2023年1月18日水曜日

日本の医療DX化、「周回遅れ」の懸念も - 中村祐輔・医薬基盤・健康・栄養研究所理事長に聞く

日本の医療DX化、「周回遅れ」の懸念も - 中村祐輔・医薬基盤・健康・栄養研究所理事長に聞く ◆Vol.2オンライン診療進むも今後の発展に課題残る スペシャル企画 2023年1月14日 (土)配信聞き手・まとめ:橋本佳子(m3.com編集長) ●オンライン診療「様変わり」したが…… ――ではコロナ禍の3年で、「より良い方向に医療が変わった」点はありますか? オンライン診療です。 コロナ禍前は、かなりの抵抗がありましたが、もう全く様変わりしました。 ひいてはデジタル医療の評価も高まっています。 対面診療との比較では、画面を通して見ると患者さんの顔色が分かりにくいなどのデメリットはありますが、 特に医療の利便性が悪い地域の住民にとっては、オンライン診療が非常に重要であることは明らか。 妊婦健診では、母体胎児の生体情報をモニターできる小型機器も開発され、 遠距離通院の負担の軽減にもつながります。 オンライン診療やデジタル医療を活用しなければ、医療の地域格差は広がるばかりです。 日本の医療を維持、発展させるためにも、これらの活用が非常に重要です。 言い換えれば、医療のDX化を加速させなければ、日本の医療は「周回遅れ」になってしまうでしょう。 ●AI問診と音声入力で質向上と業務負担軽減 ――先生はSIPで、「AI(人工知能)ホスピタルによる高度診断・治療システム」のプロジェクトディレクターを務めています。 その中で特に注目されているプロジェクトは何ですか? 一つは、AI問診です。 今後かなり普及していくと見ています。 コロナ禍では、「非接触性」も重視されましたが、医療者と患者さんが接触する時間が短縮できるだけでなく、 AI問診タブレットを用いた場合、患者・付き添い者の負担が少なく、入力しやすいという結果が出ています。 忙しそうにしている看護師さんやお医者さんにいろいろ聞かれるよりも、待ち時間などに気軽に入力できるからでしょう。 AI問診は、医師にとっても有用。 診察前に患者情報を整理・確認できるほか、問診結果から想起すべき鑑別疾患が提示されるAIも開発されているので、 疾患見逃しなどの防止にもつながるからです。 バイタルサインの音声入力も、業務負担の軽減に有用。 看護師さんが「体温は○○」「血圧は○○」などと測定データを読み上げ、それを入力できるシステムを構築した結果、 1病棟1日当たり約7時間も削減されました。 日本全体で年間に7700万時間の削減になる計算。 画像診断には専門性が求められますが、X線CTにしても、そのスライス数は以前に比べて膨大です。 それを見落としなく診断するには、AIの補助が絶対的に不可欠です。 造影CT検査の事前の説明を人工知能アバターが補助することによっても、 業務負担の軽減につながることなども明らかになっています。 米国では、1年間に700万件の処方ミスで年間7000~9000人の死亡があります。 投薬ミスを治療するために、4兆円の医療費が余分にかかっているとの報告があります(StatPearls, July 3, 2022)。 薬の種類や量、投与方法など、さまざまな場面でミスが生じ得ますが、 AIが管理すればヒューマンエラーが激減すると思います。 AIとデジタル化は、医療の質の向上やミスの防止、医療者の負担軽減・業務の効率化など、さまざまな分野で発展しています。 今、医師をはじめ医療者の働き方改革が進められています。 タスクシフト先は、人間である必要はなく、AIでもいいわけです。 