2025年4月1日火曜日

微生物から医薬品へ

(Nature ダイジェスト 2025年4月) 健康と病気における微生物叢の可能性を最大限に活用するためには、 微生物叢研究に、ファージや真菌、ヒトの腸内生態学の全体像に関する研究をもっと取り入れる必要がある。 私たちの体の表面や体内には非常に多くの微生物が存在しており、 その数は私たち自身の細胞の数と同程度かそれ以上だと考えられている。 小さくも強力な共生生物に関する研究は、その存在をマッピングする段階から、 微生物の組成がヒトの健康と病気をどのように形作っているかを理解する段階へと移行しつつある。 現在、微生物叢に基づく治療法は、100 以上が臨床試験段階にあり、 2022年には米国食品医薬品局(FDA)が微生物叢療法を初めて承認したことで、医療の新時代が到来した。 こうした進展や、微生物叢療法の将来の課題について議論するため、 2024年11月19日、 英国ロンドンのKings Place に専門家たちが集い、 Nature Café: Modulating the Microbiome to Treat Disease(微生物叢を調節して病気を治療する)が 開催。 このイベントは、Nature Conferencesが主催し、株式会社ヤクルト本社が共催。 ヤクルトは、腸内細菌を基盤とした食品、化粧品、医薬品を開発するグローバル企業。 ●重要なものを測定する 「科学者は多くの場合、自分たちは重要なものを測定していると思いがちですが、 実際には、測定方法を知っているものしか測定していないことが多いのです」と、 スタンフォード大学(米国カリフォルニア州)の医学・遺伝学教授であるAmi Bhatt (アミ・バット)。 まだ想像も測定もできないものがあるため、微生物叢に関する現在の私たちの理解は限られたものである。 バットの研究は、細菌に感染するウイルスであるファージに重点を置いている。 ファージは細菌と同様、腸内に大量に存在するにもかかわらず、 ファージの核酸は、微生物叢の遺伝子プロファイルを解析するための方法である 従来の16Sリボソーム RNA塩基配列決定法では検出できないため、これまであまり注目されてこなかった。 「ヒトの糞便試料中のファージを分析するためには、全く別のリソースを大量に要する作業が必要であり、 ファージに関する報告はほとんどなく、微生物群集の全体像が見えないままになっている」。 「私たちは、腸内細菌と共に腸内ファージを測定して、 その両方の知識をヒトの健康に関する研究に組み込めるような環境を整えたいと考えています」。 バットらのチームは、ヒトの糞便試料中のファージと細菌を同時にプロファイリングできる メタゲノム解析ソフトウエアを開発し1、一般公開している。 彼女の研究室では、このソフトウエアをさらに拡張して、 ユーザーがファージの動態を経時的に追跡できる縦断的メタゲノムデータセットを作成している。 ファージと同様に、研究が進んでいない微生物叢の構成要素として、「マイコバイオーム」が挙げられる。 マイコバイオームは、真菌の集まりのことであり、その存在量は少ないものの生理学的な影響という点では非常に大きい。 カルガリー大学(カナダ)の微生物学者で、幼児期の微生物叢の発達を研究しているMarie-Claire Arrieta(マリー= クレール・アリエタ)は、 微生物叢の分析には生態学的な視点を取り入れる必要があると主張。 「幼児期の真菌と細菌の相互作用を調べると、ヒトの初期の発達段階では逆方向に進化していることが分かります」。 「細菌集団はどんどん数が増えて多様になっていく一方、真菌集団はそうではなくなる」。 アリエタの研究室の2人の鋭い学生、Mackenzie Gutierrez(マッケンジー・グティエレス)と Emily Mercer(エミリー・マーサー)によって、この傾向から外れる例外があることが見つかった。 CHILDコホート研究に参加した100人の乳児の個々の微生物叢の発達の軌跡を精査したところ、 データのうち約20%は、年齢とともに多様性が増加するパターンに反していた。 こうした違いの一部は、個体の真菌の多様性と関連し、この真菌の多様性は、幼児期の生活や、 母親と父親のBMI値の影響を受けていることが分かった2。 「この結果は、微生物が時間の経過とともにどのように相互作用するかを理解する上で、 生態学的な枠組みを取り入れることが重要であることを浮き彫りにしています」。 「さまざまな年齢の段階で、どのような真菌が存在しているかという生態学的な観点が重要。 