2023年4月30日日曜日
ストレスに強い脳と弱い脳のメカニズムを解明=京大
2023年4月20日(木)
京都大学の研究チームは、繰り返し心理社会的ストレスに晒された際に、
適応反応を示すか不適応反応を示すかの個体差を決定する脳内メカニズムを発見した。
困難や逆境に適応する能力(レジリエンス)を高める制御法の開発、
ストレスが引き金となって発症するうつ病や不安障害の病態究明や新たな治療法の開発に繋がることが期待される。
研究チームは今回、ストレスに強い系統のマウスと、ストレスに弱い系統のマウスに対し、
繰り返しの心理社会ストレスを5日間負荷し、これら2種類のマウスの脳内でどのような変化の違いがあるのかを調べた。
その結果、ストレスに弱いマウスでは、前帯状皮質とよばれる場所での神経活動が著しく低下していることと、
遺伝子の発現量を調節する「Fos」タンパク質の量が顕著に減少していることを突き止めた。
一方、ストレスに強いマウスではこのような変化は認められなかった。
ストレスに弱いマウスを用いて、前帯状皮質におけるFosタンパク質の量を人為的に増やす神経活動操作をしたところ、
ストレスに強いマウスになった。
逆に、ストレスに強いマウスの前帯状皮質におけるFosタンパク質の量を人為的に減らす遺伝子操作実験をしたところ、
ストレスに弱いマウスになった。
人間の脳には、ストレスを受けてもそれに適応するシステムが備わっているため、通常の生活を送ることができる。
一方で、心理社会的ストレスに適応できずに精神疾患を発症する人もいる。
このようにストレスを感じる度合いは個人により異なるが、その原因はよく分かっていなかった。
研究論文は、国際学術誌サイエンス・アドバンセズ(Science Advances)に2023年4月5日付けで掲載。
https://medicalai.m3.com/news/230420-news-mittr
脱水状態を評価するAIデバイス開発
2023年4月23日(日)
脱水状態の評価は、バイタルサイン・尿量・身体所見・血液検査などを用いて行うが、
医療現場における迅速で正確な評価は容易ではない。
米アーカンソー大学の研究チームは
「末梢血管の静脈圧波から脱水状態を評価するAIアルゴリズム」の開発を進め、デバイス化に取り組んでいる。
プロジェクトメンバーでアーカンソー大学電気工学部のRobert Saunders氏によると、
「脱水レベルの情報は、静脈圧の波形内に埋め込まれていると考えられ、
従来、ノイズや干渉に埋もれた非常に弱い静脈圧波形からそのような情報を抽出することは難しかった。
しかし、AIアルゴリズムの利用によってその抽出が可能になった」。
Journal of Surgical Researchには基礎研究の1つとして、
小児患者における脱水状態を予測するアルゴリズムの成果が発表されている。
プロジェクトで信号処理技術を担当するJingxian Wu氏によると、
脱水評価AIデバイスには3つの応用の方向性があり、
「1つ目は、救急隊員が患者の脱水レベルを即座に評価し、投与すべき水分量を決定すること。
2つ目は、脱水症状を起こしやすい救急患者、特に小児患者において、時間のかかる検査を待たずに
迅速な評価と水分投与の判断をすること。
3つ目は戦場における負傷兵への利用で、脱水症状と関連する出血を評価すること」と説明。
機械学習モデルを訓練するためにより多くのデータを集め、デバイスの精度を高めることをチームは目標としている。
参照論文:
Venous Physiology Predicts Dehydration in the Pediatric Population
https://medicalai.m3.com/news/230423-news-mat
記憶がうつ病などの精神疾患を発症させる仕組みを解明=東北大など
2023年4月27日(木)
東北大学と東京大学の研究グループは、
ストレスを受けたときの記憶が脳内で強化されすぎることが、うつ病などの精神疾患を発症させる一因であることを解明。
過剰な精神的ストレスを受けると、不安やうつの症状を発症するが、
その症状には大きな個体差があり、個体差が存在する理由は分かっていなかった。
研究グループは、過剰な精神的ストレスを受けた際の症状の個体差を説明する仕組みの候補として「記憶」に着目。
嫌なストレス記憶が脳内で強化されすぎることが、精神症状発症の一因になるという仮説を立てた。
