2020年10月22日木曜日
吐く息で新型コロナ感染の有無を検査 「呼気医療に発展させる」と東北大と島津製作所
サイエンスポータル 2020年10月21日
東北大学と島津製作所の共同研究グループは、
吐く息で新型コロナウイルス感染の有無を調べる検査法を開発。
呼気の中に含まれるウイルスやタンパク質などを解析する手法を用いた
世界初とみられる技術で、医療現場で普及すれば約1時間で結果が出る簡便な検査法。
研究グループは今後も技術開発を進め、新型コロナウイルスだけでなく、
多くの疾患の診断にも使える「呼気医療」に発展させたい。
東北大学の大学院医学系研究科と加齢医学研究所が、
島津製作所と共同で開発した検査法は、
まず検査対象者に5分程度、呼気回収装置(エアロゾル採取システム)に
安静時呼吸で息を吐いてもらう。
次に呼気を冷却凝縮し、約1mlの呼気凝縮液を得る。
これを「オミックス」と呼ばれる技術を使い、
ウイルスやウイルス感染に関連するタンパク質を抽出して解析する仕組み。
PCR検査と同レベルの精度があり、既に神奈川県内の病院で約10人の新型コロナ感染症患者に
使ってもらい、検査の有用性を実証した。
検査対象者は約5分、安静時呼吸で呼気回収装置(エアロゾル採取システム)に
息を吐いてもらうだけで感染の有無が分かる。
研究グループによると、オミックスはタンパク質や代謝物などの生体分子を解析する技術で、
吐く息を使う「呼気オミックス」で、新型コロナウイルスを検出する試みは
これまで海外でも例がない。
呼気を検体とする解析システムは、PCR検査など現行の検査法と精度は同じながら、
より多くのデータが得られることから、
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の重症化を予測することも可能。
東北大学と島津製作所は、今回開発した検査法はCOVID-19以外の感染症のほか、
心臓病や脳卒中などの循環器系や肺炎、気管支炎などの呼吸器系の疾患、
糖尿病などの代謝性疾患といった多くの疾患の診断への活用も期待できる。
当面はこの検査法の関連装置をより小型化するなど、
医療現場などで手軽に使えるための実用化研究を急ぐ方針だ。
http://scienceportal.jst.go.jp/news/newsflash_review/newsflash/2020/10/20201021_01.html
2020年9月3日木曜日
新型コロナ患者で起きる免疫暴走の引き金物質を発見 阪大グループ
(2020年8月31日 サイエンスポータル)
大阪大学の研究グループは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)早期に起き、
重症化を招く免疫反応の暴走「サイトカインストーム」の引き金となる物質を発見。
血液凝固を促進する「PAI-1」というタンパク質で、
PAI-1が増えたCOVID-19の患者は、肺などに血栓ができて重症化していた。
この成果は、新たな治療法開発につながる。
22日米科学アカデミー紀要に掲載。
COVID-19の患者では、生理活性物質サイトカインの一つ「インターロイキン6」(IL-6)が
血中に増加し、このIL-6が血管からPAI-1を放出。
血栓が形成されてサイトカインストームに至り、重症化する仕組みを解明した。
COVID-19では肺でひどい炎症が起こり、多臓器不全に至って死亡する例も多い。
その過程で、免疫機構で重要な役目をするサイトカインが制御不能になって、
過剰な免疫反応と言えるサイトカインストームが起きることが分かってきた。
この過剰な免疫反応は、細菌感染でも起こる。
COVID-19でも全ての感染者に起きるわけではなく、
高齢者や基礎疾患がある人に起こる例が多いとされているが、
詳しいメカニズムは未解明だった。
発表したのは、大阪大学免疫学フロンティア研究センター免疫機能統御学の
姜秀辰(カン・スジン)助教、岸本忠三特任教授らのグループ。
岸本特任教授は、IL-6を発見したことで知られる。
姜助教らは、サイトカインストームが起きた91人の血液を健康な人の血液と比較。
その結果、サイトカインストームが起きた人は、
健康な人と比べて、PAI-1が顕著に増えていることが判明。
患者のPAI-1レベルは、細菌性敗血症や重症のやけどの患者に匹敵する高さ。
重症の新型コロナ患者のPAI-1の量を調べたところ、
その量も全身の炎症程度を示す数値もいずれも上がっていた。
PAI-1は、血管内皮細胞や肝臓、血小板などに存在するタンパク質で、
血管内皮が損傷したり、血小板が壊れたりして血中に放出される。
血中量が増えると、血栓の成長が促される。
研究グループは、増えたPAI-1により肺など多くの臓器で血栓ができ、
血管から生体維持に重要な液性成分を漏出させて肺炎を重症化させるとみている。
姜助教らの研究グループは、血管内皮細胞をIL-6で刺激する実験も行った。
すると、PAI-1が増えた。
この現象は、IL-6の働きをブロックする抗体医薬品
「アクテムラ」(一般名・トシリズマブ)により抑えられた。
同グループは、「COVID-19でもIL-6が上昇する早期にアクテムラを投与すれば、
PAI-1の産生を抑えることができ、これが有効な治療になると予測される」
http://scienceportal.jst.go.jp/news/newsflash_review/newsflash/2020/08/20200831_01.html
2020年7月25日土曜日
唾液PCR検査で無症状感染者をチェック 入国者や濃厚接触者は公費負担
サイエンスポータル 2020年7月21日
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のPCR検査について
厚生労働省は、有症者だけでなく、無症状の人を対象にした検査にも
唾液を使うことを承認した。
海外からの入国者や濃厚接触者の検査には公費負担する。
唾液PCR検査は、鼻の奥の粘液を綿棒で採取する従来の方法よりも
簡単、安全に検体を採取でき、結果も短時間で判明する。
同省は、空港の検疫所などでの水際対策に活用したい。
厚労省は東京都内で無症状の感染者数十人を対象に、
従来の方法と唾液を用いた方法の双方について検査精度を検証、
結果はほぼ一致した。
空港の検疫所で入国検査を受ける無症状の人や、
感染者の濃厚接触者らの感染の有無を調べるPCR検査の検体に
唾液を用いても問題ないとの結論。
6月2日以降、有症者の発症後9日までに限って唾液PCR検査を認めていた。
厚生科学審議会の感染症部会は、今回の検証結果を受け、
無症状の人にも唾液を用いたPCR検査を行うことについて問題はないと判断。
加藤勝信厚生労働相が17日の閣議後記者会見で、
海外からの入国者や濃厚接触者の検査には公費負担するなどの方針。
海外からの帰国者のうち、7月16日、17日の2日間に男性6人、女性3人の計9人が
無症状ながらCOVID-19陽性と判定。
年代は20代から60代と幅広く、同省は今後の感染拡大防止上、
こうした無症状感染者を水際でチェックする必要があると判断。
簡便な唾液PCR検査の活用に踏み切った。
以前は、唾液に含まれるウイルス量は鼻の粘液よりも少ないとみられ、
唾液PCR検査の精度は低いとの指摘も。
厚労省研究班が、COVID-19の感染者約90人から採取した唾液を使っての精度を
従来の方法と比べると、発症から9日以内なら判定結果がほぼ一致。
北海道大学の研究でも、唾液を使った方法の有効性が確認。
米食品医薬品局(FDA)も、唾液を使った検査キットの緊急使用許可を
5月初旬に出し、現在広く活用。
政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会(尾身茂会長)は、
無症状の人に対する検査のあり方について議論。
16日の会合では検査対象を
(1)有症状者、
(2)無症状で感染リスクが高いとみられる人、
(3)無症状で感染リスクが低いとみられる人―の3つに分類。
症状が無い(2)(3)のうち、(2)については公費負担、
(3)については企業や個人の費用負担を前提に検査を受けることに道を開く方針で合意。
感染拡大を防止するためには、無症状の人を広範囲に検査する体制を
確立すべきと指摘する専門家も多い。
http://scienceportal.jst.go.jp/news/newsflash_review/newsflash/2020/07/20200721_01.html
2020年7月13日月曜日
「コロナ後の社会で、スポーツの価値とは」 日本学術会議フォーラム、議論白熱
サイエンスポータル 2020年6月30日
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で、在宅時間が長くなり、
健康維持の観点から、スポーツの在り方が注目。
コンピューターゲームの対戦を競技として捉える「eスポーツ」が普及し、
若者の心身への影響が議論。
東京五輪・パラリンピックの開催が来年に延期された今、
社会はスポーツが持つ多様な価値や課題を、改めて見つめる必要に迫られている。
日本学術会議は学術フォーラム「人生におけるスポーツの価値と科学的エビデンス
新型コロナ感染収束後の社会のために」を、6月18日に開催。
スポーツ庁からスポーツの価値をテーマに審議依頼を受けた同会議が、
回答をとりまとめたのに合わせ、内容の公表と講演などを盛り込んだイベント。
◆「科学的根拠に立脚した練習を」など盛り込む
審議は、鈴木大地スポーツ庁長官が2018年11月、
「科学的エビデンスに基づく『スポーツの価値』の普及の在り方に関する審議について」
として、次の4つの課題について学術会議に依頼。
(1)日常生活でスポーツに親しむことが個人や社会にどう貢献するか、
科学的知見の整理、
(2)伝統や慣習、組織や精神文化との関係も含め、
スポーツの価値を高めるためのスポーツ界と科学の関係の検討、
(3)科学技術や情報技術の変化がスポーツの価値にどう影響するかの科学的知見の整理、
(4)スポーツ政策でEBPM(Evidence-Based Policy Making、証拠に基づく政策立案)を
推進する体制整備の提案。
学術会議は、委員会を設置。
科学技術振興機構の渡辺美代子副理事を委員長とする有識者ら16人。
(1)スポーツは心身の健康や体力増強、学習・認知能力の伸張に好影響を与え、
医療費抑制などで社会にも寄与する。
障害者を含む多様な人々が参画し、画一的でない実践を促すことが必要、
(2)科学的根拠に立脚した練習やコーチングにより、
経験主体のスポーツに高度な合理性を与えられる。
研究と応用が、人間の選別につながらないよう倫理面の配慮が不可欠、
(3)競技人口が急増しているeスポーツなど、身体運動を超えた新たな価値に配慮が必要。
ゲーム依存の防止策、組織やルールの確立などが急務、
(4)政策に反映できる科学的根拠の共有が重要。
各機関や現場で収集されたさまざまなデータを共有し包括的に分析するため、
各省庁や諸機関、学協会などのネットワークを活用する仕組みが必要。
◆スポーツは「社会の基礎を作る」
委員会は、「提言」も取りまとめた。
データを国立スポーツ科学センターに一元化する体制整備や、
科学的根拠に基づく指導によって暴力を削減、最小化する取り組み−−などを盛り込んだ。
鈴木氏は「審議依頼時、スポーツ界はセクハラ、パワハラ、ガバナンス(統治、管理)の
欠如など、ありとあらゆる問題の最中だった。
情熱的な指導と暴力の境目はどこか、eスポーツはスポーツなのか。
今後も学術会議との関係を強固にし、さまざまな課題を解決したい」
学術会議の山極壽一会長が「スポーツは科学的根拠だけでなく、
社会的意義も非常に重要。信頼するコーチや仲間の中でスポーツをすることで
信頼感を醸成し、生きる喜びを感じる。社会の基礎を作ってくれる。
学術としてスポーツを考えていくことが重要だ」
◆「引退までの苦しい道のり」経験告白も
基調講演では、脳性まひを持ちながら障害と社会の関係について研究する、
東京大学の熊谷晋一郎准教授。
五輪でヒーローが生まれるが「その陰で、成功できなかった人がたくさんいることを
忘れてはならない」と、元五輪バスケットボール選手、小磯典子さんの言葉を紹介。
スポーツは勝敗ではなく、人が社会で課された重荷を降ろして自由になり、
継続的に成長できるものであることが重要だ。
神戸大学医学部病院「ネット・ゲーム依存外来」で診療を続ける曽良一郎教授は
「eスポーツをスポーツと称するなら、心身の健全な発育に貢献することが求められる」と提起。
食欲が抑えられ、低体重となった若者などのゲーム依存の症例を紹介、
脳内のメカニズムが薬物依存のケースに似ていると指摘。
社会に対しては、ゲーム依存への警鐘がゲーム自体の制限の主張だと
誤解されているとアピール。
eスポーツは健康対策と経済活動の両立を図るべきだが、
ゲームの影響のデータが社会で共有されていないなど、多くの課題がある。
新型コロナウイルスによる休校が続いたことで、回復が妨げられたり、
予備軍が依存症に進んだりすることに強い危機感を示した。
日本スポーツ振興センター・ハイパフォーマンススポーツセンターの勝田隆センター長は、
新型コロナウイルスの影響を受けたスポーツ活動の再開にあたって、
