2022年1月26日水曜日

アスリートたちからの支持を取り戻す アシックス、トップが語る「頂上奪還」への決意

東洋経済 2022.01.25 社長直轄プロジェクトで誕生した「メタスピード」により、再び世界の大きな大会で表彰台を目指すアシックス。 トップが語る頂上奪還作戦に込めた想い。 世界最大のスポーツ用品メーカー、ナイキが2017年に発売した高反発厚底シューズは、 「より速く走れるシューズ」として、マラソンを始めとする世界の長距離陸上界に大旋風を巻き起こした。 このナイキの新たなシューズを着用した選手が、主要な大会の表彰台を独占。 国内の実業団や大学生選手にも瞬く間に人気が広がり、 ついにかつての王者アシックスのシューズが正月の箱根駅伝から姿を消した。 トップランナーを始めとするアスリートたちからの支持を取り戻すべく、 同社は社長直轄のプロジェクトを立ち上げ、本格的なナイキ対抗モデルの開発に着手。 2021年春、“アシックス史上最速”の長距離レース用シューズ「メタスピード」を発売し、 反撃に向けて大きく動き出した。 アシックスは、再びランニングシューズの頂上を制することができるのか? 頂上奪還への決意とその手応えを、廣田康人社長に聞いた。 ●敗北から学んだ教訓 ――2022年の元旦、全国紙に「負けっぱなしで終われるか」というアシックスの反撃宣言ともいえる全面広告が掲載。 あれは廣田社長の指示か? いいえ、考えたのは社員たち。 あのメッセージに込めた想いは、痛いほどよくわかる。 元旦にあんな刺激的な広告を出して、正月の駅伝で履いてくれる選手がまたいなかったら、 やけっぱちの広告だと世間から笑われる(笑)。 「本当に大丈夫か」と念を押したら、 「大丈夫です、ぜひこれで行かせてください」と言うので、よし、じゃあわかったと。 ――頂上に当たるトップアスリートの世界でナイキに敗れ、そこから学んだことは何か? 大いに反省しないといけない。 当社は技術で勝ってきた会社。 それがナイキに、カーボンプレートを入れた厚底シューズでイノベーションを起こされ、やられた。 長距離選手のレース用シューズは、軽くするために薄いミッドソールが長年の常識だった。 アシックスはそこを極めて勝ってきた会社だけに、 固定観念に囚われて、自分たちで常識を打ち破ることができなかった。 そこが大きな敗因だ。 最新のテクロジーを積極的に活用して、イノベーションを起こそうとする挑戦心をつねに持ち続けなければ、 今の時代の激しい競争を勝ち残れない。 私自身、今回の一件でそのことを痛感させられたし、社員たちも大いに学んだと思う。 ――元旦の実業団のニューイヤー駅伝では39人、箱根駅伝では24人の選手がアシックスのメタスピードを履いて走った。 どのくらいの数の選手が履いてくれそうか事前に聞いてはいたが、 実際に履いて走っている姿を見て安心した。 1年前の屈辱的な状況からは大きな前進。 復権に向けた手ごたえは感じている。 客観的に見たら、まだまだ圧倒的にナイキ。 アシックスが巻き返したとは言っても多少であって、この程度で喜んでいる場合じゃない。 夏までには、より進化させたメタスピード2を発売する。 さらに勢いをつけて、2023年の正月の駅伝はもっと大きくシェアを取り戻したい。 ――ナイキの厚底シューズが登場したのが2017年で、三菱商事の役員だった廣田さんがアシックスの社長に就任したのが翌2018年の3月。 危機感を抱き始めたのはいつぐらいから? 就任1年目の2018年の途中から。 国内外のトップ選手がナイキの厚底シューズを履いて、すごいタイムを立て続けに出し始めていた。 国内の実業団や大学の選手たちも多くが履くようになって、 2019年の正月の2大駅伝はナイキに着用率で大きな差をつけられた。 その時は危機感を抱きながらも、私が細かく口を挟むことは控え、社員たちの頑張りを見守ろうと。 開発の現場は、どうしても今までのシューズの改良型でという発想から抜けきれない。 アシックスの存在感がますます薄れていってしまった。 ●動き出した“頂上奪還”作戦 ――それで痺れを切らし、2019年12月に10人の社員たちを会議室に集めて、 部門を横断する社長直轄プロジェクトの立ち上げを告げた。 その年の11月、出張先のアメリカのホテルで眠れずにいろんなことを考えていたら、だんだん悔しさが込み上げてきた。 創業者の鬼塚喜八郎は「頂上から攻めよ」と言っていたのに、 今のアシックスはその頂上のトップアスリートたちのところで完全に負けている。 やはりこれはあってはならんことだ。 こうなったら社長直轄でやるしかないと。 今振り返ると、社長直轄の部門横断プロジェクトにしてよかった。 意思決定が早い。 そうじゃなかったら、これだけのすごい靴を1年と少しで開発するのは無理だった。 今回のプロジェクトでは、トップアスリートたちと一緒になって理想のシューズを作るという点にこだわった。 その過程で、ストライド走法の選手用とピッチ走法の選手用の2つになった。 