア最大規模のITテクノロジー見本市
「COMPUTEX TAIPEI 2023(以下、COMPUTEX)」が開催された。
コンピュータなどのハードウェアを中心とした展示会としてスタートしたが、
今年は世界で急速に進むAI活用の影響を大きく受け、
それらに必要不可欠なハイパフォーマンス・コンピュータや通信技術、半導体製造に関する発表が多数行われた。
こうした技術は医療やデジタルヘルスの進化にも大きく関わりがあり、
例えば医療用診断AIの進化につながることなどが期待される。
●AIの活用に不可欠な台湾のテクノロジーに世界が注目
医療用診断AIの画像解析に使用されるコンピュータには、
主にGPUと呼ばれる画像処理を得意とするプロセッサが使われている。
その開発で世界トップの地位を誇るNVIDIAは、
AIが必要とする高度な計算処理能力を高めることに特化した次世代GPUと
アクセラレーテッド・コンピューティング・プロセッサ「Grace HOPPER」を基調講演で大々的に披露した。
その開発には、ソフトバンクグループのプロセッサ開発企業Armが関わっており、
同社の既存製品に比べて10倍の性能をより少ない消費電力で処理できると発表。
台湾生まれであり、地元ではスティーブ・ジョブズやイーロン・マスクよりも人気がある
NVIDIAのCEOであるジェンスン・ファン氏は
「将来的にあらゆるデバイスが AIを動かせるようになり、生活様式を完全に変えるだろう」。
デジタルヘルスやスマート医療に不可欠なコンピュータの多くは台湾で製造されているが、
彼らは高性能な製品を作るだけでなく、そこで使用されるエネルギーを減らし、
熱の放出を減らすといった環境問題にも注目しており、これから世界のトレンドになるだろう。
●医療用コンピュータは台湾の独壇場!?
台湾には、他にもAIの活用に特化した技術やコンピュータを開発する企業が多数存在する。
展示会場ではそうした企業がブースを出展しているが、
医療分野向けのソリューションを取り扱っているところも目に付く。
台湾企業のWincommは、
医療国際規格に対応した手術現場で使用できるタッチパネルPCなどを製造しており、売り上げを伸ばしている。
ここ数年は医療現場でAIの需要が高まっており、
GPUとCPUを組み合わせて画像処理能力を高めた「スマート・メディカルAI」と呼ぶPCシリーズの開発に力を入れている。
人の命に関わる分野だけに性能もさることながら、
とにかく安定して動くことを重要視しており、内視鏡画像診断支援のEndoBRAINシステムにも採用。
医療用PCタブレットを開発するMACTRONは、
アタッチメントを取り換えてカメラやカードリーダーなどの機能を追加できる「MMS0700」を展示。
用途によってデバイスを使い分けるより、本体の操作を共通とし、
ニーズに応じて追加操作をおぼえる方が汎用性が高く、故障にも対応しやすい。
こうした発想の柔軟さも、台湾製品の特徴と言えるかもしれない。
医療現場で使用されるタブレットや検査機器、カメラなども台湾で多く製造されている。
安くて高性能なデジタル機器を開発できることがポイントで、中国との競争がますます激化しそうだ。
●スマホの展示をやめたパソコンメーカーが力を入れるデジタルヘルス市場
多くのIT企業がヘルスケア分野へ参入を進める中、
台湾の大手PCメーカーASUSも本格的な取り組みを見せている。
ハンディタイプの超音波診断装置は、インテリジェントIoTとAI技術を搭載し、
8つのモードで高解像度の画像をリアルタイムで確認できる。
WindowsやiOSにも対応する汎用性の高さもさることながら、
使用する際に患者へ威圧感を与えないようデザインをライトにしているところが特徴。
体重から血圧、血糖値まで生活習慣に関わる複数のデータが測定できるオールインワンの装置であるヘルスハブは、
医療サービスだけでなく、家庭や職場でも使いやすい直感的なインターフェイスを備えている。
ビデオ会議機能を搭載しているので、遠隔でも使用でき、既存のシステムとも連携しやすい。
利用者に問題があった場合に通知する機能もあり、
導入によって看護スタッフの生産性が最大で12.5%向上したという数字も出ている。
デジタル聴診器は複数のメーカーから発売されているが、
ASUSのデジタル聴診器は手軽で使いやすく、モバイル機器と組み合わせて、いつでもどこでも使えるようにしている。
ASUSが開発するスマートウォッチ「VivoWatch」は、
健康やフィットネスに関するモニタリングができるヘルストラッカーとして売り出している。
心拍数、睡眠、血中酸素飽和度、ストレス解消指数などが計測でき、
展示されていた最新バージョンでは時計のフチにあるセンサーを指で押さえることで、
医療レベルの心電図が測定できるという。
測定には少しコツが必要だったが、通常で10日間充電無しで使える点はヘルストラッカーとしてポイントが高い。
さらに手軽なバンドタイプもリリースを予定している。
ヘルストラッカー機能を高めたスマートウォッチは、10日間のバッテリー充電無しで使用できる。
https://medicalai.m3.com/news/230624-report-taipei
新型コロナ禍で若年女性の自殺者が増加、男女の傾向に違い
2023年7月2日(日)
横浜市立大学と慶應義塾大学の研究グループは、
2020年の新型コロナウイルスのパンデミック以降に、
10〜24歳の若年女性の自殺者が増加していることを、厚生労働省のデータで確認した。
研究グループは先行研究で、パンデミック発生後に20〜30代の若年女性の自殺者が
顕著に増加していることを明らかにし、その理由として失業などによる経済的影響を受けやすいためと推測していた。
今回の研究では、非雇用年齢である10代前半でも女性の自殺者が増加していることが明らかになり、
経済的要因の他にも原因があることを示唆する結果となった。
今回の研究では、日本の厚生労働省から提供を受けた死因別死亡数のデータのうち、
2012年7月〜2022年6月までの10年間のデータを分析した。
このデータは死亡診断書に基づくものであり、日本国内のすべての死亡者を対象としている。
対象期間の10年間で、男性9428名、女性3835名が自殺とされている。
分析では、男女別に10〜14歳、15〜19歳、20〜24歳の3種類の年齢層を設定し、
それぞれ6カ月ごとの自殺者数を数えた。
その結果、男性はパンデミック前後で自殺者数に有意な変化はなかったが、
女性の自殺者はパンデミック後に有意に増加していた。
これは、先述の3種類の年齢層すべてに共通する。
結果について研究グループは、男性に比べて女性の方が周囲の人との関係を大切にする点を挙げ、
パンデミックによって他者との接触が減少したことによって精神的影響を受けている可能性があると推測。
女性は家庭内暴力や虐待の対象になりやすいため、
パンデミックによって自宅滞在期間が長くなり、家庭内暴力や虐待の影響が顕在化した可能性もある。
研究成果は6月22日、ランセット精神医学(Lancet Psychiatry)誌にオンライン掲載された。
研究グループは10代、20代の自殺を防ぐには、感染対策や経済対策だけでは不十分であり、
男女でそれぞれ異なる対策が新たに必要だと指摘している。
https://medicalai.m3.com/news/230702-news-mittr
パーキンソン病患者の歩行、電気刺激で改善=名古屋市大など
2023年7月3日(月)
名古屋市立大学、信州大学、京都大学、明治大学、立命館大学の研究グループは、
パーキンソン病による歩行障害に有効な新たなリハビリテーション手法を開発した。
研究グループは、一般的な歩行リハビリテーションの効果を高めるために、
経頭蓋電気刺激を応用したシステムを開発した。
経頭蓋電気刺激は、微弱な電流を頭皮の上から脳に流す電気刺激療法であり、
脳の可塑性を誘発する可能性があるとされている。
今回の研究では、患者一人一人異なる歩行リズムに同期した電気刺激を加える装置を開発し、
パーキンソン病患者を対象に試験を実施した。
試験ではパーキンソン病患者23人を無作為に2つのグループに分け、
一方には今回開発した機器による電気刺激を加え、
もう一方には偽の刺激を加えた。
4分間の歩行リハビリテーションを3回繰り返す試験を週2回、5週間(合計で10回)、外来で実施した。
歩行の様子は、歩行速度、遊脚期時間、立脚期時間、歩幅などから試験開始前後に評価。
すくみ足については質問紙を使って評価した。
試験の結果、今回開発した機器による電気刺激を加えたグループは、
偽の刺激を加えたグループと比較して歩行速度と歩幅が有意に改善したという。
歩行中の左右の遊脚期時間の割合から算出した対称性指数(0.5が左右対称であることを示す)や、
すくみ足症状に対する主観的な感覚も、有意に改善したとしている。
研究成果は6月9日、「神経学、脳神経外科学および精神医学ジャーナル
(Journal of Neurology, Neurosurgery, and Psychiatry)」誌にオンライン掲載。
研究グループは、パーキンソン病患者の歩行障害は、従来の治療法ではあまり効果が期待できなかったが、
個別の歩行リズムに合わせた脳電気刺激が効果を発揮する可能性を示したとしている。
https://medicalai.m3.com/news/230703-news-mittr
他者に「共感」する時の脳の仕組み、マウス実験で解明=東大
2023年7月9日(日)
東京大学の研究チームは、怖いという気持ちを「共感」するときの脳の働きを、マウスを使って解明。
前頭前野という脳領域に、自分と他者の感情の情報を、
同時に合わせ持って表現する神経細胞が存在することを発見した。
マウスを用いた観察恐怖行動実験では、電気ショックを与えられ、
恐怖反応を示す他者マウスを見て、観察マウスも恐怖反応を示す。
これまでの研究は、観察マウスがその場でうずくまって震える「すくみ行動」に着目して
神経メカニズムを解析しており、すくみ行動以外の多様な行動の神経メカニズムについては不明な点が多かった。
研究チームはまず、観察恐怖行動中に観察マウスが示す複雑な行動を、
客観的に自動分類する手法を確立。
腹内側前頭前野(vmPFC)に光遺伝学的抑制(光を当てることで特定の神経細胞を興奮または抑制させる手法)を
施した観察マウスの行動を解析し、vmPFCの神経入力は主に「逃避行動」の制御に関わることを明らかにした。
観察マウスのvmPFCの神経細胞が持つ情報を調べるため、
観察恐怖行動実験中に脳の神経活動を観察できる「脳内内視鏡を用いたカルシウムイメージング」を実施。
vmPFCの神経細胞は観察マウスの行動状態の情報を持っていること、
他者マウスの電気ショックに応答する神経細胞がvmPFCに存在すること、
さらに、両者が重なっていることを示した。
研究論文は、英国科学誌「ネイチャー・コミュニケーションズ(Nature Communications)」の
オンライン版に2023年7月3日付けで掲載。
https://medicalai.m3.com/news/230709-news-mittr
「チャットGPT検出」は簡単に騙せる、14ツール調査で判明
AI-text detection tools are really easy to fool
チャットGPTを使って学生が課題を書き上げてしまうのではないか、との懸念が教育現場で広がっている。
AI生成文書を検出すると謳うAIシステムは有効なのか?
