2023年1月18日水曜日

日本の医療DX化、「周回遅れ」の懸念も - 中村祐輔・医薬基盤・健康・栄養研究所理事長に聞く

日本の医療DX化、「周回遅れ」の懸念も - 中村祐輔・医薬基盤・健康・栄養研究所理事長に聞く ◆Vol.2オンライン診療進むも今後の発展に課題残る スペシャル企画 2023年1月14日 (土)配信聞き手・まとめ:橋本佳子(m3.com編集長) ●オンライン診療「様変わり」したが…… ――ではコロナ禍の3年で、「より良い方向に医療が変わった」点はありますか? オンライン診療です。 コロナ禍前は、かなりの抵抗がありましたが、もう全く様変わりしました。 ひいてはデジタル医療の評価も高まっています。 対面診療との比較では、画面を通して見ると患者さんの顔色が分かりにくいなどのデメリットはありますが、 特に医療の利便性が悪い地域の住民にとっては、オンライン診療が非常に重要であることは明らか。 妊婦健診では、母体胎児の生体情報をモニターできる小型機器も開発され、 遠距離通院の負担の軽減にもつながります。 オンライン診療やデジタル医療を活用しなければ、医療の地域格差は広がるばかりです。 日本の医療を維持、発展させるためにも、これらの活用が非常に重要です。 言い換えれば、医療のDX化を加速させなければ、日本の医療は「周回遅れ」になってしまうでしょう。 ●AI問診と音声入力で質向上と業務負担軽減 ――先生はSIPで、「AI(人工知能)ホスピタルによる高度診断・治療システム」のプロジェクトディレクターを務めています。 その中で特に注目されているプロジェクトは何ですか? 一つは、AI問診です。 今後かなり普及していくと見ています。 コロナ禍では、「非接触性」も重視されましたが、医療者と患者さんが接触する時間が短縮できるだけでなく、 AI問診タブレットを用いた場合、患者・付き添い者の負担が少なく、入力しやすいという結果が出ています。 忙しそうにしている看護師さんやお医者さんにいろいろ聞かれるよりも、待ち時間などに気軽に入力できるからでしょう。 AI問診は、医師にとっても有用。 診察前に患者情報を整理・確認できるほか、問診結果から想起すべき鑑別疾患が提示されるAIも開発されているので、 疾患見逃しなどの防止にもつながるからです。 バイタルサインの音声入力も、業務負担の軽減に有用。 看護師さんが「体温は○○」「血圧は○○」などと測定データを読み上げ、それを入力できるシステムを構築した結果、 1病棟1日当たり約7時間も削減されました。 日本全体で年間に7700万時間の削減になる計算。 画像診断には専門性が求められますが、X線CTにしても、そのスライス数は以前に比べて膨大です。 それを見落としなく診断するには、AIの補助が絶対的に不可欠です。 造影CT検査の事前の説明を人工知能アバターが補助することによっても、 業務負担の軽減につながることなども明らかになっています。 米国では、1年間に700万件の処方ミスで年間7000~9000人の死亡があります。 投薬ミスを治療するために、4兆円の医療費が余分にかかっているとの報告があります(StatPearls, July 3, 2022)。 薬の種類や量、投与方法など、さまざまな場面でミスが生じ得ますが、 AIが管理すればヒューマンエラーが激減すると思います。 AIとデジタル化は、医療の質の向上やミスの防止、医療者の負担軽減・業務の効率化など、さまざまな分野で発展しています。 今、医師をはじめ医療者の働き方改革が進められています。 タスクシフト先は、人間である必要はなく、AIでもいいわけです。 空いた時間を患者さんへのケアに充てれば、皆がハッピーになることが期待され、AIの利活用は今後の重要なテーマです。 ●「診療情報は患者のもの」の発想必要 ――オンライン診療やAIの活用を進めるには、医療情報のデジタル化、ビッグデータ化、その利活用が不可欠。 長年の課題ですが、この辺りを進めるアイデアはありますか? 電子カルテの標準化と同時に、次世代医療基盤法を改正して患者情報をオプトアウトで集めて、 それを利活用するという動きがあります。 欧米ではこのやり方で進めようとしていますが、政府に対する信頼性がないと難しい。 電子カルテの標準化には膨大なコストがかかる上に、政府に対する信頼性が低い日本で 果たして電子カルテの標準化やデータベース化は進むのでしょうか。 国が強制的に進めない限り難しいでしょうが、国がそこまでトップダウン的にやるとは思えない上、 国民の抵抗が大きいと私は考えています。 私も見知らぬ証券会社からの郵便が大阪の自宅に届くようになり、 マイナンバーカードに連結された情報が、今後どのように管理されていくのかを疑問視しています。 日本ではいまだに「診療情報は誰のものか」という議論があります。 診療情報は患者さんのものですから、患者さんにまずお返しする。 「どの医療機関や企業でも利活用してもらいたい」と意思表明した患者さんのデータだけ、 クラウド上でデポジットするプラットフォームを構築する方が、 コストが少なくて済む上に、現実的だと考えています。 ――そのやり方であれば、「リアルタイムデータ」として活用でき、一定程度集まれば「リアルワールドデータ」としても活用できる。 まず前提ですが、「リアルワールドデータ」と言っても、データを集めたら何かができるわけではなく、 データをどう使うかを考えてデータを集める必要があるということ。 ここを間違えてはいけません。 「医療DX化を進め、次のパンデミックに備えよう」という掛け声がありますが、 基本的に何が問題なのか、例えばワクチンや薬を早期に開発するためにはどんなデータが欠けていたのかなどという検証がない限り、 「ゴミデータ」をいくら集めても「ゴミ」のままです。 「リアルワールドデータ」は、全数である必要はなく、一定程度、質のいいデータが集まれば、利活用できます。 その結果、新たな治療法などが見つかったら、データをデポジットしてくれた患者さんにフィードバックする。 こうしたインセンティブを付けて、データの収集と第三者利用を進める方が手続き的、またコスト的にも現実的ではないでしょうか。 仮にクラウドのデータベースを一から構築して、1兆円かかるとします。 確かに初期投資はそれなりにかかりますが、この活用で薬の投薬ミスなどを防止できたら、 先に紹介したアメリカの処方ミスの現実を単純に人口比で換算すると、導入した翌年には元が取れる計算になります。 ――さまざまな可能性があるSIPの「AI(人工知能)ホスピタルによる高度診断・治療システム」ですが、2022年度で終了。2023年度以降の予定は? 2022年度で終了です。 ただ、本プロジェクトには多くの企業が関わっており、 ある程度、製品化の可能性が見えてきたものについては、企業が開発・支援を続けていくことが想定されます。 一方で、もう1期(5年)くらいSIPの予算で開発を続ければ、実用化の目途が立ち、日本の医療を大きく変える可能性があったのですが、 予算が打ち切られると厳しいと考えています。 評価が次に生かされない硬直化した仕組みこそが、日本の大きな課題だと考えています。 https://www.m3.com/news/iryoishin/1108171