「現場の皮膚感覚だけでなく、科学的に考えるサポートが重要だ」
ネットを含めさまざまな情報が飛び交うが、
「どんな機関や人が出しているものなのか。信頼性を重視してほしい」と呼び掛けた。
順天堂大学の室伏由佳講師は、2004年アテネ五輪出場などを果たした陸上選手時代、
過度の「都市伝説のような」トレーニングを重ねてスポーツ障害に陥ったと、
自身の経験を振り返った。
腰痛や貧血、婦人科疾患などに悩みながら、競技成績が良かったため対処を後回しに。
「引退までの苦しい道のり」の経験を告白し、メンタルヘルスや心理にも配慮した
選手のサポートの重要性を強調した。
1988年ソウル五輪シンクロナイズドスイミング銅メダリスト、
国際オリンピック委員会マーケティング委員会の田中ウルヴェ京委員は、
選手のメンタルトレーニングや心理コンサルティングに取り組んでいる。
選手の引退後のキャリア支援について講演。
「勝って得られる自信と、結果を得る過程にある自信は別のもの。
トップクラスの選手は、この2種類の自信を小さいころから鍛えており、
これらは引退後のセカンドキャリアでも生きるものだ」
引退時は、「競技を振り返り、今後の自分に何が有益、有害で、
何を転換しなければならないかを考える"棚卸し"作業が必要だ」
◆コロナ拡大で「競うことの意味変わる」
パネルディスカッションには、委員を含む7人が参加。
中京大学の來田享子教授は、「スポーツが社会と切り離せないことを強く認識した。
社会から光を当てると、そもそもスポーツに近づけない人がいることや、
各競技に良さと課題があることに気づく。提言はこうしたことを強調できた」
五輪の歴史に詳しい來田氏は「(近代オリンピックを提唱した)クーベルタンの
時代には人々の物理的距離が大きく、4年に1度集まることには特別な意味があった。
今は世界の移動が簡単になり、デジタル技術も発達し、集まることの意味が変化している。
新型コロナウイルスの拡大により、競うこと、体を近づけて互いに感じることの意味も変わる」
「スポーツのルールの捉え方も変わっていい。
国の経済状態が違えば、トレーニング環境や栄養状態も違うのに、
私たちはそのことに基本的に目をつぶり、スポーツのルールは公平だと言いくるめてきた。
これまで意識されなかった不公平さを乗り越えられると、
これまでとは違う人々が表彰台に上がるかもしれない」
バイオメカニクスや生体計測が専門の早稲田大学の川上泰雄教授は、
トップアスリートを支えて得た実感に基づいて、「万全の健康を保っている選手は意外に少ない。
多くが、けがや障害と付き合いながら競技生活を続けている。
将来を担う子供がこうならないよう、適切なスポーツ活動の確立を」と警鐘。
子供の発達障害に詳しいお茶の水女子大学の神尾陽子客員教授は
「教育が画一から個別へとシフトする中、スポーツ教育も画一的なままで
ドロップアウトする子供が出ないよう、教育者がスキルを身に着けてほしい」
国立情報学研究所の喜連川優所長は、「選手には引退まで、
コンサルタントがいていいなあと感動した。
大学の研究者なんて、そんな心配をしてくれる方は誰もいない」
「アスリートではない人がスポーツをすると、人生がどう変容するか。
そちらにも目を向けては」
◆勝負だけでない五輪の価値、見えるように
ディスカッションの進行役は、1988年ソウル五輪柔道銅メダリストで
日本オリンピック委員会理事、筑波大学の山口香教授。
「延期された五輪・パラリンピックでは、勝ち負けだけでない何かが、
きっと出てくる期待を感じる。でもいざ始まったらやはり、
日本人がメダルを取るのだといった話に、戻ってしまう気もする」と複雑な思い。
田中氏は「メディアには見えやすいもの、伝わりやすいものを報道する視点がある。
スポーツの人間は『五輪は結果主義ではない』と言わなければ。
五輪の価値はエクセレンス(卓越性)、リスペクト(敬意)、フレンドシップ(友情)
と決まっているが、見えにくい。
コロナの影響で、このオリンピズムを子供たちに伝えられていない」と、
もどかしさを口にした。
「来年に五輪があるかないかは、不確実性というストレスだ。
コロナの影響はコントロールできないので、私は現場では
『2024年のパリを目指そう』と言っている。
毎日鍛える理由が必要で、明確なものに視点を置かないとやっていけないからだ」
來田氏は「競技をしようと思っていた機会がずれてしまうのは、選手にはとてもしんどい」
「延期の1年の間に、勝ち負けだけでない、五輪の見えにくい価値を
見せていくことがあってよい。
クーベルタンは芸術や音楽などの創造的な営みの中に、
スポーツと共通する価値をみていた」
山極氏は「学術とスポーツは、南極と北極くらい離れていると思っていたが、
今日は赤道まで来ている感じがした。
コロナ後の新たな科学のあり方の、突破口が開かれるように思う」
人間の身体能力の頂点を見せてくれるトップアスリートは、いつの時代も憧れの存在だ。
スポーツの価値が多様化しても、この価値観は何らかの形で残るだろう。
スポーツ文化が成熟した社会では、彼らには競技成績だけでなく、
心身の健康管理の面で人々のモデルとなる役割も求められるようになる。
http://scienceportal.jst.go.jp/reports/other/20200630_01.html
2020年4月24日金曜日
唾液で新型コロナウイルスを検出
4月14日
Saliva is a reliable tool to detect SARS-CoV-2
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0163445320302139#bib0028
Saliva is a reliable tool to detect SARS-CoV-2
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0163445320302139#bib0028
社会的距離はどのくらい?
4月8日
Belgian-Dutch Study: Why in times of COVID-19 you can not walk/run/bike close to each other.
感染を防ぐため、1~2mの社会的距離を空けることが推奨されている。
これは、じっとしている時の話。
ベルギーやオランダの研究で、
ウオーキングでは4m、ジョギングでは10m、自転車では20m以上の
社会的距離が必要なことが示唆される。
http://gladiator-lab.ru/run-during-coronavirus
Belgian-Dutch Study: Why in times of COVID-19 you can not walk/run/bike close to each other.
感染を防ぐため、1~2mの社会的距離を空けることが推奨されている。
これは、じっとしている時の話。
ベルギーやオランダの研究で、
ウオーキングでは4m、ジョギングでは10m、自転車では20m以上の
社会的距離が必要なことが示唆される。
http://gladiator-lab.ru/run-during-coronavirus
2020年2月7日金曜日
脈拍、SpO2、ビリルビン濃度を同時計測できるウェアラブル型マルチバイタルセンサを開発、世界初
2020年1月31日(金)
横浜国立大学と横浜市立大学医学部小児科学は、
2020年1月22日、ゴム材料のような柔軟材料を用いることで、
光学的に新生児黄疸と経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)、
脈拍等複数バイタルサインを額から同時に計測できる
「ウェアラブル型マルチバイタルセンサ」の開発に
世界で初めて成功したと発表した。
横浜市立大学医学部小児科学の伊藤秀一主任教授、
魚住梓助教らの研究グループ。
新生児は胎内から胎外へ環境が変化することで、
臓器を始めとした体内環境が非常に不安定となり、
そのため、黄疸を起こすとされているビリルビン濃度を始めとして
複数のバイタルサインの経時的な計測が必要不可欠とされる。
研究チームでは、ゴム材料などの柔軟な材料を新生児と
デバイスのインターフェースに用いることによって、
新生児の負担が小さく、高密着に装着できる
ウェアラブル型マルチバイタルセンサを開発することで、
継時的な計測が可能となるかに取り組んでいる。
デバイス開発は、横浜国立大学工学研究院が担当し、
微細加工技術を用いて柔らかい基板上に LED、フォトダイオード(PD)、IC、
Bluetooth素子を載せた回路を作製、
その回路を、生体適合性が高く柔軟なシリコーンゴム材料の中に封入した。
今回、横浜市立大学医学部小児科学の協力により、
開発したデバイスを出生 0~5 日後の新生児に対し装着し、
作製したデバイスによる測定結果と、
従来から用いられている各種バイタルサイン計測デバイスによる
検査の結果を比較、相関があることを確認した。
研究チームは、新生児医療における重要なバイタルサインである
脈拍、SpO2、黄疸度(ビリルビン濃度)の測定については
現在、単独機器での計測しかできないのが現状で、
小型、ウェアラブル、個人で購入可能かつ同時測定可能な
デバイスが実現すれば、新生児の入院日数を短くし、
患者の金銭的負担と医師・看護師の負担を軽減することができる。
今後は、さらに心電や呼吸など他のバイタルサインの計測と連動し、
包括的に新生児の様々なバイタルサインを計測できる
ウェアラブルセンサを開発する予定。
https://medicalai.m3.com/news/200131-news-medittech?dcf_doctor=false&portalId=mailmag&mmp=AI200207&mc.l=566793847
横浜国立大学と横浜市立大学医学部小児科学は、
2020年1月22日、ゴム材料のような柔軟材料を用いることで、
光学的に新生児黄疸と経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)、
脈拍等複数バイタルサインを額から同時に計測できる
「ウェアラブル型マルチバイタルセンサ」の開発に
世界で初めて成功したと発表した。
◆3つのバイタルサインを同時計測、Bluetooth通信で送信
センサを開発したのは、横浜国立大学工学研究院の太田裕貴准教授、横浜市立大学医学部小児科学の伊藤秀一主任教授、
魚住梓助教らの研究グループ。
新生児は胎内から胎外へ環境が変化することで、
臓器を始めとした体内環境が非常に不安定となり、
そのため、黄疸を起こすとされているビリルビン濃度を始めとして
複数のバイタルサインの経時的な計測が必要不可欠とされる。
研究チームでは、ゴム材料などの柔軟な材料を新生児と
デバイスのインターフェースに用いることによって、
新生児の負担が小さく、高密着に装着できる
ウェアラブル型マルチバイタルセンサを開発することで、
継時的な計測が可能となるかに取り組んでいる。
デバイス開発は、横浜国立大学工学研究院が担当し、
微細加工技術を用いて柔らかい基板上に LED、フォトダイオード(PD)、IC、
Bluetooth素子を載せた回路を作製、
その回路を、生体適合性が高く柔軟なシリコーンゴム材料の中に封入した。
今回、横浜市立大学医学部小児科学の協力により、
開発したデバイスを出生 0~5 日後の新生児に対し装着し、
作製したデバイスによる測定結果と、
従来から用いられている各種バイタルサイン計測デバイスによる
検査の結果を比較、相関があることを確認した。
研究チームは、新生児医療における重要なバイタルサインである
脈拍、SpO2、黄疸度(ビリルビン濃度)の測定については
現在、単独機器での計測しかできないのが現状で、
小型、ウェアラブル、個人で購入可能かつ同時測定可能な
デバイスが実現すれば、新生児の入院日数を短くし、
患者の金銭的負担と医師・看護師の負担を軽減することができる。
今後は、さらに心電や呼吸など他のバイタルサインの計測と連動し、
包括的に新生児の様々なバイタルサインを計測できる
ウェアラブルセンサを開発する予定。
https://medicalai.m3.com/news/200131-news-medittech?dcf_doctor=false&portalId=mailmag&mmp=AI200207&mc.l=566793847
2020年2月5日水曜日
ガン細胞に免疫システム回避を許さない-期待の新研究
Roshini Beenukumar, PhD
ガン細胞は、免疫システムを回避するために様々な工夫。
Nature誌の記事によれば、共著者であるバーゼル市、チュービンゲン市、
ハイデルベルク市の研究者チームが、
急性骨髄性白血病(AML)患者において、
化学療法耐性白血病幹細胞がどのように免疫システムを回避するのかの
メカニズムを明らかにした。
白血病幹細胞は、ナチュラルキラー(NK)細胞が感応するための
リガンド分子を抑制する事によって、NK細胞から逃げることが出来る。
この研究によって、回避のメカニズムを標的とし免疫応答性を
敏感にする薬剤が期待される事が明らかに。
この研究が成功すれば、AML治療の方法が全く新しいものに変わっていく。
◆ガン細胞はどうやって免疫システムを回避しているのでしょう?