その正確さを評価した研究結果が発表された。
by Rhiannon Williams2023.07.12
「チャットGPT(ChatGPT)」がリリースされてから数週間は、学生たちがこのチャットボットを使って、
まずまずの小論文を数秒で書き上げるのではないかとの懸念があった。
そうした懸念に応え、いくつかのスタートアップ企業が、
人間の書いた文章なのか、それとも機械が書いた文章なのか見分けられると謳う製品を作り始めた。
だが、問題がある。
新しい査読前論文によれば、そうしたツールを騙して検出を回避するのは比較的簡単なのだ。
ベルリンの応用科学大学(HTW)でメディアとコンピューティングの教授を務めるデボラ・ウェーバー・ウルフは、
さまざまな大学の研究者グループと協力し、
「ターニティン(Turnitin)」
「GPTゼロ( GPT Zero)」
「コンピラティオ(Compilatio)」など14の検出ツールについて、
オープンAI(OpenAI)のチャットGPTによって書かれた文章を検出する能力を評価した。
それらのツールのほとんどは、繰り返しなどといった人工知能(AI)が生成したテキストの特徴を探し、
そのテキストがAIによって生成された可能性を計算する仕組みだ。
研究チームは、チャットGPTが生成した文章に人間が少しだけ手を加えたり、
語句言い換えツールで難読化したりすると、評価したすべてのツールで、
チャットGPTで生成された文章が検出されにくくなることを見い出した。
学生たちは、AIが生成する小論文に少し手を加えるだけで、
検出ツールをかいくぐることができるということだ。
「これらのツールは使い物になりません」と、ウェーバー・ウルフ教授は言う。
「できるとされていることをしません。AI検出器とは言えません」。
研究者たちはツールを評価するにあたって、
土木工学、コンピューター科学、経済学、歴史学、言語学、文学など、
さまざまなテーマについて学部レベルの短い小論文を書いた。
それらの小論文は、すでにネット上に存在する文章ではないことを確実にするため、
研究者たちが自ら書きおろした。
同じテキストがネット上に存在した場合、すでにチャットGPTの訓練に使われている可能性があるからだ。
それから各研究者は、ボスニア語、チェコ語、ドイツ語、ラトビア語、スロバキア語、スペイン語、
またはスウェーデン語で追加の文章を書いた。
これらの文章は、AI翻訳ツールの「ディープL(DeepL)」か「グーグル翻訳」のいずれかを使って英語に翻訳された。
研究チームは次に、チャットGPTを使ってそれぞれ2つずつ追加で文章を生成し、
AIが作成したことを隠すため文章に少し手を加えた。
1つは、研究者たちが手作業で文の順序を変えたり、単語を入れ替えたりするなどの編集を加えた。
もう1つは、AI語句言い換えツール「クィルボット(Quillbot)」を使って書き直した。
最終的に54の文書を用意し、検出ツールのテストに使用した。
テストの結果、ツールは人間が書いた文章の識別は得意だが(平均96%の正確さ)、
AIが生成したテキスト、特に編集された文章を見分けることに関しては、かなり苦戦することがわかった。
それらのツールは74%の正確さでチャットGPTの文章を識別したが、
チャットGPTが生成した文章に少し手が加えられている場合、42%に低下したのだ。
この種の研究は、大学が現在実施している学生の課題の評価方法が、
いかに時代遅れであるかということも浮き彫りにしていると、
南オーストラリア大学で機械学習とAIモデル構築を研究するヴィトミール・コヴァノヴィッチ上級講師は言う
(同講師は今回のプロジェクトに関わっていない)。
今回のプロジェクトには関わっていない、自然言語生成を専門とするグーグルの上級研究科学者、
ダフネ・イッポリトは、別の懸念を提起する。
「自動検出システムを教育現場で採用するのであれば、
そのシステムの誤検出率を把握することが極めて重要です。
誤って学生を不正行為で告発してしまったら、その学生の学業キャリアに悲惨な結果をもたらしかねない。
検出漏れの率も重要です。
AIによって生成された文章が、人間が書いたものとして合格してしまうケースが多すぎるようであれば、
その検出システムは役に立たないからです」。
研究者たちがテストしたツールの1つを作っている企業、コンピラティオは、
自社のシステムについて、疑わしい一節を示すだけのツールであることを心に留めておくことが重要だ。
疑わしい一節とは、盗用の可能性がある文章、
またはAIによって生成された可能性のある内容として分類されるコンテンツのことである。
「実際に文書の執筆者が習得した知識であることを検証したり認めたりするのは、
分析された文書に成績を付ける学校と教師の手に委ねられます。
口頭での質問や、管理された教室環境での追加質問など、
追加的な調査方法を導入することが考えられます」と、コンピラティオの広報責任者は述べている。
「このように弊社のツールは、優れた研究や執筆、例証の実践について学ぶことを促す、
本物の教育的アプローチの一部なのです。
是正補助ツールであって、是正ツールではありません」と、
同社の広報責任者は付け加えた。
ターニティンとGPTゼロにもコメントを求めたが、すぐに返答はなかった。
AIが書いた文章を検出するためのツールが、必ずしも想定通りに機能しないことは、しばらく前から知られていた。
オープンAIは今年、チャットGPTによって作り出された文章を検出するように設計されたツールを発表したが、
AIが書いた文章を「AIが書いた可能性がある」と警告したのは、26%に過ぎなかったことを認めている。
オープンAIは、MITテクノロジーレビューの取材に対し、
同社Webサイトの教育者向けセクションを参照するよう回答した。
AIが生成したコンテンツを検出するように設計されたツールは、
「絶対確実とは決して言えません」という警告が書かれている。
そのような不具合があっても、企業は、AIの生成した文章を検出すると謳う製品を
あわてて世に出そうとするのをやめていないと、メリーランド大学のトム・ゴールドスタイン助教授は言う
(同助教授も今回の研究には関与していない)。
「それらのツールの多くは非常に正確というわけではありませんが、全部が大失敗とも言えません」と、
ゴールドスタイン助教授は付け加え、ターニティンの誤検出率はかなり低く、
ある程度の正確さを達成できていると指摘する。
AIテキスト検出システムの弱点に光を当てる研究は非常に重要だが、
研究対象をチャットGPT以外のAIツールにも拡大したことも有益であっただろうと、
AIスタートアップ企業であるハギング・フェイス(Hugging Face)の研究者、サーシャ・ルッチョーニ博士は言う。
コヴァノヴィッチ上級講師の考えでは、AIが書いた文章を見破ろうというアイデアそのものが間違っている。
「AIが書いたことを検知しようとするのではなく、AIの利用に問題がないようにすることが重要です」と、同講師。
https://www.technologyreview.jp/s/311986/ai-text-detection-tools-are-really-easy-to-fool/
健康改善のヒントは便の微生物から?
2023年7月11日(火)
ヒトが食べたものは、腸内のマイクロバイオームの状態を変化させる。
便から採取したマイクロバイオームを分析することで、
その人に合わせた健康改善へのアドバイスを作れるかもしれない。
糞便はトイレに流すほかにも、いろいろと使い道がある。
人間の排泄物には通常、体が排除しようとしているものが含まれている。
排泄物からは、腸内マイクロバイオームとそれが私たちの健康に
どのような影響を与えるかについての洞察を得ることもできる。
個々の食物が与える影響についても解明されつつある。
腸内マイクロバイオームとは、ヒトの腸内に生息する微生物叢と、その遺伝情報のことである。
マイクロバイオームを構成する微生物は、最終的に私たちの便に行き着くことになる。
微生物が生成する多くの化学物質も同様だ。
このようなデータを収集し、そこに何らかの意味を見いだす点において科学者の能力は向上している。
4月末、興味深い研究を見つけた。
アボカド、クルミ、ブロッコリーなど、特定の食品を食べたかどうかを、
その人の便を分析するだけで見分けようとする研究だ。
食品によっては、その正解率は80パーセントを超えていた。
この研究を手掛けた科学者は、この手法を研究に役立てたいと考えている。
同じ手法を健康増進のために利用できるかもしれない。
便を分析して、一人一人に合った、マイクロバイオームに基づく食事アドバイスを提供したいと考えている研究者もいる。
私たちの腸内には何十億もの微生物が生息しており、マイクロバイオームの構成は食事と関連している。
菜食主義者と肉類をたくさん食べる人では、腸内に生息する微生物が異なる。
それは、微生物がエサのあるところに住み着くためだろう。
特定の食品やその分解産物で繁殖する微生物もいる。
その詳細に目を向けると、食生活、マイクロバイオーム、そして健康の関係は、まだ正確には解明されていない。
マイクロバイオームの変化は、過敏性腸症候群、パーキンソン病、関節炎など、
さまざまな病気と関連していることが分かっている。
昨年、イスラエルのワイツマン科学研究所のエラン・エリナフ教授のチームは、
甘味料が人間のマイクロバイオームに影響を与え、その変化が体の糖に対する反応を変化させることを示した。
この変化したマイクロバイオームをマウスに糞便移植すると、そのマウスにも同じ問題が起きることがわかった。
このような研究は、私たちがマイクロバイオームを良い方向へ変化させることができる可能性を示している、
とキングス・カレッジ・ロンドンで食事が代謝に与える影響を研究しているサラ・ベリー主任。
遺伝子や食事を摂る時間などの要因も、食生活の健康への作用に影響を与えるが、
マイクロバイオームは「解明する上で非常に重要な鍵」だとベリー主任。
ベリー主任の研究チームは、食生活がマイクロバイオームにどのように影響し、
人々の健康にどのように影響するかを正確に解明しようと試みている。
それを調べるために、ベリー主任の研究チームは便に注目している。
チームは現在進行中の研究の一環として、1000人を超えるボランティアから糞便サンプルを、
食生活情報や健康データと合わせて収集している。
2年ほど前、同研究チームは、マイクロバイオームを調べることで、
その人が食べたものが分かる可能性があることを示した研究論文を発表した。
その研究では、研究チームは糞便中の微生物の存在を調査した。
次にその微生物と、その人の食生活における果物、豆類、「健康な植物」など
特定の食品群の有無との関連づけが試みた。
特定の食品に関連する特定の微生物を見つけるのは大変だったが、
ある特定の微生物の存在は、その人がコーヒーを飲んでいたかどうかを示す強力な指標であると分かった。
基本的に、コーヒーを飲む人であれば、糞便に含まれる微生物から分かってしまうということだ。
イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校のハンナ・ホルシャー准教授のチームによる新しい研究は、
やや異なる方法を採った。
ホルシャー准教授の研究チームは、毎日特定の食品を一定量ずつ食べたボランティアから採取した糞便サンプルを調べた。
微生物の存在そのものを調べるのではなく、
微生物が食物を分解するときに生成する化学物質である代謝産物の存在を調べた。
研究チームは、アーモンド、アボカド、ブロッコリー、クルミ、大麦、オート麦の6つの特定食品が及ぼす影響について調べた。
便の中にある代謝産物と、特定の人がこの6つの食品のいずれかを摂取したか否かとの間に、
何らかの関連があるか調べた。
特定できたパターンをもとに、他の人が同じ食品を摂取したか否かを推測した。
これも大変な作業だったが、
研究チームは人々がアーモンド、ブロッコリー、またはクルミを食べたか否かを、
80~87パーセント(食品によって異なる)の正確さで判別できた。
この研究は、査読前論文(プレプリント)サーバーのバイオアーカイブ(bioRxiv)でオンライン公開されたが、まだ未査読。
この研究は、同研究チームが昨年発表した同様の研究の結果に基づいて実施したものだ。
この種の研究は、糞便分析の将来の可能性を垣間見せてくれる。
まだ始まったばかりで、検査の正確さは今後数年で向上していく可能性が高い。
個々の食品が私たちのマイクロバイオームや健康に与える影響を理解できるようになれば、
研究や栄養学に革命をもたらすかもしれない。
「これは本当に次なるフロンティアです」と、ベリー主任の研究論文の共著者で、
その人に合った栄養改善アドバイスを提供するアプリ「ゾーイ(Zoe)」の栄養科学者、エミリー・リーミング主任。
ホルシャー准教授の研究チームは、栄養学の研究を改善したいと考えている。
特定の食品が私たちの健康に及ぼす影響を解明しようとする研究では、
ボランティアに食事日記をつけてもらうことが多い。
食事日記を毎日つけるのは面倒で、不正確だったり、不完全だったりすることが多い。
代わりに便の分析が、いつの日か面倒がかからない代替手段となる可能性がある。
糞便分析の活用で、人の健康をより直接的に改善できるようになるかもしれない。
ベリー主任の研究チームは、便サンプルの分析から推定できるマイクロバイオームの状態から、
その人に合った食事アドバイスを作成する方法を研究している。
理論的にはいつの日か、特定の微生物をターゲットにした食事アドバイスを提供し、
食欲や代謝、さらには気分にさえ影響を与えるような特定の代謝産物の生成を導くことが可能になるかもしれない、
とリーミング主任は言う。
「ヒトの便から学べることは、とてもたくさんあります」
あなたのマイクロバイオームはあなたと同じように老化する。
昨年こちらで報じたように、科学者は腸内細菌叢を若々しく維持することの潜在的な利益を探っている。
私たちのマイクロバイオームに含まれる細菌を操作することで、がんを治療できるだろうか。
その実現を目指す研究グループが、マウスで有望な結果を得て、今後数年以内にヒトへの臨床試験を開始する予定だ。
マイクロバイオームに影響を与えるのは食品だけではない。
気掛かりなことに、マイクロプラスチックが海鳥のマイクロバイオームに影響を与えているようだ。
テクノロジーが私たちの食生活を変えている。
2020年に本誌のエイミー・ノードラム編集者が報じた記事にあるとおり、
食物の栽培、加工、調理、輸送の方法の進歩によって、私たちが食べるものや食事方法に変化が起きている。
体重が減ったら、減った分はどこへ?
