2021年1月24日日曜日

急激な情報化で学校「混乱の年」を乗り切るカギ 戸惑う現場、本当にICTの活用は進むのか?

2021/01/05 制作:東洋経済education × ICT編集チーム 2020年は新型コロナ感染拡大で、全国の小中学校に対し、 日本の学校教育史上例のない一斉休校の要請が行われた。 「学びを止めない」対策としてオンライン授業への関心も高まり、 「GIGAスクール構想」のICT環境整備が加速。 教育の情報化の重要性を訴えてきた東北大学大学院情報科学研究科教授の堀田龍也氏に 昨年を振り返り、ICT化で変革が進む今年21年の学校教育を展望。 ――2020年は、小中学校で1人に1台の端末を配備する「GIGAスクール構想」の環境整備がコロナ禍で加速し、 学校教育でのICT活用がようやく実現に向けて動き出した。 教育の情報化にとって、これまで経験したことのない大きな1年。 私は、約20年前から文部科学省の審議会などの委員を拝命、教育の情報化は本流ではなかった。 「教育とは、先生と子どもたち、人と人とのぶつかり合いの中で行われるものであって、 テクノロジーが関わる余地はない」という昭和の教育観が主流で、 私の意見は「まあ、そんな考えもあるよね」くらいにしか受け止めてもらえない時期も。 その後、教員の世代交代も進み、デジタルネイティブ世代の若い教員も増えたが、 PCを使う教員はほんの一部で、学校におけるICT活用はなかなか進まない。 ――なぜ、ICT活用は進まなかったのか? 学校におけるICT端末の配備やインターネット接続環境などの整備が、十分に進まなかったことが1つの原因。 公立の小中学校は地方自治体が設置するため、国が定める一定の基準を満たせば、 どんな校舎を建て、どんな備品を整備するか、 ICTをどれだけ入れるかも自治体に任せられている。 国は、これまでも学校のICT整備計画で目標を設定し、必要な費用を積算し、 自治体の税収で不足する分は、地方交付税として交付する地方財政措置を講じてきた。 18年~22年度の5カ年計画では、3クラスに1クラス分程度の端末整備を目標に、 市町村への財政措置を講じた。 地方交付税は、自治体の財源の一部に組み込まれ、ICT整備をするかは各自治体の判断に任されてしまう。 その結果、道路や橋など他の事業に予算を使い、学校のICT環境の整備を後回しにして、 自治体によって整備状況には大きなばらつきがあった。 学校の情報化が遅れた背景には、自治体幹部やベテラン教員の間に根強い「昭和の教育観」もあった。 ――その状況が昨年、一変した。 「このままではまずい」という空気が醸成されてきたのは、この5年くらい。 18年のPISA(国際学習到達度調査)では、デジタル機器の利用状況も調査され、 日本は「授業でデジタル機器を利用する」と答えた生徒が2割弱と、OECD加盟国の中で最下位。 20年度から、小学校でプログラミング教育も必修化され、 以前なら傍流の立場だった私が中央教育審議会の委員に呼ばれ、 政治家も教育ICTの重要性を説くようになった。 そうした変化の象徴が、GIGAスクール構想。 これまで、用途が限定されない地方交付税の中に予算を折り込む財政措置で、 自治体にICT環境の整備を促していたのでは整備が進まなかった。 GIGAスクール構想では、国が用途を指定した補助金を19年度補正予算案に計上して整備を進める。 コロナ休校の間、オンライン授業を実施できたのが一部の学校、先生にとどまったことで、 保護者からの要望も強まり、23年度完了予定だった「1人1台端末」の環境整備が前倒しされ、 21年3月には大半の学校で完了。 ――ICT化で2021年の学校教育はどうなるのか? 世間並みの情報化が実現されてよかったと思う一方、 21年は急速な教育の情報化に伴う混乱が起きる。 国の整備計画に沿って徐々に情報化を進めてきた一部の自治体を除けば、 多くの学校でICT環境がいきなり整備されることに。 GIGAスクール構想の目的、経緯を知る先生も多くはないので、急激な変化に不満が出るかも。 これからの混沌として先を見通せない時代を生き延びるには、 ICTを道具として情報を収集し、判断する能力が不可欠。 「日本の学力は世界的に見ても高いのだから、わざわざICTをやる必要があるのか」という声を 教育委員会の幹部から聞くことも。 そのような発言をする人が経験してきた、テストで高い点数を取る学力を身に付け、一生安泰の職業を得て、 組織のヒエラルキーを上っていくという昭和のパラダイム(時代を牽引する規範的考え方)は、 現代では通用しなくなっている。 一生安泰と思われた企業が淘汰され、今やキャリアチェンジはどこにでもある、前向きな話。 教育界もICT導入を機に、世間並みにパラダイムや価値観の転換をすべき時期を迎えている。 ――これまで経験のないICT活用に戸惑う先生も多いと思うが、本当に情報化は進むのか? 学校の先生は、基本的にまじめ。 情報化の必要性を納得すれば、教育の専門職としてやれるところから対応していくと思う。 先生が必ずしもICTに詳しくなる必要はない。 ある程度の慣れがあれば大丈夫。 ICTがあると、授業で学ぶ前に「織田信長のことを調べてきました」という子どもが出てくることも。 知識をすべて教え込む従来の教育なら、先生は困ってしまう。 ICTを活用した教育では、まず調べさせ、それを発表させればよい。 「本能寺の変がポイントだから、そこをさらに調べてみよう」などと促す。 正しい情報を集めるためにどんな情報源を使い、どんなことに注意すべきかを考えさせ、 グループで一緒に調べられるように 「クラウド型のプレゼンテーション資料作成ツールを使って協力しよう」とやり方を示せばよい。 ベテランの先生が、プログラミング学習の授業をやっているのを見たことがあり、こんな感じ。 先生「上手にできたね。ところで誰が上手なの?」 子ども「○○さんです」 先生「では、○○さんに発表してもらいましょう」 そうやって、プログラミングが得意な子どもに見本を示してもらう。 その子は、プログラミング教室に通っているからできたのかもしれない。 これまでも水泳や習字の授業でも、同じようなことがあったはず。 それぞれの家庭が教室や塾に通わせて得られた教育成果もうまく活用しながら、 学び方、興味関心、スキルがそれぞれ異なる子どもたちをファシリテートして、 全体にレベルアップすることが、ICT教育時代の教員の仕事と考えればよい。 それが個別最適な学びにつながるはず。 あとは、教員の慣れの問題。 新しい、これから望まれるモデルのベストプラクティスを世の中に見せていくこと。 最初はICTを上手に扱えない先生でも、よい教育をしているという実践モデルをフォローしていけば、 いずれ混乱は乗り越えられると確信。 --------------------------- 東北大学大学院情報科学研究科 教授 堀田龍也(ほりた・たつや) 1964年熊本県生まれ。86年に東京学芸大学教育学部を卒業し、87年に東京都公立小学校の教諭として勤務。 2009年東京工業大学より博士(工学)授与。文部科学省参与、玉川大学教職大学院教授などを経て、14年より現職。 中央教育審議会・委員、文部科学省情報活用能力調査に関する協力者会議・主査、 同デジタル教科書の今後の在り方等に関する検討会議・座長、 同教育データの利活用に関する有識者会議・座長、内閣官房教育再生実行会議初等中等教育WG・有識者などを歴任