ガン細胞は、免疫システムを回避するための複数の方法を駆使。
腫瘍細胞は、表面に抗原を提示するので、それが免疫細胞の標的に。
このプロセスは不都合な側面も持っており、
腫瘍細胞の遺伝子不安定性によって操作されるが、
腫瘍細胞の選択の際、
免疫細胞のサーベランスから逃れることも起こってくる。
主たる免疫回避のメカニズムは、
IDO(インドールアミン2,3-ジオキシゲナーゼ)メカニズム。
IDO発現は、多くの腫瘍で上方制御され、
それによってT細胞の免疫性を抑制する。
急性骨髄性白血病では、骨髄幹細胞の異常な増殖と分化に特徴を持つので、
T細胞特異的免疫治療が選択され、
具体的には同種幹細胞移植が行われる。
抗体医薬の併用も、免疫治療の取り組みとして用いられる。
この併用法では、CD33のような白血病特異的抗原に
バクテリアや低分子の腫瘍毒性ペイロードを接合させ、
ガン細胞に選択的に送達できるように工夫。
抗CD33抗体医薬との接合は、
ゲムツズマブ オゾガマイシン(Gemtuzumab ozogamicin)が
AML治療のための抗体標的治療法として認可。
その他の著名な取り組みとしては、
キメラ抗原受容体を付加させたT細胞やCAR T細胞の療法が目立つ。
急性リンパ性白血病(ALL)と悪性B細胞リンパ腫では、
CAR T細胞療法が奏効率が高い。
AMLについても、CAR T細胞の療法の有効性を確認する
早期フェーズの臨床研究が進行中。
◆化学療法耐性幹細胞-AMLでよく見受けられる問題
AML患者は、治療後に寛解する多いが、その後再発する。
その原因は、化学療法耐性白血病幹細胞(LSCs)で、
その細胞が免疫システムを回避して治療耐性を持ってしまう。
現行の免疫治療の方法では、AMLの治療には適切ではない。
このLSCsのせいで、治療後に再発する。
Dr.Paczullaの研究チームによって、どのようにしてこの免疫システム回避が
起こるかのメカニズムが解明された。
◆免疫システムからガン細胞が自らを守るための
二つのキープレイヤーは、NKG2D-L と PARP1
NKG2Dは、NK細胞とT細胞に通常存在し、
「危険検知器」として機能している。
傷害されたり形質転換したり病原体に感染されたりした細胞を
除去するために働く。
NKG2D-Lは、MICファミリーとULBPファミリーに属し、
ストレス誘導リガンドを認識して問題のある細胞を除去するために機能。
Dr.Paczullaの研究チームは、
175人のAML患者由来の白血病細胞を分析し、
リガンドNKG2D-LはAMLの幹細胞以外の細胞に発現、
白血病幹細胞には発現していないことを明らかにした。
NKG2D-L発現AML細胞は、NK細胞によって除去されるが、
NKG2D-Lを発現していない白血病細胞は免疫システムを回避することが出来る。
これらの白血病細胞は、
形態学的未熟性・分子的あるいは機能的な
幹細胞性・患者由来異種移植モデルによる化学療法耐性などによって特徴。
「白血病幹細胞におけるこの免疫耐性の本質的なメカニズムは、
細胞表面に提示されるNKG2D-Lのような危険シグナルを抑制する事にある」
3人の責任著者の1人であるチュービンゲン大学病院と
German Cancer Consortium DKTK所属のDr. Helmut Salihは説明。
本研究のもう一つの重点は、
幹細胞性と免疫回避とのつながりを説明できた。
「幹細胞本体と免疫システムからの回避能とのつながりは、
これまで解らなかった」
バーゼル大学病院とバーゼル大学所属のDr. Claudia Lengerkeはコメント。
◆この免疫回避戦略を支えるメカニズムは何か?
内在するメカニズムを解明したことによって、
これから私たちが反撃に出ることが出来る」
本研究の3人の責任著者の1人であるGerman Cancer Research Center と
HI-STEM社に所属するDr. Andreas Trumpは説明。
白血病幹細胞が免疫システムを回避するメカニズムが解明。
このメカニズムに、PARP14を加えることによって新たな展望が拓ける。
化学療法耐性の幹細胞を、PARP1阻害剤と活性NK細胞との
組み合わせで撃破する。
本研究に参加した科学者チームは更なる臨床応用を目指し、
臨床評価とバリデーションの臨床研究を続けていく。
https://www.phchd.com/jp/biomedical/applications/evolving-science-for-the-future/preventing-cancer-cells-from-escaping-the-immune-system-a-promising-new-study
ガン細胞は、免疫システムを回避するために様々な工夫。
Nature誌の記事によれば、共著者であるバーゼル市、チュービンゲン市、
ハイデルベルク市の研究者チームが、
急性骨髄性白血病(AML)患者において、
化学療法耐性白血病幹細胞がどのように免疫システムを回避するのかの
メカニズムを明らかにした。
白血病幹細胞は、ナチュラルキラー(NK)細胞が感応するための
リガンド分子を抑制する事によって、NK細胞から逃げることが出来る。
この研究によって、回避のメカニズムを標的とし免疫応答性を
敏感にする薬剤が期待される事が明らかに。
この研究が成功すれば、AML治療の方法が全く新しいものに変わっていく。
◆ガン細胞はどうやって免疫システムを回避しているのでしょう?
ガン細胞は、免疫システムを回避するための複数の方法を駆使。
腫瘍細胞は、表面に抗原を提示するので、それが免疫細胞の標的に。
このプロセスは不都合な側面も持っており、
腫瘍細胞の遺伝子不安定性によって操作されるが、
腫瘍細胞の選択の際、
免疫細胞のサーベランスから逃れることも起こってくる。
主たる免疫回避のメカニズムは、
IDO(インドールアミン2,3-ジオキシゲナーゼ)メカニズム。
IDO発現は、多くの腫瘍で上方制御され、
それによってT細胞の免疫性を抑制する。
腫瘍の免疫回避に影響を受けやすいいくつかの免疫細胞は、
(1)調整樹状細胞(DCs)と調整T細胞(Tregs)は腫瘍抗原に対する耐性を起こし、
(2)骨髄由来抑制細胞(MDSCs)は炎症性因子を誘起し腫瘍の進行をサポート。
(3)マスト細胞は上皮腫瘍形成に関与しているとの仮説。
複数のコンビネーションで免疫システムを回避する機構によって、
腫瘍周りの微小領域で免疫抑制が成され、
結果的に進行ガンにおいて転移が見られる。
◆急性骨髄性白血病と免疫治療-現行のアプローチ
急性骨髄性白血病では、骨髄幹細胞の異常な増殖と分化に特徴を持つので、
T細胞特異的免疫治療が選択され、
具体的には同種幹細胞移植が行われる。
抗体医薬の併用も、免疫治療の取り組みとして用いられる。
この併用法では、CD33のような白血病特異的抗原に
バクテリアや低分子の腫瘍毒性ペイロードを接合させ、
ガン細胞に選択的に送達できるように工夫。
抗CD33抗体医薬との接合は、
ゲムツズマブ オゾガマイシン(Gemtuzumab ozogamicin)が
AML治療のための抗体標的治療法として認可。
その他の著名な取り組みとしては、
キメラ抗原受容体を付加させたT細胞やCAR T細胞の療法が目立つ。
急性リンパ性白血病(ALL)と悪性B細胞リンパ腫では、
CAR T細胞療法が奏効率が高い。
AMLについても、CAR T細胞の療法の有効性を確認する
早期フェーズの臨床研究が進行中。
◆化学療法耐性幹細胞-AMLでよく見受けられる問題
AML患者は、治療後に寛解する多いが、その後再発する。
その原因は、化学療法耐性白血病幹細胞(LSCs)で、
その細胞が免疫システムを回避して治療耐性を持ってしまう。
現行の免疫治療の方法では、AMLの治療には適切ではない。
このLSCsのせいで、治療後に再発する。
Dr.Paczullaの研究チームによって、どのようにしてこの免疫システム回避が
起こるかのメカニズムが解明された。
◆免疫システムからガン細胞が自らを守るための
二つのキープレイヤーは、NKG2D-L と PARP1
NKG2Dは、NK細胞とT細胞に通常存在し、
「危険検知器」として機能している。
傷害されたり形質転換したり病原体に感染されたりした細胞を
除去するために働く。
NKG2D-Lは、MICファミリーとULBPファミリーに属し、
ストレス誘導リガンドを認識して問題のある細胞を除去するために機能。
Dr.Paczullaの研究チームは、
175人のAML患者由来の白血病細胞を分析し、
リガンドNKG2D-LはAMLの幹細胞以外の細胞に発現、
白血病幹細胞には発現していないことを明らかにした。
NKG2D-L発現AML細胞は、NK細胞によって除去されるが、
NKG2D-Lを発現していない白血病細胞は免疫システムを回避することが出来る。
これらの白血病細胞は、
形態学的未熟性・分子的あるいは機能的な
幹細胞性・患者由来異種移植モデルによる化学療法耐性などによって特徴。
「白血病幹細胞におけるこの免疫耐性の本質的なメカニズムは、
細胞表面に提示されるNKG2D-Lのような危険シグナルを抑制する事にある」
3人の責任著者の1人であるチュービンゲン大学病院と
German Cancer Consortium DKTK所属のDr. Helmut Salihは説明。
本研究のもう一つの重点は、
幹細胞性と免疫回避とのつながりを説明できた。
「幹細胞本体と免疫システムからの回避能とのつながりは、
これまで解らなかった」
バーゼル大学病院とバーゼル大学所属のDr. Claudia Lengerkeはコメント。
◆この免疫回避戦略を支えるメカニズムは何か?