その答えは、ボニー・ツイによる2022年の記事で分かる。
https://medicalai.m3.com/news/230711-news-mittr
スマートウォッチでパーキンソン病リスクを最大7年前に特定
2023年7月13日(木)
パーキンソン病の多くは、震戦や動作の緩慢といった運動症状に基づき診断される。
これらの主症状が出現する前の前駆期に早期診断することで、
疾病管理と予後の改善が期待されている。
英カーディフ大学の研究チームは、スマートウォッチの加速度計を用いたウェアラブル技術により、
臨床診断の最大7年前にパーキンソン病の発症を予測できる可能性を明らかにした。
Nature Medicineに掲載された同研究では、
加速度計データを学習に用いた機械学習モデルについて、前駆期パーキンソン病の予測性能を、
UK Biobankに登録された一般集団で検証している。
結果として、この加速度計に基づく予測モデルは、
データバンクに登録された他の予測因子(遺伝・ライフスタイル・血液生化学検査・前駆症状)を上回る
前駆期パーキンソン病の発症予測能力を示し、最大で臨床診断の7年前に識別可能であるとしている。
著者でカーディフ大学認知症研究所のCynthia Sandor氏は、
「臨床診断前における加速度の低下はパーキンソン病特有の現象であり、
我々が調査した他の疾患では観察されなかった。
何百万人もの人々が毎日使用しているスマートデバイスを通じて加速度データを収集することで、
前例のない規模でパーキンソン病リスクを持つ人々を特定することが可能になる」。
参照論文:
Wearable movement-tracking data identify Parkinson’s disease years before clinical diagnosis
https://medicalai.m3.com/news/230713-news-mat
うつ病治療を変革する脳内バイオマーカー研究
2023年7月14日(金)
世界保健機構(WHO)によれば、全世界で約2.8億人がうつ病に罹患しているという。
抗うつ薬の治療効果が全ての患者には及ばないという課題が残る一方で、
米リーハイ大学の研究チームは、機械学習技術を利用して脳内バイオマーカーを確立し、
より個別化されたうつ病治療の道を拓こうとしている。
この研究は、米国立精神衛生研究所(NIMH)から大規模な助成金を獲得して行われている。
チームは、患者のfMRI画像データと脳波を抗うつ薬治療前後で収集し、
二重盲験無作為化比較試験を通じて得たデータから、
薬物治療の効果を客観的に評価するためのバイオマーカーを特定しようとしている。
この手法により、それぞれの患者がどの程度抗うつ薬に反応するか、
あるいは反応しないかを予測できる可能性がある。
特に同研究では、認知ワーキングメモリと感情制御に関連する脳内ネットワークの相互作用に焦点を当て、
ここから新たなバイオマーカーを検出しようとしている。
AIが提示するこれらのバイオマーカーは、
現在の試行錯誤的なうつ病の治療戦略を置き換える可能性を秘めており、
それぞれの患者に対して個別化された治療アプローチを提供することが期待されている。
研究を率いるリーハイ大学のYu Zhang氏は、
「従来のうつ病診断と治療は、主観的な症状を組み合わせてきたが、患者ごとにバラつきは大きい。
我々が目指すのは、脳の機能障害をより適確に捉える客観的なバイオマーカーを構築することだ。
本研究により、メンタルヘルスの状態は再定義され、大きなブレークスルーがもたらされるだろう」。
https://medicalai.m3.com/news/230714-news-mat1
スマートフォンカメラで血圧測定を可能にする格安アタッチメント、精度も実用化が視野に 米研究
2023年7月20日(木)
カリフォルニア大学サンディエゴ校の研究チームが、
スマートフォンのカメラを使用し血圧を測定できるアタッチメント「BPClip」を発表。
カメラ正面に指を固定できる仕様で、安定的に血流を把握できるという。
同校のEdward Wang教授が主宰する「デジタルヘルスラボ」が開発したこのアタッチメントは、
スマートフォンのカメラ周囲に取り付けるアタッチメント。
血圧を測る際は、スマートフォンを心臓の高さに保持してから、
人さし指をアタッチメント背面のくぼみに押し当てる。
押し当てることにより、指先がスマートフォンカメラのライトで照射され
「赤い円」としてカメラに映し出される。
同時に開発した解析アプリが、赤みの強さで指先の血液の量と変異を解析し、
収縮期血圧と拡張期血圧に変換するという。
精度については、収縮機血圧が80~156mmHg、拡張期血圧が57~97mmHgの24人の被験者で検証した結果、
標準的なカフによる血圧計と比べて、収縮期血圧、平均血圧、拡張期血圧それぞれについて、
平均絶対誤差(MAE)は8.7±10.0、8.4±10.3、5.5±7.0mmHg、バイアスは1.72、0.79、0.3mmHgだった。
肌色によって結果が偏っているかどうかを調べるため、
アジア系、ヒスパニック系、白人グループに分けて解析すると、
SBPについてはそれぞれ7.7±4.2、8.6±5.2、10.2±6.9、DBPについてもそれぞれ4.5±4.6、9.5±6.4、6.5±2.9となり、
有意差はなかった。
BPClipのパーツは3Dプリンターで制作可能で、
現在のコストでも1つあたり0.8ドル(80セント)で制作できるとしており、
ラインを組めば0.1ドル(10セント)まで下げられるという。
開発に関わっているデジタルヘルスラボ所長のEdward Wang教授は、
「安価なので、血圧のモニタリングが必要だが、定期的にクリニックに通うことができない人に配ることができる」。
歯科検診でフロスや歯ブラシをもらうのと同じように、
血圧モニタークリップを検診で渡すことができるようになるとした。
論文の共著者であるアリソン・ムーア氏は、
「標準的な血圧計は正しく装着するのが難しく、
このデバイスを使えば高齢者でも容易に血圧を自己測定できる可能性がある」としており、
今後は測定精度のさらなる向上とともに、
より高齢者に使いやすくするようユーザビリティの改良も続けていくとしている。
論文リンク:Ultra-low-cost mechanical smartphone attachment for no-calibration blood pressure measurement(Scientific Reports)
適度な運動が高血圧を改善する仕組みを解明=国リハなど
2023年7月13日(木)
国立障害者リハビリテーションセンター、東京大学、循環器病研究センターなどの共同研究チームは、
ラットを用いた実験とヒト成人を対象とした臨床試験で、
適度な運動が高血圧改善をもたらすメカニズムを発見。
頭部への物理的衝撃を高血圧者(ヒト)に適用すると、
高血圧が改善することを世界で初めて明らかにした。
ラットで高血圧改善効果が示されている中速度(分速20メートル)走行では、
前肢の着地時に頭部に約1Gの衝撃が生じることがこれまでの研究で分かっている。
研究チームは今回、麻酔した高血圧ラットの頭部に1Gの衝撃がリズミカルに加わるように、
毎秒2回頭部を上下動させる実験を実施。
脳内の組織液(間質液)が動くことにより、脳内の血圧調節中枢の細胞に力学的な刺激が加わり、
血圧を上げるタンパク質(アンジオテンシン受容体)の発現量が低下し、血圧低下が生じることが分かった。
座面が上下動することで、1Gの上下方向の衝撃がヒトの頭部に加わるように設計された椅子を作成。
1日30分間、1週間に3日、1カ月間搭乗すると、
高血圧改善効果、交感神経活性抑制効果があり、
搭乗期間の終了後も、約1カ月間は高血圧改善効果が持続することが分かった。
「適度な運動」の効果はこれまでに、高血圧改善に限らず、認知症、うつ病をはじめ
多くの脳機能関連疾患の症状・障害の軽減・改善で、統計的に証明されている。
今回の研究結果は、適度な運動による健康維持・増進効果において、
運動時に頭部に加わる適度な衝撃が重要である可能性を世界で初めて示すものであり、
寝たきりの高齢者や肢体不自由障害者にも適用可能な擬似運動治療法の開発につながる可能性がある。
研究論文は、ネイチャー・バイオメディカル・エンジニアリング(Nature Biomedical Engineering)に
2023年7月6日付けで掲載された。
https://medicalai.m3.com/news/230713-news-mittr?dcf_doctor=false&portalId=mailmag&mmp=AI230721&mc.l=974544334
2023年5月30日火曜日
3Dプリンタで作成した神経で患者回復、世界初 京大病院
2023年5月17日(水)
京都大学医学部附属病院は、末梢神経損傷に対する新しい治療法として、
バイオ3Dプリンタを用いた神経再生技術の開発に世界で初めて成功した。
3人の患者に移植され、全員の経過は良好で仕事に復帰している。
神経が損傷した場合、
現在は患者自身の健康な神経を取り出して患部に移植する治療法(自家神経移植)が主流だが、
採取された部分に痛みが残る場合があるなどデメリットも大きな課題。
京都大学医学部附属病院整形外科では、
末梢神経損傷に対して人工神経を用いた治療研究を実施してきたが、
これまで自家神経移植と比較して良好な結果を得られていなかった。
今回、バイオ3Dプリンタ(サイフューズ製)を使い、
細胞のみで作製した3次元神経導管を患部に移植し、経過観察する臨床試験を行った。
3人の患者の腹部の皮膚の一部を提供してもらい、
そこからもととなる細胞を培養したうえで、
サイフューズの開発した臨床用バイオ3Dプリンタで3次元神経導管を作製、
患者に移植し、移植後12ヶ月まで観察を行った。
結果、移植を受けた3名の患者全てにおいて知覚神経の回復が見られ、
とくに副作用や問題になる合併症の発生はなく経過も良好なため、仕事復帰できた。
臨床試験の担当医は、「末梢神経損傷を受傷したことによって、思うように手が使えなくなって仕事に復帰できなかったり、
移植のため神経を採取されて痛みが残ってしまった患者さんが多数おられます。
今回の結果から、三次元神経導管移植は将来的に末梢神経損傷の治療法の選択肢の1つになり、
苦しんでおられる多くの患者さんが元どおりに社会復帰できるようになると思います」。
https://medicalai.m3.com/news/230517-news-medittech
AIとメタボロミクスによるパーキンソン病の発症予測
2023年5月22日(月)
米ボストン大学などの研究チームは、
患者のバイオマーカー分析に基づき、症状が発現する数年前からパーキンソン病の発症を予測するAIツールを開発した。
研究成果はこのほど、ACS Central Scienceから発表。
チームの研究論文によると、
「Classification and Ranking Analysis using Neural network generates Knowledge from Mass Spectrometry(CRANK-MS)」
と呼ばれるこのツールは、ニューラルネットワークを活用してメタボロームデータを解析するもの。
メタボロームは生体内に含まれる代謝物質の総体を指し、これを対象としたメタボローム解析は近年、
ゲノムやトランスクリプトーム、プロテオームなどとともに、生命現象を詳細に理解する手法として幅広く利用されている。
メタボロームは、特定の疾患や症状に対してバイオマーカーとして利用することができるが、
パーキンソン病を診断するための特異的な血液検査や検査項目は現在存在していない。
チームは質量分析によるメタボローム解析により、後にパーキンソン病を発症する患者の代謝物プロファイルの違いについて、
臨床診断の最大15年前まで明らかにしており、
現在の臨床スタンダードよりも非常に早い段階でパーキンソン病を診断できる可能性が示唆されている。
チームは、これらの知見をもとに、メタボロームデータ全体を分析する、
非定型的なアプローチにより高精度な予測モデルを導出した。
チームは今後、より大規模な患者コホートでのモデル検証を経て、
CRANK-MSを他の疾患にも適用し、新たなバイオマーカーの発見に役立てることができる。
参照論文:
Interpretable Machine Learning on Metabolomics Data Reveals Biomarkers for Parkinson’s Disease
https://medicalai.m3.com/news/230522-news-mat1
「筋肉内の脂肪蓄積」は健康リスクを示すか?