2021年1月7日木曜日

肺がん細胞死なない仕組み、金大が解明 治療法確立へ

2020年12月22日 (火)配信北國新聞 金大は21日、同大がん進展制御研究所/ナノ生命科学研究所の矢野聖二教授らの研究グループが、 肺がん細胞が分子標的薬に抵抗して生き延びるメカニズムを新たに解明した。 がん細胞の増加を抑える遺伝子「TP53」が変異し、機能が低下することで薬が効きにくくなる。 研究グループは、この効きづらさを解消する新たな治療法を確認しており、根治へ研究進展が期待。 「ALK」と呼ばれる遺伝子が、他の遺伝子と融合して生じる「ALK融合遺伝子陽性肺がん」を対象に調べた。 ALKには「アレクチニブ」という分子標的薬が有効だと分かっている。 研究グループが、ALK融合遺伝子陽性肺がんでTP53に変異がある患者とない患者を比較すると、 アレクチニブの効果の持続期間は変異のある方が短いと分かった。 さらに細胞死を促進するタンパク「ノキサ」に着目。 ノキサが蓄積するよう「プロテアソーム阻害薬」を使えば、TP53に変異があっても効果が維持されることを確認。 動物実験では、アレクチニブにプロテアソーム阻害薬を併用することで、治療に抵抗性のあった腫瘍を小さくすることに成功した。 矢野教授は「実用化へ製薬会社との共同研究を進めたい」