新たにこの防御機構のキープレイヤーを紹介すると、
PARP1(ポリADPリボースポリメラーゼ1)という分子で、
主としてDNA損傷の修復を担いゲノムの全体性を維持する役割を持っているが、
さまざまなガンに関与。
いくつかのPARP阻害剤は、BRCA1/2変異卵巣ガンの進行期の治療に使う
オラパリブ(KuDOS/AstraZeneca製)のように、臨床での使用が認可。
NKG2D-Lを発現しない白血病幹細胞の免疫回避機構は、
PARP1によって仲介されている。
PARP1発現は、NKG2D-L の発現を抑え込み、
白血病幹細胞において上方制御され、
これによって免疫回避が行われる。
患者由来異種移植マウスモデルにPARP1阻害剤を適用したら、
白血病幹細胞はNKG2D-Lを発現する機能を回復した。
同モデルに対し、引き続いてモノクローナルNK細胞を移植したら、
腫瘍形成を抑制し、幹細胞は認識されNK細胞によって除去された。
◆今後の方針
免疫回避メカニズムに、PARP1を深く関与させるという考え方は大変面白い。
PARP1阻害剤は、AMLマウスモデルにおいては良好な結果が観察、
重要なことはガン患者に応用できるという事。
PARP1阻害剤を他の治療法と組み合わせれば、
特定の白血病幹細胞を標的として、AMLの長期に渡る回復が
可能となる日が来ると期待。
「私たちは、ガン細胞がどれほど賢く免疫システムを騙しているのかを明らかにした。内在するメカニズムを解明したことによって、
これから私たちが反撃に出ることが出来る」
本研究の3人の責任著者の1人であるGerman Cancer Research Center と
HI-STEM社に所属するDr. Andreas Trumpは説明。
白血病幹細胞が免疫システムを回避するメカニズムが解明。
このメカニズムに、PARP14を加えることによって新たな展望が拓ける。
化学療法耐性の幹細胞を、PARP1阻害剤と活性NK細胞との
組み合わせで撃破する。
本研究に参加した科学者チームは更なる臨床応用を目指し、
臨床評価とバリデーションの臨床研究を続けていく。
https://www.phchd.com/jp/biomedical/applications/evolving-science-for-the-future/preventing-cancer-cells-from-escaping-the-immune-system-a-promising-new-study
体を知ることからスポーツは始まる ~運動神経って何だろう?~
2019年3月29日
スポーツの習熟といえば、アスリートとコーチの知識と経験に基づく
主観的、試行錯誤的な方法によることが多かった。
近年は、科学的な視点からスポーツを分析する「スポーツ科学」が確立。
アスリートの知識と経験を科学により裏付けることで、
より客観的で効率的に習熟することが可能に。
「バイオとは『生体』、メカニクスとは『力学』。
これを組み合わせてできた言葉が、『バイオメカニクス(生体力学)』。
力学や解剖学を応用し、生き物の構造や運動を解析する学問で、
それをスポーツに応用したものが、『スポーツバイオメカニクス』」
人間の動きも自動車の動きも、力学的には同じもの。
人間の体は、力学だけでは説明できない。
「例えば、階段の上り下り。
力学では、階段を上るのはプラスの仕事。
体を持ち上げるので、エネルギーを使う。
反対に下りるのは、マイナスの仕事。
体を下ろすのに、エネルギーは必要としない。
実際は、人が階段を下りるときも、体が落ちすぎを防ぐエネルギーは必要。
そこで必要となってくるのが、『スポーツバイオメカニクス』という学問」
◆そもそも「運動神経」とはどのようなものなのか?
「スポーツ」も「九九」も要は脳の神経回路
スポーツバイオメカニクスで体の構造や動きを解析し、
そのデータをうまく取り入れることができれば、
子どものときからつきまとう運動神経の良しあしといった問題は解消できるか?
「『運動神経』とは、脳から筋肉に通じる神経の一部のこと。
運動することの『うまい下手』とは関係がない」
私たちが日ごろ使っている「運動神経がいい」という言葉は、
バイオメカニクスの考え方では不適当だ。
「運動の『うまい下手』を分けるのは、
脳に運動を司る神経パターンができているかどうか。
脳内の神経には電気信号が通るが、
同じ神経回路に電気信号が繰り返し通ることで記憶ができる。
運動がうまくできるということは、脳内で電気信号をコントロールして
主要な筋肉にタイミングよく適切に伝わることにより
思い通りの動きができるということ。
九九ができるようになったり、すらすらと漢字が書けるようになったり
するのも同じ仕組み」
◆生まれつき運動が苦手な人はいない
運動のうまい下手は、生まれる前から決まっているのではなく、
生まれた後の環境、つまり練習で決まる。
「よく『運動神経が悪いのは、親も運動が苦手だから』と
遺伝のせいにする人がいるが、これは間違った解釈。
自転車に乗れるようになるまで、繰り返し練習する。
これは遺伝ではなく、練習を重ねるから乗れるようになる。
練習期間には個人差があるが、
練習を重ねて乗れるようになるというところは誰でも一緒。
運動ができないことを遺伝のせいにして途中であきらめてしまうと、
学びのチャンスを逃す」
数回でできる人もいれば、100回かかってできる人もいる。
時間がかかってもできるまでやれば、1回でできた人と結果は同じ。
遺伝のせいだと途中で練習を投げ出してしまうと、
できるものもできなくなる。
◆スポーツの“未来”を明らかにする科学
バイオメカニクスで変化したスポーツ
運動能力を高めるためには、繰り返し練習をすることが不可欠。
スポーツをする上で、バイオメカニクスをどのように取り入れればいいか。
「スポーツバイオメカニクスによって動作を分析すると、
うまい人がどのようにしてその動作を行っているのかが理論的に分かる。
それが明らかになったら、その動作に到達できるような
反復練習のメニュー『ドリル』を提案。
ドリルを行っていれば、知らぬ間に理想の動作に近づくことができる。
これまでのコーチは、経験に根ざしていたので、
目標とするパフォーマンスの高い動作が分からないまま選手に教えることがあった。
求めるべき『解』が分からない状態。
バイオメカニクスを取り入れることで、
これまでのスポーツでは十分に把握できていなかった『解』が分かるようになった。
『解』が分かれば、あとはそこを目標に教えればいい」
従来のスポーツ界では、過去の映像と現在を比較して研究することで
選手の技術を向上させてきた。
バイオメカニクスを取り入れることで、選手のやるべきことが
さらに明確に見えてきた。
「これまで“過去”と“今”を比べることはできた。
“今”と目指すべき“未来”を比べることは、科学にしかできない」
◆デジタルシミュレーションが可能性を広げる
この「解」を求めるために使われている機器は、
主に人間の動作をデジタルデータとして記録する「モーションキャプチャー」、
体と地面のあいだに生まれる反力を計測する「フォースプレート」、
筋肉から発生する電位を計測して筋肉の活動を調べる「筋電計」の3つ。
これらのデータを基に、トップ選手がどのように動きをつくっているかを
知ることができる。
これを逆ダイナミクスという。
コンピューター内に人間のモデルを作り、
シミュレーションを行っていく方法も並行して試みる。
「シミュレーションできると、さまざまなメリットが生まれる。
通常のトレーニングでは、グラウンドなど広い空間が必要だが、
コンピューターならその必要はない。
選手にトレーニングでどこまで負荷をかけていいのか、
そのギリギリを見極めることもできる。
データから作り出したモデルなら、ケガをさせる心配がない」
◆アスリート指導に貢献するテクノロジー
スポーツにバイオメカニクスを取り入れることで、
選手に的確な指導が行えるようになったが、
トップアスリートにどのような影響を与えているのだろう。
「もしバイオメカニクスによって、トレーニング環境が完璧に整えられるとしたら、
あとは筋肉の質や骨格の長さといった遺伝的要因の勝負に。
今も将来も、完璧なトレーニング環境を整えることなどできない。
スポーツには、さまざまな可能性があって面白い」
テクノロジーが進化することで、トレーニング環境も進化する。
アスリートの成績も、環境がどれだけ整うかで変わってくる。
「スポーツ科学の分野は、『アーツ&サイエンス』だ。
『芸術と科学』となるが、この場合のアーツとは
『もしかしたらそうなるかも』と“予想”を立てること。
サイエンスは、『こうしたらこうなる』という“方法”を指す。
スポーツ科学では、『こうすれば必ずこうなる』という確実な“方法”で
指導した後、『もしかしたら、この選手はこうするともっとよくなるかも』という
“予想”を立てて指導する2層構造になっている。
昔は、“科学”がなくて“予想”だけで行っていたので、失敗も多かった」
昔は、選手に科学的根拠のない練習をさせて、
たまたまうまくいった選手だけが残った。
今では、科学をベースにした理論的な練習を行えるようになり、
脱落する選手が少なくなった。
◆データ分析の「解」は研究者からコーチへ
科学的に解析した結果は、どのようにアスリートにフィードバックされ、
成績の向上につながっていくのだろう。
「体を動かすタイミングは、研究データを見ればわかる。
動かす元になる筋肉のことが分かれば、
おのずとトレーニング方法も分かってくる。
選手へのフィードバックは、解析した研究者が直接行うのではなく、
コーチを通じて行っている」
データ分析で出た「解」をコーチに渡し、コーチはそれを自分の言葉で伝える。
これによって成績向上につながるだけでなく、
コーチと選手との信頼関係も深まる。
◆楽しさと達成感がスポーツ上達の鍵
小中学生にバイオメカニクスを取り入れるためには
アスリートの成績向上に欠かすことができない「スポーツバイオメカニクス」。
これを小中学生に取り入れて、上達させる方法はあるのだろうか?
「うまくなるには、『反復練習(ドリル)』を行う必要がある。
繰り返し練習することで、運動能力は向上する。
好きなことをやっていくことで、持続できる。
子どもは嫌いなことは続かない」
ドリルを行って、今までできなかったことができるようになれば楽しくなる。
そうすればまた練習する。
これを繰り返していくうちに、上達していくのだ。
「ドリルを行う際、まず親がやって見せるというのもいい方法。
サッカーだったら、リフティングを一緒にやってみる。
それも練習を楽しむためのひとつ」
楽しいと思えるようになるまでには、苦しいこともある。
何回練習してもできないとつらい思いをするけれど、
その先に楽しいことが待っている。
頑張ったからこそ、達成感を味わえるということも伝えておきたい。
「達成感を感じてもらえるようにしてあげるのも、大人の役割。
運動会の徒競走。
毎年ビリの子どもでも、昨年と今のタイムを比べれば速くなっているはず。
毎年運動会でビデオを撮って、ピッチとストライドを見比べるとか、
昨年と同じ順位でもタイム差がトップと縮まっているなど、
達成感を感じられるようなものを与えてあげる。
それが楽しさにつながり、運動会も好きになる」
◆遊びの動きがスポーツの基本動作
ドリルを行うのは、人生の中でいつでも可能ですが、
効果的な年齢は、4歳から6歳だ。
「脳が一番発達するこの時期は、神経回路も急激に作られるので、
運動能力も飛躍的に向上する」
昔の子どもはメンコや鬼ごっこなど、体を動かす遊びを通して、
運動の基本動作を学んでいた。
最近は、子どもが体を動かして遊べる環境が少なく、
遊びの中で動作を学ぶことが難しくなっている。
本来、新しい動きを習得することは、新たな知識を得ることと同じように楽しいこと。
速く走れるようになったり、ドリブルがうまくなったりするなどの
成功体験を得ることによって、練習を継続しようという気持ちを
持たせることができたら、トップアスリートも夢ではないかもしれない。
◎正しいフォームで走るためのドリル例1:お尻歩き
地面にお尻をついた状態で、交互にお尻を浮かせながら前進する。
背骨と体幹を意識することで、バランス感覚が鍛えられる。
◎正しいフォームで走るためのドリル例2:ホッピング
速く走るためには、足で素早く地面を蹴ることが大事。
両手を後ろに振って高くジャンプすることで、そのコツが身につく。
◎深代千之(ふかしろ・せんし)
東京大学大学院・総合文化研究科・教授。
トップアスリートから子どもの運動能力開発まで、
幅広い研究を行うスポーツ科学者。
日本陸上競技連盟より秩父宮章を受章。
日本バイオメカニクス学会会長、(一社)日本体育学会会長、
東京体育学会会長も務める。
https://sciencewindow.jst.go.jp/articles/2019/05/article031.html
肉体を使って力と技を競う「スポーツ」。
近年は、科学技術を取り入れることで競技技術を向上させている。
最先端のスポーツ事情を「スポーツバイオメカニクス」という観点から探ってみた。
◆「スポーツバイオメカニクス」とは?