2023年5月24日(水)
これまでにも「身体の特定部位における脂肪蓄積」を、
疾患リスクと紐づけた上での体組成指標として測定する試みが行われてきた。
「筋肉内脂肪蓄積(myosteatosis)」も、健康リスクの新たな指標として注目を集めているが、
無症候患者の健康リスク評価にどう役立つかは十分に解明されていない。
ベルギーのルーヴァン・カトリック大学の研究チームは、
CT画像からAIツールによって体組成指標を抽出し、筋肉内脂肪蓄積と死亡リスクの関係を明らかにした。
Radiologyに発表された同研究では、畳み込みニューラルネットワークの一種である「U-net」を用いて、
無症候の成人が受けた大腸がん検診におけるCT画像から体組成指標を抽出し、
8.8年(中央値)の追跡期間内における死亡率および心血管イベント発生率との関係を解析した。
その結果、筋肉内脂肪蓄積は主要な有害事象リスクの上昇と有意な相関があり、
死亡した研究対象症例の55%に同所見が認められていた。
筋肉内脂肪蓄積の死亡リスクは、喫煙や2型糖尿病に関連する死亡リスクと同等であることも示されている。
研究チームでは今後、筋肉内脂肪蓄積が単に健康状態悪化を示すバイオマーカーなのか、
それとも死亡リスクの上昇と直接の因果関係があるのかを明らかにしたい。
著者のMaxime Nachit博士は、
「興味深いことに、筋肉内脂肪蓄積と死亡リスクの関連性は、加齢や肥満の指標とは無関係であった。
筋肉内脂肪蓄積は、単なる高齢や、他部位への脂肪の過剰付加では説明できないことを意味する」。
参照論文:
AI-based CT Body Composition Identifies Myosteatosis as Key Mortality Predictor in Asymptomatic Adults
https://medicalai.m3.com/news/230524-news-mat2
プラスチック光ファイバ技術を応用、注射針レベルの極細ディスポーザブル内視鏡の開発に成功 慶大ら
2023年5月26日(金)
慶應義塾大とエア・ウォーター(大阪市)は共同で、
プラスチック光ファイバ技術を応用した極細硬性内視鏡の開発に世界で初めて成功した。
0.1ミリレベルで、かつ低コストで製作できるため注射針と同様にディスポーザブルにできる。
●極細、低コスト、低侵襲
今回開発した極細硬性内視鏡は、
先端に慶應フォトニクス・リサーチ・インスティテュート(KPRI)所長の小池康博教授が発明した「GI 型※1 POF ※2レンズ」が設置され、
体内の映像はこのレンズを通じて体外まで伝送できる。
0.1~0.5 mmの細さで製作でき、関節内部を低侵襲で観察可能だ。
低コストでの製造が可能で、注射針と同じように単回での使用(ディスポーザブル)が可能。
極細硬性内視鏡の使用により、患者の関節内を低侵襲で手術前後に直接観察でき、
迅速かつ正確な病状把握や、手術後の経過観察を効率よく行うことが可能となる。
従来の関節内視鏡検査は入院を伴う全身麻酔が必要だったが、
極細硬性内視鏡は局所麻酔で済むため外来や在宅での検査・治療が可能となり、
患者の肉体的負担、医療現場の負担が大幅に軽減される。
●GI 型 POF レンズとは
GI 型 POF は、中心軸の屈折率分布が最大で、周辺に向かうに従い徐々に二次分布的に減少する屈折率分布を有し、
入射した光はサインカーブを描きながらファイバ内を蛇行して伝送される。
GI 型 POF に平行光線を入れると、光はファイバ内で 1 点に収束し、それを繰り返しながら伝送されていく(図 1)。
平行光線が 1 点に集まるという現象は、凸レンズ作用を持っているということを示し、
GI 型 POF 内を伝送していく光は、ファイバ軸に沿って、いくつものレンズが並んだリレーレンズ内を伝送していくことに相当。
リレーレンズは、物体のイメージを遠くまで伝える作用を持ったデバイスであり、
これと同じレンズ作用を持つ GI 型 POF は、リレーレンズと同じように反対側に物体のイメージを結像させることができる。
GI 型 POF の屈折率分布を理想分布に近づけることにより、高精細な画像を伝送することが可能となる。
極細の硬性内視鏡としては従来、ガラス製光ファイバを束ねて映像を伝送するもの、
先端に極小カメラを搭載したものなどがあるが、
今回開発した極細硬性内視鏡は、先端に設置された「 GI型POFレンズ」を通して体内の映像を体外へ伝送できることが特長。
体外にカメラを設置する構造を取ることが可能となり、検査に合わせたカメラを選ぶことも可能になる。
GI 型POFレンズは、0.1~0.5 mmの細さで実現できる上、フレキシブルで折れにくく、
ガラス製に対して扱いが容易というメリットがある。
レンズをプラスチックで作ることができ、より低コストで、注射針と同様に先端部を単回で使用(ディスポーザブル)できる。
臨床使用のイメージ
臨床においては図のような機器構成をイメージしている。
患部への挿入部分となる先端の極細レンズ部は、外径 1.25 mm(太さ 18 ゲージの注射針と同等)の外筒管に、
外径 0.5 mmの GI 型 POF レンズを内蔵。
CMOS センサを搭載したペン型のカメラ部に極細レンズ部を連結することで、極細の硬性内視鏡になる。
カメラケーブルを PC に接続し、モニタに表示した内視鏡画像を見ながら検査を行う。
極細レンズ部は、低コストでの製造が可能となるため、
医療用注射針と同じように単回での使用(ディスポーザブル)も可能。
注射針と同じ細さであるため、局所麻酔下でも使用可能で、
使用後の縫合も不要な硬性内視鏡として、外来や処置室等での内視鏡検査も可能。
両者は今後、試作機の改善や前臨床評価を推し進め、2024 年の実用化を目指すとともに、
整形外科領域以外への応用や、検査だけでなく治療用途へも適用を拡大していきたい。
※1 GI(Graded Index)型
光ファイバのコアの屈折率分布に勾配(高い部分から低い部分まで連続している)があるもの。
反対に、コアの屈折率分布が一様なものを SI(Step Index)型と呼ぶ。
※2 POF(Plastic Optical Fiber)
ガラス材料の光学ファイバに対して、プラスチック材料の光学ファイバのこと。
https://medicalai.m3.com/news/230526-news-medittech
腸内微生物叢のシーケンシング・データから性別や属性を推定
2023年5月28日(日)
大阪大学、理化学研究所、東京大学、愛知県がんセンター、吹田市民病院、大阪南医療センターの研究グループは、
ヒトの腸内微生物叢のシーケンシング・データに含まれるわずかなヒトゲノム由来配列情報から、
個人の遺伝子多型情報を再構築することに成功した。
研究グループはまず、腸内微生物叢シーケンシング・データに含まれるヒトゲノム由来配列のうち、
ヒトのX・Y染色体に由来するものを利用して性別を推定。
343名の訓練用データセットで訓練したロジスティック回帰モデルを利用して、
113名分のデータを解析したところ、97.3%の確率で成功した。
腸内微生物叢シーケンシング・データ中のヒトゲノム由来配列と、同一個人に由来する遺伝子多型データを
紐付けることができるか検証した。
343名分のシーケンシング・データと遺伝子多型データを使って検証したところ、
93.3%の確率で紐付けることができた。
個人が属する人種集団を推定する検証でも、80〜98%の正答率が得られた。
研究チームは、高深度腸内微生物叢シーケンシング・データ中のヒトゲノム由来配列から、遺伝子多型情報を取得した。
高深度腸内微生物叢シーケンシング・データ中のヒトゲノム由来配列の量は、
一般的なヒト全ゲノムシークエンシングデータなどと比較すると少ない。
そのため、研究チームは「two-step imputation法」によって外部の参照ゲノム配列データを利用し、
集団中に比較的高頻度に存在する遺伝子多型情報をゲノム領域全体にわたって再構築した。
外部の参照データを利用しなかった場合、ゲノム領域全体の情報を得ることは難しいものの、
一部の集団中にごく低頻度にしか存在しない遺伝子多型の情報を取得できることが分かった。
研究成果は5月16日、ネイチャー・マイクロバイオロジー(Nature Microbiology)誌にオンライン掲載。
研究成果は、法医学分野での活用や、個別化医療への応用が期待できる。
https://medicalai.m3.com/news/230528-news-mittr
2023年4月30日日曜日
ストレスに強い脳と弱い脳のメカニズムを解明=京大
2023年4月20日(木)
京都大学の研究チームは、繰り返し心理社会的ストレスに晒された際に、
適応反応を示すか不適応反応を示すかの個体差を決定する脳内メカニズムを発見した。
困難や逆境に適応する能力(レジリエンス)を高める制御法の開発、
ストレスが引き金となって発症するうつ病や不安障害の病態究明や新たな治療法の開発に繋がることが期待される。
研究チームは今回、ストレスに強い系統のマウスと、ストレスに弱い系統のマウスに対し、
繰り返しの心理社会ストレスを5日間負荷し、これら2種類のマウスの脳内でどのような変化の違いがあるのかを調べた。
その結果、ストレスに弱いマウスでは、前帯状皮質とよばれる場所での神経活動が著しく低下していることと、
遺伝子の発現量を調節する「Fos」タンパク質の量が顕著に減少していることを突き止めた。
一方、ストレスに強いマウスではこのような変化は認められなかった。
ストレスに弱いマウスを用いて、前帯状皮質におけるFosタンパク質の量を人為的に増やす神経活動操作をしたところ、
ストレスに強いマウスになった。
逆に、ストレスに強いマウスの前帯状皮質におけるFosタンパク質の量を人為的に減らす遺伝子操作実験をしたところ、
ストレスに弱いマウスになった。
人間の脳には、ストレスを受けてもそれに適応するシステムが備わっているため、通常の生活を送ることができる。
一方で、心理社会的ストレスに適応できずに精神疾患を発症する人もいる。
このようにストレスを感じる度合いは個人により異なるが、その原因はよく分かっていなかった。
研究論文は、国際学術誌サイエンス・アドバンセズ(Science Advances)に2023年4月5日付けで掲載。
https://medicalai.m3.com/news/230420-news-mittr
脱水状態を評価するAIデバイス開発
2023年4月23日(日)
脱水状態の評価は、バイタルサイン・尿量・身体所見・血液検査などを用いて行うが、
医療現場における迅速で正確な評価は容易ではない。
米アーカンソー大学の研究チームは
「末梢血管の静脈圧波から脱水状態を評価するAIアルゴリズム」の開発を進め、デバイス化に取り組んでいる。
プロジェクトメンバーでアーカンソー大学電気工学部のRobert Saunders氏によると、
「脱水レベルの情報は、静脈圧の波形内に埋め込まれていると考えられ、
従来、ノイズや干渉に埋もれた非常に弱い静脈圧波形からそのような情報を抽出することは難しかった。
しかし、AIアルゴリズムの利用によってその抽出が可能になった」。
Journal of Surgical Researchには基礎研究の1つとして、
小児患者における脱水状態を予測するアルゴリズムの成果が発表されている。
プロジェクトで信号処理技術を担当するJingxian Wu氏によると、
脱水評価AIデバイスには3つの応用の方向性があり、
「1つ目は、救急隊員が患者の脱水レベルを即座に評価し、投与すべき水分量を決定すること。
2つ目は、脱水症状を起こしやすい救急患者、特に小児患者において、時間のかかる検査を待たずに
迅速な評価と水分投与の判断をすること。
3つ目は戦場における負傷兵への利用で、脱水症状と関連する出血を評価すること」と説明。
機械学習モデルを訓練するためにより多くのデータを集め、デバイスの精度を高めることをチームは目標としている。
参照論文:
Venous Physiology Predicts Dehydration in the Pediatric Population
https://medicalai.m3.com/news/230423-news-mat
記憶がうつ病などの精神疾患を発症させる仕組みを解明=東北大など
2023年4月27日(木)
東北大学と東京大学の研究グループは、
ストレスを受けたときの記憶が脳内で強化されすぎることが、うつ病などの精神疾患を発症させる一因であることを解明。
過剰な精神的ストレスを受けると、不安やうつの症状を発症するが、
その症状には大きな個体差があり、個体差が存在する理由は分かっていなかった。
研究グループは、過剰な精神的ストレスを受けた際の症状の個体差を説明する仕組みの候補として「記憶」に着目。
嫌なストレス記憶が脳内で強化されすぎることが、精神症状発症の一因になるという仮説を立てた。
そこで、記憶と情動の両方で重要な役割を果たす腹側海馬に注目して、
ストレス記憶が精神症状の発症にどのように関係するのかを調べた。