糖尿病治療や症状悪化が膵臓がん発見のヒントに 東北大

2021年1月6日 (水)配信河北新報 糖尿病の診断や症状悪化が、膵臓がん発見の手掛かりになることが、東北大の研究グループの分析で分かった。 膵臓がんの発見につながることが多い黄疸や腹痛などの症状が出た後の診断より、 生存期間が2倍以上長く、手術可能な症例が多かった。 糖尿病は膵臓がんの危険因子とされ、糖尿病患者の膵臓がんリスクは一般患者の約2倍とされる。 大学院医学系研究科の正宗淳教授(消化器内科)らは、 東北大病院で膵臓がんと診断された489例の診断のきっかけと、治療後の経過を調べた。 黄疸などの症状があった318例のうち、比較的早期の膵臓がんは8%で、手術可能な例は27%。 一方、無症状で糖尿病の診断や症状悪化で見つかった53例は約40%が比較的早期で、手術可能な例は約60%。 無症状で検診などで偶然見つかった118例の35%が比較的早期で、68%が手術可能。 症状があった患者の平均生存期間が約11カ月だったのに対し、糖尿病患者は26カ月。 偶然に見つかった患者の29カ月と同程度だった。 新規の糖尿病で膵臓がんを合併した症例には、 (1)70代以上 (2)診断前に肥満がない (3)体重減少―などの特徴がある。 正宗教授は、「どの患者に膵臓がんの精密検査を行うかを詳細に検討し、治療成績の向上につなげたい」

2020年10月22日木曜日

吐く息で新型コロナ感染の有無を検査 「呼気医療に発展させる」と東北大と島津製作所

サイエンスポータル 2020年10月21日 東北大学と島津製作所の共同研究グループは、 吐く息で新型コロナウイルス感染の有無を調べる検査法を開発。 呼気の中に含まれるウイルスやタンパク質などを解析する手法を用いた 世界初とみられる技術で、医療現場で普及すれば約1時間で結果が出る簡便な検査法。 研究グループは今後も技術開発を進め、新型コロナウイルスだけでなく、 多くの疾患の診断にも使える「呼気医療」に発展させたい。 東北大学の大学院医学系研究科と加齢医学研究所が、 島津製作所と共同で開発した検査法は、 まず検査対象者に5分程度、呼気回収装置(エアロゾル採取システム)に 安静時呼吸で息を吐いてもらう。 次に呼気を冷却凝縮し、約1mlの呼気凝縮液を得る。 これを「オミックス」と呼ばれる技術を使い、 ウイルスやウイルス感染に関連するタンパク質を抽出して解析する仕組み。 PCR検査と同レベルの精度があり、既に神奈川県内の病院で約10人の新型コロナ感染症患者に 使ってもらい、検査の有用性を実証した。 検査対象者は約5分、安静時呼吸で呼気回収装置(エアロゾル採取システム)に 息を吐いてもらうだけで感染の有無が分かる。 研究グループによると、オミックスはタンパク質や代謝物などの生体分子を解析する技術で、 吐く息を使う「呼気オミックス」で、新型コロナウイルスを検出する試みは これまで海外でも例がない。 呼気を検体とする解析システムは、PCR検査など現行の検査法と精度は同じながら、 より多くのデータが得られることから、 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の重症化を予測することも可能。 東北大学と島津製作所は、今回開発した検査法はCOVID-19以外の感染症のほか、 心臓病や脳卒中などの循環器系や肺炎、気管支炎などの呼吸器系の疾患、 糖尿病などの代謝性疾患といった多くの疾患の診断への活用も期待できる。 当面はこの検査法の関連装置をより小型化するなど、 医療現場などで手軽に使えるための実用化研究を急ぐ方針だ。 http://scienceportal.jst.go.jp/news/newsflash_review/newsflash/2020/10/20201021_01.html