スポーツの習熟といえば、アスリートとコーチの知識と経験に基づく
主観的、試行錯誤的な方法によることが多かった。
近年は、科学的な視点からスポーツを分析する「スポーツ科学」が確立。
アスリートの知識と経験を科学により裏付けることで、
より客観的で効率的に習熟することが可能に。
「バイオとは『生体』、メカニクスとは『力学』。
これを組み合わせてできた言葉が、『バイオメカニクス(生体力学)』。
力学や解剖学を応用し、生き物の構造や運動を解析する学問で、
それをスポーツに応用したものが、『スポーツバイオメカニクス』」
人間の動きも自動車の動きも、力学的には同じもの。
人間の体は、力学だけでは説明できない。
「例えば、階段の上り下り。
力学では、階段を上るのはプラスの仕事。
体を持ち上げるので、エネルギーを使う。
反対に下りるのは、マイナスの仕事。
体を下ろすのに、エネルギーは必要としない。
実際は、人が階段を下りるときも、体が落ちすぎを防ぐエネルギーは必要。
そこで必要となってくるのが、『スポーツバイオメカニクス』という学問」
◆そもそも「運動神経」とはどのようなものなのか?
「スポーツ」も「九九」も要は脳の神経回路
スポーツバイオメカニクスで体の構造や動きを解析し、
そのデータをうまく取り入れることができれば、
子どものときからつきまとう運動神経の良しあしといった問題は解消できるか?
「『運動神経』とは、脳から筋肉に通じる神経の一部のこと。
運動することの『うまい下手』とは関係がない」
私たちが日ごろ使っている「運動神経がいい」という言葉は、
バイオメカニクスの考え方では不適当だ。
「運動の『うまい下手』を分けるのは、
脳に運動を司る神経パターンができているかどうか。
脳内の神経には電気信号が通るが、
同じ神経回路に電気信号が繰り返し通ることで記憶ができる。
運動がうまくできるということは、脳内で電気信号をコントロールして
主要な筋肉にタイミングよく適切に伝わることにより
思い通りの動きができるということ。
九九ができるようになったり、すらすらと漢字が書けるようになったり
するのも同じ仕組み」
◆生まれつき運動が苦手な人はいない
運動のうまい下手は、生まれる前から決まっているのではなく、
生まれた後の環境、つまり練習で決まる。
「よく『運動神経が悪いのは、親も運動が苦手だから』と
遺伝のせいにする人がいるが、これは間違った解釈。
自転車に乗れるようになるまで、繰り返し練習する。
これは遺伝ではなく、練習を重ねるから乗れるようになる。
練習期間には個人差があるが、
練習を重ねて乗れるようになるというところは誰でも一緒。
運動ができないことを遺伝のせいにして途中であきらめてしまうと、
学びのチャンスを逃す」
数回でできる人もいれば、100回かかってできる人もいる。
時間がかかってもできるまでやれば、1回でできた人と結果は同じ。
遺伝のせいだと途中で練習を投げ出してしまうと、
できるものもできなくなる。
◆スポーツの“未来”を明らかにする科学
バイオメカニクスで変化したスポーツ
運動能力を高めるためには、繰り返し練習をすることが不可欠。
スポーツをする上で、バイオメカニクスをどのように取り入れればいいか。
「スポーツバイオメカニクスによって動作を分析すると、
うまい人がどのようにしてその動作を行っているのかが理論的に分かる。
それが明らかになったら、その動作に到達できるような
反復練習のメニュー『ドリル』を提案。
ドリルを行っていれば、知らぬ間に理想の動作に近づくことができる。
これまでのコーチは、経験に根ざしていたので、
目標とするパフォーマンスの高い動作が分からないまま選手に教えることがあった。
求めるべき『解』が分からない状態。
バイオメカニクスを取り入れることで、
これまでのスポーツでは十分に把握できていなかった『解』が分かるようになった。
『解』が分かれば、あとはそこを目標に教えればいい」
従来のスポーツ界では、過去の映像と現在を比較して研究することで
選手の技術を向上させてきた。
バイオメカニクスを取り入れることで、選手のやるべきことが
さらに明確に見えてきた。
「これまで“過去”と“今”を比べることはできた。
“今”と目指すべき“未来”を比べることは、科学にしかできない」
◆デジタルシミュレーションが可能性を広げる
この「解」を求めるために使われている機器は、
主に人間の動作をデジタルデータとして記録する「モーションキャプチャー」、
体と地面のあいだに生まれる反力を計測する「フォースプレート」、
筋肉から発生する電位を計測して筋肉の活動を調べる「筋電計」の3つ。
これらのデータを基に、トップ選手がどのように動きをつくっているかを
知ることができる。
これを逆ダイナミクスという。
コンピューター内に人間のモデルを作り、
シミュレーションを行っていく方法も並行して試みる。
「シミュレーションできると、さまざまなメリットが生まれる。
通常のトレーニングでは、グラウンドなど広い空間が必要だが、
コンピューターならその必要はない。
選手にトレーニングでどこまで負荷をかけていいのか、
そのギリギリを見極めることもできる。
データから作り出したモデルなら、ケガをさせる心配がない」
◆アスリート指導に貢献するテクノロジー
スポーツにバイオメカニクスを取り入れることで、
選手に的確な指導が行えるようになったが、
トップアスリートにどのような影響を与えているのだろう。
「もしバイオメカニクスによって、トレーニング環境が完璧に整えられるとしたら、
あとは筋肉の質や骨格の長さといった遺伝的要因の勝負に。
今も将来も、完璧なトレーニング環境を整えることなどできない。
スポーツには、さまざまな可能性があって面白い」
テクノロジーが進化することで、トレーニング環境も進化する。
アスリートの成績も、環境がどれだけ整うかで変わってくる。
「スポーツ科学の分野は、『アーツ&サイエンス』だ。
『芸術と科学』となるが、この場合のアーツとは
『もしかしたらそうなるかも』と“予想”を立てること。
サイエンスは、『こうしたらこうなる』という“方法”を指す。
スポーツ科学では、『こうすれば必ずこうなる』という確実な“方法”で
指導した後、『もしかしたら、この選手はこうするともっとよくなるかも』という
“予想”を立てて指導する2層構造になっている。
昔は、“科学”がなくて“予想”だけで行っていたので、失敗も多かった」
昔は、選手に科学的根拠のない練習をさせて、
たまたまうまくいった選手だけが残った。
今では、科学をベースにした理論的な練習を行えるようになり、
脱落する選手が少なくなった。
◆データ分析の「解」は研究者からコーチへ
科学的に解析した結果は、どのようにアスリートにフィードバックされ、
成績の向上につながっていくのだろう。
「体を動かすタイミングは、研究データを見ればわかる。
動かす元になる筋肉のことが分かれば、
おのずとトレーニング方法も分かってくる。
選手へのフィードバックは、解析した研究者が直接行うのではなく、
コーチを通じて行っている」
データ分析で出た「解」をコーチに渡し、コーチはそれを自分の言葉で伝える。
これによって成績向上につながるだけでなく、
コーチと選手との信頼関係も深まる。
◆楽しさと達成感がスポーツ上達の鍵
小中学生にバイオメカニクスを取り入れるためには
アスリートの成績向上に欠かすことができない「スポーツバイオメカニクス」。
これを小中学生に取り入れて、上達させる方法はあるのだろうか?
「うまくなるには、『反復練習(ドリル)』を行う必要がある。
繰り返し練習することで、運動能力は向上する。
好きなことをやっていくことで、持続できる。
子どもは嫌いなことは続かない」
ドリルを行って、今までできなかったことができるようになれば楽しくなる。
そうすればまた練習する。
これを繰り返していくうちに、上達していくのだ。
「ドリルを行う際、まず親がやって見せるというのもいい方法。
サッカーだったら、リフティングを一緒にやってみる。
それも練習を楽しむためのひとつ」
楽しいと思えるようになるまでには、苦しいこともある。
何回練習してもできないとつらい思いをするけれど、
その先に楽しいことが待っている。
頑張ったからこそ、達成感を味わえるということも伝えておきたい。
「達成感を感じてもらえるようにしてあげるのも、大人の役割。
運動会の徒競走。
毎年ビリの子どもでも、昨年と今のタイムを比べれば速くなっているはず。
毎年運動会でビデオを撮って、ピッチとストライドを見比べるとか、
昨年と同じ順位でもタイム差がトップと縮まっているなど、
達成感を感じられるようなものを与えてあげる。
それが楽しさにつながり、運動会も好きになる」
◆遊びの動きがスポーツの基本動作
ドリルを行うのは、人生の中でいつでも可能ですが、
効果的な年齢は、4歳から6歳だ。
「脳が一番発達するこの時期は、神経回路も急激に作られるので、
運動能力も飛躍的に向上する」
昔の子どもはメンコや鬼ごっこなど、体を動かす遊びを通して、
運動の基本動作を学んでいた。
最近は、子どもが体を動かして遊べる環境が少なく、
遊びの中で動作を学ぶことが難しくなっている。
本来、新しい動きを習得することは、新たな知識を得ることと同じように楽しいこと。
速く走れるようになったり、ドリブルがうまくなったりするなどの
成功体験を得ることによって、練習を継続しようという気持ちを
持たせることができたら、トップアスリートも夢ではないかもしれない。
◎正しいフォームで走るためのドリル例1:お尻歩き
地面にお尻をついた状態で、交互にお尻を浮かせながら前進する。
背骨と体幹を意識することで、バランス感覚が鍛えられる。
◎正しいフォームで走るためのドリル例2:ホッピング
速く走るためには、足で素早く地面を蹴ることが大事。
両手を後ろに振って高くジャンプすることで、そのコツが身につく。
◎深代千之(ふかしろ・せんし)
東京大学大学院・総合文化研究科・教授。
トップアスリートから子どもの運動能力開発まで、
幅広い研究を行うスポーツ科学者。
日本陸上競技連盟より秩父宮章を受章。
日本バイオメカニクス学会会長、(一社)日本体育学会会長、
東京体育学会会長も務める。
https://sciencewindow.jst.go.jp/articles/2019/05/article031.html
「眠気」の正体が見えてきた!~1万匹のマウスと向き合い、睡眠の謎に迫る~
2020年01月30日
人は、睡眠と覚醒を繰り返す。
日常的な行動の仕組みは、実は“神経科学最大のブラックボックス”。
なぜ、私たちは眠らなければならないのか?