マウスはヒトと同じように、ほかの個体から攻撃されるようなストレス刺激を受けると、うつ状態に陥る。
今回の研究では、マウスを使った実験を試みた。
ストレスをかける前のマウスから腹側海馬の組織を微量採取し、遺伝子発現解析を実施した。
その結果、カルビンジンという遺伝子を強く発現していたマウスは、
ストレス刺激を受けるとうつ状態に陥りやすいと分かった。
腹側海馬のカルビンジン遺伝子を人為的に欠損させたマウスは、
ストレスを受けても症状を発症しにくいことも分かった。
マウスの腹側海馬に金属電極を埋め込んで、ストレスをかけたときの脳波の変化を観察した。
その結果、ストレス感受性が高いマウスは、ストレスを受けた後に腹側海馬で
「リップル波」と呼ぶ脳波を多く発していることが分かった。
カルビンジン遺伝子を欠損させたマウスや、ストレス抵抗性が高いマウスでは、
このような脳波の変化は確認できなかった。
脳波を常に計測して、リップル波を検出した直後に電気的なフィードバック刺激を流して、
リップル波だけを消失させるシステムを構築し、ストレスをかけたマウスが発するリップル波を消去したら、
うつ症状の発症を抑えることができた。
ストレスをかけたマウスを強制的にウォーキングマシンに乗せて運動させてみた結果、
腹側海馬のリップル波はほとんど観察できなくなった。
研究成果は4月20日、ネイチャー・コミュニケーションズ(Nature Communications)誌にオンライン掲載。
海馬の構造やリップル波の機能はマウスとヒトの間で非常に類似しており、
今回明らかになった記憶が精神疾患を発症させる仕組み、
そして運動で発症を抑制できることはヒトでも共通する可能性がある。
https://medicalai.m3.com/news/230427-news-mittr
自己免疫疾患の病態を悪化させる物質を発見=阪大など
2023年4月30日(日)
大阪大学、サーモフィッシャーサイエンティフィック、関西医科大学の研究グループは、
自己免疫疾患の病態を悪化させる物質を発見した。
研究グループはこれまでに、COMMD3とCOMMD8の2種類のタンパク質の複合体である「COMMD3/8(コムディー・スリー・エイト)」が
B細胞の移動を促し、免疫応答を強めていることを解明している。
しかしCOMMD3/8が、自己免疫疾患の病態変化でどのような役割を果たしているのかは分かっていなかった。
研究グループは今回、代表的な自己免疫疾患である関節リウマチのモデルマウスを作成し、
モデルマウスの体内でCOMMD3/8を欠損させてみた。
その結果、関節炎の進行を抑えることができた。
この結果から、COMMD3/8が自己免疫疾患を悪化させていることが分かった。
研究グループはさらに、COMMD3/8の働きを抑える化合物を探索した。
その結果、セラストロールという化合物を発見した。
関節リウマチモデルマウスに投与してみたところ、
COMMD3/8を欠損させたときと同じように関節炎の進行を抑えることができた。
セラストロールは、抗炎症作用を持つ生薬であるライコウトウの主要な薬効成分だが、
その薬理作用は十分に解明されてはいなかった。
セラストロールを関節リウマチモデルマウスに投与した結果、
関節炎の進行を抑えられたという結果から、
セラストロールがCOMMD3/8を標的として自己免疫疾患の病態を改善することが分かった。
研究成果は4月1日、サイエンス・イミュノロジー(Science Immunology)誌に掲載。
今回の研究で発見したセラストロールを基に、COMMD3/8阻害剤を開発するなど、
COMMD3/8を標的とした自己免疫疾患の新たな治療法の開発が期待できる。
https://medicalai.m3.com/news/230430-news-mittr
2023年4月7日金曜日
AIは論文を評価できるか~研究者と査読者の終わりなき戦い~――Dr. 呼坂の「デジタルヘルスUPDATE」(112)
以前、私が紹介した記事(氾濫する「論文工場」との戦い、ChatGPTを用いた論文作成は手抜きか否か)では、
AI(ChatGPT)を用いた論文作成について紹介し、その能力と可能性について論じた。
では、論文の査読についてはどうか?
2022年12月のNature誌の記事では、AIを用いた査読についてはまだ発展途上だろう[1]。
幸か不幸か、私は数えるほどしか論文の査読を行ったことはない。
査読を行った先生のお話を伺うと、その作業は大変。
忙しい業務の合間を縫って論文を読み、実験方法を評価。
内容が満足できるものであれば、科学の発展にとって有意義だが、
貧弱な研究内容であった場合は、査読にかけた時間は無駄になってしまう。
おまけに、昨今の論文作成方法は「論文工場」や「AI論文」といった手段を用いて、
効率的に見栄えの良い論文を作成してくるため、多勢に無勢[2]。
そこで、AIを利用して査読者の負担を軽減する取り組みが加速している。
AIは、以前から査読を効率化するために検討されてきた。
オランダの研究者が開発した「statcheck」は、論文中の統計的な誤りを指摘するツール[3]。
画像データの加工を検知するソフトウェア「proofig」もあり、
一部の出版社は、データを加工している科学者をつかまえるためのソフトウェアを使用[4]。
論文工場から生まれた論文を見つける「papermill alarm」を公開している研究者も[5]。
今回、英国の主要な公的研究助成機関が委託した研究では、
英国のResearch Excellence Framework(REF)に提出される学術論文の査読を
アルゴリズムがどのように支援できるかが検討され、結果が2022年の12月に公表[6]。
●AIを用いた査読に関する研究
REFは、英国の高等教育機関で行われた研究に対する監査であり、
2022年5月に最新の結果が公表。
REFによって、英国内の157機関7万6000人を超える研究者による18万5000件超の研究成果が評価され、
約20億ポンド/年の資金が英国の教育機関にどのように配分されるかが決定される。
次回のREFは、2027年または2028年に実施される予定。
今回の研究では、AIによって評価プロセスの負担を軽減できるかどうかが検証された[1][7]。
研究では、15万本弱の科学論文の査読データを評価。
ウルヴァーハンプトン大学のデータサイエンティスト、マイク・テルウォール氏は、
REFの査読者が論文につけた評価と同様のスコアをアルゴリズムで得られるかどうか確認するため、
さまざまなAIプログラムをデータに用いている。
12月12日に発表された研究結果によると、AIシステムは72%の確率で人間の査読者と同じ評価を行った。
しかし、実用に堪えるレベルとなると、
AIシステムに望まれる精度は95%程度だろうとテルウォール氏は語っている。
●AIを使った査読の問題点
研究では、いくつかの問題点が指摘。
まず、AIシステムはREFに多くの論文、つまりサンプルが提出される機関からの評価には役立っていたものの、
論文数が少ない機関からの評価にはあまり役立たなかった。
論文査読特有の課題も。精度向上のためにはより広い規模でテストを行う必要があり、
すべての論文資料を利用することは困難。
査読者が付けたスコアは、後で決定に異議を唱えることができないよう削除されるため、
データを蓄積することが難しい点も指摘。
質の高いAIには、透明性を持ったデータが必要だが、
査読に関わるデータは、教育機関にとっては研究費の獲得にかかわる死活問題であり、AI開発は難航しそう。
研究政策学者でロンドンにあるResearch on Research Instituteのディレクターである
ジェームズ・ワイルズドン氏は、「研究対研究という観点から見た時、
これだけの努力をしたのにデータが削除されてしまうのは悲劇だが、
お金が絡んでいるため、大学が法的な異議を申し立てることを常に恐れている」[1]。
●査読におけるAIの活用法
テルウォール氏は、「私たちは、AIプログラムが、査読者が何らかの形で役に立つ情報を
提供できるかどうかを調べている」。
「査読者が論文を評価する際、考慮すべき点をAIが提案することができるかもしれない」と。
論文の評価が査読者の中で分かれた際、AIを審判として利用することも考えられるとテルウォール氏は指摘[7]。
「AIがREFのプロセスに関与することはもっともらしいように思えるが、
その役割が何であるかは完全には明らかではなく、
原稿に点数をつけるためにAIを使うことには反対だと述べるのは、
米国イリノイ州シカゴ大学で科学におけるAI技術の利用を研究しているイーモン・デュエード氏。
ドイツ・ミュンヘンのコンサルタント、アンナ・セヴェリン氏も、
「査読者の代わりにAIを活用すべきではない」とし、
「AIや機械学習が作業負荷の軽減に役立つ分野は、実際の査読プロセスを取り巻く管理業務やプロセス、サポート」[7]。
AIの応用方法のひとつは、適切な査読者を見つけること。
最近の分析では、研究者が査読の依頼を断ることが多くなる一方、
常に査読依頼を受け続けている一部には、偏見や利益相反のある人物が交じっている可能性があるため、
AIの活用が期待されると記事では述べられている[7]。
●あくまでAIは「効率化」のため
現在の欠点を考慮すると、テルウォール氏とそのチームは、
2027年または2028年に実施される予定の次のREFプロセスにおいて、
AIシステムを査読の補助に使用すべきではないが、
REFプロセスの評価に活用できるかもしれない[1]。
確かにAIの下す決断が意味のあるものだとしても、
評価項目がバレてしまうと対策がされてしまう。
これではまるで落語のような話になりそう。
論文の査読に関わる事務作業、たとえば著者の所属や業績に問題がないかどうかや
引用文献の内容の評価、共著者への連絡といった事務作業の軽減には役立ちそう。
研究のためには、研究費が必要。
研究費の獲得のためには、既存の研究や論文が評価されることが必要で、
テクニックの部分に研究者側・査読者側ともに振り回されているような印象がある。
面白い研究や壮大な研究にどんとお金がつけば良いとも思うが、
詐欺のような話も出てきそうで、都合のいい事にはならなそう…。
【参考】
[1] Nature. AI system not yet ready to help peer reviewers assess research quality
[2] Nature. Papermill alarm’ software flags potentially fake papers
[3] Statcheck
[4] Proofig
[5] Papermill Alarm API Documentation
[6]Can REF output quality scores be assigned by AI? Experimental evidence
[7] Nature. Should AI have a role in assessing research quality?
https://medicalai.m3.com/news/230330-series-kosaka112
iPS細胞からがんを攻撃するガンマ・デルタ T細胞を作製=神戸大
2023年4月2日(日)
神戸大学の研究チームは、ヒトiPS細胞から、ガンマ・デルタT細胞を作製することに成功した。
ガンマ・デルタ(ɤδ)T細胞は、さまざまな種類のがん細胞を攻撃し、
患者本人以外から採取したものであっても、がん細胞を攻撃できる特質を持つ。
こうした特質に注目して、ガンマ・デルタT細胞を体外で増幅培養して、
がんの免疫細胞療法に利用しようとする動きがあるが、
血液から作製するガンマ・デルタT細胞の増幅力には限界があり、
少数の提供者の血液から多数の患者の治療に十分な量まで細胞を増やすことは実現していない。
実現すれば、ガンマ・デルタT細胞を「既製品」のように製造し、流通させることができる。
研究チームは今回、無限の増殖脳と分化多能性を持つiPS細胞に注目。
同チームは、過去にガンマ・デルタT細胞からiPS細胞を作製することに成功し、
そのiPS細胞が血液細胞の元となる造血幹細胞に分化する能力があることを確認している。
しかし、そのiPS細胞から機能的なガンマ・デルタT細胞を作製できるかどうかは未確認のままだった。
iPS細胞から作製したガンマ・デルタT細胞は、
元の細胞の提供者以外でも大腸がん細胞、肝がん細胞、白血病細胞を攻撃することが確認できた。
この結果から、iPS細胞から作製したガンマ・デルタT細胞は、「別人」のがんの治療にも有効である可能性が高まった。
研究成果は3月23日、ステム・セル・リポーツ(Stem Cell Reports)誌にオンライン掲載。
今後、がん免疫細胞療法での利用を目指す。
iPS細胞が持つ、遺伝子操作が比較的容易という特徴から、
より高度な免疫細胞療法であるCAR-T療法やTCR-T療法にも応用できる可能性がある。
https://medicalai.m3.com/news/230402-news-mittr
2023年2月4日土曜日
パンデミックの流れを変えた mRNAワクチンの登場 2023年の展開は?