これらが食事や肥満などの他の要因と相まって、その後の人生の代謝に大きな影響を与える可能性があります」。 ●病気との関連を特定する 微生物叢と代謝性疾患が関連していることは知られているものの、 ほとんどの研究は、投薬などの交絡因子が存在している可能性のあるヒトにおいて相関解析を行ったもの、 あるいは無菌マウスと常在菌が存在するマウスを比較したものである。 イエーテボリ大学(スウェーデン)で分子医学の教授を務めるFredrik Bäckhed (フレドリック・バークヘッド)は、 「微生物叢の研究は、休暇シーズンの家族団欒の食卓のようなものです」。 「微生物の中には、相互作用して良い影響を与えるものもあれば、そうでないものもあります。 与える食事によって、微生物間の相互作用の仕方が変わる可能性がある」。 バークヘッドは、こうした状況をより明確にするために、 2型糖尿病の発症リスクが高いが、糖尿病治療薬未投薬の人々のコホートを対象に、 微生物叢の変化が病気に先行して起こり、病的な併存疾患の発症が促されるかどうかを調べた。 その結果、「酪酸産生菌の減少と糖尿病の進行に一貫した関連性が認められました。 糖尿病が進行するにつれて増加する細菌は、個体によって異なることが分かりました」。 「この結果は、糖尿病を発症するリスクが最も高い人々に対し、 微生物叢に基づいた個別化予防療法を実施できる可能性を示唆。 そのためにはまず、微生物叢を調節する最適な戦略を見いだす必要があります」。 代謝性疾患以外で、微生物叢と他の疾患との因果関係を特定するのはより困難である。 メイヨー・クリニック医科大学(米国ミネソタ州ロチェスター)の医学・生理学教授である Purna Kashyap(プルナ・カシャップ) は、 「微生物叢とさまざまながんとの関連を調べた臨床研究の多くは、 規模が小さく、単一のがんと健康な対照者を比較する症例対照研究であるため、限界があります」。 複数の疾患を含むコホートから得られるリアル・ワールド・エビデンスの必要性を認識したカシャップは、 2019年、治療を開始しようとしている全てのがん患者を対象とした、Mayo Clinic Cancer Microbiome (MCCM)Oncobiome研究を開始。 「複数の疾患やがん種を含むコホートを対象とすることで、 多様ながんに共通して見られる非特異的な変化を管理できるようになり、 特定のがんに関連する特異的シグナルをより的確に捉えられるのです」。 「全ての微生物が、これらのがん種と因果関係があるという意味ではありません。 確実に関連することが示唆された微生物であっても、傍観者にすぎない場合もあれば、 病態に関与して、診断・治療のバイオマーカーとして役立つ可能性もあります。 病態におけるこれらの役割について結論を急ぐ前に、 これらの微生物が宿主とどのように相互作用するのかを理解する必要がある」。 また、微生物叢を用いたがん治療の有効性を調べた多くの先行研究では、 有害事象が考慮されていないという欠点がある。 「異なるがん種で、同じ治療を受けている患者の微生物叢を調べることで、 特定のメタゲノムあるいはメタボロームの特徴と、治療に関連した有害事象を経験する可能性を 関連付けることができると期待しています」。 「微生物叢を利用して、がん治療の結果を予測できる可能性が高まります」。 ●微生物から分子へ 微生物叢に基づく治療法で現在承認されているものは、 ドナーからレシピエントに健康な微生物を移植する「糞便微生物移植(FMT)」という考え方に基づいているが、 この手法には限界がある。 「健康なドナーからの移植であっても、FMTには病原微生物が存在している可能性があります」と、 慶應義塾大学医学部の本田賢也教授。 「移植する内容をコントロールできないため、有効性を予測することが難しい。 私たちはFMTを、合理的に設計された微生物療法で置き換える必要があります」。 微生物叢に基づく治療法を設計するには、大きく2つの方法がある。 1つは、「トップダウン」手法であり、無菌マウスにFMT を介してコロニーを形成させ、 望ましい表現型を一貫して誘導する細菌群を絞り込むというもの。 もう1つは、「ボトムアップ」手法で、微生物が産生する低分子をメタボロミクスによって特定し、 それを医薬品開発の出発点とする。 本田は免疫、病原体感染、代謝などにおいて望ましい表現型を促進できる複数のエフェクター細菌コンソーシアムを特定するため、 トップダウンアプローチを活用している。 白色脂肪組織は代謝性疾患と関連しているが、褐色脂肪組織は抗肥満作用や抗糖尿病作用があり、 寒冷ストレスなどの特定条件下で脂肪組織に発生を誘導することができる。 