2020年9月3日木曜日

新型コロナ患者で起きる免疫暴走の引き金物質を発見 阪大グループ

(2020年8月31日 サイエンスポータル) 大阪大学の研究グループは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)早期に起き、 重症化を招く免疫反応の暴走「サイトカインストーム」の引き金となる物質を発見。 血液凝固を促進する「PAI-1」というタンパク質で、 PAI-1が増えたCOVID-19の患者は、肺などに血栓ができて重症化していた。 この成果は、新たな治療法開発につながる。 22日米科学アカデミー紀要に掲載。 COVID-19の患者では、生理活性物質サイトカインの一つ「インターロイキン6」(IL-6)が 血中に増加し、このIL-6が血管からPAI-1を放出。 血栓が形成されてサイトカインストームに至り、重症化する仕組みを解明した。 COVID-19では肺でひどい炎症が起こり、多臓器不全に至って死亡する例も多い。 その過程で、免疫機構で重要な役目をするサイトカインが制御不能になって、 過剰な免疫反応と言えるサイトカインストームが起きることが分かってきた。 この過剰な免疫反応は、細菌感染でも起こる。 COVID-19でも全ての感染者に起きるわけではなく、 高齢者や基礎疾患がある人に起こる例が多いとされているが、 詳しいメカニズムは未解明だった。 発表したのは、大阪大学免疫学フロンティア研究センター免疫機能統御学の 姜秀辰(カン・スジン)助教、岸本忠三特任教授らのグループ。 岸本特任教授は、IL-6を発見したことで知られる。 姜助教らは、サイトカインストームが起きた91人の血液を健康な人の血液と比較。 その結果、サイトカインストームが起きた人は、 健康な人と比べて、PAI-1が顕著に増えていることが判明。 患者のPAI-1レベルは、細菌性敗血症や重症のやけどの患者に匹敵する高さ。 重症の新型コロナ患者のPAI-1の量を調べたところ、 その量も全身の炎症程度を示す数値もいずれも上がっていた。 PAI-1は、血管内皮細胞や肝臓、血小板などに存在するタンパク質で、 血管内皮が損傷したり、血小板が壊れたりして血中に放出される。 血中量が増えると、血栓の成長が促される。 研究グループは、増えたPAI-1により肺など多くの臓器で血栓ができ、 血管から生体維持に重要な液性成分を漏出させて肺炎を重症化させるとみている。 姜助教らの研究グループは、血管内皮細胞をIL-6で刺激する実験も行った。 すると、PAI-1が増えた。 この現象は、IL-6の働きをブロックする抗体医薬品 「アクテムラ」(一般名・トシリズマブ)により抑えられた。 同グループは、「COVID-19でもIL-6が上昇する早期にアクテムラを投与すれば、 PAI-1の産生を抑えることができ、これが有効な治療になると予測される」 http://scienceportal.jst.go.jp/news/newsflash_review/newsflash/2020/08/20200831_01.html