そこで、記憶と情動の両方で重要な役割を果たす腹側海馬に注目して、
ストレス記憶が精神症状の発症にどのように関係するのかを調べた。
マウスはヒトと同じように、ほかの個体から攻撃されるようなストレス刺激を受けると、うつ状態に陥る。
今回の研究では、マウスを使った実験を試みた。
ストレスをかける前のマウスから腹側海馬の組織を微量採取し、遺伝子発現解析を実施した。
その結果、カルビンジンという遺伝子を強く発現していたマウスは、
ストレス刺激を受けるとうつ状態に陥りやすいと分かった。
腹側海馬のカルビンジン遺伝子を人為的に欠損させたマウスは、
ストレスを受けても症状を発症しにくいことも分かった。
マウスの腹側海馬に金属電極を埋め込んで、ストレスをかけたときの脳波の変化を観察した。
その結果、ストレス感受性が高いマウスは、ストレスを受けた後に腹側海馬で
「リップル波」と呼ぶ脳波を多く発していることが分かった。
カルビンジン遺伝子を欠損させたマウスや、ストレス抵抗性が高いマウスでは、
このような脳波の変化は確認できなかった。
脳波を常に計測して、リップル波を検出した直後に電気的なフィードバック刺激を流して、
リップル波だけを消失させるシステムを構築し、ストレスをかけたマウスが発するリップル波を消去したら、
うつ症状の発症を抑えることができた。
ストレスをかけたマウスを強制的にウォーキングマシンに乗せて運動させてみた結果、
腹側海馬のリップル波はほとんど観察できなくなった。
研究成果は4月20日、ネイチャー・コミュニケーションズ(Nature Communications)誌にオンライン掲載。
海馬の構造やリップル波の機能はマウスとヒトの間で非常に類似しており、
今回明らかになった記憶が精神疾患を発症させる仕組み、
そして運動で発症を抑制できることはヒトでも共通する可能性がある。
https://medicalai.m3.com/news/230427-news-mittr
自己免疫疾患の病態を悪化させる物質を発見=阪大など
2023年4月30日(日)
大阪大学、サーモフィッシャーサイエンティフィック、関西医科大学の研究グループは、
自己免疫疾患の病態を悪化させる物質を発見した。
研究グループはこれまでに、COMMD3とCOMMD8の2種類のタンパク質の複合体である「COMMD3/8(コムディー・スリー・エイト)」が
B細胞の移動を促し、免疫応答を強めていることを解明している。
しかしCOMMD3/8が、自己免疫疾患の病態変化でどのような役割を果たしているのかは分かっていなかった。
研究グループは今回、代表的な自己免疫疾患である関節リウマチのモデルマウスを作成し、
モデルマウスの体内でCOMMD3/8を欠損させてみた。
その結果、関節炎の進行を抑えることができた。
この結果から、COMMD3/8が自己免疫疾患を悪化させていることが分かった。
研究グループはさらに、COMMD3/8の働きを抑える化合物を探索した。
その結果、セラストロールという化合物を発見した。
関節リウマチモデルマウスに投与してみたところ、
COMMD3/8を欠損させたときと同じように関節炎の進行を抑えることができた。
セラストロールは、抗炎症作用を持つ生薬であるライコウトウの主要な薬効成分だが、
その薬理作用は十分に解明されてはいなかった。
セラストロールを関節リウマチモデルマウスに投与した結果、
関節炎の進行を抑えられたという結果から、
セラストロールがCOMMD3/8を標的として自己免疫疾患の病態を改善することが分かった。
研究成果は4月1日、サイエンス・イミュノロジー(Science Immunology)誌に掲載。
今回の研究で発見したセラストロールを基に、COMMD3/8阻害剤を開発するなど、
COMMD3/8を標的とした自己免疫疾患の新たな治療法の開発が期待できる。
https://medicalai.m3.com/news/230430-news-mittr
2023年4月7日金曜日
AIは論文を評価できるか~研究者と査読者の終わりなき戦い~――Dr. 呼坂の「デジタルヘルスUPDATE」(112)
以前、私が紹介した記事(氾濫する「論文工場」との戦い、ChatGPTを用いた論文作成は手抜きか否か)では、
AI(ChatGPT)を用いた論文作成について紹介し、その能力と可能性について論じた。
では、論文の査読についてはどうか?