「我々は、特定の食事と特定の微生物叢の組み合わせによって、 褐色脂肪組織の誘導のような、代謝的に好ましい表現型が促進されるのではないかという仮説を立てました」。 好ましい変化を引き起こす微生物を培養し、その後、ヒトで効果的な微生物をさらに絞り込むことで、 研究を進めるべき候補菌株を特定できる。 「これらの菌株を特定の食事条件と組み合わせることで、 最終的には代謝性疾患の予防や治療のために使われるようになることを願っています」 腸内微生物自体を医薬品として用いるには、さらなる課題がある。 多くの菌株は偏性嫌気性細菌で、培養すること自体が難しいのだ。 バークヘッドは、これに対処するため、一部の細菌が酸素に適応するための「トレーニングプログラム」を考案した。 相対的な還元状態を維持しながら、酸素濃度を徐々に高めるサイクルを繰り返すというもの。 「これらの嫌気性細菌を大気環境中で扱うことが可能に。 この方法こそが、ある程度の保存期間を持って生産する唯一の方法であり、非常に重要となります」とバークヘッド。 別の課題もある。 微生物は、絶えず適応・進化しているのだ。 「現在得られているプロバイオティクスの投与に関するデータからは、 微生物叢が少なくとも分類学的な組成レベルで長期的に変化するのは例外的であり、 一般的ではないことが示唆されています」とバット。 「こうした治療法は、分子を評価するための規制プロセスを経る必要があるため、 微生物が宿主とのやり取りに用いる分子を見つけることが、このような治療法を臨床へと移行させるためのカギとなる」。 バークヘッドは、そのような手法の一例として、微生物叢の代謝物の産生を変化させる方法を紹介。 イミダゾールプロピオン酸は、一部の細菌がヒスチジンから生成する物質だが、 2型糖尿病患者ではこの物質が増加している。 イミダゾールプロピオン酸のレベルを低下させる1つの手法は、 ウロカナート還元酵素3の構造と機能に基づいて、この酵素に対する特異的で選択的な阻害剤を開発することだ。 「この考え方に基づくと、心血管代謝疾患の治療を目的とした、 微生物酵素を標的とする阻害薬を開発できるようになります」とバークヘッド。 「微生物の分類学的な組成は、患者や地域によって大きく異なることが分かっていますが、 代謝物を狙うことで、 機能を標的とできるため、より大きな成功が期待できます」。 ●健康を映し出す 講演者たちが取り上げた別の疑問は、健康と病気の非常に多くの側面に影響を及ぼしている微生物叢が、 健康を測定するための代替マーカーとして機能し得るのかということ。 「微生物叢を取り巻く熱気が一般消費者や投資家にまで届いており、 家庭用または臨床用の検査を商品化している企業が多数存在しています」とアリエタ。 「現時点の微生物叢を見ただけで、その人の現在の健康状態、 ましてや将来の健康状態について多くを語ることはできない」。 こうした用途で微生物叢の特徴を利用するには、2つの障壁がある。 1つは、微生物叢と疾患の関連性を特定した既存のコホート研究は、より幅広い集団に一般化できない傾向があるという点。 もう1つは、物質の絶対量を測定する他の臨床検査とは異なり、 微生物叢研究の多くは、絶対量ではなく相対的な存在量を比較している点。 これは、この研究分野に標準化が必要であることを意味しているのだろうか。 「私たちはまだ、技術的にも生物学的にも、探索・発見の段階にあると思います」とアリエタ。 「依然として分からないことが多く、私たちは、微生物ゲノムの大部分を理解していないのです」。 「今日私たちが紹介した研究だけ見ても、その内容は非常に多様です。 私たちが抱えている疑問、コホート、目的はそれぞれ異なっています」と バット。 「この研究領域の素晴らしい点の1つです。 いまだ探求されていない微生物学の領域が開拓されつつあるのです」。 ◆参考文献 Pinto, Y. et al., Nat Biotechnol. 42, 651-662 (2024). https://doi.org/10.1038%2Fs41587-023-01799-4 Mercer, E.M. et al., Microbiome. 12, 22 (2024). https://link.springer.com/doi/10.1186/s40168-023-01735-3 Venskutonytė, R. et al., Nat Commun. 12, 1347 (2021). https://doi.org/10.1038%2Fs41467-021-21548-y 原文:From microbes to medicines

