2023年12月18日月曜日
難攻不落のがんに光明、 次世代CAR-T療法が 固形腫瘍の治療で新成果
2023年12月1日(金)
遺伝子改変T細胞を用いたがん治療が、固形腫瘍にも有効であることを示す研究結果が発表された。
研究チームによると、mRNAワクチンを併用することで、より効果を高められる可能性がある。
ここ数年、遺伝子改変T細胞を用いた治療法の登場により、
治療が困難な血液がんに対する治療は劇的な進歩を遂げた。
この治療法では、患者自身の免疫系を利用してがん細胞を攻撃する。
「キメラ抗原受容体発現T細胞(CAR-T)療法」と呼ばれるこのようなT細胞療法でも、
つい最近まで、がん発症例のほとんどを占める固形腫瘍に有効なものはなかなか開発が進まなかった。
あまりの進歩のなさに、この分野の多くの関係者たちは落胆してきた。
マサチューセッツ総合病院がんセンターの細胞免疫療法部門長を務めるマルセラ・マウス医師は、
「少し前までは、固形腫瘍に対してCAR-T療法を実施しても、どの患者にも効果がなく、少々悲観的な声が聞こえてきました」
新たな臨床試験の結果は、次世代のCAR-T療法がようやく前進し始めたことをうかがわせるものであった。
10月下旬、マドリードで開催された欧州臨床腫瘍学会(European Society for Medical Oncology)のカンファレンスで、
バイオンテック(BioNTech)は「BNT211」と呼ばれる治療法に関して、臨床試験の暫定結果を発表した。
同社の研究チームは、主として卵巣がんや胚細胞がんなどの固形腫瘍患者44人を対象に、
さまざまな用量のCAR-T細胞と、場合によっては治療効果を高めるためのワクチンを投与した。
治療効果を評価できるだけの十分なデータが得られた患者38人のうち、
45%が奏効し、腫瘍の縮小あるいは完全な消失が認められた。
発表では、より高用量が投与された27人からなる別の治療群にも焦点が当てられた。
この群では、奏効率はさらに良く、60%近くに上った。
しかし、より深刻な副作用も認められた。
これは、臨床試験が進行中の数百件にものぼるCAR-T療法のうち、ほんの1件の結果に過ぎない。
研究者たちは、CAR-T療法をより有効で、正確で、安全なものにするために試行錯誤を重ねている。
「私たちは日々学び、前進しており、その成果として固形腫瘍にも効果が現れつつあります」とマウス医師は言う。
「格段に有用な治療法になるのではと大いに期待しています」。
●標的システム
T細胞は免疫細胞の一種で、病気の細胞を破壊したり、他の免疫細胞を呼び寄せて攻撃させたりすることで、
身体が感染症に抵抗するのを助けている。
残念ながら、T細胞はがん細胞を認識するのが苦手だ。
CAR-T療法は、その欠点を解消するものだ。
CAR-T療法を実施するには、まず専門技師が患者の血液からT細胞を採取する。
その細胞に遺伝子操作をして、がん細胞表面のタンパク質と結合できるキメラ抗原受容体(CAR)と
呼ばれる受容体を組み込ませる。
次に、この遺伝子操作した細胞を実験室で数百万個になるまで培養し、患者の体内に再注入する。
こうした細胞は、設計上の標的となるタンパク質と出会うと活性化し、そのがん細胞を破壊し始める。
「まさに生きた薬です」と、ヴァンダービルト大学の血液・腫瘍専門医のアンドリュー・ジャルークは説明。
固形腫瘍に対して、この治療法を用いる際の大きな課題のひとつは、
標的として適切なタンパク質を見つけることだ。
「いかにして適切な抗原を見つけ出すのか?