1998年、睡眠研究に大きな変化をもたらしたのは、
睡眠や覚醒に深く関わっている神経伝達物質「オレキシン」の発見。
オレキシンの発見者である
筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)機構長の柳沢正史さんは、
睡眠の謎解明に挑み続ける一方、
睡眠障害の診療に貢献すべくベンチャー企業を立ち上げた。
◆睡眠時間の短い国、日本。睡眠不足は判断力や健康にも影響
日本では、仕事と私生活とのバランスを取り、
心身の健康を維持することで、QOL(Quality of Life:生活の質)を
向上させることに重きが置かれるようになってきた。
QOL と深い関わりがある健康を意識する時、
睡眠のことを気にかける人は多いだろう。
柳沢さんは、「日本は、最も睡眠不足な国である」と危機感を訴える。
「幼児も就寝時刻が遅くなり、睡眠不足は子どもの頃から始まっている。
これは、人生に大きな影響を与えてしまう」
睡眠不足が続くと、注意力や判断力が低下する。
高血圧、糖尿病、動脈硬化などの生活習慣病を発症させる危険性があり、
寿命を縮めるという報告も多い。
「疫学的には、睡眠と健康は関係がある。
メカニズムは、ほとんど何も分かっていない」
◆睡眠の謎 「機能」と「制御」
睡眠には、大きな二つの謎がある。
一つは「睡眠の機能」。
睡眠中に何かが脳内で回復していると考えられるが、
具体的に何が回復しているのか、
どうして睡眠が必須なのかは分かっていない。
「眠っている間も脳の代謝率は低下しないので、
単に休んでいるわけではなく、コンピューターに例えれば、
オフライン・メンテナンスのモードだと考えられるが、
具体的に何が起こっているかは分からない」
もう一つの謎は「睡眠の制御」。
人間でも、動物でも、毎日の睡眠量はほぼ一定に保たれている。
寝不足になると、その翌日は眠くなってたくさん寝る。
睡眠には恒常性があるが、睡眠量を調節するメカニズムは分かっていない。
「睡眠の制御と密接に関係しているのが眠気。長く起きていたり、睡眠が足りなくなったりしてくると、眠気が増して、最終的には眠ってしまう。この眠気が脳内でどのように制御されているのか、睡眠と覚醒を切り替える脳内のスイッチと、どのように結びついているかは、まったく分かっていない」
睡眠は、日本庭園などに使われている「ししおどし」で考えてみると分かりやすい。
ししおどしは、竹筒に少しずつ水を入れていき、
いっぱいになると、その重みで竹筒の頭の方が下がる仕組み。
ししおどしに水が入る状態が、人間でいうところの覚醒状態で、
竹筒に入る水が眠気だ。
人間も起きている間に、だんだんと眠気が増え、
眠気にあらがえなくなると竹筒の向きが変わるように、一瞬で睡眠状態に。
睡眠によって、眠気が解消されることで、再び覚醒状態となる。
柳沢さんはマウスをモデル動物として、
睡眠に関するこれら二つの謎に挑んでいる。
なぜ、マウスなのだろうか。
「ヒトやマウスに限らず、中枢神経系を持っている動物はすべて眠る。
より小さくて単純なショウジョウバエや線虫を使って
睡眠の研究をする人たちもいる。
それらは脳波を測ることができない。
行動学的に動いていないことを睡眠とみなすため、正確性に欠ける。
マウスは脳波を測ることができるので、
人間と同じように睡眠状態を脳波で見極めることができる」
マウスで発見した生化学的なメカニズムは、ヒトにも応用しやすい。
◆睡眠研究へと導いた「オレキシン」の発見
柳沢さんは、もともと睡眠とは関係のない研究をしていた。
1987年、血管を収縮させる作用をもつエンドセリンという物質を発見、
1991年、アメリカのテキサス大学に迎え入れられた。
まず、エンドセリンに関連する物質を一つ一つ調べていく研究に取り組んだ。
この研究のゴールが見え始めると、
柳沢さんは新たな研究テーマを探るようになった。
そこで目を付けたのが、「オーファン受容体」。
受容体というのは、細胞の表面などにあって、
特定の物質を受け取ることで、決まった働きをする。
受容体の中には、まだどのような物質を受け取って、
どのような働きをするのかがはっきりとしていないものもある。
オーファン受容体とは、そのような受容体を指す言葉。
「オーファン受容体は宝の山のようなもので、
オーファン受容体が受け取る物質を調べることで、
まだ知られていない新しい物質が発見できる」
脳の抽出物中に含まれるたくさんの物質の中から、
あるオーファン受容体に結合する物質として発見されたのが「オレキシン」。
オレキシンは、脳の中心部分に位置する外側視床下部で作られる神経伝達物質。
視床下部という場所は、食欲に関与している場所、
脳にオレキシンを投与するとマウスの食欲が増し、
空腹時にオレキシンの産生量が上がったりすることから、
最初は食欲に関係する物質だと思われていた。
「オレキシンを作る遺伝子を壊したマウスでも、
食べる量はあまり変わらず、痩せもしない。
神経細胞で発見される物質は、機能がなかなか特定できないものが数多くあり、
オレキシンもそのような物質の一つになってしまうのではないか」
そこで思いついたのが、夜間の行動を確認すること。
マウスは夜行性なので、夜間の行動を観察することで
異常が見つかるのではないかと考えた。
予想は的中し、暗視カメラで撮った映像に、
活発に動いていたマウスが突然動かなくなる様子が映っていた。
このマウスは、「ナルコレプシー」だと分かった。
ナルコレプシーは、日中に突然強い眠気が出現し、眠り込んでしまう睡眠障害で、
世界では2000人に1人、日本では600人に1人が罹患している。
ナルコレプシーは、オレキシンの欠乏によって引き起こされ、
オレキシンは覚醒状態を維持するのに重要な働きをしている。
分子レベルで睡眠の仕組みの一端が明らかになる画期的発見につながった。
「オレキシンは、睡眠の制御に大きく関わっている物質。
この発見によって、睡眠学が私の研究の大きな柱になった」
柳沢さんの研究は、オレキシン受容体に働きかけ、
オレキシンの作用を阻害する物質を有効成分とする睡眠薬の開発につながった。
この薬は、2014年11月に医療現場で使われ、効果を上げている。
◆「眠気」の正体はタンパク質のリン酸化?
2012年、IIISの機構長に就任した柳沢さんは、
分からないことばかりの睡眠の本質に迫るには、
睡眠に異常を起こす遺伝子を手掛かりにするしかないと考えた。
遺伝子をランダムに壊した大量のマウスを使い、1匹1匹の脳波を取って
睡眠に異常があるかどうかを調べた。
睡眠時間が極端に長く、覚醒している時間が短いマウスを発見し、
その特徴が代々引き継がれる「Sleepy(スリーピー)」という家系をつくった。
寝ても寝ても眠たいマウスSleepyを調べてみると、
体内の特定のタンパク質の特定の部位をリン酸化させる酵素「SIK3」を作る
遺伝子が変異していた。
「SIK3がターゲットにしている少数のタンパク質だけでなく、
数多くのタンパク質のリン酸化が進んでいた。
Sleepyでないマウスについても、断眠させて眠い状態にして
タンパク質のリン酸化の状態を網羅的に調べた」
その結果、遺伝子の変異がない正常なマウスでも、
断眠させたマウスでは脳内にある多くのタンパク質のリン酸化が
進んでいることが分かった。
それらのタンパク質のうち、80種類がSleepy家系のマウスと共通するもの。
これらのタンパク質を、「睡眠要求指標リン酸化タンパク質(SNIPPs:スニップス)」
と名づけた。
このSNIPPsのうち、69種類は脳内の神経細胞のつなぎ目である
シナプスに存在するものだった。
なぜ、睡眠が必要なのかという問いに対し、
昔から考えられていた学説の一つに、「シナプスの恒常性説」がある。
この仮説は、覚醒状態が続いて高まったシナプスの結合強度が、
睡眠を取ることにより元の状態に戻り、恒常性が維持される。
「シナプスの恒常性説は、まだ証明されたわけではないが、
たくさんのSNIPPsがシナプスに存在することも、
シナプス恒常性説を前提に考えれば合理的に説明できる。
SNIPPsのリン酸化は、眠気の制御だけでなく、
睡眠の機能にも大きく関わっている可能性がある」
一方で、睡眠の制御の謎を解き明かすには、まだ相当時間がかかる。
「オレキシンは、“睡眠”と“覚醒”という状態を切り替えるスイッチの一部を
担っているが、そのスイッチは眠気と直接つながってはいない。
この研究の難しいところ。
眠気の正体は見えてきたが、“ししおどし”の原理のすべてが分かるまでの
道のりは長く、ようやく2合目か3合目あたりにたどり着いたところ」
◆睡眠脳波を手軽に測定したい。ベンチャー企業「S’UIMIN」の設立
柳沢さんは睡眠の謎の解明に挑む一方、
ベンチャー企業「株式会社S’UIMIN」を設立、
睡眠障害の診療に貢献する取り組みも進めている。
厚生労働省の調査によると、睡眠で休養が十分にとれていないという人は
全体の21.7%に上り、増加傾向が続いている。
60歳以上では、3人に1人が睡眠問題に悩まされている。
この問題を解決するための第1歩は、睡眠を客観的に測定することであるが、
それはなかなかハードルが高い。
「睡眠中の脳波を測るためには、入院して、いろいろな機器を
体に取り付けて寝る必要がある。
日常とはまったく違う状態に置かれる訳で、
その人の本来の睡眠を測定しているとは言い難い。
眠りたいのに眠れない不眠を訴えている場合、
より眠れなくなってしまうので、この方法は使用できない実情がある。
より簡単に睡眠脳波を測定できるサービスを提供しようと、
S’UIMINを立ち上げた」
S’UIMINでは、自分で簡単に装着できて、
身に着けていることが気にならない脳波計を開発し、自宅で測定した
睡眠脳波を人工知能(AI)で分析する仕組みをつくろうとしている。
「50年ほど前、家庭用の血圧計が開発され、
それによって病院で測った血圧は普段よりも高めになることが分かり、
高血圧症の医療は根本から変わった。
これと同様のパラダイムシフトを睡眠の分野でも起こしたい」
S’UIMINは、2020年度中のサービス開始を目指している。
このサービスが広く利用されるようになれば、
睡眠障害を抱える人々の日常的な睡眠脳波が明らかになり、
睡眠医療が大きく変わるだろう。
同時に手に入る睡眠脳波のビッグデータで、
睡眠の新たな側面が分かるかもしれない。
健康のためには、「良い睡眠」を取ることが重要だといわれているが、
良い睡眠とはどういうものかは定義されていない。
睡眠脳波のビッグデータを解析して良い睡眠時の脳波の特徴量を
捉えることにより、良い睡眠の実体が見えてくる可能性もあるのだ。
睡眠の謎の解明や睡眠脳波を分析する仕組みの開発は、
あらゆる人のQOLの向上につながるものだが、
日本人の睡眠に対する考え方を変えられたら、と考えている。
「『睡眠負債』の考え方は、実は昔からあり、
ヨーロッパなどでは昼間眠かったら、『体調が悪い』と考えるが、
日本では電車内や会議中に居眠りしていても『普通』のことだと考える。
認識がまるで違っている。
睡眠の優先度が違う」
睡眠不足の体の中で何が起きているのか、
良い睡眠とはどういうものかを知ることで、
日本人の生活のリズムも変わってくるかもしれない。
「睡眠の仕組みが分かったとしても、睡眠不足を解消するには、
やはり、よく眠るしかない」
健康な生活のためには、意識の転換が必要であることを強調した。
◎柳沢正史(やなぎさわ・まさし)
文部科学省世界トップレベル研究拠点プログラム
国際統合睡眠医科学研究機構 機構長・教授
筑波大学医学専門学群・大学院医学研究科博士課程修了。
31歳で渡米、テキサス大学サウスウェスタン医学センター教授と
ハワードヒューズ医学研究所研究員を、2014年まで24年にわたって併任。
2001年~2006年 科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業
ERATO「柳沢オーファン受容体プロジェクト」総括責任者。
2010年 内閣府最先端研究開発支援プログラム(FIRST)に採択、
筑波大学に研究室を開設。
2012年~ 文部科学省世界トップレベル研究拠点プログラム
国際統合睡眠医科学 研究機構(WPI-IIIS)機構長・教授。
2019年~ JST未来社会創造事業「世界一の安全・安心社会の実現」領域
研究開発課題「睡眠脳波を指標とする睡眠と運動の自己管理による健康寿命延伸」代表者。
紫綬褒章(2016年)、朝日賞(2018年)、慶應医学賞(2018年)、
高峰記念第一三共賞(2019年)、文化功労者(2019年)など受賞・顕彰多数。
趣味はフルート演奏
人は、睡眠と覚醒を繰り返す。
日常的な行動の仕組みは、実は“神経科学最大のブラックボックス”。
なぜ、私たちは眠らなければならないのか?