2023年1月31日(火)
メッセンジャーRNAワクチンは、新型コロナウイルスのパンデミックを乗り切る上で欠かせないものだった。
しかし、mRNAの可能性はそれだけではない。
他の多くの感染症に対応するワクチンや、あらゆるインフルエンザから人体を守るワクチン、
さらにはがんの治療に役立つワクチンも開発できる可能性がある。
2020年のことを思い出してほしい。
新型コロナウイルスの影響が次第に広がっていった時期のことだ。
命に関わる可能性のあるこの病気から身を守るために、私たちはマスクを着用し、
触れたものすべてを消毒し、他人との距離を置くしかないと警告されていた。
ありがたいことに、その裏ではもっと効果的な予防法の準備が進んでいた。
科学者たちは、まったく新しいワクチンを異例の速さで開発していたのだ。
1月には、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の塩基配列解読が終わり、
3月にはメッセンジャーRNA(mRNA)を使ったワクチンの臨床試験が始まった。
年末までには米国食品医薬品局(FDA)がワクチンの緊急使用許可を出し、ワクチン接種が本格的に始まった。
米国では、これまでに6億7000万回分以上のワクチンが人々に行き渡っている。
新薬としては驚異的なスピードだ。
実現できたのは、長年にわたる中核技術の研究があったからだ。
科学者や企業は、何十年も前からmRNAを利用した治療法やワクチンの開発に取り組んでいた。
最初に実験的な治療法が試されたのは、1990年代のこと。
げっ歯類を対象とした実験で、糖尿病やがんなどの病気を治療しようとするものだった。
mRNAワクチンは、ウイルスの一部を人体に注射するという方法に依存しない。
その代わりに遺伝子コードを注射し、人体がそのコードを使って関連するウイルスのタンパク質片を自分で作れるようにする。
この方法は全工程において、ウイルスの一部を使用する方法よりもはるかに迅速かつ簡潔なものだ。
実験室でウイルスを培養する必要はなく、それらのウイルスが作るタンパク質の精製も必要ない。
最初に承認されたmRNAワクチンは、新型コロナウイルスに対するものだったが、
他の多くの病気に対しても同様のワクチンの開発を模索する動きがある。
マラリア、HIV、結核、ジカ熱などは、その可能性のあるほんの一部だ。
mRNAワクチンは、個々の患者に合わせたオーダーメイドのがん治療にも使えるかもしれない。
がん治療の場合、体内の腫瘍細胞を攻撃するように設計された特定の免疫反応を誘発する手法が考えられている。
承認された2種類の新型コロナワクチンのうちの1つを開発したバイオテクノロジー企業であるモデルナは、
RSV(RSウイルス)、HIV、ジカ熱、EBV(エプスタイン・バー・ウイルス)などをターゲットとするmRNAワクチンの開発を進めている。
もう1つの新型コロナワクチンをファイザーと共同で開発したバイオンテック(BioNTech)は、
結核、マラリア、HIV、帯状疱疹、インフルエンザのワクチン開発に向けて研究を進めている。
両社ともに、がんの治療法開発にも取り組んでいる。
他の多くの企業や大学の研究室も、この動きに同調し始めた。
●自家製ワクチン
メッセンジャーRNA自体は、人体に入るとDNAによって読み込まれ、
タンパク質を作り出すのに使われるらせん構造の遺伝子コードである。
実験室で作られるワクチン用のmRNAは、特定のタンパク質をコードする(特定のタンパク質を作るための情報を持たせる)ことができる。
免疫系に認識させるように訓練したいタンパク質だ。
新型コロナウイルス・ワクチンの場合、
病気の原因となるSARS-CoV-2ウイルスの外殻に存在するスパイク・タンパク質がコードされている。
このmRNAは、脂質ナノ粒子という小さな粒子状の膜の中に収められる。
体内に無事に送り届けるためだ。
mRNAを使ったワクチンの研究に、いち早く取り組んできたペンシルベニア大学のカタリン・カリコ非常勤教授によれば、
このワクチンは安価かつすばやく、簡単に作れる。
非常に効率的でもある。
mRNAを細胞に入れると、30分後にはもうタンパク質が生成されています」と、カリコ教授。
そのようなタンパク質に一度さらされたことのある免疫系は、
同じタンパク質を持つウイルスに遭遇した際に強力な反応を起こしやすくなるというのが、
このワクチンの基本的な考え方だ。
新型コロナウイルスの場合、私たちを感染から守るタンパク質である抗体の生成が、
免疫系の反応を引き起こす主な要因になると考えられている。
訓練された免疫細胞も重要な役割を果たす。
理論的には、あらゆるタンパク質を標的とするmRNAを作ることができる。
そのため、どんな感染症でも標的になり得る。
現在、多くの感染症に対するmRNAワクチンの臨床試験が実施されている。
mRNAワクチン技術にとって刺激的な時代なのだ。
●万能防御
次に、臨床現場へ投入されるのはどのmRNAワクチンか、正確に予測するのは難しい。
現在のところ大きな期待が寄せられているのは、インフルエンザ・ワクチンだ。
複数のインフルエンザ株に対して予防効果があるだけでなく、
新型コロナウイルスからも防御できる万能ワクチンが現れるかもしれない。
現在のインフルエンザ・ワクチンは、ウイルスが含有するタンパク質を免疫系に導入することで機能する。
免疫系が反応を起こし、ウイルスの倒し方を学ぶのだ。
このタンパク質を作るには、数カ月かけて卵の中でウイルスを増殖させる必要がある。
ブリティッシュ・コロンビア大学でRNAを研究しているアンナ・ブレイクニー助教授によると、
10月にワクチンを使えるようにするには、2月には製造を始めなければならない。
北半球の科学者たちは毎年、南半球で起こったことを参考にして、
北半球で流行しそうなインフルエンザ株がどれかを予測している。
予測が常に的中するとは限らない。
インフルエンザ・ウイルスは卵の中にいる間でさえも、時間とともに変異する可能性がある。
その結果、「ワクチンの効果は低いことが知られています」とブレイクニー助教授。
米国疾病予防管理センター(CDC)の推計によると、
2019~2020年に米国で使用されたインフルエンザ・ワクチンの有効率は39%だが、
2004~2005年のインフルエンザ・シーズンで使用されたワクチンの有効率は10%。
mRNAワクチンは、比較的短時間で作ることができる。
「RNAワクチンは1カ月で完成できると考えていいでしょう」と、ブレイクニー助教授。
10月に流行しそうなインフルエンザ株を予測するために、9月までじっくり考えることができる。
その結果、標的をより正確に絞れるはずだ。
他にももう1つ、潜在的なメリットがある。
複数の種類のウイルスを対象に、それぞれのタンパク質をコードするmRNAの作成が可能なことだ。
複数のインフルエンザ株から防御するワクチンを作れるかもしれない。
ペンシルバニア大学のノルベルト・パルディ助教授たちは、万能インフルエンザ・ワクチンの開発に取り組んでいる。
このワクチンによって、ヒトを病気にさせる可能性のある、
あらゆる種類のインフルエンザから防御できる可能性がある、とパルディ助教授は考えている。
パルディ助教授のチームは最近、このワクチンが、インフルエンザの20種類の亜型から
マウスとフェレットを守る可能性があることを示した。
あらゆるコロナウイルスから防御するmRNAワクチンの開発に取り組んでいる研究室もある。
複数のタンパク質をコードできれば、1回の注射で複数の病気から守れる可能性がある。
モデルナはすでに、新型コロナウイルス、インフルエンザ、RSウイルスを標的とするワクチンの臨床試験を始めている。
将来にはさらに進歩し、理論的にはたった1回か2回の注射で20種類のウイルスから
防御できるようになるかもしれないと、カリコ教授。
●がんワクチン
新型コロナウイルスを標的とするmRNAワクチンの開発が始まる前から、
研究者たちはがんの治療にmRNAを利用する方法を模索してきた。
がん治療の場合、手法は少し異なっており、mRNAは「ワクチン療法」として機能することになる。
ウイルスのタンパク質を認識できるようにするのと同じように、
免疫系を訓練することにより、がん細胞のタンパク質も認識できるようになる可能性がある。
理論的には、この方法は完全に個々の患者専用にカスタマイズすることが可能だ。
科学者は、特定の個人の腫瘍細胞を調べ、その人自身の免疫システムががん細胞を撃退するのを助けるような、
カスタム・メイドの治療法を作り出せるだろう。
「RNAのすばらしい応用です。そこには大きな可能性があると思います」(ブレイクニー助教授)。
これまで、がんワクチンを作るのは難しかった。
原因の1つが、多くの場合、明確な標的となるタンパク質が存在しないこと。
新型コロナウイルスのスパイク・タンパク質のように、ウイルスの外殻に存在するタンパク質のmRNAは作ることができる。
カリコ教授は、私たち自身の細胞が腫瘍を形成する場合、
新型コロナウイルスのような明確な標的が存在しないことが多い。
がん細胞の場合、コロナウイルスから人体を守るために必要な免疫反応とは異なる種類の免疫反応が必要になるだろう。
「少々異なるワクチンを考え出す必要があるでしょう」と、パルディ助教授。
いくつかの臨床試験が進行中だが、「ブレークスルーはまだ起こっていません」(パルディ助教授)。
●次のパンデミック
mRNAワクチンは非常に有望ではあるが、少なくとも現在の技術では、世の中のあらゆる病気を防ぎ、
治療できるものではなさそうだ。
スウェーデンのストックホルムにあるカロリンスカ研究所の免疫学者であるカリン・ロア教授は、
mRNAワクチンの一部は低温冷凍庫で保管する必要がある点を指摘する。
世界にはそうした選択肢をとれない地域もある。
病気によっては、より難しい問題が伴うこともある。
感染症から防御するには、ワクチンのmRNAが関連するタンパク質をコードしなければならない。
そのタンパク質が重要なシグナルとなって、免疫系に対し、認識して防御すべきものを伝えるのだ。
新型コロナウイルスなど一部のウイルスの場合、
そのようなタンパク質を見つけることは非常に簡単だ。
他のウイルスの場合、それほど簡単ではない。
細菌感染を防ぐワクチンを作ろうとすると、良い標的を見つけるのが難しいかもしれない、とブレイクニー助教授。
HIVでもそれが難しかった。
「HIVに対して本当に有効な免疫反応を誘発する種類のタンパク質は、まだ見つかっていません」。
「mRNAワクチンがすべての解決策になるという印象を与えたくありません」と、ロア教授。
ブレイクニー助教授も同意見である。
「私たちは、これらのワクチンが発揮し得る効果を目の当たりにしてきました。それはとてもすばらしいこと」と、ブレイクニー助教授。
「しかし、一夜にして全てのワクチンがRNAワクチンになるとは思いません」。
それでも、楽しみなことはたくさんある。
2023年は、最新の新型コロナウイルス・ワクチンの登場が期待できる。
研究者たちは、近い将来、さらに多くの種類のmRNAワクチンを臨床の現場に投入したいと考えている。
「今後2~3年のうちに、他の感染症のmRNAワクチンも承認されることを本当に願っています」と、パルディ助教授。
パルディ助教授は、次の世界的な病気の大流行に備え、対応策を練っている。
次の大流行には、インフルエンザ・ウイルスが関与する可能性が高いと言われている。