2022年12月のNature誌の記事では、AIを用いた査読についてはまだ発展途上だろう[1]。
幸か不幸か、私は数えるほどしか論文の査読を行ったことはない。
査読を行った先生のお話を伺うと、その作業は大変。
忙しい業務の合間を縫って論文を読み、実験方法を評価。
内容が満足できるものであれば、科学の発展にとって有意義だが、
貧弱な研究内容であった場合は、査読にかけた時間は無駄になってしまう。
おまけに、昨今の論文作成方法は「論文工場」や「AI論文」といった手段を用いて、
効率的に見栄えの良い論文を作成してくるため、多勢に無勢[2]。
そこで、AIを利用して査読者の負担を軽減する取り組みが加速している。
AIは、以前から査読を効率化するために検討されてきた。
オランダの研究者が開発した「statcheck」は、論文中の統計的な誤りを指摘するツール[3]。
画像データの加工を検知するソフトウェア「proofig」もあり、
一部の出版社は、データを加工している科学者をつかまえるためのソフトウェアを使用[4]。
論文工場から生まれた論文を見つける「papermill alarm」を公開している研究者も[5]。
今回、英国の主要な公的研究助成機関が委託した研究では、
英国のResearch Excellence Framework(REF)に提出される学術論文の査読を
アルゴリズムがどのように支援できるかが検討され、結果が2022年の12月に公表[6]。
●AIを用いた査読に関する研究
REFは、英国の高等教育機関で行われた研究に対する監査であり、
2022年5月に最新の結果が公表。
REFによって、英国内の157機関7万6000人を超える研究者による18万5000件超の研究成果が評価され、
約20億ポンド/年の資金が英国の教育機関にどのように配分されるかが決定される。
次回のREFは、2027年または2028年に実施される予定。
今回の研究では、AIによって評価プロセスの負担を軽減できるかどうかが検証された[1][7]。
研究では、15万本弱の科学論文の査読データを評価。
ウルヴァーハンプトン大学のデータサイエンティスト、マイク・テルウォール氏は、
REFの査読者が論文につけた評価と同様のスコアをアルゴリズムで得られるかどうか確認するため、
さまざまなAIプログラムをデータに用いている。
12月12日に発表された研究結果によると、AIシステムは72%の確率で人間の査読者と同じ評価を行った。
しかし、実用に堪えるレベルとなると、
AIシステムに望まれる精度は95%程度だろうとテルウォール氏は語っている。
●AIを使った査読の問題点
研究では、いくつかの問題点が指摘。
まず、AIシステムはREFに多くの論文、つまりサンプルが提出される機関からの評価には役立っていたものの、
論文数が少ない機関からの評価にはあまり役立たなかった。
論文査読特有の課題も。精度向上のためにはより広い規模でテストを行う必要があり、
すべての論文資料を利用することは困難。
査読者が付けたスコアは、後で決定に異議を唱えることができないよう削除されるため、
データを蓄積することが難しい点も指摘。
質の高いAIには、透明性を持ったデータが必要だが、
査読に関わるデータは、教育機関にとっては研究費の獲得にかかわる死活問題であり、AI開発は難航しそう。
研究政策学者でロンドンにあるResearch on Research Instituteのディレクターである
ジェームズ・ワイルズドン氏は、「研究対研究という観点から見た時、
これだけの努力をしたのにデータが削除されてしまうのは悲劇だが、
お金が絡んでいるため、大学が法的な異議を申し立てることを常に恐れている」[1]。
●査読におけるAIの活用法
テルウォール氏は、「私たちは、AIプログラムが、査読者が何らかの形で役に立つ情報を
提供できるかどうかを調べている」。
「査読者が論文を評価する際、考慮すべき点をAIが提案することができるかもしれない」と。
論文の評価が査読者の中で分かれた際、AIを審判として利用することも考えられるとテルウォール氏は指摘[7]。
「AIがREFのプロセスに関与することはもっともらしいように思えるが、
その役割が何であるかは完全には明らかではなく、
原稿に点数をつけるためにAIを使うことには反対だと述べるのは、
米国イリノイ州シカゴ大学で科学におけるAI技術の利用を研究しているイーモン・デュエード氏。
ドイツ・ミュンヘンのコンサルタント、アンナ・セヴェリン氏も、