1998年、睡眠研究に大きな変化をもたらしたのは、
睡眠や覚醒に深く関わっている神経伝達物質「オレキシン」の発見。
オレキシンの発見者である
筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)機構長の柳沢正史さんは、
睡眠の謎解明に挑み続ける一方、
睡眠障害の診療に貢献すべくベンチャー企業を立ち上げた。
◆睡眠時間の短い国、日本。睡眠不足は判断力や健康にも影響
日本では、仕事と私生活とのバランスを取り、
心身の健康を維持することで、QOL(Quality of Life:生活の質)を
向上させることに重きが置かれるようになってきた。
QOL と深い関わりがある健康を意識する時、
睡眠のことを気にかける人は多いだろう。
柳沢さんは、「日本は、最も睡眠不足な国である」と危機感を訴える。
「幼児も就寝時刻が遅くなり、睡眠不足は子どもの頃から始まっている。
これは、人生に大きな影響を与えてしまう」
睡眠不足が続くと、注意力や判断力が低下する。
高血圧、糖尿病、動脈硬化などの生活習慣病を発症させる危険性があり、
寿命を縮めるという報告も多い。
「疫学的には、睡眠と健康は関係がある。
メカニズムは、ほとんど何も分かっていない」
◆睡眠の謎 「機能」と「制御」
一つは「睡眠の機能」。
睡眠中に何かが脳内で回復していると考えられるが、
具体的に何が回復しているのか、
どうして睡眠が必須なのかは分かっていない。
「眠っている間も脳の代謝率は低下しないので、
単に休んでいるわけではなく、コンピューターに例えれば、
オフライン・メンテナンスのモードだと考えられるが、
具体的に何が起こっているかは分からない」
もう一つの謎は「睡眠の制御」。
人間でも、動物でも、毎日の睡眠量はほぼ一定に保たれている。
寝不足になると、その翌日は眠くなってたくさん寝る。
睡眠には恒常性があるが、睡眠量を調節するメカニズムは分かっていない。
「睡眠の制御と密接に関係しているのが眠気。長く起きていたり、睡眠が足りなくなったりしてくると、眠気が増して、最終的には眠ってしまう。この眠気が脳内でどのように制御されているのか、睡眠と覚醒を切り替える脳内のスイッチと、どのように結びついているかは、まったく分かっていない」
睡眠は、日本庭園などに使われている「ししおどし」で考えてみると分かりやすい。
ししおどしは、竹筒に少しずつ水を入れていき、
いっぱいになると、その重みで竹筒の頭の方が下がる仕組み。
ししおどしに水が入る状態が、人間でいうところの覚醒状態で、
竹筒に入る水が眠気だ。
人間も起きている間に、だんだんと眠気が増え、
眠気にあらがえなくなると竹筒の向きが変わるように、一瞬で睡眠状態に。
睡眠によって、眠気が解消されることで、再び覚醒状態となる。
柳沢さんはマウスをモデル動物として、
睡眠に関するこれら二つの謎に挑んでいる。
なぜ、マウスなのだろうか。
「ヒトやマウスに限らず、中枢神経系を持っている動物はすべて眠る。
より小さくて単純なショウジョウバエや線虫を使って
睡眠の研究をする人たちもいる。
それらは脳波を測ることができない。
行動学的に動いていないことを睡眠とみなすため、正確性に欠ける。
マウスは脳波を測ることができるので、
人間と同じように睡眠状態を脳波で見極めることができる」
マウスで発見した生化学的なメカニズムは、ヒトにも応用しやすい。
◆睡眠研究へと導いた「オレキシン」の発見
1987年、血管を収縮させる作用をもつエンドセリンという物質を発見、
1991年、アメリカのテキサス大学に迎え入れられた。
まず、エンドセリンに関連する物質を一つ一つ調べていく研究に取り組んだ。
この研究のゴールが見え始めると、
柳沢さんは新たな研究テーマを探るようになった。
そこで目を付けたのが、「オーファン受容体」。
受容体というのは、細胞の表面などにあって、
特定の物質を受け取ることで、決まった働きをする。
受容体の中には、まだどのような物質を受け取って、
どのような働きをするのかがはっきりとしていないものもある。
オーファン受容体とは、そのような受容体を指す言葉。
「オーファン受容体は宝の山のようなもので、
オーファン受容体が受け取る物質を調べることで、
まだ知られていない新しい物質が発見できる」
脳の抽出物中に含まれるたくさんの物質の中から、
あるオーファン受容体に結合する物質として発見されたのが「オレキシン」。
オレキシンは、脳の中心部分に位置する外側視床下部で作られる神経伝達物質。
視床下部という場所は、食欲に関与している場所、
脳にオレキシンを投与するとマウスの食欲が増し、
空腹時にオレキシンの産生量が上がったりすることから、
最初は食欲に関係する物質だと思われていた。
「オレキシンを作る遺伝子を壊したマウスでも、
食べる量はあまり変わらず、痩せもしない。
神経細胞で発見される物質は、機能がなかなか特定できないものが数多くあり、
オレキシンもそのような物質の一つになってしまうのではないか」
そこで思いついたのが、夜間の行動を確認すること。
マウスは夜行性なので、夜間の行動を観察することで
異常が見つかるのではないかと考えた。
予想は的中し、暗視カメラで撮った映像に、
活発に動いていたマウスが突然動かなくなる様子が映っていた。
このマウスは、「ナルコレプシー」だと分かった。
ナルコレプシーは、日中に突然強い眠気が出現し、眠り込んでしまう睡眠障害で、
世界では2000人に1人、日本では600人に1人が罹患している。
ナルコレプシーは、オレキシンの欠乏によって引き起こされ、
オレキシンは覚醒状態を維持するのに重要な働きをしている。
分子レベルで睡眠の仕組みの一端が明らかになる画期的発見につながった。
「オレキシンは、睡眠の制御に大きく関わっている物質。
この発見によって、睡眠学が私の研究の大きな柱になった」
柳沢さんの研究は、オレキシン受容体に働きかけ、
オレキシンの作用を阻害する物質を有効成分とする睡眠薬の開発につながった。
この薬は、2014年11月に医療現場で使われ、効果を上げている。
◆「眠気」の正体はタンパク質のリン酸化?
分からないことばかりの睡眠の本質に迫るには、
睡眠に異常を起こす遺伝子を手掛かりにするしかないと考えた。
遺伝子をランダムに壊した大量のマウスを使い、1匹1匹の脳波を取って
睡眠に異常があるかどうかを調べた。
睡眠時間が極端に長く、覚醒している時間が短いマウスを発見し、
その特徴が代々引き継がれる「Sleepy(スリーピー)」という家系をつくった。
寝ても寝ても眠たいマウスSleepyを調べてみると、
体内の特定のタンパク質の特定の部位をリン酸化させる酵素「SIK3」を作る
遺伝子が変異していた。
◎フォワード・ジェネティクス
柳沢さんが行った、表に現れた特徴により個体を選抜して
その特徴の原因となる遺伝子を見つけていく手法は
「フォワード・ジェネティクス」と呼ばれている。
柳沢さんは、この手法によって、Sik3遺伝子のほかにも睡眠に関与する、
いくつかの重要な遺伝子を突き止めたが、
これは非常に手間と時間がかかる手法で、
その間に扱ったマウスの数は実に約8,000匹にもなった。
睡眠の仕組みにリン酸化が関わっているかもしれないと考えた柳沢さんは、
Sleepyの脳内で、どのくらいのタンパク質がリン酸化されているのかを調べた。
数多くのタンパク質のリン酸化が進んでいた。
Sleepyでないマウスについても、断眠させて眠い状態にして
タンパク質のリン酸化の状態を網羅的に調べた」
その結果、遺伝子の変異がない正常なマウスでも、
断眠させたマウスでは脳内にある多くのタンパク質のリン酸化が
進んでいることが分かった。
それらのタンパク質のうち、80種類がSleepy家系のマウスと共通するもの。
これらのタンパク質を、「睡眠要求指標リン酸化タンパク質(SNIPPs:スニップス)」
と名づけた。
このSNIPPsのうち、69種類は脳内の神経細胞のつなぎ目である
シナプスに存在するものだった。
なぜ、睡眠が必要なのかという問いに対し、
昔から考えられていた学説の一つに、「シナプスの恒常性説」がある。
この仮説は、覚醒状態が続いて高まったシナプスの結合強度が、
睡眠を取ることにより元の状態に戻り、恒常性が維持される。
「シナプスの恒常性説は、まだ証明されたわけではないが、
たくさんのSNIPPsがシナプスに存在することも、
シナプス恒常性説を前提に考えれば合理的に説明できる。
SNIPPsのリン酸化は、眠気の制御だけでなく、
睡眠の機能にも大きく関わっている可能性がある」
一方で、睡眠の制御の謎を解き明かすには、まだ相当時間がかかる。
「オレキシンは、“睡眠”と“覚醒”という状態を切り替えるスイッチの一部を
担っているが、そのスイッチは眠気と直接つながってはいない。
この研究の難しいところ。
眠気の正体は見えてきたが、“ししおどし”の原理のすべてが分かるまでの
道のりは長く、ようやく2合目か3合目あたりにたどり着いたところ」
◆睡眠脳波を手軽に測定したい。ベンチャー企業「S’UIMIN」の設立
ベンチャー企業「株式会社S’UIMIN」を設立、
睡眠障害の診療に貢献する取り組みも進めている。
厚生労働省の調査によると、睡眠で休養が十分にとれていないという人は
全体の21.7%に上り、増加傾向が続いている。
60歳以上では、3人に1人が睡眠問題に悩まされている。
この問題を解決するための第1歩は、睡眠を客観的に測定することであるが、
それはなかなかハードルが高い。
「睡眠中の脳波を測るためには、入院して、いろいろな機器を
体に取り付けて寝る必要がある。
日常とはまったく違う状態に置かれる訳で、
その人の本来の睡眠を測定しているとは言い難い。
眠りたいのに眠れない不眠を訴えている場合、
より眠れなくなってしまうので、この方法は使用できない実情がある。
より簡単に睡眠脳波を測定できるサービスを提供しようと、
S’UIMINを立ち上げた」
S’UIMINでは、自分で簡単に装着できて、
身に着けていることが気にならない脳波計を開発し、自宅で測定した
睡眠脳波を人工知能(AI)で分析する仕組みをつくろうとしている。
「50年ほど前、家庭用の血圧計が開発され、
それによって病院で測った血圧は普段よりも高めになることが分かり、
高血圧症の医療は根本から変わった。
これと同様のパラダイムシフトを睡眠の分野でも起こしたい」
S’UIMINは、2020年度中のサービス開始を目指している。
このサービスが広く利用されるようになれば、
睡眠障害を抱える人々の日常的な睡眠脳波が明らかになり、
睡眠医療が大きく変わるだろう。
同時に手に入る睡眠脳波のビッグデータで、
睡眠の新たな側面が分かるかもしれない。
健康のためには、「良い睡眠」を取ることが重要だといわれているが、
良い睡眠とはどういうものかは定義されていない。
睡眠脳波のビッグデータを解析して良い睡眠時の脳波の特徴量を
捉えることにより、良い睡眠の実体が見えてくる可能性もあるのだ。
睡眠の謎の解明や睡眠脳波を分析する仕組みの開発は、
あらゆる人のQOLの向上につながるものだが、
日本人の睡眠に対する考え方を変えられたら、と考えている。
「『睡眠負債』の考え方は、実は昔からあり、
ヨーロッパなどでは昼間眠かったら、『体調が悪い』と考えるが、
日本では電車内や会議中に居眠りしていても『普通』のことだと考える。
認識がまるで違っている。
睡眠の優先度が違う」
睡眠不足の体の中で何が起きているのか、
良い睡眠とはどういうものかを知ることで、
日本人の生活のリズムも変わってくるかもしれない。
「睡眠の仕組みが分かったとしても、睡眠不足を解消するには、
やはり、よく眠るしかない」