2024年2月17日土曜日

脳震盪判定マウスピース「ぜひ導入促進を」

2024年2月17日(土) 脳しんとうから選手や兵士を守れ、衝撃を計測するマウスピース アスリートや兵士が脳しんとうを起こした場合、最も有益な対応は、 とにかく競技場から退出させるか、その活動から離脱させて回復させることである。 なぜ衝撃によって脳しんとうが起こったり、起こらなかったりするのかなど、 頭部負傷については多くのことが謎のままである。 頭部への衝撃に関して、豊富な情報を提供してくれる可能性のある新しい測定装置が開発されている。 軍事活動や競技から離れる必要があることを速やかに警告することで、 兵士やアスリートを脳損傷から守ることができる。 2023年パリでラグビーワールドカップが開催された。 近年ラグビーではHIA(Head Injury Assessment)と呼ばれる脳震盪のチェックが導入され、 選手の脳へのダメージを厳密に評価する取り組みが進んでいる。 これまで根性論が幅を利かせていたスポーツの世界でも、客観的な評価によって脳への影響やプレー復帰の可否が判断され、 選手の安全が確保されるようになった。 今回紹介されたマウスピース一体型ツールは、コンタクトスポーツ全体に導入される可能性を秘めており、興味を持った。 ●私の見解 紹介されているマウスピースは、単に衝撃の有無を測定するだけではない。 直線加速度、角加速度、外傷の位置、方向、衝撃の回数、負荷の強さを測定し、総合的に頭部へのダメージを計算。 リアルタイム評価に基づいてプレーヤーを一時退場させるかどうかの判断を、 主観的な判断から客観的なプロセスに移行させることができ、 コーチや保護者に正しい判断をしているという安心感を与えることができるだろう。 集められたデータはサーバーに送られ、日々のトレーニングに活用されるそうで、 試合中のみならず日々の練習やトレーニングでのダメージ蓄積を評価し、 休養を与えたり病院に行かせたりすることが可能だろう。 出典:https://preventbiometrics.com/ ●日常診療への生かし方 本デバイスは、女子ラグビーの国別対抗戦で使用される予定だが、 男性トップ選手ではなくジュニア世代やアマチュアなど未熟な競技者、 大きな大会ではなく小さな大会や練習中など映像記録が難しい場面での活用が期待される。 私自身も競技中に脳震盪を起こした事があるのだが、病院に行くこともなかった。 今、医師になって振り返るとぞっとしてしまう話だ。 ジュニア世代の選手は自分から症状を言い出しづらい、集団でトレーニングを行うため無理をしやすい、 指導者から無理を強いられるといった事が考えられるため、 試合というよりもトレーニングなどの場面で積極的な活用を期待したい。 病院や研究所とあらかじめ連携できるようであれば、 地域でリスクのある頭部外傷が起こった時点でスムーズに精査を行うことができ、 データの集約化も期待できるだろう。 https://medicalai.m3.com/news/240217-snapshot