2020年7月25日土曜日

唾液PCR検査で無症状感染者をチェック 入国者や濃厚接触者は公費負担

サイエンスポータル 2020年7月21日 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のPCR検査について 厚生労働省は、有症者だけでなく、無症状の人を対象にした検査にも 唾液を使うことを承認した。 海外からの入国者や濃厚接触者の検査には公費負担する。 唾液PCR検査は、鼻の奥の粘液を綿棒で採取する従来の方法よりも 簡単、安全に検体を採取でき、結果も短時間で判明する。 同省は、空港の検疫所などでの水際対策に活用したい。 厚労省は東京都内で無症状の感染者数十人を対象に、 従来の方法と唾液を用いた方法の双方について検査精度を検証、 結果はほぼ一致した。 空港の検疫所で入国検査を受ける無症状の人や、 感染者の濃厚接触者らの感染の有無を調べるPCR検査の検体に 唾液を用いても問題ないとの結論。 6月2日以降、有症者の発症後9日までに限って唾液PCR検査を認めていた。 厚生科学審議会の感染症部会は、今回の検証結果を受け、 無症状の人にも唾液を用いたPCR検査を行うことについて問題はないと判断。 加藤勝信厚生労働相が17日の閣議後記者会見で、 海外からの入国者や濃厚接触者の検査には公費負担するなどの方針。 海外からの帰国者のうち、7月16日、17日の2日間に男性6人、女性3人の計9人が 無症状ながらCOVID-19陽性と判定。 年代は20代から60代と幅広く、同省は今後の感染拡大防止上、 こうした無症状感染者を水際でチェックする必要があると判断。 簡便な唾液PCR検査の活用に踏み切った。 以前は、唾液に含まれるウイルス量は鼻の粘液よりも少ないとみられ、 唾液PCR検査の精度は低いとの指摘も。 厚労省研究班が、COVID-19の感染者約90人から採取した唾液を使っての精度を 従来の方法と比べると、発症から9日以内なら判定結果がほぼ一致。 北海道大学の研究でも、唾液を使った方法の有効性が確認。 米食品医薬品局(FDA)も、唾液を使った検査キットの緊急使用許可を 5月初旬に出し、現在広く活用。 政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会(尾身茂会長)は、 無症状の人に対する検査のあり方について議論。 16日の会合では検査対象を (1)有症状者、 (2)無症状で感染リスクが高いとみられる人、 (3)無症状で感染リスクが低いとみられる人―の3つに分類。 症状が無い(2)(3)のうち、(2)については公費負担、 (3)については企業や個人の費用負担を前提に検査を受けることに道を開く方針で合意。 感染拡大を防止するためには、無症状の人を広範囲に検査する体制を 確立すべきと指摘する専門家も多い。 http://scienceportal.jst.go.jp/news/newsflash_review/newsflash/2020/07/20200721_01.html

