2023年1月18日水曜日
トップの科学リテラシー、危機意識の欠如が露呈 - 中村祐輔・医薬基盤・健康・栄養研究所理事長に聞く
トップの科学リテラシー、危機意識の欠如が露呈 - 中村祐輔・医薬基盤・健康・栄養研究所理事長に聞く
◆Vol.1日本コロナ対策「非科学的な対応」の一言に尽きる
スペシャル企画 2023年1月10日 (火)配信聞き手・まとめ:橋本佳子(m3.com編集長)
国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所理事長を務め、東大名誉教授、シカゴ大学名誉教授でもある中村祐輔氏は、
遺伝・ゲノム医学研究の第一人者。
2018年からは、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)に採択された「AI(人工知能)ホスピタルによる高度診断・治療システム」
のプログラムディレクターとして、医療分野でのAIの開発・社会実装にも挑んでいる。
阪大医学部卒業後、外科医として4年間研鑽を積み、
内閣官房参与・内閣官房医療イノベーション推進室長の経験もあり、臨床・研究から、医療政策まで幅広い視点を持つ中村氏。
日本のコロナ対策を問うと「トップの科学リテラシー、司令塔機能、ひいては国家の有事に対する危機意識の欠如」と
手厳しい答えが返ってきた(2023年1月6日にインタビュー。全3回の連載)。
●「2類、5類」以外にも選択肢あるはず
――2022年、さらにはコロナ禍の過去3年の日本の対応は、先生の目にはどのように映っているのでしょうか?
2022年末、サッカーのワールドカップを見ていて、「この差は何だ」と思ったことを印象深く覚えています。
誰もマスクせずに会場内外で大声で叫んでいる一方、日本ではマスクをつけて静かにテレビ観戦していたという違い。
日本のコロナ対策を一言で言えば、「非科学的な対応」という言葉に尽きます。
感染症法上の分類をめぐる議論も、新型コロナウイルスの特性に合わせてフレキシブルに変更すればいいのに、
2類か5類かという選択肢しかないような議論を続けています。
科学者も、政治家も思考停止しているのではないでしょうか。
にもかかわらず、誰も何も言いません。
もう一つは、医療のデジタル化がすさまじく後れていること。
私はSIPで、「AI(人工知能)ホスピタルによる高度診断・治療システム」のプロジェクトディレクターを2018年度から5年間務めていますが、
それを身をもって感じました。
「日本のデジタル化がいかに後れているかが、国民の皆さんの目の前に突き付けられた」と言うこともでき、
それはよかったことかもしれません。
その他、基礎研究の遅れなど、日本の医学・医療のさまざまな弱点が露呈しました。
●ゲノム医学や免疫の「専門家」は不在
――まずは「非科学的な対応」についてお伺いできますか?
新型コロナ対策は、一義的には医学の問題として科学的に進めるべき。
そのために必要な情報を収集・分析するベースが全くないとしか思えません。
「ウイルスは変異する」と言いながら、ゲノム解析が十分になされていない。
解析していていも、そのデータがどう利用されているのかも分かりません。
PCR検査にしても、特にパンデミック初期は十分な検査ができず、流行状況などを把握できずにいました。
大学にはたくさんのPCR検査機器があったけれども、全然オーガナイズされていなかったので、十分に活用できません。
いまだにPCR検査体制は不十分だと考えています。
国内外の新型コロナに関する情報を収集・分析する体制も不十分。
ビオンテックがNature誌にがんに対する治療用のmRNAワクチンに関する論文を発表したのは、2017年のこと。
mRNAワクチンで免疫反応を誘導できるという内容でしたが、
日本ではコロナ初期には「mRNAワクチンなんて使えるのか」という議論がわき起こりました。
世界の最先端の情報を全く理解していない反応だと思います。
政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会をはじめ政府の会議体には、
ゲノム医学や免疫の専門家はいません。
最先端の技術や情報を持っていない人たちが集まって、「専門家」と称していること自体もナンセンス。
日本にも感染症の「専門家」は何人かおられますが、
米国CDC(疾病対策センター)は、世界各国に専門家を出し、各国の疾病動向をリアルタイムで監視しています。
ある意味、疾病動向を把握するための「諜報活動」と言えますが、日本にはこうした機能もありません。
●「リアルタイムデータ」欠如、ワクチンや治療薬の後れに
――「デジタル化の後れ」ですが、パンデミック初期は発生届もFAXを使うなど、「紙」ベースのやり取りが目立ちました。
昨今、「リアルワールドデータ」(Real World Data:RWD)の必要性が指摘されるようになりましたが、
それに加えて「リアルタイムデータ」(Real Time Data:RTD)が必要。
救急搬送一つ挙げても、どこの病院で受け入れ可能なのかが瞬時に分からず、
何時間も探す事態が生じるのは、バカげた話だ。
日本がワクチンや治療薬の開発が決定的に後れてしまったのは、
リアルタイムでデータを集める仕組みがないことが大きく影響しています。
コロナ治療薬の治験を迅速に進めるためには、どの病院にどの程度の重症度の患者がいるかなど、
ファンダメンタルな情報を集める体制が不可欠です。
そうしたデータの構築には、クラウドベースのサーバーやバイオインフォマティクスの専門家などが必要です。
クラウドサーバーは、Google、マイクロソフト、IBM、Amazonなど、アメリカ勢がメイン。
バイオインフォマティクスの専門家の重要性もかねてから指摘されていますが、
十分に育成されているとは言えません。
●日米トップの科学リテラシーの差は歴然
――さまざまな問題を指摘されていますが、なぜ日本はそのような状況に陥っているとお考えですか?