新型コロナ後遺症の治療に光明、血中バイオマーカーにヒント

2024年2月13日(火) 新たな研究は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)後遺症(ロング・コビッド)の原因が、 免疫系の特定の部分の異常にある可能性を示している。。 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は多くの人にとって、感染者数の急増と減少が繰り返される中で、 生活に大混乱を巻き起こしては去っていく病気となっている。 数千万人の感染者にとって、新型コロナウイルス感染症とは、数カ月または数年続くこともある慢性疾患、 場合によっては消耗性疾患の始まりになっている。 新型コロナウイルス感染症の後遺症(ロング・コビッド)を発症する者と、感染して回復する者との違いはどこにあるのか。 新たに発表された論文によると、後遺症の発症者は多くの場合、 見過ごされがちな免疫系のある部分が異常に活性化するという。 スイスの研究者チームは、新型コロナウイルス感染症に感染したことがない人、感染して回復した人、 後遺症を発症した人たちから採取した血液サンプルのタンパク質濃度を比較した。 「私たちは、後遺症の原因は何か、後遺症を活性化させ続けるものは何なのかを解明したいと考えました」と チューリッヒ大学の免疫学者で、この論文の著者であるオヌール・ボイマン教授。 科学者チームは、後遺症を発症した人の補体系に関わる一連のタンパク質に変化が見られることを発見した。 補体系は、病原菌の破壊や細胞の破片の除去に際して、免疫系を補助する働きを持っている。 研究結果は、少なくとも別の1つのグループによる研究結果と呼応している。 こうした補体系の変化が後遺症が続く原因となっていることを証明した研究は、これまでに存在していない。 医師が特定の治療薬の治験に最適な被験者を選定し、治療法を模索するうえでの新たな道を開く可能性がある。 「明確に効果的な治療法はありません」と呼吸器医療の専門家で、 インペリアル・カレッジ・ロンドンで肺感染症を研究しているアラン・シンガナヤガム博士は話す。 「絶望的で、大きな問題なのです」。 彼らは、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の陽性となった113人と、 一度も感染したことがない39人の血中にある6500以上のタンパク質濃度を調べるところから研究を始めた。 6カ月後、彼らは新たな血液サンプルを採取した。 その時点で73人が感染後に回復し、40人が後遺症を発症していた。 後遺症患者の血中で濃度が上昇したタンパク質の多くは、 重度の新型コロナウイルス感染症から回復した人の血中でも濃度が上昇した。 後遺症患者グループに固有のマーカーは、補体系の異常活性を示した。 補体系とは何か? 良い質問だ。 「免疫学者以外は、耳にすることのない言葉でしょう」とボイマン教授。 補体系は、微生物から体を守るうえで欠かせない役割を担っている。 補体系は、肝臓で生成される30種類以上のタンパク質で構成されており、血中を移動し免疫監視システムとして機能する。 補体系が活性化すると次々に反応が起こり、免疫細胞を感染部位へと集結させ、病原菌を破壊対象に指定し、 病原菌に穴を開けて破壊する。 補体系は名前から連想できるように、抗体の活動を補っている。 補体系が変調をきたすと炎症が広がり、細胞や血管をダメージを与えることになる。 補体系の異常活性が後遺症の際立った特徴の1つだという研究結果が明らかになったとき、 「私たちは突然、『ああ、確かに筋が通っている』と声を上げました」とボイマン教授。 「補体系は非常に重要で、免疫系とのやり取りだけでなく、血液凝固系、 つまり内皮細胞、血小板、赤血球ともやり取りし、あらゆる器官に入り込みます」。 このことは、一部の研究者が、感染者の血管内に小さな血栓を発見した理由の説明になるかもしれない。 新型コロナウイルスに感染した後、補体系が変調をきたす可能性がある理由については明らかになっていない。 「私としては、このような形で補体が活性化した場合、 現在進行形で感染が起きている可能性を示していると考えます」と カリフォルニア大学サンフランシスコ校の免疫学者、ティモシー・ヘンリッヒ教授。 残存ウイルスが、補体系を活性化させ続けている可能性があるのだ。 なかなか修復されない細胞の損傷が、補体系を活性化し続けている可能性もある。 もしくは、全く別の原因があるのかもしれない。 「現時点での後遺症研究の根本的な問題は、相関関係は数多く明らかになっているものの、 証明されている因果関係があまりないことです」(同教授)。 後遺症の特徴の1つとして、補体の異常調節を指摘している論文は、今回発表されたものだけではない。 2023年10月、英国カーディフ大学医学部の免疫学者ポール・モーガン教授と同僚らが研究を公表した(まだ査読されていない)。 この研究でも、後遺症発症者の補体タンパク質濃度異常が明らかになっている。 この研究グループは、重度の新型コロナウイルス感染症から後遺症の発症まで、 患者の経過を追うことはできなかった。 どちらの研究グループも、マーカー自体は異なるものの、後遺症の前兆と見られる一連のマーカーを特定している。 シンガナヤガム博士は、こうしたマーカーが決定的な診断につながるかという点については懐疑的だ。 補体系が後遺症の一部の症状の原因であるならば、解決策はあるかもしれない。 補体系の活性化を阻害する治療薬はすでに存在する。 一部の希少遺伝性疾患や自己免疫疾患の治療用に認可されている治療薬だ。 一部の治療法は、重度の新型コロナウイルス感染症患者を対象としてすでに試験を実施しているが、結果はまちまちだ。 これは、研究者が補体の異常調節の兆候を示している患者のみを対象とする術を持たないことが 原因になっているかもしれない、とモーガン教授。 製薬会社が後遺症発症者を対象に治験を始める場合、 最も大きな恩恵を受けられそうな者を被験者として選定するという目的で前出のマーカーを利用できるかもしれない。 「抗補体薬による治療が、後遺症に対する初めての効果的な治療法になるかもしれません」と同教授。 すでに同教授のチームは、これらの治療薬を開発した企業と交渉を始めている。 こうした治療薬が仮に効果を発揮したとしても(これ自体も依然として大きな「もしも」だが)、 全員がその恩恵を受けられる可能性は低い。 後遺症は「異なる種類の症状の集合」だとシンガナヤガム博士は言う。 「後遺症の症状はブレイン・フォグ、疲労、胸痛などです。 患者ごとに、それぞれの症状の度合いが異なります」。 モーガン教授の研究によると、後遺症患者で明確な補体の異常調節があったのはわずか3分の1から半数程度。 この論文は、重要な知見を与えてくれるとヘンリッヒ教授は言う。 後遺症の原因に関する謎は、解明にはほど遠い。 「これが1000ピースのパズルだとすれば、今は縁が完成した段階です」と同教授は話す。 「良い出だしではありますが、パズル全体が完成したわけではありません」。 https://medicalai.m3.com/news/240213-news-mittr?dcf_doctor=false&portalId=mailmag&mmp=AI240216&mc.l=1013524282