空いた時間を患者さんへのケアに充てれば、皆がハッピーになることが期待され、AIの利活用は今後の重要なテーマです。 ●「診療情報は患者のもの」の発想必要 ――オンライン診療やAIの活用を進めるには、医療情報のデジタル化、ビッグデータ化、その利活用が不可欠。 長年の課題ですが、この辺りを進めるアイデアはありますか? 電子カルテの標準化と同時に、次世代医療基盤法を改正して患者情報をオプトアウトで集めて、 それを利活用するという動きがあります。 欧米ではこのやり方で進めようとしていますが、政府に対する信頼性がないと難しい。 電子カルテの標準化には膨大なコストがかかる上に、政府に対する信頼性が低い日本で 果たして電子カルテの標準化やデータベース化は進むのでしょうか。 国が強制的に進めない限り難しいでしょうが、国がそこまでトップダウン的にやるとは思えない上、 国民の抵抗が大きいと私は考えています。 私も見知らぬ証券会社からの郵便が大阪の自宅に届くようになり、 マイナンバーカードに連結された情報が、今後どのように管理されていくのかを疑問視しています。 日本ではいまだに「診療情報は誰のものか」という議論があります。 診療情報は患者さんのものですから、患者さんにまずお返しする。 「どの医療機関や企業でも利活用してもらいたい」と意思表明した患者さんのデータだけ、 クラウド上でデポジットするプラットフォームを構築する方が、 コストが少なくて済む上に、現実的だと考えています。 ――そのやり方であれば、「リアルタイムデータ」として活用でき、一定程度集まれば「リアルワールドデータ」としても活用できる。 まず前提ですが、「リアルワールドデータ」と言っても、データを集めたら何かができるわけではなく、 データをどう使うかを考えてデータを集める必要があるということ。 ここを間違えてはいけません。 「医療DX化を進め、次のパンデミックに備えよう」という掛け声がありますが、 基本的に何が問題なのか、例えばワクチンや薬を早期に開発するためにはどんなデータが欠けていたのかなどという検証がない限り、 「ゴミデータ」をいくら集めても「ゴミ」のままです。 「リアルワールドデータ」は、全数である必要はなく、一定程度、質のいいデータが集まれば、利活用できます。 その結果、新たな治療法などが見つかったら、データをデポジットしてくれた患者さんにフィードバックする。 こうしたインセンティブを付けて、データの収集と第三者利用を進める方が手続き的、またコスト的にも現実的ではないでしょうか。 仮にクラウドのデータベースを一から構築して、1兆円かかるとします。 確かに初期投資はそれなりにかかりますが、この活用で薬の投薬ミスなどを防止できたら、 先に紹介したアメリカの処方ミスの現実を単純に人口比で換算すると、導入した翌年には元が取れる計算になります。 ――さまざまな可能性があるSIPの「AI(人工知能)ホスピタルによる高度診断・治療システム」ですが、2022年度で終了。2023年度以降の予定は? 2022年度で終了です。 ただ、本プロジェクトには多くの企業が関わっており、 ある程度、製品化の可能性が見えてきたものについては、企業が開発・支援を続けていくことが想定されます。 一方で、もう1期(5年)くらいSIPの予算で開発を続ければ、実用化の目途が立ち、日本の医療を大きく変える可能性があったのですが、 予算が打ち切られると厳しいと考えています。 評価が次に生かされない硬直化した仕組みこそが、日本の大きな課題だと考えています。 https://www.m3.com/news/iryoishin/1108171