次のパンデミックがいつ起こるのかはわからないが、「私たちはそれに備えなければなりません」と、パルディ助教授。
「パンデミックの最中にワクチン開発を始めてもすでに手遅れであることは、火を見るよりも明らかなのですから」。
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2023年1月18日水曜日
100分の1濃度の抗がん剤でがん細胞死滅に成功、光誘導による新手法開発 大阪公立大
100分の1濃度の抗がん剤でがん細胞死滅に成功、光誘導による新手法開発 大阪公立大
2023年1月9日(月)
副作用をおさえ奏効率を上げる観点から、必要最低量の薬剤を患部にのみ選択的に届ける
「Drag Delivery System(ドラッグデリバリーシステム)」の研究開発が盛んだが、
大阪公立大学の研究グループが、赤外光による誘導をベースとした新手法で、
従来の100分の1の濃度でがん細胞を死滅させることに成功した。
研究グループでは臨床応用のほか、創薬プロセスの効率化にも寄与するとしている。
研究成果を発表したのは、大阪公立大学 研究推進機構 協創研究センター LAC-SYS研究所の中瀬 生彦 所長補佐、
飯田 琢也 所長、床波 志保 副所長らの研究グループ。
今回、超放射の補助による光誘起対流を用い、
細胞透過性ペプチド(CPP)を含む生体機能性分子の細胞膜への集積と透過性向上を実現し、
1000分の1程度のnmol/L(10-9 モル/リットル)レベルでの光誘起集合のドラッグデリバリーシステムへの応用を実証した(図1~図2)。
細胞培養液中の生細胞の周りに光発熱集合を誘起するために、
プラズモニック超放射※1を示す高密度に金ナノ粒子を固定したガラスボトムディッシュ※2、
または金薄膜をコーティングしたガラスボトムディッシュに、
生体へほとんど吸収されずダメージを与えない波長1064 nmの赤外レーザー(出力:100 mW~400 mW)を10倍対物レンズで100秒間集光し、
基板上の細胞から100μmほど離れた位置にある目的の生細胞付近に分子を濃縮させた。
細胞内小器官であるミトコンドリアだけを染色する「MitoTracker」という低分子を用いた実験では、
従来の自然の細胞内導入では500 nmol/L以上必要であり、
図1のレーザー照射点から離れた場所での比較実験結果から、
100分の1に相当する5 nmol/Lや1000分の1に相当する500 pmol/Lのような低濃度では、
ほとんど細胞内に入らずミトコンドリアを染色できていないことが確認できる。
一方、レーザー照射点付近の実験結果では、わずか1000分の1の濃度である500 pmol/Lでも
光誘起バブル近傍の細胞内のミトコンドリアだけを選択的に染色できることを明らかにした(図1)。
さらに、光誘導加速により従来法よりも100分の1の濃度に相当する50 n mol/LのR8-PADを用いて
細胞死への誘導に成功した(図2)。
研究グループはこの成果について、
プレシジョン・メディスン(精密医療)やテーラーメード医療など創薬・医療分野へのブレークスルーを与え得るものであるほか、
高価な新薬の細胞試験における薬剤量を大幅に削減することによる低コスト化や、
創薬プロセスの加速にもつながるとしており、
現在、研究成果の基礎部分の特許取得を進めている。
今後は製薬企業らとの共同研究も視野に入れる。
※1 プラズモニック超放射
金属は、その内部を電子が自由に走り回ることができるため、
高い導電性や金属光沢を示すことは良く知られている。
一方で、金属から成る100ナノメートル(nm: ナノメートル=100万分の1ミリメートル)以下のサイズ、
いわゆる金属ナノ粒子では内部の表面近傍に束縛された自由電子が「局在表面プラズモン」と呼ばれる状態を形成する。
金属ナノ粒子が高密度に集積すると、各粒子中の局在表面プラズモンが光電磁場を介して
相互作用することで光散乱効率が高まると同時にスペクトル幅が増大し、
分極間相互作用による長波長シフトも起こる。
例えば、可視域に含まれる500~600ナノメートルに共鳴波長を有する金ナノ粒子が高密度に集積した場合、
赤外波長のレーザーに対する散乱だけでなく吸収も増大することを、これまでの理論研究で明らかにしている。
※2 ガラスボトムディッシュ
細胞培養用の小型容器で、中心付近に直径12mm程度の小さな円形の1 mm程度の深さの窪みがあり、
その部分に細胞と培養液を保持できる。
論文リンク:Light-induced condensation of biofunctional molecules around targeted living cells to accelerate cytosolic delivery(Nano Letters)
https://medicalai.m3.com/news/230109-news-medittech
皮膚に貼り付けられる光学センサーを開発、継続的な血流モニタリングが容易に カリフォルニア大
皮膚に貼り付けられる光学センサーを開発、継続的な血流モニタリングが容易に カリフォルニア大
2023年1月13日(金)
カリフォルニア大学サンディエゴ校の研究チームが、
ヘモグロビンを含む深部組織の生体分子をモニターできる電子パッチを開発した。
医療関係者は悪性腫瘍、臓器機能不全、脳や腸の出血など、
生命を脅かす状態を発見するのに役立つ重要な情報に、これまでにないほどアクセスできるようになるとしている。
体内の血液循環のモニタリングは、重篤なものを含む疾患の兆候をとらえるのに非常に役立つ。
循環が悪くなると臓器の機能低下が起こり、心筋梗塞や四肢の血管疾患など、
さまざまな病気を引き起こす可能性が高まるし、
脳や腹部、嚢胞などに異常な血液が貯留している場合は、脳出血や内臓出血、悪性腫瘍の可能性が高まる。
もし血流の継続的なモニタリングが手軽にできれば、現在よりも確実に適切かつ早期の医療的介入が可能になる。
研究グループが今回開発したパッチ型のセンサーは、
皮膚に快適に貼り付けることができ、非侵襲的な長期モニタリングが可能だ。
柔らかいシリコーンポリマーマトリックスに、レーザーダイオードと圧電トランスデューサーのアレイを備え、
レーザーダイオードはパルスレーザーを組織内に照射し、組織内の生体分子が光エネルギーを吸収、周囲の媒体に音響波を放射する。
皮膚表面の生体分子のみを感知する他のウェアラブル電気化学デバイスとは異なり、
皮膚下数センチの深部組織でヘモグロビンの3次元マッピングをミリメートル以下の空間分解能で行うことができる。
照射する波長は拡張および変更が可能で、検出可能な分子の範囲を拡大でき、臨床応用の可能性も視野に入る。
「体内のヘモグロビンの量と位置は、血液の流れや特定の部位への蓄積に関する重要な情報を提供する」と、
カリフォルニア大学サンディエゴ校のナノ工学科教授で本研究の責任著者であるSheng Xu氏は述べ、
今後、ウェアラブルデバイス化や体幹温度モニタリングの可能性についても検討する予定だ。
論文リンク:A photoacoustic patch for three-dimensional imaging of hemoglobin and core temperature(nature communications)
https://medicalai.m3.com/news/230113-news-medittech
日本の医療DX化、「周回遅れ」の懸念も - 中村祐輔・医薬基盤・健康・栄養研究所理事長に聞く
日本の医療DX化、「周回遅れ」の懸念も - 中村祐輔・医薬基盤・健康・栄養研究所理事長に聞く
◆Vol.2オンライン診療進むも今後の発展に課題残る
スペシャル企画 2023年1月14日 (土)配信聞き手・まとめ:橋本佳子(m3.com編集長)
●オンライン診療「様変わり」したが……
――ではコロナ禍の3年で、「より良い方向に医療が変わった」点はありますか?
オンライン診療です。
コロナ禍前は、かなりの抵抗がありましたが、もう全く様変わりしました。
ひいてはデジタル医療の評価も高まっています。
対面診療との比較では、画面を通して見ると患者さんの顔色が分かりにくいなどのデメリットはありますが、
特に医療の利便性が悪い地域の住民にとっては、オンライン診療が非常に重要であることは明らか。
妊婦健診では、母体胎児の生体情報をモニターできる小型機器も開発され、
遠距離通院の負担の軽減にもつながります。
オンライン診療やデジタル医療を活用しなければ、医療の地域格差は広がるばかりです。
日本の医療を維持、発展させるためにも、これらの活用が非常に重要です。
言い換えれば、医療のDX化を加速させなければ、日本の医療は「周回遅れ」になってしまうでしょう。
●AI問診と音声入力で質向上と業務負担軽減
――先生はSIPで、「AI(人工知能)ホスピタルによる高度診断・治療システム」のプロジェクトディレクターを務めています。
その中で特に注目されているプロジェクトは何ですか?
一つは、AI問診です。
今後かなり普及していくと見ています。
コロナ禍では、「非接触性」も重視されましたが、医療者と患者さんが接触する時間が短縮できるだけでなく、
AI問診タブレットを用いた場合、患者・付き添い者の負担が少なく、入力しやすいという結果が出ています。
忙しそうにしている看護師さんやお医者さんにいろいろ聞かれるよりも、待ち時間などに気軽に入力できるからでしょう。
AI問診は、医師にとっても有用。
診察前に患者情報を整理・確認できるほか、問診結果から想起すべき鑑別疾患が提示されるAIも開発されているので、
疾患見逃しなどの防止にもつながるからです。
バイタルサインの音声入力も、業務負担の軽減に有用。
看護師さんが「体温は○○」「血圧は○○」などと測定データを読み上げ、それを入力できるシステムを構築した結果、
1病棟1日当たり約7時間も削減されました。
日本全体で年間に7700万時間の削減になる計算。
画像診断には専門性が求められますが、X線CTにしても、そのスライス数は以前に比べて膨大です。
それを見落としなく診断するには、AIの補助が絶対的に不可欠です。
造影CT検査の事前の説明を人工知能アバターが補助することによっても、
業務負担の軽減につながることなども明らかになっています。
米国では、1年間に700万件の処方ミスで年間7000~9000人の死亡があります。
投薬ミスを治療するために、4兆円の医療費が余分にかかっているとの報告があります(StatPearls, July 3, 2022)。
薬の種類や量、投与方法など、さまざまな場面でミスが生じ得ますが、
AIが管理すればヒューマンエラーが激減すると思います。
AIとデジタル化は、医療の質の向上やミスの防止、医療者の負担軽減・業務の効率化など、さまざまな分野で発展しています。
今、医師をはじめ医療者の働き方改革が進められています。
タスクシフト先は、人間である必要はなく、AIでもいいわけです。
空いた時間を患者さんへのケアに充てれば、皆がハッピーになることが期待され、AIの利活用は今後の重要なテーマです。
●「診療情報は患者のもの」の発想必要
――オンライン診療やAIの活用を進めるには、医療情報のデジタル化、ビッグデータ化、その利活用が不可欠。
長年の課題ですが、この辺りを進めるアイデアはありますか?