2020年7月13日月曜日

「コロナ後の社会で、スポーツの価値とは」 日本学術会議フォーラム、議論白熱

サイエンスポータル 2020年6月30日 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で、在宅時間が長くなり、 健康維持の観点から、スポーツの在り方が注目。 コンピューターゲームの対戦を競技として捉える「eスポーツ」が普及し、 若者の心身への影響が議論。 東京五輪・パラリンピックの開催が来年に延期された今、 社会はスポーツが持つ多様な価値や課題を、改めて見つめる必要に迫られている。 日本学術会議は学術フォーラム「人生におけるスポーツの価値と科学的エビデンス 新型コロナ感染収束後の社会のために」を、6月18日に開催。 スポーツ庁からスポーツの価値をテーマに審議依頼を受けた同会議が、 回答をとりまとめたのに合わせ、内容の公表と講演などを盛り込んだイベント。 ◆「科学的根拠に立脚した練習を」など盛り込む 審議は、鈴木大地スポーツ庁長官が2018年11月、 「科学的エビデンスに基づく『スポーツの価値』の普及の在り方に関する審議について」 として、次の4つの課題について学術会議に依頼。 (1)日常生活でスポーツに親しむことが個人や社会にどう貢献するか、 科学的知見の整理、 (2)伝統や慣習、組織や精神文化との関係も含め、 スポーツの価値を高めるためのスポーツ界と科学の関係の検討、 (3)科学技術や情報技術の変化がスポーツの価値にどう影響するかの科学的知見の整理、 (4)スポーツ政策でEBPM(Evidence-Based Policy Making、証拠に基づく政策立案)を 推進する体制整備の提案。 学術会議は、委員会を設置。 科学技術振興機構の渡辺美代子副理事を委員長とする有識者ら16人。 (1)スポーツは心身の健康や体力増強、学習・認知能力の伸張に好影響を与え、 医療費抑制などで社会にも寄与する。 障害者を含む多様な人々が参画し、画一的でない実践を促すことが必要、 (2)科学的根拠に立脚した練習やコーチングにより、 経験主体のスポーツに高度な合理性を与えられる。 研究と応用が、人間の選別につながらないよう倫理面の配慮が不可欠、 (3)競技人口が急増しているeスポーツなど、身体運動を超えた新たな価値に配慮が必要。 ゲーム依存の防止策、組織やルールの確立などが急務、 (4)政策に反映できる科学的根拠の共有が重要。 各機関や現場で収集されたさまざまなデータを共有し包括的に分析するため、 各省庁や諸機関、学協会などのネットワークを活用する仕組みが必要。 ◆スポーツは「社会の基礎を作る」 委員会は、「提言」も取りまとめた。 データを国立スポーツ科学センターに一元化する体制整備や、 科学的根拠に基づく指導によって暴力を削減、最小化する取り組み−−などを盛り込んだ。 鈴木氏は「審議依頼時、スポーツ界はセクハラ、パワハラ、ガバナンス(統治、管理)の 欠如など、ありとあらゆる問題の最中だった。 情熱的な指導と暴力の境目はどこか、eスポーツはスポーツなのか。 今後も学術会議との関係を強固にし、さまざまな課題を解決したい」 学術会議の山極壽一会長が「スポーツは科学的根拠だけでなく、 社会的意義も非常に重要。信頼するコーチや仲間の中でスポーツをすることで 信頼感を醸成し、生きる喜びを感じる。社会の基礎を作ってくれる。 学術としてスポーツを考えていくことが重要だ」 ◆「引退までの苦しい道のり」経験告白も 基調講演では、脳性まひを持ちながら障害と社会の関係について研究する、 東京大学の熊谷晋一郎准教授。 五輪でヒーローが生まれるが「その陰で、成功できなかった人がたくさんいることを 忘れてはならない」と、元五輪バスケットボール選手、小磯典子さんの言葉を紹介。 スポーツは勝敗ではなく、人が社会で課された重荷を降ろして自由になり、 継続的に成長できるものであることが重要だ。 神戸大学医学部病院「ネット・ゲーム依存外来」で診療を続ける曽良一郎教授は 「eスポーツをスポーツと称するなら、心身の健全な発育に貢献することが求められる」と提起。 食欲が抑えられ、低体重となった若者などのゲーム依存の症例を紹介、 脳内のメカニズムが薬物依存のケースに似ていると指摘。 社会に対しては、ゲーム依存への警鐘がゲーム自体の制限の主張だと 誤解されているとアピール。 eスポーツは健康対策と経済活動の両立を図るべきだが、 ゲームの影響のデータが社会で共有されていないなど、多くの課題がある。 新型コロナウイルスによる休校が続いたことで、回復が妨げられたり、 予備軍が依存症に進んだりすることに強い危機感を示した。 日本スポーツ振興センター・ハイパフォーマンススポーツセンターの勝田隆センター長は、 新型コロナウイルスの影響を受けたスポーツ活動の再開にあたって、 「現場の皮膚感覚だけでなく、科学的に考えるサポートが重要だ」 ネットを含めさまざまな情報が飛び交うが、 「どんな機関や人が出しているものなのか。信頼性を重視してほしい」と呼び掛けた。 