「選手が走り方を靴に合わせるのではなく、選手の走り方に合わせた靴を作るべき」という考えからで、 こうした点もアシックスらしいと思う。 ――メタスピードを世界のトップ選手に履いてもらうには契約の壁も。 世界記録を持つエリウド・キプチョゲ選手を始め、マラソン世界ランキング上位のアフリカ人選手たちは みなナイキ、アディダスがスポンサー契約を結んで囲い込んでいる。 世界ランキング上位の選手との契約にはお金がかかるし、資金力のあるナイキなどにすでに押さえられている。 未来のメダリストの育成に力を入れ始め、2020年にケニアで「頂上キャンプ(ASICS CHOJO CAMP)」を立ち上げた。 アフリカ全土から将来有望な若いランナーを集め、優秀な指導者の下で練習してもらう合宿所。 アフリカ、特にケニアやエチオピアには、ものすごい可能性を秘めた若い選手たちがたくさんいる。 そういう選手たちが50人ほど集まり、頂上キャンプで日々練習に励んでいる。 その中から、大きなレースでメタスピードを履いて表彰台にのぼる選手も出始めており、 今後の世界での活躍を大いに期待している。 アメリカでも、同様のキャンプを今年立ち上げる予定だ。 ●海外市場では販売好調 ――直近の四半期決算を見ると、足元の業績自体は非常に好調。 いくつかの要因がある。 まず、アメリカでのカジュアル路線の失敗を経て、 コアはあくまでランニングシューズであって、ここを徹底的に強くして、 「日米欧の市場でトップをとる」という方向性と目標を社内で明確にした。 本社と海外販社が同じ方向を向き、一丸となって販売強化に取り組んできた成果が出始めている。 商品力もこの1、2年で確実に上がった。 「ゲルカヤノ」を始めとする一般市民ランナー向けの代表的なシューズがモデルチェンジでより強力になったし、 バウンス(弾む)系の「ノヴァブラスト」など、若い世代を意識した新たな商品が出てきてラインナップも充実した。 総合的な競争力が上がってきたところ、コロナ下での健康対策として屋外でランニングをする人が世界的に増え、 その追い風にうまく乗ることができている。 2021年の第3四半期(1~9月)決算では、 欧米など海外でのランニングシューズの販売が、コロナ前の2019年と比べても大きく伸びた。 ――国内では、ランニングシューズ市場の多くを占める一般市民ランナー用でもナイキ人気が高まり、 アシックスは販売で苦戦を強いられている。 国内と海外では状況がずいぶん違う。 アスリート用に関して言えば、海外でもやはり今はナイキが非常に強い。 そうした頂上からのシャワー効果がどこまで一般市民ランナーに及んでいるかというと、 日本と海外では大きな違いがある。 ランニング人口が世界最大のアメリカを例に取ると、 全米各地のランニング専門店で一番売れているブランドは、昔も今もブルックス。 今は2位の座を、当社とホカオネオネが競っている。 アメリカに次いで大きなヨーロッパ市場では、アシックスが近年ずっと販売首位で、 シェアが35%ぐらいにまで上がってきた。 ヨーロッパでも上位を争う主要なライバルは、ブルックスなどランニングを専門とするメーカーが中心。 一方、国内は一般のランニング愛好家の間でも、ナイキのシェアが非常に高くなった。 国民性の違いもあるだろうが、何と言っても注目度の高い箱根駅伝の影響が大きいと思う。 ナイキの厚底が出てきてから、箱根駅伝でのシューズの戦いにも関心が集まって、 そこでのナイキ旋風がメディアで大々的に取り上げられた。 販売への影響は大きかったと思う。 ●頂上にこだわる理由はプライド ――頂上のトップアスリートの世界で再び勝てば、大学生ランナーたちも箱根駅伝で履くようになって、 ひいては一般市民ランナー向けの販売シェアも取り戻せると? そう期待している。 商業的な部分も当然あるが、頂上にこだわる一番の理由は、アシックスとしてのプライド。 この会社は、トップ選手を始めとするアスリートたちとともに歩んできた歴史があり、それが大きな誇り。 何としても頂上を再び取り戻し、アシックスのシューズを履いた選手に表彰台に立ってほしい。 頂上をとってこそのアシックスだ。 ――正月の駅伝ではアディダスも巻き返すなど、ライバル他社も「打倒ナイキ」に向けて動いている。 どの会社も、最新のテクノロジーを駆使したレース用のシューズを開発して、 ナイキの牙城を崩そうと必死になっている。 まさに戦国時代。 ちょっとシェアを取り返したぐらいで安心していたら、 頂上を奪い返すどころか、あっという間に競争から脱落する。 挑戦者として動きを止めず、頂上での勝利を目指して、前へ前へと進んでいく。 すでに社内では「メタスピード2」の開発を終え、その次の「3」に向けて動き始めている。 頂上を巡る戦いは熾烈だが、アシックスはランニングシューズをコアとするメーカー。 そのプライドにかけても、ここで負けるわけにはいかない。 https://premium.toyokeizai.net/articles/-/29544