トップの科学リテラシー、危機意識の欠如が露呈 - 中村祐輔・医薬基盤・健康・栄養研究所理事長に聞く

トップの科学リテラシー、危機意識の欠如が露呈 - 中村祐輔・医薬基盤・健康・栄養研究所理事長に聞く ◆Vol.1日本コロナ対策「非科学的な対応」の一言に尽きる スペシャル企画 2023年1月10日 (火)配信聞き手・まとめ:橋本佳子(m3.com編集長) 国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所理事長を務め、東大名誉教授、シカゴ大学名誉教授でもある中村祐輔氏は、 遺伝・ゲノム医学研究の第一人者。 2018年からは、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)に採択された「AI(人工知能)ホスピタルによる高度診断・治療システム」 のプログラムディレクターとして、医療分野でのAIの開発・社会実装にも挑んでいる。 阪大医学部卒業後、外科医として4年間研鑽を積み、 内閣官房参与・内閣官房医療イノベーション推進室長の経験もあり、臨床・研究から、医療政策まで幅広い視点を持つ中村氏。 日本のコロナ対策を問うと「トップの科学リテラシー、司令塔機能、ひいては国家の有事に対する危機意識の欠如」と 手厳しい答えが返ってきた(2023年1月6日にインタビュー。全3回の連載)。 ●「2類、5類」以外にも選択肢あるはず ――2022年、さらにはコロナ禍の過去3年の日本の対応は、先生の目にはどのように映っているのでしょうか? 2022年末、サッカーのワールドカップを見ていて、「この差は何だ」と思ったことを印象深く覚えています。 誰もマスクせずに会場内外で大声で叫んでいる一方、日本ではマスクをつけて静かにテレビ観戦していたという違い。 日本のコロナ対策を一言で言えば、「非科学的な対応」という言葉に尽きます。 感染症法上の分類をめぐる議論も、新型コロナウイルスの特性に合わせてフレキシブルに変更すればいいのに、 2類か5類かという選択肢しかないような議論を続けています。 科学者も、政治家も思考停止しているのではないでしょうか。 にもかかわらず、誰も何も言いません。 もう一つは、医療のデジタル化がすさまじく後れていること。 私はSIPで、「AI(人工知能)ホスピタルによる高度診断・治療システム」のプロジェクトディレクターを2018年度から5年間務めていますが、 それを身をもって感じました。 「日本のデジタル化がいかに後れているかが、国民の皆さんの目の前に突き付けられた」と言うこともでき、 それはよかったことかもしれません。 その他、基礎研究の遅れなど、日本の医学・医療のさまざまな弱点が露呈しました。 ●ゲノム医学や免疫の「専門家」は不在 ――まずは「非科学的な対応」についてお伺いできますか? 新型コロナ対策は、一義的には医学の問題として科学的に進めるべき。 そのために必要な情報を収集・分析するベースが全くないとしか思えません。 「ウイルスは変異する」と言いながら、ゲノム解析が十分になされていない。 解析していていも、そのデータがどう利用されているのかも分かりません。 PCR検査にしても、特にパンデミック初期は十分な検査ができず、流行状況などを把握できずにいました。 大学にはたくさんのPCR検査機器があったけれども、全然オーガナイズされていなかったので、十分に活用できません。 いまだにPCR検査体制は不十分だと考えています。 国内外の新型コロナに関する情報を収集・分析する体制も不十分。 ビオンテックがNature誌にがんに対する治療用のmRNAワクチンに関する論文を発表したのは、2017年のこと。 mRNAワクチンで免疫反応を誘導できるという内容でしたが、 日本ではコロナ初期には「mRNAワクチンなんて使えるのか」という議論がわき起こりました。 世界の最先端の情報を全く理解していない反応だと思います。 政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会をはじめ政府の会議体には、 ゲノム医学や免疫の専門家はいません。 最先端の技術や情報を持っていない人たちが集まって、「専門家」と称していること自体もナンセンス。 日本にも感染症の「専門家」は何人かおられますが、 米国CDC(疾病対策センター)は、世界各国に専門家を出し、各国の疾病動向をリアルタイムで監視しています。 ある意味、疾病動向を把握するための「諜報活動」と言えますが、日本にはこうした機能もありません。 ●「リアルタイムデータ」欠如、ワクチンや治療薬の後れに ――「デジタル化の後れ」ですが、パンデミック初期は発生届もFAXを使うなど、「紙」ベースのやり取りが目立ちました。 昨今、「リアルワールドデータ」(Real World Data:RWD)の必要性が指摘されるようになりましたが、 それに加えて「リアルタイムデータ」(Real Time Data:RTD)が必要。 