順天堂大学の室伏由佳講師は、2004年アテネ五輪出場などを果たした陸上選手時代、 過度の「都市伝説のような」トレーニングを重ねてスポーツ障害に陥ったと、 自身の経験を振り返った。 腰痛や貧血、婦人科疾患などに悩みながら、競技成績が良かったため対処を後回しに。 「引退までの苦しい道のり」の経験を告白し、メンタルヘルスや心理にも配慮した 選手のサポートの重要性を強調した。 1988年ソウル五輪シンクロナイズドスイミング銅メダリスト、 国際オリンピック委員会マーケティング委員会の田中ウルヴェ京委員は、 選手のメンタルトレーニングや心理コンサルティングに取り組んでいる。 選手の引退後のキャリア支援について講演。 「勝って得られる自信と、結果を得る過程にある自信は別のもの。 トップクラスの選手は、この2種類の自信を小さいころから鍛えており、 これらは引退後のセカンドキャリアでも生きるものだ」 引退時は、「競技を振り返り、今後の自分に何が有益、有害で、 何を転換しなければならないかを考える"棚卸し"作業が必要だ」 ◆コロナ拡大で「競うことの意味変わる」 パネルディスカッションには、委員を含む7人が参加。 中京大学の來田享子教授は、「スポーツが社会と切り離せないことを強く認識した。 社会から光を当てると、そもそもスポーツに近づけない人がいることや、 各競技に良さと課題があることに気づく。提言はこうしたことを強調できた」 五輪の歴史に詳しい來田氏は「(近代オリンピックを提唱した)クーベルタンの 時代には人々の物理的距離が大きく、4年に1度集まることには特別な意味があった。 今は世界の移動が簡単になり、デジタル技術も発達し、集まることの意味が変化している。 新型コロナウイルスの拡大により、競うこと、体を近づけて互いに感じることの意味も変わる」 「スポーツのルールの捉え方も変わっていい。 国の経済状態が違えば、トレーニング環境や栄養状態も違うのに、 私たちはそのことに基本的に目をつぶり、スポーツのルールは公平だと言いくるめてきた。 これまで意識されなかった不公平さを乗り越えられると、 これまでとは違う人々が表彰台に上がるかもしれない」 バイオメカニクスや生体計測が専門の早稲田大学の川上泰雄教授は、 トップアスリートを支えて得た実感に基づいて、「万全の健康を保っている選手は意外に少ない。 多くが、けがや障害と付き合いながら競技生活を続けている。 将来を担う子供がこうならないよう、適切なスポーツ活動の確立を」と警鐘。 子供の発達障害に詳しいお茶の水女子大学の神尾陽子客員教授は 「教育が画一から個別へとシフトする中、スポーツ教育も画一的なままで ドロップアウトする子供が出ないよう、教育者がスキルを身に着けてほしい」 国立情報学研究所の喜連川優所長は、「選手には引退まで、 コンサルタントがいていいなあと感動した。 大学の研究者なんて、そんな心配をしてくれる方は誰もいない」 「アスリートではない人がスポーツをすると、人生がどう変容するか。 そちらにも目を向けては」 ◆勝負だけでない五輪の価値、見えるように ディスカッションの進行役は、1988年ソウル五輪柔道銅メダリストで 日本オリンピック委員会理事、筑波大学の山口香教授。 「延期された五輪・パラリンピックでは、勝ち負けだけでない何かが、 きっと出てくる期待を感じる。でもいざ始まったらやはり、 日本人がメダルを取るのだといった話に、戻ってしまう気もする」と複雑な思い。 田中氏は「メディアには見えやすいもの、伝わりやすいものを報道する視点がある。 スポーツの人間は『五輪は結果主義ではない』と言わなければ。 五輪の価値はエクセレンス(卓越性)、リスペクト(敬意)、フレンドシップ(友情) と決まっているが、見えにくい。 コロナの影響で、このオリンピズムを子供たちに伝えられていない」と、 もどかしさを口にした。 「来年に五輪があるかないかは、不確実性というストレスだ。 コロナの影響はコントロールできないので、私は現場では 『2024年のパリを目指そう』と言っている。 毎日鍛える理由が必要で、明確なものに視点を置かないとやっていけないからだ」 來田氏は「競技をしようと思っていた機会がずれてしまうのは、選手にはとてもしんどい」 「延期の1年の間に、勝ち負けだけでない、五輪の見えにくい価値を 見せていくことがあってよい。 クーベルタンは芸術や音楽などの創造的な営みの中に、 スポーツと共通する価値をみていた」 山極氏は「学術とスポーツは、南極と北極くらい離れていると思っていたが、 今日は赤道まで来ている感じがした。 コロナ後の新たな科学のあり方の、突破口が開かれるように思う」 人間の身体能力の頂点を見せてくれるトップアスリートは、いつの時代も憧れの存在だ。 スポーツの価値が多様化しても、この価値観は何らかの形で残るだろう。 スポーツ文化が成熟した社会では、彼らには競技成績だけでなく、 心身の健康管理の面で人々のモデルとなる役割も求められるようになる。 http://scienceportal.jst.go.jp/reports/other/20200630_01.html