「査読者の代わりにAIを活用すべきではない」とし、
「AIや機械学習が作業負荷の軽減に役立つ分野は、実際の査読プロセスを取り巻く管理業務やプロセス、サポート」[7]。
AIの応用方法のひとつは、適切な査読者を見つけること。
最近の分析では、研究者が査読の依頼を断ることが多くなる一方、
常に査読依頼を受け続けている一部には、偏見や利益相反のある人物が交じっている可能性があるため、
AIの活用が期待されると記事では述べられている[7]。
●あくまでAIは「効率化」のため
現在の欠点を考慮すると、テルウォール氏とそのチームは、
2027年または2028年に実施される予定の次のREFプロセスにおいて、
AIシステムを査読の補助に使用すべきではないが、
REFプロセスの評価に活用できるかもしれない[1]。
確かにAIの下す決断が意味のあるものだとしても、
評価項目がバレてしまうと対策がされてしまう。
これではまるで落語のような話になりそう。
論文の査読に関わる事務作業、たとえば著者の所属や業績に問題がないかどうかや
引用文献の内容の評価、共著者への連絡といった事務作業の軽減には役立ちそう。
研究のためには、研究費が必要。
研究費の獲得のためには、既存の研究や論文が評価されることが必要で、
テクニックの部分に研究者側・査読者側ともに振り回されているような印象がある。
面白い研究や壮大な研究にどんとお金がつけば良いとも思うが、
詐欺のような話も出てきそうで、都合のいい事にはならなそう…。
【参考】
[1] Nature. AI system not yet ready to help peer reviewers assess research quality
[2] Nature. Papermill alarm’ software flags potentially fake papers
[3] Statcheck
[4] Proofig
[5] Papermill Alarm API Documentation
[6]Can REF output quality scores be assigned by AI? Experimental evidence
[7] Nature. Should AI have a role in assessing research quality?
https://medicalai.m3.com/news/230330-series-kosaka112
iPS細胞からがんを攻撃するガンマ・デルタ T細胞を作製=神戸大
2023年4月2日(日)
神戸大学の研究チームは、ヒトiPS細胞から、ガンマ・デルタT細胞を作製することに成功した。
ガンマ・デルタ(ɤδ)T細胞は、さまざまな種類のがん細胞を攻撃し、
患者本人以外から採取したものであっても、がん細胞を攻撃できる特質を持つ。
こうした特質に注目して、ガンマ・デルタT細胞を体外で増幅培養して、
がんの免疫細胞療法に利用しようとする動きがあるが、
血液から作製するガンマ・デルタT細胞の増幅力には限界があり、
少数の提供者の血液から多数の患者の治療に十分な量まで細胞を増やすことは実現していない。
実現すれば、ガンマ・デルタT細胞を「既製品」のように製造し、流通させることができる。
研究チームは今回、無限の増殖脳と分化多能性を持つiPS細胞に注目。
同チームは、過去にガンマ・デルタT細胞からiPS細胞を作製することに成功し、
そのiPS細胞が血液細胞の元となる造血幹細胞に分化する能力があることを確認している。
しかし、そのiPS細胞から機能的なガンマ・デルタT細胞を作製できるかどうかは未確認のままだった。
iPS細胞から作製したガンマ・デルタT細胞は、
元の細胞の提供者以外でも大腸がん細胞、肝がん細胞、白血病細胞を攻撃することが確認できた。
この結果から、iPS細胞から作製したガンマ・デルタT細胞は、「別人」のがんの治療にも有効である可能性が高まった。
研究成果は3月23日、ステム・セル・リポーツ(Stem Cell Reports)誌にオンライン掲載。
今後、がん免疫細胞療法での利用を目指す。
iPS細胞が持つ、遺伝子操作が比較的容易という特徴から、
より高度な免疫細胞療法であるCAR-T療法やTCR-T療法にも応用できる可能性がある。
https://medicalai.m3.com/news/230402-news-mittr
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