これこそが、この分野の誰もが本当に追い求めていることです」と、
スクリプス研究所(Scripps Research)にある創薬開発が専門の研究機関、
カリバー(Calibr)で生物学的製剤部門の副所長を務めるトラヴィス・ヤング博士。
標的としてふさわしいと思われるタンパク質の中には、重要な組織にも存在しているものがある。
T細胞が腫瘍を標的とする過程で、健康な細胞も攻撃してしまう危険性があるのだ。
15年前、実際にそのような事例が起こった。
乳がんの多くに共通する表面タンパク質である「HER-2」を標的とした、遺伝子改変T細胞を使った臨床試験で、
ある患者が、治療を受けた数分後に呼吸困難に陥り、5日後に死亡した。
T細胞が、彼女の肺細胞にある低レベルのHER-2を認識し、この組織を間違って攻撃したためだ。
バイオンテックは、「クローディン6(Claudin-6)」と呼ばれる特殊なタンパク質を標的とすることで、
この問題を回避した。
このタンパク質は、胎児組織やある種のがん細胞には存在するが、健康な成人組織には存在しない。
もうひとつの解決策は、T細胞をより賢くすることだ。
遺伝子操作により、複数の受容体を発現させたT細胞を作り出せば、
特定の条件が満たされた時だけスイッチが入る、いわば生物学的論理ゲートを持った細胞を作れる。
活性化に2種類の抗原の存在が必須となる細胞(「AND」ゲート)や、
いずれかの受容体が存在すれば活性化できる細胞(「OR」ゲート)を作成できる。
「まるでコンピューターが実行するような、細胞への複数の入力ゲートを人工的に作り出せるのです」とヤング博士。
T細胞はこうしたロジックを使って、腫瘍細胞と正常細胞のどちらと接触したかを判断できる。
それは、T細胞の本来の働きによく似ている。
T細胞には複数の入力経路が存在し、負と正のフィードバックループをなしている。
アーセナル・バイオ(Arsenal Bio)は、
こうした「ロジック・ゲート」的なアプローチを追求する企業のひとつだ。
2023年1月、同社は卵巣がんに対するCAR-T療法の臨床試験を開始した。
時には、治療の標的として利用できるがん細胞特異的なタンパク質、
もしくは複数のタンパク質の組み合わせが存在しないこともある。
そうした場合は、腫瘍特異的な標的が存在しなくても、標的を新たに付け加えることができるかもしれない。
コロンビア大学の研究チームは10月、
腫瘍に標識をつけるよう遺伝子操作したバクテリアを利用したCAR-T療法を開発した、と学術誌「サイエンス」に発表。
同研究チームは、大腸菌(E. coli)の一系統に改変を加えて緑色蛍光タンパク質を発現させ、
その株をマウスに注射した。
この大腸菌は、マウスの腫瘍に蓄積した。
次に、その緑色蛍光タンパク質を標的とするT細胞をマウスに注射した。
「私たちは腫瘍を緑色に塗り上げましたが、T細胞はこの緑色を『見る』ことができたのです」と、
コロンビア大学で合成生物学を研究する博士課程の学生で、論文の筆頭著者であるローザ・ヴィンセント。
なぜ、この大腸菌が腫瘍にのみ蓄積するのかはよくわかっていない。
ヴィンセントは、腫瘍の微小環境と関係があるのではないかと推測。
「免疫が強く抑制されている腫瘍内は、バクテリアが増殖するには絶好の環境です。
たった1個の細胞さえあれば、指数関数的に増殖します。
一方、健康な組織にバクテリアが付着しても、免疫系が即座に排除するでしょう」。
この方法は、今のところ臨床試験には至っていないが、
研究チームはすでにこの研究を発展させる方法について検討している。
ヒトは、マウスよりも大腸菌の表面にある毒素に対して脆弱である。
そのため、「主なリスクとしては、敗血症と毒素性ショックが考えられます」とヴィンセントは指摘。
「しかし、この菌株の毒性を弱めるために使える遺伝子工学的な手法はいくらでもあります」。
●自然の「OFF」スイッチ
がんと闘うために、免疫系を利用することは諸刃の剣でもある。
悪性細胞を破壊するには、強力なT細胞が必要となる。