最大の問題は、トップの科学リテラシー、司令塔機能、ひいては国家の有事に対する危機意識の欠如。
バラク・オバマ元米大統領、ジョー・バイデン大統領を見て分かる通り、
日米の政治家の科学リテラシーの違いは明らか。
「大統領を目指す人には、科学リテラシーが必要」という認識があり、
サイエンティフィックなアドバイザーが必ずおり、また彼ら自身の知識も豊富です。
学会やシカゴ大学で、お二人の講演を聴講したことがありますが、受け答えを聞いていても、
どんな質問に対してもすごく的確に答えています。
バイデン大統領は、息子さんをがんで亡くされており、がんの臨床試験に関する知識はもう玄人はだしです。
ワクチンや治療薬の開発についても、アメリカでは国の指令が明確で、国の中枢と製薬企業が連携しながら取り組んでいます。
各種の検査体制にしても、アメリカは2001年の炭疽菌事件以来、
バイオテロを常に念頭に置いて何かあってもすぐ調べることができる体制を構築しています。
各種の危機を想定した情報を収集・分析し、対策を考える専門家集団を持っている。
何らかの問題に直面した時点で対応策を考えるのではなく、将来を見据えて何が必要なのか、
そのグランドデザインをまず描く。
マイルストーンを決めて人材も育て、インフラも整備してきたのがアメリカ。
日本では、国に対する脅威にどう対応するか、その危機意識の欠如がいろいろな場面で響いています。
その結果、対応が後手後手で、なおかつ「この問題は、この部署で」と縦割りの対応を続けてきたのが日本。
――米国は人口当たりの新型コロナによる死亡者数は世界トップであるなど、必ずしも対策が成功したとは言えない側面があるのでは?
CDCは、「The Epidemic Prediction Initiative (EPI) 」という、国内外の感染症監視プログラムを持っていますが、
ドナルド・トランプ前大統領の時代に、この予算を削ってしまった。
対応が後手に回ったのは、この点が大きいと私は見ています。
言い換えれば、トップ次第で成否が変わるということです。
●「ワクチン1日100万回」「一斉休校」は評価
――「縦割りの対応」を指摘された。2015年に日本医療研究開発機構 (AMED) が発足。研究開発面でも、縦割りは残っていますか?
私は、AMEDの前身の内閣官房医療イノベーション推進室室長を務めた経験があります(編集部注:2011年に発足。初代室長が中村氏)。
同室は、省庁横断的に医療政策を考えて、トップダウンで指示することを目指していました。
しかし、その後に発足した「健康・医療戦略室」はいつの間にか役人だけの組織に変わり、
医療現場を知らない人がいろいろな課題に取り組むようになってしまった。
AMEDは、医療政策の将来的な国家戦略を考えて、トップダウンで官民を問わず横断的に各組織を束ねて、
戦略を実現する役割を担うはずでした。
しかし、今のAMEDは、予算の使い方を見ても、各省庁の各部局が作ったものをベースにし、本来の機能を果たしているとは言えません。
トップダウンで組織を動かすという意味で、過去3年間のコロナ対応の中で印象に残ったのは、
菅前首相が「ワクチン接種1日100万回」を掲げ、それが実現したこと。
「地方交付税交付金の減額をちらつかせて……」という話も聞きますが、
地方を動かすための仕組み、手腕は絶対的に必要です。
もう一つは、安倍元首相が2020年2月末に打ち出した「学校の一斉臨時休校」。
今から振り返れば「そこまでする必要はあったのか」という人もいますが、
致死率が10%を超えるようだったら、褒めたたえられたでしょう。
当時は新型コロナに関して未知の部分が多かったので、最悪を前提とした対策として、
私自身は、悪くはなかったと思っています。
https://www.m3.com/news/iryoishin/1108170?dcf_doctor=false&portalId=mailmag&mmp=MD230110&mc.l=934644156&eml=12b55b931cb52b4152963c77864c5aec