2024年1月29日月曜日

腸内細菌叢の多様性が「健常児の認知機能」を予測する

2024年1月6日(土) 米ウェルズリー大学などの研究チームは、 「腸内細菌叢の違いが、健常児の認知機能全般や脳構造と関連していること」を明らかにした。 研究は、Science Advancesに発表されたもので、 米国立衛生研究所の資金提供によるECHO(Environmental Influences on Child Health Outcome)プログラムの一環となる。 研究は、ロードアイランド州プロビデンスにある「The RESONANCEコホート」の健康な子ども381人を対象としたもの。 小児の腸内細菌叢と認知機能との関連を調査したところ、 Alistipes obesiやBlautia wexleraeなどの特定の腸内細菌種は、より高い認知機能と関連していた。 逆に、Ruminococcus gnavusのような種では、認知スコアの低い子どもにより多くみられていた。 同時に、機械学習モデルを用い、腸内微生物プロファイルが脳構造と認知能力の変動を予測できることを示しており、 神経発達における早期発見と介入戦略の可能性が強調されている。 本知見は、認知機能と脳発達のバイオマーカー開発に道を開くものとなり得る。 また、小児期における腸内環境の重要性を浮き彫りにし、 保護者や医療提供者が食事・生活習慣について考慮すべきことを示唆している。 チームはさらなる研究の推進を表明しており、異なる環境下における成果の再現性を調査するとしている。 参照論文: Gut-resident microorganisms and their genes are associated with cognition and neuroanatomy in children https://medicalai.m3.com/news/240106-news-mat