救急搬送一つ挙げても、どこの病院で受け入れ可能なのかが瞬時に分からず、 何時間も探す事態が生じるのは、バカげた話だ。 日本がワクチンや治療薬の開発が決定的に後れてしまったのは、 リアルタイムでデータを集める仕組みがないことが大きく影響しています。 コロナ治療薬の治験を迅速に進めるためには、どの病院にどの程度の重症度の患者がいるかなど、 ファンダメンタルな情報を集める体制が不可欠です。 そうしたデータの構築には、クラウドベースのサーバーやバイオインフォマティクスの専門家などが必要です。 クラウドサーバーは、Google、マイクロソフト、IBM、Amazonなど、アメリカ勢がメイン。 バイオインフォマティクスの専門家の重要性もかねてから指摘されていますが、 十分に育成されているとは言えません。 ●日米トップの科学リテラシーの差は歴然 ――さまざまな問題を指摘されていますが、なぜ日本はそのような状況に陥っているとお考えですか? 最大の問題は、トップの科学リテラシー、司令塔機能、ひいては国家の有事に対する危機意識の欠如。 バラク・オバマ元米大統領、ジョー・バイデン大統領を見て分かる通り、 日米の政治家の科学リテラシーの違いは明らか。 「大統領を目指す人には、科学リテラシーが必要」という認識があり、 サイエンティフィックなアドバイザーが必ずおり、また彼ら自身の知識も豊富です。 学会やシカゴ大学で、お二人の講演を聴講したことがありますが、受け答えを聞いていても、 どんな質問に対してもすごく的確に答えています。 バイデン大統領は、息子さんをがんで亡くされており、がんの臨床試験に関する知識はもう玄人はだしです。 ワクチンや治療薬の開発についても、アメリカでは国の指令が明確で、国の中枢と製薬企業が連携しながら取り組んでいます。 各種の検査体制にしても、アメリカは2001年の炭疽菌事件以来、 バイオテロを常に念頭に置いて何かあってもすぐ調べることができる体制を構築しています。 各種の危機を想定した情報を収集・分析し、対策を考える専門家集団を持っている。 何らかの問題に直面した時点で対応策を考えるのではなく、将来を見据えて何が必要なのか、 そのグランドデザインをまず描く。 マイルストーンを決めて人材も育て、インフラも整備してきたのがアメリカ。 日本では、国に対する脅威にどう対応するか、その危機意識の欠如がいろいろな場面で響いています。 その結果、対応が後手後手で、なおかつ「この問題は、この部署で」と縦割りの対応を続けてきたのが日本。 ――米国は人口当たりの新型コロナによる死亡者数は世界トップであるなど、必ずしも対策が成功したとは言えない側面があるのでは? CDCは、「The Epidemic Prediction Initiative (EPI) 」という、国内外の感染症監視プログラムを持っていますが、 ドナルド・トランプ前大統領の時代に、この予算を削ってしまった。 対応が後手に回ったのは、この点が大きいと私は見ています。 言い換えれば、トップ次第で成否が変わるということです。 ●「ワクチン1日100万回」「一斉休校」は評価 ――「縦割りの対応」を指摘された。2015年に日本医療研究開発機構 (AMED) が発足。研究開発面でも、縦割りは残っていますか? 私は、AMEDの前身の内閣官房医療イノベーション推進室室長を務めた経験があります(編集部注:2011年に発足。初代室長が中村氏)。 同室は、省庁横断的に医療政策を考えて、トップダウンで指示することを目指していました。 しかし、その後に発足した「健康・医療戦略室」はいつの間にか役人だけの組織に変わり、 医療現場を知らない人がいろいろな課題に取り組むようになってしまった。 AMEDは、医療政策の将来的な国家戦略を考えて、トップダウンで官民を問わず横断的に各組織を束ねて、 戦略を実現する役割を担うはずでした。 しかし、今のAMEDは、予算の使い方を見ても、各省庁の各部局が作ったものをベースにし、本来の機能を果たしているとは言えません。 トップダウンで組織を動かすという意味で、過去3年間のコロナ対応の中で印象に残ったのは、 菅前首相が「ワクチン接種1日100万回」を掲げ、それが実現したこと。 「地方交付税交付金の減額をちらつかせて……」という話も聞きますが、 地方を動かすための仕組み、手腕は絶対的に必要です。 もう一つは、安倍元首相が2020年2月末に打ち出した「学校の一斉臨時休校」。 今から振り返れば「そこまでする必要はあったのか」という人もいますが、 致死率が10%を超えるようだったら、褒めたたえられたでしょう。 当時は新型コロナに関して未知の部分が多かったので、最悪を前提とした対策として、 私自身は、悪くはなかったと思っています。 https://www.m3.com/news/iryoishin/1108170?dcf_doctor=false&portalId=mailmag&mmp=MD230110&mc.l=934644156&eml=12b55b931cb52b4152963c77864c5aec