電子カルテの標準化と同時に、次世代医療基盤法を改正して患者情報をオプトアウトで集めて、
それを利活用するという動きがあります。
欧米ではこのやり方で進めようとしていますが、政府に対する信頼性がないと難しい。
電子カルテの標準化には膨大なコストがかかる上に、政府に対する信頼性が低い日本で
果たして電子カルテの標準化やデータベース化は進むのでしょうか。
国が強制的に進めない限り難しいでしょうが、国がそこまでトップダウン的にやるとは思えない上、
国民の抵抗が大きいと私は考えています。
私も見知らぬ証券会社からの郵便が大阪の自宅に届くようになり、
マイナンバーカードに連結された情報が、今後どのように管理されていくのかを疑問視しています。
日本ではいまだに「診療情報は誰のものか」という議論があります。
診療情報は患者さんのものですから、患者さんにまずお返しする。
「どの医療機関や企業でも利活用してもらいたい」と意思表明した患者さんのデータだけ、
クラウド上でデポジットするプラットフォームを構築する方が、
コストが少なくて済む上に、現実的だと考えています。
――そのやり方であれば、「リアルタイムデータ」として活用でき、一定程度集まれば「リアルワールドデータ」としても活用できる。
まず前提ですが、「リアルワールドデータ」と言っても、データを集めたら何かができるわけではなく、
データをどう使うかを考えてデータを集める必要があるということ。
ここを間違えてはいけません。
「医療DX化を進め、次のパンデミックに備えよう」という掛け声がありますが、
基本的に何が問題なのか、例えばワクチンや薬を早期に開発するためにはどんなデータが欠けていたのかなどという検証がない限り、
「ゴミデータ」をいくら集めても「ゴミ」のままです。
「リアルワールドデータ」は、全数である必要はなく、一定程度、質のいいデータが集まれば、利活用できます。
その結果、新たな治療法などが見つかったら、データをデポジットしてくれた患者さんにフィードバックする。
こうしたインセンティブを付けて、データの収集と第三者利用を進める方が手続き的、またコスト的にも現実的ではないでしょうか。
仮にクラウドのデータベースを一から構築して、1兆円かかるとします。
確かに初期投資はそれなりにかかりますが、この活用で薬の投薬ミスなどを防止できたら、
先に紹介したアメリカの処方ミスの現実を単純に人口比で換算すると、導入した翌年には元が取れる計算になります。
――さまざまな可能性があるSIPの「AI(人工知能)ホスピタルによる高度診断・治療システム」ですが、2022年度で終了。2023年度以降の予定は?
2022年度で終了です。
ただ、本プロジェクトには多くの企業が関わっており、
ある程度、製品化の可能性が見えてきたものについては、企業が開発・支援を続けていくことが想定されます。
一方で、もう1期(5年)くらいSIPの予算で開発を続ければ、実用化の目途が立ち、日本の医療を大きく変える可能性があったのですが、
予算が打ち切られると厳しいと考えています。
評価が次に生かされない硬直化した仕組みこそが、日本の大きな課題だと考えています。
https://www.m3.com/news/iryoishin/1108171
トップの科学リテラシー、危機意識の欠如が露呈 - 中村祐輔・医薬基盤・健康・栄養研究所理事長に聞く
トップの科学リテラシー、危機意識の欠如が露呈 - 中村祐輔・医薬基盤・健康・栄養研究所理事長に聞く
◆Vol.1日本コロナ対策「非科学的な対応」の一言に尽きる
スペシャル企画 2023年1月10日 (火)配信聞き手・まとめ:橋本佳子(m3.com編集長)
国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所理事長を務め、東大名誉教授、シカゴ大学名誉教授でもある中村祐輔氏は、
遺伝・ゲノム医学研究の第一人者。
2018年からは、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)に採択された「AI(人工知能)ホスピタルによる高度診断・治療システム」
のプログラムディレクターとして、医療分野でのAIの開発・社会実装にも挑んでいる。
阪大医学部卒業後、外科医として4年間研鑽を積み、
内閣官房参与・内閣官房医療イノベーション推進室長の経験もあり、臨床・研究から、医療政策まで幅広い視点を持つ中村氏。
日本のコロナ対策を問うと「トップの科学リテラシー、司令塔機能、ひいては国家の有事に対する危機意識の欠如」と
手厳しい答えが返ってきた(2023年1月6日にインタビュー。全3回の連載)。
●「2類、5類」以外にも選択肢あるはず
――2022年、さらにはコロナ禍の過去3年の日本の対応は、先生の目にはどのように映っているのでしょうか?
2022年末、サッカーのワールドカップを見ていて、「この差は何だ」と思ったことを印象深く覚えています。
誰もマスクせずに会場内外で大声で叫んでいる一方、日本ではマスクをつけて静かにテレビ観戦していたという違い。
日本のコロナ対策を一言で言えば、「非科学的な対応」という言葉に尽きます。
感染症法上の分類をめぐる議論も、新型コロナウイルスの特性に合わせてフレキシブルに変更すればいいのに、
2類か5類かという選択肢しかないような議論を続けています。
科学者も、政治家も思考停止しているのではないでしょうか。
にもかかわらず、誰も何も言いません。
もう一つは、医療のデジタル化がすさまじく後れていること。
私はSIPで、「AI(人工知能)ホスピタルによる高度診断・治療システム」のプロジェクトディレクターを2018年度から5年間務めていますが、
それを身をもって感じました。
「日本のデジタル化がいかに後れているかが、国民の皆さんの目の前に突き付けられた」と言うこともでき、
それはよかったことかもしれません。
その他、基礎研究の遅れなど、日本の医学・医療のさまざまな弱点が露呈しました。
●ゲノム医学や免疫の「専門家」は不在
――まずは「非科学的な対応」についてお伺いできますか?
新型コロナ対策は、一義的には医学の問題として科学的に進めるべき。
そのために必要な情報を収集・分析するベースが全くないとしか思えません。
「ウイルスは変異する」と言いながら、ゲノム解析が十分になされていない。
解析していていも、そのデータがどう利用されているのかも分かりません。
PCR検査にしても、特にパンデミック初期は十分な検査ができず、流行状況などを把握できずにいました。
大学にはたくさんのPCR検査機器があったけれども、全然オーガナイズされていなかったので、十分に活用できません。
いまだにPCR検査体制は不十分だと考えています。
国内外の新型コロナに関する情報を収集・分析する体制も不十分。
ビオンテックがNature誌にがんに対する治療用のmRNAワクチンに関する論文を発表したのは、2017年のこと。
mRNAワクチンで免疫反応を誘導できるという内容でしたが、
日本ではコロナ初期には「mRNAワクチンなんて使えるのか」という議論がわき起こりました。
世界の最先端の情報を全く理解していない反応だと思います。
政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会をはじめ政府の会議体には、
ゲノム医学や免疫の専門家はいません。
最先端の技術や情報を持っていない人たちが集まって、「専門家」と称していること自体もナンセンス。
日本にも感染症の「専門家」は何人かおられますが、
米国CDC(疾病対策センター)は、世界各国に専門家を出し、各国の疾病動向をリアルタイムで監視しています。
ある意味、疾病動向を把握するための「諜報活動」と言えますが、日本にはこうした機能もありません。
●「リアルタイムデータ」欠如、ワクチンや治療薬の後れに
――「デジタル化の後れ」ですが、パンデミック初期は発生届もFAXを使うなど、「紙」ベースのやり取りが目立ちました。
昨今、「リアルワールドデータ」(Real World Data:RWD)の必要性が指摘されるようになりましたが、
それに加えて「リアルタイムデータ」(Real Time Data:RTD)が必要。
救急搬送一つ挙げても、どこの病院で受け入れ可能なのかが瞬時に分からず、
何時間も探す事態が生じるのは、バカげた話だ。
日本がワクチンや治療薬の開発が決定的に後れてしまったのは、
リアルタイムでデータを集める仕組みがないことが大きく影響しています。
コロナ治療薬の治験を迅速に進めるためには、どの病院にどの程度の重症度の患者がいるかなど、
ファンダメンタルな情報を集める体制が不可欠です。
そうしたデータの構築には、クラウドベースのサーバーやバイオインフォマティクスの専門家などが必要です。
クラウドサーバーは、Google、マイクロソフト、IBM、Amazonなど、アメリカ勢がメイン。
バイオインフォマティクスの専門家の重要性もかねてから指摘されていますが、
十分に育成されているとは言えません。
●日米トップの科学リテラシーの差は歴然
――さまざまな問題を指摘されていますが、なぜ日本はそのような状況に陥っているとお考えですか?
最大の問題は、トップの科学リテラシー、司令塔機能、ひいては国家の有事に対する危機意識の欠如。
バラク・オバマ元米大統領、ジョー・バイデン大統領を見て分かる通り、
日米の政治家の科学リテラシーの違いは明らか。
「大統領を目指す人には、科学リテラシーが必要」という認識があり、
サイエンティフィックなアドバイザーが必ずおり、また彼ら自身の知識も豊富です。
学会やシカゴ大学で、お二人の講演を聴講したことがありますが、受け答えを聞いていても、
どんな質問に対してもすごく的確に答えています。
バイデン大統領は、息子さんをがんで亡くされており、がんの臨床試験に関する知識はもう玄人はだしです。
ワクチンや治療薬の開発についても、アメリカでは国の指令が明確で、国の中枢と製薬企業が連携しながら取り組んでいます。
各種の検査体制にしても、アメリカは2001年の炭疽菌事件以来、
バイオテロを常に念頭に置いて何かあってもすぐ調べることができる体制を構築しています。
各種の危機を想定した情報を収集・分析し、対策を考える専門家集団を持っている。
何らかの問題に直面した時点で対応策を考えるのではなく、将来を見据えて何が必要なのか、
そのグランドデザインをまず描く。
マイルストーンを決めて人材も育て、インフラも整備してきたのがアメリカ。
日本では、国に対する脅威にどう対応するか、その危機意識の欠如がいろいろな場面で響いています。
その結果、対応が後手後手で、なおかつ「この問題は、この部署で」と縦割りの対応を続けてきたのが日本。
――米国は人口当たりの新型コロナによる死亡者数は世界トップであるなど、必ずしも対策が成功したとは言えない側面があるのでは?
CDCは、「The Epidemic Prediction Initiative (EPI) 」という、国内外の感染症監視プログラムを持っていますが、
ドナルド・トランプ前大統領の時代に、この予算を削ってしまった。
対応が後手に回ったのは、この点が大きいと私は見ています。
言い換えれば、トップ次第で成否が変わるということです。
●「ワクチン1日100万回」「一斉休校」は評価
――「縦割りの対応」を指摘された。2015年に日本医療研究開発機構 (AMED) が発足。研究開発面でも、縦割りは残っていますか?
私は、AMEDの前身の内閣官房医療イノベーション推進室室長を務めた経験があります(編集部注:2011年に発足。初代室長が中村氏)。
同室は、省庁横断的に医療政策を考えて、トップダウンで指示することを目指していました。
しかし、その後に発足した「健康・医療戦略室」はいつの間にか役人だけの組織に変わり、
医療現場を知らない人がいろいろな課題に取り組むようになってしまった。
AMEDは、医療政策の将来的な国家戦略を考えて、トップダウンで官民を問わず横断的に各組織を束ねて、
戦略を実現する役割を担うはずでした。
しかし、今のAMEDは、予算の使い方を見ても、各省庁の各部局が作ったものをベースにし、本来の機能を果たしているとは言えません。
トップダウンで組織を動かすという意味で、過去3年間のコロナ対応の中で印象に残ったのは、
菅前首相が「ワクチン接種1日100万回」を掲げ、それが実現したこと。
「地方交付税交付金の減額をちらつかせて……」という話も聞きますが、
地方を動かすための仕組み、手腕は絶対的に必要です。
もう一つは、安倍元首相が2020年2月末に打ち出した「学校の一斉臨時休校」。
今から振り返れば「そこまでする必要はあったのか」という人もいますが、
致死率が10%を超えるようだったら、褒めたたえられたでしょう。
当時は新型コロナに関して未知の部分が多かったので、最悪を前提とした対策として、
私自身は、悪くはなかったと思っています。
https://www.m3.com/news/iryoishin/1108170?dcf_doctor=false&portalId=mailmag&mmp=MD230110&mc.l=934644156&eml=12b55b931cb52b4152963c77864c5aec
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