脳しんとうから選手や兵士を守れ、衝撃を計測するマウスピース

2024年1月22日(月) 2023年は、CRISPR遺伝子編集技術を利用した鎌状赤血球症の治療法が米国と英国で承認された。 2023年の遺伝子編集療法に関する記事を振り返りながら、この療法に残された課題を考える。 アスリートや兵士が脳しんとうを起こした場合、 最も有益な対応は、とにかく競技場から退出させるか、その活動から離脱させて回復させること。 なぜ衝撃によって脳しんとうが起こったり、起こらなかったりするのかなど、 頭部負傷については多くのことが謎のままである。 頭部への衝撃に関して、豊富な情報を提供してくれる可能性のある新しい測定装置が開発されている。 軍事活動や競技から離れる必要があることを速やかに警告することで、 兵士やアスリートを脳損傷から守ることができる。 頭部外傷の真のリスクが認識されるまで、長い年月がかかった。 プリベント・バイオメトリクス(Prevent Biometrics)のマイク・ショーグレン最高経営責任者(CEO)は、 「10年前でさえ、大きな打撃を受けた人は、立ち上がって競技を続行するか、そのまま活動を続けるように言われていました」。 「現在では、頭部への大きな衝撃の軽減と、脳しんとうのリスクを理解することが、 スポーツと軍において最も重要視されるようになっています」。 プリベント・バイオメトリクスは、頭部への衝撃を正確に測定・記録する新しいセンサーの開発に取り組んでいる企業の1つ。 このセンサーは、脳しんとうの可能性を特定し、累積的な影響を研究するためのデータを提供するのに役立つ。 同社のアダム・バーチ最高科学責任者(CSO)によると、 科学者たちは長い間、頭部外傷に関わる衝撃の力を測定しようとしてきた。 「数十年前は、頭部への衝撃を研究するためにルーブ・ゴールドバーグ・マシン(まんが家のルーブ・ゴールドバーグ が考えた、 簡単にできることをあえて面倒な仕組みの連鎖で実行する機械)のような複雑な装置を使わなければなりませんでした」。 「歯型を材料にし、硬い板とサイコロより大きなセンサーを装備したものを、 長さ10mのケーブルでコンピューターに接続して使うこともありました。 装着者はよだれを垂らすし、データは完璧ではありませんでしたが、それが手に入る最高のものでした」。 プリベント・バイオメトリクスが開発した装置である「インパクト・モニタリング・マウスガード(IMM)」は、 クリーブランド・クリニック(Cleveland Clinic)によって最初に考案された。 装着者の口内にフィットし、監視ツールと実用的なマウスピースの両方の役割を果たす。 IMMは衝撃の力、位置、方向、回数を計算し、そのデータをBluetooth経由で他の機器に送信して評価することができる。 プリベント・バイオメトリクスはIMMを用いて、2000人を超える空挺兵を被験者とした五点接地(パラシュート・ランディング・フォール:PLF)を研究。 五点接地は、米陸軍が空挺兵の降下訓練プログラムの一環として開発した着地手法である。 パラシュート降下した兵士は、まず足から着地し、横に倒れ、着地の衝撃をふくらはぎ、太もも、 尻、背中に沿って順次分散させる。 正しく実行すれば、地面着地時の衝撃が吸収される。 一歩間違えると、兵士の後頭部が地面に叩きつけられる可能性がある。 IMMのセンサーは、この現象が考えられていたよりもはるかに頻繁に発生していることを明らかにした。 「降下の約5パーセントで、著しい頭部への衝撃が見られました」とバーチCSOは明らかにした。 「これは公表されている空挺部隊の脳しんとう発生率の約30倍です」。 一連の検査により、IMMが脳しんとうを引き起こす可能性があると検知した事例で、 実際に脳しんとうが起こっていたことが確認された。 兵士は着地がうまくいかなかったとしても、そのまま起き上がって活動を続けることが多い。 そのため、これまでの公式発表の数字には、肉体的に自力で立ち上がることができない兵士の負傷のみが反映されていた。 スポーツでも同様で、アスリートは負傷を報告するよりも、「忘れて前へ進め」と励まされることが多い。 プリベント・バイオメトリクスは、ワールドラグビーと協力して大規模なプロジェクトを進めている。 このプロジェクトでは、選手を監視し、コーチは負傷した選手をフィールドから連れ出して評価してもらえる。 ボクシングやラクロスなど他のスポーツ向けに、バイオコア(Biocore)、オーブ(ORB)、ヒットIQ(HitIQ)といった いくつかの計測器付きマウスピースが開発されている。 将来的には、多くの小さな衝撃の総合的な影響を評価し、 どのような状況下で深刻な累積傷害が引き起こされるのかを確認できるようにしたいとプリベント・バイオメトリクスは考えている。 「大きな衝撃だけでなく、小さな衝撃による総合的な影響を理解することも重要。 ボクシングの試合のようなものです。 第1ラウンドで受けた打撃は、その一発ではノックアウトに至らずとも、 最終的にノックアウトをもたらすかもしれません」(ショーグレンCEO)。 https://medicalai.m3.com/news/240122-news-mittr