2022年10月4日火曜日

つまみを回す指の本数の研究でイグ・ノーベル賞を受賞した千葉工業大教授の松崎元さん 「時の人」

2022年10月3日 (月)配信共同通信社 水道の蛇口など「つまみ」を回す時、人は何本の指を使うのか―。 つまみの太さで本数を無意識に変えると証明した実験結果が評価され、 ユーモラスな独自の研究に贈られる今年の「イグ・ノーベル賞」に輝いた。 手を触れなくても水が出る洗面台やタッチパネルが増える中、 蛇口のハンドルやドアノブが少数派となる日も遠くない。 自らの研究を「時代遅れ」とし、 「受賞は不思議な感じ。誰も気にしないことを真面目に研究したのが評価されたのかな」と控えめだ。 工学系のデザイナーを志望して、千葉工業大に入学。 大学院に進んでから目を付けたのは、さまざまなサイズや形状がある蛇口だった。 「本当に指に合って使いやすい形はどれだろう」。 探求の日々が始まった。 実験では、つまみを模した直径の異なる円柱を多数用意し、被験者につかんで回してもらった。 直径が約1センチ、約2・5センチと大きくなるごとに使う指が増え、 9センチになるとほぼ全員5本だった。 大学で教壇に立ちながら、機能的な日用品を開発するプロダクトデザイナーとしても活躍し多忙を極める。 「きれいでかわいいものではなく、使いやすいものを」。 計量カップとしても利用できる紙コップや、握りやすいかばんの持ち手の開発にも携わってきた。 受賞を機に、蛇口メーカーから新製品のデザインの依頼も絶えない。 1999年に発表した論文が再び日の目を見たことに、「改めて研究もしっかり頑張らないと」と襟を正した。 東京都出身、50歳。 https://www.m3.com/news/general/1083425

ノーベル医学生理学賞、沖縄科学技術大学院大学の客員教授に

2022年10月3日 (月)配信m3.com編集部 スウェーデンのカロリンスカ研究所は10月3日、 2022年のノーベル医学生理学賞の受賞者をスバンテ・ペーボ氏に授与すると発表。 古代人と人類の進化に関するゲノム解析に関する研究が評価。 2018年の本庶佑・京都大特別教授以来、4年ぶりの日本人研究者の受賞は残念ながら逃したが、 ペーボ氏は沖縄科学技術大学院大学(OIST)のヒト進化ゲノミクスユニットの客員教授を務める。 スバンテ・ペーボ氏は、1955年ストックホルム生まれ。 ドイツのミュンヘン大学、マックス・プランク研究所などで研究に従事。 古代骨を用いてDNA解析を行い、ヒトの先祖のDNA配列を明らかにしてきた。 2010年、ネアンデルタール人のゲノムを解読したことや、 新系統のヒト属、「デニソワ人」を発見したこと等が評価された。 2020年にはJapan Prizeを受賞。 ●ネアンデルタール人のゲノム解析に成功 カロリンスカ研究所のプレスリリースによると、 ホモ・サピエンスに最も近いとされるネアンデルタール人は、 約40万年前から約3万年前までヨーロッパと西アジアに住んでいたが絶滅した。 約7万年前、ホモ・サピエンスがアフリカから中東に移動し、そこから世界に広がっていった。 同時期にユーラシア大陸で共存していたホモ・サピエンスとネアンデルタール人がどう異なるのか、 考古学上の長年の課題だった。 これを知るには、古代の標本から回収したゲノムDNAの配列決定が必要だ。 長年が経過したDNAは細かい断片になっていたり、現代人のDNAで汚染されていたりするため、 現代の遺伝学的手法で解読するのは困難だ。 1990年、ペーボ氏はネアンデルタール人のミトコンドリアから採取したDNAを使用して分析を開始した。 ミトコンドリアゲノムは何千ものコピーがあるため成功確率が高いと言い、DNAの配列の決定に成功した。 ペーボ氏はさらに解析方法の改善を続け、2010年にネアンデルタール人のゲノム配列を発表した。 ●新たなヒト属「デニソワ人」の発見 2008年、シベリア南部のデニソバ洞窟で、4万年前の指の骨の断片が発見された。 ペーボ氏は、非常に保存状態が良かったこの骨のDNAの塩基配列を決定した。 その結果、現生人類やネアンデルタール人といった既に知られているヒト属動物のいずれとも異なることが分かった。 新たなヒト属の発見だった。 ペーボ氏は、このヒト科を「デニソワ」と名付けた。 現生人類との比較を続けると、現在の東南アジアに住む集団の一部では、 最大で6%デニソワのDNAの塩基配列を持つ個体が存在することが分かった。 絶滅したヒト属とホモ・サピエンスの違いや共通点を明らかにする中で、 ネアンデルタール人のゲノムは感染症に対する免疫反応に影響を及ぼしていることも分かってきている。 カロリンスカ研究所は、ホモ・サピエンスと絶滅したヒト属の遺伝的な違いを明らかにした ペーボ氏の研究を「画期的」と称え、 「何がこれらを分けたのか、何が我々を人間たらしめているのかを明らかにするのが、 現在も行われている精力的な研究の目標だ」とこの分野の発展に期待を示した。 【OIST学長兼理事長のピーターグルース氏のコメント】(OISTのホームページより) 「この度のスバンテ・ペーボ氏のノーベル生理学・医学賞受賞に際し、 OIST教職員一同、心よりお祝い申し上げます。 私自身も、マックス・プランク協会時代の同僚であるスバンテ氏をOISTの教員として迎え入れることに 貢献できたことを大変誇りに思います。 スバンテ氏は古遺伝学の創始者の一人で、ネアンデルタール人及びデニソワ人のゲノム解読に成功。 ホモ・サピエンスのゲノムとの比較解析により、すでに重要な機能データが得られています。 スバンテ氏は今後、ここOISTでネアンデルタール人とホモ・サピエンスのゲノムの比較解析に取り組むことを希望しており、 本学としても大変喜ばしく思っています。 この研究を通して、何が私たちを人間たらしめるのかという問いに重要な知見がもたらされることでしょう」 https://www.m3.com/news/iryoishin/1083727