健康な生活のためには、意識の転換が必要であることを強調した。
◎柳沢正史(やなぎさわ・まさし)
文部科学省世界トップレベル研究拠点プログラム
国際統合睡眠医科学研究機構 機構長・教授
筑波大学医学専門学群・大学院医学研究科博士課程修了。
31歳で渡米、テキサス大学サウスウェスタン医学センター教授と
ハワードヒューズ医学研究所研究員を、2014年まで24年にわたって併任。
2001年~2006年 科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業
ERATO「柳沢オーファン受容体プロジェクト」総括責任者。
2010年 内閣府最先端研究開発支援プログラム(FIRST)に採択、
筑波大学に研究室を開設。
2012年~ 文部科学省世界トップレベル研究拠点プログラム
国際統合睡眠医科学 研究機構(WPI-IIIS)機構長・教授。
2019年~ JST未来社会創造事業「世界一の安全・安心社会の実現」領域
研究開発課題「睡眠脳波を指標とする睡眠と運動の自己管理による健康寿命延伸」代表者。
紫綬褒章(2016年)、朝日賞(2018年)、慶應医学賞(2018年)、
高峰記念第一三共賞(2019年)、文化功労者(2019年)など受賞・顕彰多数。
趣味はフルート演奏
2020年2月1日土曜日
ハンセン病:すべての人に尊厳を ハンセン病差別根絶を訴え宣誓 元患者やパラ選手ら /東京
2020年1月29日 (水)配信毎日新聞社
ハンセン病患者への差別をなくそうと、
元患者やパラアスリートが、27日に「グローバル・アピール」を発表、
共生社会の実現を訴えた。
都内であった式典で、「すべての人の尊厳と自由が尊重される社会の
実現を追求する」との宣言文をパラリンピアンたちが読み上げた。
式典は、ハンセン病の患者を支援している日本財団が、
1月最終日曜日の「世界ハンセン病の日」に合わせて毎年開いており、
今年で15回目。
パラリンピックを控えた今年は、国際パラリンピック委員会(IPC)も賛同し、
関係者が参加した。
式典で、ドゥエーン・ケールIPC副会長が、
「見かけが違うからと差別されることがあってはならない。
インクルーシブな社会を実現しましょう」とあいさつ。
ハンセン病元患者の森和男さんも、
「回復者も東京、香川、沖縄で聖火ランナーとして走る。
いわれなき差別の根絶を発信したい」
宣言文を読み上げたのは、
車いすラグビー日本代表の池透暢さんと
長野パラリンピック金メダリストのマセソン美季さん。
会場からは大きな拍手が送られた。
https://www.m3.com/news/general/724137
ハンセン病患者への差別をなくそうと、
元患者やパラアスリートが、27日に「グローバル・アピール」を発表、
共生社会の実現を訴えた。
都内であった式典で、「すべての人の尊厳と自由が尊重される社会の
実現を追求する」との宣言文をパラリンピアンたちが読み上げた。
式典は、ハンセン病の患者を支援している日本財団が、
1月最終日曜日の「世界ハンセン病の日」に合わせて毎年開いており、
今年で15回目。
パラリンピックを控えた今年は、国際パラリンピック委員会(IPC)も賛同し、
関係者が参加した。
式典で、ドゥエーン・ケールIPC副会長が、
「見かけが違うからと差別されることがあってはならない。
インクルーシブな社会を実現しましょう」とあいさつ。
ハンセン病元患者の森和男さんも、
「回復者も東京、香川、沖縄で聖火ランナーとして走る。
いわれなき差別の根絶を発信したい」
宣言文を読み上げたのは、
車いすラグビー日本代表の池透暢さんと
長野パラリンピック金メダリストのマセソン美季さん。
会場からは大きな拍手が送られた。
https://www.m3.com/news/general/724137
カマンベールチーズで認知症を防げる? 1日2ピースで
2020年1月30日 (木)配信朝日新聞
カマンベールチーズを食べると、
認知症の予防につながる可能性があるとの研究結果を、
東京都健康長寿医療センターなどの研究グループがまとめた。
認知機能が低下すると、BDNF(脳由来神経栄養因子)という
たんぱく質の血中濃度が減ることが知られるが、
カマンベールを食べることで上昇した。
東京都内の70歳以上の軽度認知機能障害の女性71人を
二つのグループに分け、
片方にカマンベール、もう片方にモッツァレラを1日約30g(2ピース)ずつ、
3カ月食べてもらった。
食べない期間を3カ月おいてグループを入れ替え、同様の試験を実施。
すると、カマンベールのグループは血中BDNFの値が約6%増えたが、
モッツァレラは約2%減る傾向が示された。
BDNFは、運動すると増えることが知られている。
センターの金憲経(キムホンギョン)・研究部長は、
「運動できないほど体力が低下した人でも、
カマンベールを食べれば改善を期待できそうだ」
ただ、チーズには脂質も多い。
「食べ過ぎは禁物。
健康維持には、適切な量の摂取と運動が効果的」と指摘した。
老年医学の国際科学雑誌(https://doi.org/10.1016/j.jamda.2019.06.023)に掲載。
https://www.m3.com/news/general/724416
カマンベールチーズを食べると、
認知症の予防につながる可能性があるとの研究結果を、
東京都健康長寿医療センターなどの研究グループがまとめた。
認知機能が低下すると、BDNF(脳由来神経栄養因子)という
たんぱく質の血中濃度が減ることが知られるが、
カマンベールを食べることで上昇した。
東京都内の70歳以上の軽度認知機能障害の女性71人を
二つのグループに分け、
片方にカマンベール、もう片方にモッツァレラを1日約30g(2ピース)ずつ、
3カ月食べてもらった。
食べない期間を3カ月おいてグループを入れ替え、同様の試験を実施。
すると、カマンベールのグループは血中BDNFの値が約6%増えたが、
モッツァレラは約2%減る傾向が示された。
BDNFは、運動すると増えることが知られている。
センターの金憲経(キムホンギョン)・研究部長は、
「運動できないほど体力が低下した人でも、
カマンベールを食べれば改善を期待できそうだ」
ただ、チーズには脂質も多い。
「食べ過ぎは禁物。
健康維持には、適切な量の摂取と運動が効果的」と指摘した。
老年医学の国際科学雑誌(https://doi.org/10.1016/j.jamda.2019.06.023)に掲載。
https://www.m3.com/news/general/724416
納豆1日1パック、死亡率10%減 9万人を追跡調査
2020年1月30日 (木)配信朝日新聞
納豆やみそなどの発酵性大豆食品をよく食べる人は、
そうでない人と比べて10%死亡率が下がるという調査結果を、
国立がん研究センターの研究チームがまとめた。
チームは、国内の成人男女約9万人を1995年以降、
平均15年間追跡調査した。
食事内容を聞き、大豆食品や発酵性大豆食品を食べた量により
五つのグループに分類。
ほかの食品による影響や、降圧薬を使用しているかなどの影響を
取り除いて分析した。
発酵性大豆食品を最も多くとるグループ(1日におよそ50g)は、
最も少ないグループと比べて、男女ともに約10%死亡率が低かった。
50gとは、納豆1パック程度。
食品別に見ると、女性では納豆やみそを多くとると、
死亡リスクが下がる傾向が顕著だった。
https://www.m3.com/news/general/724501
納豆やみそなどの発酵性大豆食品をよく食べる人は、
そうでない人と比べて10%死亡率が下がるという調査結果を、
国立がん研究センターの研究チームがまとめた。
チームは、国内の成人男女約9万人を1995年以降、
平均15年間追跡調査した。
食事内容を聞き、大豆食品や発酵性大豆食品を食べた量により
五つのグループに分類。
ほかの食品による影響や、降圧薬を使用しているかなどの影響を
取り除いて分析した。
発酵性大豆食品を最も多くとるグループ(1日におよそ50g)は、
最も少ないグループと比べて、男女ともに約10%死亡率が低かった。
50gとは、納豆1パック程度。
食品別に見ると、女性では納豆やみそを多くとると、
死亡リスクが下がる傾向が顕著だった。
https://www.m3.com/news/general/724501
がん免疫治療:免疫治療薬オプジーボ 対がん効果、血液で予測 本庶氏ら
2020年1月31日 (金)配信毎日新聞社
がん免疫治療薬「オプジーボ」の有効性を、
血液検査で予測する方法を見つけたと、
本庶佑・京都大特別教授らの研究チームが発表。
オプジーボは、一部の患者に優れた効果を示す一方、
効かない患者もいる。
この方法は正解率8割以上に達し、
個々の患者に最適な治療法の提供や医療費抑制につなげられる可能性がある。
本庶教授は、オプジーボを生み出した研究で
2018年のノーベル医学生理学賞を受賞した。
オプジーボは、肺がんや胃がんなどの治療薬として承認されているが、
効果がある患者は肺がんで2~3割。
チームは有効性の予測法を開発するため、
オプジーボを投与する前後で、肺がん患者から血液を採取。
治療効果があった25人と、なかった22人で血中の247種類の物質を調べると、
うち4種類の物質の量に効果との関係性が見いだせた。
4物質の量から、81%の確率で効果の有無を判定できた。
4物質は、免疫細胞の「T細胞」の働きに関連して増減すると考えられる。
薬が効かなかった患者の血中のT細胞の状態を調べると、
機能が低下している割合が高かった。
T細胞を調べれば、96%の確率で効果を予測できるが、
高度な技術が必要となる課題がある。
オプジーボは、100mg約17万円の高額な薬。
現在は、効果を知るため約3カ月間投与を続け、
がんが縮小するか調べている。
今回の手法なら、約4週間で効果を予測できる。
成果は30日、米電子医学誌「JCIインサイト」に掲載。
https://www.m3.com/news/general/724933
がん免疫治療薬「オプジーボ」の有効性を、
血液検査で予測する方法を見つけたと、
本庶佑・京都大特別教授らの研究チームが発表。
オプジーボは、一部の患者に優れた効果を示す一方、
効かない患者もいる。
この方法は正解率8割以上に達し、
個々の患者に最適な治療法の提供や医療費抑制につなげられる可能性がある。
本庶教授は、オプジーボを生み出した研究で
2018年のノーベル医学生理学賞を受賞した。
オプジーボは、肺がんや胃がんなどの治療薬として承認されているが、
効果がある患者は肺がんで2~3割。
チームは有効性の予測法を開発するため、
オプジーボを投与する前後で、肺がん患者から血液を採取。
治療効果があった25人と、なかった22人で血中の247種類の物質を調べると、
うち4種類の物質の量に効果との関係性が見いだせた。
4物質の量から、81%の確率で効果の有無を判定できた。
4物質は、免疫細胞の「T細胞」の働きに関連して増減すると考えられる。
薬が効かなかった患者の血中のT細胞の状態を調べると、
機能が低下している割合が高かった。
T細胞を調べれば、96%の確率で効果を予測できるが、
高度な技術が必要となる課題がある。
オプジーボは、100mg約17万円の高額な薬。
現在は、効果を知るため約3カ月間投与を続け、
がんが縮小するか調べている。
今回の手法なら、約4週間で効果を予測できる。
成果は30日、米電子医学誌「JCIインサイト」に掲載。
https://www.m3.com/news/general/724933
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