アルツハイマー病の原因物質が毒性を示す過程の実時間観察に成功

2024年1月23日(火) 東京農工大学と三重大学の共同研究チームは、 アルツハイマー病の原因物質であるアミロイドβが、人工細胞膜中で毒性を持つ構造に変化する様子を リアルタイムに観察することに成功。 膜中のコレステロールが毒性構造への変化を促進することや、カテキンが毒性構造を阻害することを見い出した。 アミロイドβ(Aβ)は凝集性が高く、単量体(モノマー)から中間体の重合体(オリゴマー)を経て、アミロイド線維を形成する。 中でも、Aβオリゴマーに強い細胞毒性があることがわかっている。 オリゴマーの細胞毒性機構の一つとしてチャネル(細胞膜を貫通する孔)形成があり、 神経細胞膜中に孔を開けることで細胞死を引き起こすが、 これまでAβが膜中でモノマーからオリゴマーに凝集していく過程は確認されていなかった。 研究チームは、マイクロデバイスを用いたチャネル電流計測によって、 Aβモノマーが脂質膜(人工細胞膜)中で、凝集してチャネルを形成していく過程を2時間にわたって観察。 膜中でAβモノマーが凝集してオリゴマー化し、チャネルを形成することを発見した。 続いて、神経細胞膜を模倣した人工細胞膜を用いて観察したところ、 膜中のコレステロールがAβの膜中でのチャネル形成を促進することがわかった。 さらに、Aβの凝集阻害剤であるカテキンの一種EGCGのAβチャネルへの作用を調べた結果、 EGCGはAβの凝集だけでなく、膜中に形成されたチャネルの活性も阻害することを見い出した。 今回の成果により、Aβと神経細胞膜との相互作用の解明が進み、アルツハイマー病の治療法開発に貢献することが期待される。 研究論文は、米国科学アカデミー紀要ネクサス(PNAS Nexus)に2023年12月14日付けで掲載。 https://medicalai.m3.com/news/240123-news-mittrNF2

脳波データを用いた「認知症自動判断AI」開発、精度は最高で91% 大阪大

2024年1月24日(水) 大阪大学の研究グループが、安静時の脳波を解析するAI(人工知能)を開発し、 健常もしくは認知症(アルツハイマー病、レビー小体型認知症、もしくは特発性正常圧水頭症) の識別が可能になったと発表。 開発したシステムは、AIの学習に利用していない施設の脳波データに対しても有効性が認められ、 さらに、認知症や軽度認知障害の原因 (背景病理) も推定できるという。 ●国内最大規模の脳波認知症データセットを構築、性能を検証 脳波にAIを適用することで、アルツハイマー型認知症と健常者を識別、 あるいは認知症状の程度を推定することができるという先行研究は多く上がっている。 しかしこれらの多くは単施設かつ少数の脳波データを対象とした評価であり、 一般的に脳波データに関しては施設に特有の特徴が含まれていることが多いため、 他施設の脳波を正確に識別できないという課題がある。 また、脳波からは、現在多くの未判定の患者が存在すると思われる軽度認知障害(MCI)の背景病理を推定することは困難だった。 MCIの背景病理はMRI 検査や PET検査、脳脊髄液検査などの高価かつ侵襲的な検査、計測データを解釈するために 経験豊富な専門医の診断も必要であるため、 高齢社会の対応のひとつとして、精度を担保したうえでより安価、迅速な診断手法が求められている。 研究グループでは、三施設の専門医グループがMRI、PET、認知機能テストなどの包括的な診断を行うことで、 570名の被験者の背景病理を同定することにより、国内最大規模の脳波認知症データセットを構築した。 このデータセットを利用し、脳波マイクロステートを捉えるよう設計された AI モデルを構築、性能を検証した。 結果、1つの施設 (=大阪大学医学部附属病院) のみで脳波を学習したAI でも、 学習に用いていない施設 (=高知大学医学部附属病院と日本生命病院) の脳波を識別できることを確認した。 健常群と認知症群を、81–91 %の精度で識別できている。 認知症・軽度認知障害の背景病理の推定に関しては、 軽度認知障害の背景病理がアルツハイマー病群、レビー小体型認知症群、 もしくは特発性正常圧水頭症群かを72%の精度で推定することに成功した。 研究グループではこれらの結果により、認知症の早期発見が脳波によって可能になったとし、 また、軽度認知障害と認知症の間に共通する脳波特徴があることが示唆されたため、 これらの疾患の原因解明の糸口となる可能性があるとしている。 論文リンク:A deep learning model for the detection of various dementia and MCI pathologies based on resting-state electroencephalography data: A retrospective multicentre study(Neural Networks) https://medicalai.m3.com/news/240124-news-medittech