2022年9月5日月曜日

脳への「優しい刺激」で高齢者の記憶力が向上、1カ月持続か

2022年9月5日(月) 年を取ると、だれもが記憶力が低下することは避けられない。 脳の特定の部位に電気パルスを送ることで、高齢者の記憶力が向上することを示す研究成果が、 ボストン大学の研究チームから発表。 私たちの多くは、歳を重ねるにつれて、記憶力の低下に悩まされることになる。 新たな研究によると、脳を優しく刺激することで、記憶力の低下を改善できるかもしれない。 年配の人々の記憶力が向上し、単語のリストが覚えやすくなるようだ。 長期記憶の向上にも短期記憶の向上にも適用できる手法で、 効果は少なくとも1カ月持続すると見られている。 実験を実施した研究チームによると、この種の脳の刺激によって、 ヒトの記憶力改善効果がこれほど長期的に持続することが示されたのは今回が初めて。 ニューヨーク市立大学シティカレッジで神経工学を研究するマロム・ビクソン教授は、 「非常に短時間の介入で直ちに効果が現れ、同時に極めて長期的な効果もあることを示す結果」 (同教授は今回の研究には関与していない)。 「さらなる研究が必要だが、うまくいけば、この機器はあらゆるクリニックに導入される可能性がある。 最終的には、家庭で使われるようになるかも」。 ●電気信号が行き交う脳 今回の研究を主導したボストン大学の神経科学者ロブ・ラインハート助教授は、 「人生では避けられない事実として、歳を重ねるにつれて誰しも少し忘れっぽくなる」。 認知、注意、記憶などの脳のネットワークの機能や、こうした機能が老化や幾つかの疾患によって どのように低下していくかを研究している。 脳細胞は、電気パルスを用いて互いに情報をやり取りしている。 脳の各ネットワークや各部位には、それぞれ固有の電気活動のパルスがある。 ネットワークに電気刺激を与えることで、ネットワークの機能を変えられることを示す証拠が次々と明らかになっている。 脳の部位間の接続を強化できる可能性さえある。 電気刺激を与える手法で記憶力を向上できるかどうか確認するため、 ラインハート助教授の研究チームは、経頭蓋交流電気刺激(transcranial alternating current stimulation:tACS)と 呼ばれる種類の刺激を脳に与えてみた。 経頭蓋交流電気刺激とは、大雑把にいうとスイムキャップのような形をしたものをかぶり、 そこに埋め込まれた電極から頭蓋骨に優しい電気パルスを送る手法だ。 経頭蓋交流電気刺では脳の各部位に電気を送るが、脳細胞の発火を誘発するほどの強力な電気を送るわけではなく、 脳細胞がどのように発火するかを調整するくらいの電気を送る。 自身による経頭蓋交流電気刺激の使用法を、脳への刺激ではなく、脳の調整と呼ぶことを好み、 「非侵襲的、安全、そして非常に少量の交流電流を使う」。 ラインハート助教授らは、高精度で制御可能なタイプの最新式の経頭蓋交流電気刺激装置を使用。 このタイプを使用することで、脳の小さな部位にターゲットを絞ることができる。 記憶に関連することが知られている2つの脳の部位に焦点を絞ることを決めた。 1つは、脳の前側にある前頭前皮質の一部だ。 前頭前皮質は、長期記憶に関連している。 もう1つは、脳の後ろ側にある下頭頂小葉だ。 下頭頂小葉は、短期記憶に関連していると考えられている。 これら2つの脳部位の活動は、それぞれ特有のパターンの電気パルスに従っている。 このパルスは、脳波とも呼ばれている。 1つめの実験では、研究チームは、それぞれの部位に本来のリズムに合わせて電気パルスを送り込んだ。 前頭前皮質には高周波、下頭頂小葉には低周波だ。 ●チクチク感、痒み、そして温感 研究では、65歳から88歳の被験者を60人集めて、3群に分けた。 20個の単語を読み上げて、後ほど思い出すタスクを被験者に実行してもらいながら、 3群のうち1群に対しては、脳の前頭前皮質に対して経頭蓋交流電気刺激による調整を実施した。 