しかし、T細胞が強力すぎると、大量の炎症分子を分泌して全身に炎症反応を引き起こし、
場合によっては死に至らしめることもあり得る。
こうした「サイトカイン放出症候群」と呼ばれる問題は、認可済のCAR-T療法でも起こり得る。
この症候群は、軽症の場合はインフルエンザのような感覚で、筋肉痛、身体の痛み、発熱を伴う。
重症の場合、激しい炎症により危険な状態に陥る可能性がある。
CAR-T療法において、有効性と毒性のバランスを見極めることは永遠の課題である。
バイオンテックは、まだ最適なバランスを見い出せていない。
発表された臨床試験では、半数以上の被験者にサイトカイン放出症候群が認められた。
ほとんどの症例は軽度であったが、2例でより重度の症状が見られた。
うち1例は急性呼吸不全に陥り、集中治療室での治療を余儀なくされた。
このような問題が高確率で発生したことは、
皮肉にも「ある意味で良い兆候」だとマウス医師は主張する。
この治療法が機能していることを示すものだからだ。
T細胞が、確実にがん細胞のみを標的にできるようになれば、CAR-T療法はより安全なものとなる。
医師たちは、T細胞が患者にダメージを与え始めた場合に備えて、
T細胞の抑制も可能にしておきたいと考えている。
ヤング博士を中心とするカリバーの研究者たちは、
T細胞を活性化させる際に抗体が必要となる、オンオフが可能なCAR-T療法を開発した。
がん細胞に結合する抗体を投与する。
次に、T細胞を注入すると、T細胞は抗体に結合して活性化する。
「抗体が存在しない場合、CAR-T細胞はどの細胞も標的にしません」とヤング博士。
抗体は数日以上はとどまらないため、「CAR-T細胞は、自然に『OFF』状態に戻ります」。
それによって、副作用があった場合は、治療を中断できる。
●時の試練
バイオンテックでは、CAR-T療法に付きまとうもうひとつの課題である、持続性の問題にも取り組もうとしている。
遺伝子改変T細胞は、体内のがんを完全に根絶できるほど長持ちするとは限らないのだ。
同社の研究者たちは、CAR-T細胞をmRNAワクチンと組み合わせることで、
その持続性を向上させたいと考えている。
T細胞が標的とする抗原と同じ、クローディン6を合成するように、mRNAワクチンに指令を出させるのだ。
周りに抗原が多ければ多いほど、T細胞は活性化する。
がん細胞もクローディン6を発現しているが、固形腫瘍の微小環境がT細胞の働きを妨げている可能性がある。
「CAR-T細胞が腫瘍に到達するころには、免疫抑制的な働きによってあまり増殖できなくなっている可能性があります」とジャルーク医師。
「ワクチンによって、T細胞はクローディン6と確実に接触して活性化され、すぐに十分増殖できるようになるはずです」。
バイオンテックの研究チームがマドリードで発表した暫定結果は、
このアプローチが有効である可能性を示唆している。
ワクチンを投与しなかった群では、「50日目には、CAR-T細胞の大部分が見られなくなりました」と、
結果の発表をしたオランダ癌研究所(Netherlands Cancer Institute)の研究者、ジョン・ハーネン教授。
ワクチンを投与された患者たちは、CAR-T細胞の持続性が向上していた。
こうした患者の多くは、90日が経過してもCAR-T細胞が残存していた。
「この結果を受けて、ワクチンを打たない場合と比較して有効性が高いと判断するには、もう少しデータが必要です」とジャルーク医師。
「増殖性や持続性を高めようとする方法としては、理にかなっていると思います」
将来的に同社は、より多くの患者を対象とした第2相臨床試験の実施を計画している。
「この分野には多くの企業が参入しており、さまざまな新技術について臨床試験が実施されています」とジャルーク医師。
「大成功」とは言えない臨床試験でさえ、貴重な教訓をもたらしてくれるという。
「いずれは、固形腫瘍に効果を発揮する製法に辿り着けるはずだ、と大いに希望を持っています」。
https://medicalai.m3.com/news/231201-news-mittr