他の1群に対しては、下頭頂小葉にターゲットを絞って電気パルスを送った。 残りの1群は、電極付きのキャップを着用したが、刺激は一切送らなかった。 ラインハート助教授によると、実際に刺激を脳に送られた人も、特に何かを強烈に感じたわけではなかった。 「電流が流れている間は、わずかにチクチクしたり、痒みを感じたり、突っつかれたように感じたり、 温かさを感じたりするだけ」。 20分のセッションは、4日連続して繰り返された。 4日間で脳に刺激を受けた被験者は、単語を覚えて思い出す能力が向上した。 刺激を受けなかった人の間では、そのような向上は見られなかった。 どのような種類の記憶力が向上したかは、脳のどの部位が刺激されたかによって異なっていた。 脳の前側に刺激を受けた被験者は、リストの冒頭付近の単語を覚えて思い出す能力がより高くなっていた。 これは、長期記憶が向上したことを示唆する結果だ。 下頭頂小葉に刺激を受けた被験者は、短期記憶に改善が見られた。 ラインハート助教授によると、実験の4日目が終わる頃には、 脳に刺激を受けた被験者は単語を覚えて思い出す力が50%から65%ほども向上していた。 リストにある20個の単語のうち、平均して4個から6個も余分に覚えて思い出せていた。 サリー大学の認知神経科学者ロイ・コーエン・カドシュ教授は、「これは大変驚くべき結果」 (同教授は今回の研究には関与していない)。 「日を追うごとに、記憶力が累積的に高まっていることが見て取れる」(ラインハート助教授)。 同助教授の研究チームによる知見は、 科学雑誌『ネイチャー・ニューロサイエンス(Nature Neuroscience)』に8月22日付けで発表。 最も大きな改善が見られたのは、研究開始時点で認知機能が最も低かった被験者たちだ。 ラインハート助教授は、今回の手法がいつの日か、アルツハイマー病やその他の認知症などの 記憶障害を抱える人々を救うことになるかもしれない。 研究チームは、電気パルスの周波数を入れ替えた実験も実施した。 脳の前側には低周波を、脳の後ろ側には高周波を送ったのだ。 すると、短期記憶にも長期記憶にも改善は見られなかった。 刺激が奏効するには、脳波の本来のパターンに合わせたタイプの刺激を送らなければならない可能性を示している。 研究チームは、実験後1カ月あけて被験者の記憶力を再確認しただけだ。 その時点を超えて記憶力の向上効果が維持されたかどうかは分からない。 今回の研究では、被験者が単語リストを覚えて思い出す能力が向上したことは確認できたものの、 より一般的に記憶力全体が向上しているのかどうか、 刺激によって日常生活に何らかの改善があったかどうかは、分からない。 コーエン・カドシュ教授は、「効果は極めて特定のタスクで測定したものであり、 より一般的に記憶力を向上させたいと考えている人々の役に立つようなものではない」との見解を示す。 カドシュ教授は、たとえば試験に向けて暗記をしたいという人は、 読んだ内容の最初と最後を覚えるだけでは足りず、全てを覚えたいと考えているはずだと指摘し、 「日常生活の機能において、本当に効果があるのかどうか確認する必要がある」。 ビクソン教授も、こうした懸念は抱かれても当然だと同意する。 「脳訓練」ゲームなるものの中には、プレイすると認知力が向上すると謳うものがあるが、 実際にはそのゲームのプレイが上手くなるだけで、幅広い効果はないことが研究で示されている。 ビクソン教授は、ラインハート助教授の今回の手法はそれとは異なると指摘し、 「一般的に認知の何らかの側面に関与している脳のネットワークを刺激しているわけで、 より幅広く効果が得られる可能性があるという考えには信憑性がある」。 https://medicalai.m3.com/news/220905-news-mittr

2022年8月5日金曜日

TVConalースポーツ向けのビデオ解析プラットフォーム

2022年8月3日(水) シンガポール拠点のスタートアップ・TVConal社は、 NVIDIA Metropolisを活用し、「スポーツ向けのビデオ解析プラットフォーム」を構築した。 NVIDIAがこのほど明らかにしたところによると、 ビジョンAI向けアプリケーションフレームワークのNVIDIA Metropolisをベースとしたこのプラットフォームは、 ゲーム内の重要な出来事の検知、アスリートの動作のモデル化、動きの予測などを行い、 膨大なデータに基づいて「プレイに関する洞察」をリアルタイムで提供する。 スポーツチームやリーグ、テレビ局などのユーザーは、 スポーツの細部を速やかに切り取ることが可能となり、「チームはフィールドでより優れた判断を下せるようになる」。 現在、スポーツコンテンツの数は増加の一途にあり、 全世界のスポーツアナリティクス市場の規模は、2028年までに20%増加するとの予測。 医学的見地からは、プレイヤーの動きに準じた故障識別や疾患予測、事故予測などへの発展によって 「スポーツにおける安全性の担保」への活用も期待したい。 TVConalは、NVIDIA Inceptionのメンバーであり、 NVIDIAによる技術リソースや業界エキスパートへのアクセスの提供、市場進出の支援などを受けている。 https://medicalai.m3.com/news/220803-news-mat2

iPadでアルツハイマー病を識別するデジタルソリューション

2022年8月2日(火) 米マサチューセッツ州ボストンに所在するデジタルヘルス企業のLinus Health社は、 アルツハイマー病を含む認知機能障害を識別するAIプラットフォームを、 ヘルスケアプロバイダー向けに提供を開始することを明らかにした。 認知症患者の40%が修正可能な危険因子を有する一方で、適切なスクリーニングが実施されない現状がある。 実用的でアクセスしやすいプラットフォームの提供を通し、 高齢化の進展に伴って深刻化する認知機能を巡る課題に対処する。 Linusの「Core Cognitive Evaluation」は、新プラットフォームの基盤であり、 10分以内に認知機能について定量的・定性的なインサイトを提供するもの。 同社の「DCTclock」テストを基にした客観的な次世代評価とデジタル質問票を組み合わせることで、 患者の現在の認知状態と将来の認知症リスクの両方を可視化し、医療機関や患者への推奨事項を提供する。 DCTclockは、長年紙ベースで行われてきた時計描画テストをiPadベースで実施し、 さらにその評価・解釈をAIで拡張させたもの。 AIを使用することで完成物としての時計の絵だけでなく、 描画プロセスも評価することで従来よりも高い疾患検出感度を実現した。 この技術は、TIME誌の2021年における「100 Best Inventions」にも選出。 Linusの最高医学責任者であるAlvaro Pascual-Leone氏は 「プライマリケアでより多様な脳ケアを実現するためには、 効率的な評価と実用的なガイダンスの両方を提供する必要がある」とした上で、 「我々のプラットフォームは、認知に関する問題を早期にスクリーニング・特定し、対処することを可能にした。 このプラットフォームでは、患者ごとにパーソナライズされた行動計画を作成することで、 脳の健康を維持・促進するための対策を講じることができる」。 https://medicalai.m3.com/news/220802-news-mat1