2023年2月4日土曜日

パンデミックの流れを変えた mRNAワクチンの登場 2023年の展開は?

2023年1月31日(火) メッセンジャーRNAワクチンは、新型コロナウイルスのパンデミックを乗り切る上で欠かせないものだった。 しかし、mRNAの可能性はそれだけではない。 他の多くの感染症に対応するワクチンや、あらゆるインフルエンザから人体を守るワクチン、 さらにはがんの治療に役立つワクチンも開発できる可能性がある。 2020年のことを思い出してほしい。 新型コロナウイルスの影響が次第に広がっていった時期のことだ。 命に関わる可能性のあるこの病気から身を守るために、私たちはマスクを着用し、 触れたものすべてを消毒し、他人との距離を置くしかないと警告されていた。 ありがたいことに、その裏ではもっと効果的な予防法の準備が進んでいた。 科学者たちは、まったく新しいワクチンを異例の速さで開発していたのだ。 1月には、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の塩基配列解読が終わり、 3月にはメッセンジャーRNA(mRNA)を使ったワクチンの臨床試験が始まった。 年末までには米国食品医薬品局(FDA)がワクチンの緊急使用許可を出し、ワクチン接種が本格的に始まった。 米国では、これまでに6億7000万回分以上のワクチンが人々に行き渡っている。 新薬としては驚異的なスピードだ。 実現できたのは、長年にわたる中核技術の研究があったからだ。 科学者や企業は、何十年も前からmRNAを利用した治療法やワクチンの開発に取り組んでいた。 最初に実験的な治療法が試されたのは、1990年代のこと。 げっ歯類を対象とした実験で、糖尿病やがんなどの病気を治療しようとするものだった。 mRNAワクチンは、ウイルスの一部を人体に注射するという方法に依存しない。 その代わりに遺伝子コードを注射し、人体がそのコードを使って関連するウイルスのタンパク質片を自分で作れるようにする。 この方法は全工程において、ウイルスの一部を使用する方法よりもはるかに迅速かつ簡潔なものだ。 実験室でウイルスを培養する必要はなく、それらのウイルスが作るタンパク質の精製も必要ない。 最初に承認されたmRNAワクチンは、新型コロナウイルスに対するものだったが、 他の多くの病気に対しても同様のワクチンの開発を模索する動きがある。 マラリア、HIV、結核、ジカ熱などは、その可能性のあるほんの一部だ。 mRNAワクチンは、個々の患者に合わせたオーダーメイドのがん治療にも使えるかもしれない。 がん治療の場合、体内の腫瘍細胞を攻撃するように設計された特定の免疫反応を誘発する手法が考えられている。 承認された2種類の新型コロナワクチンのうちの1つを開発したバイオテクノロジー企業であるモデルナは、 RSV(RSウイルス)、HIV、ジカ熱、EBV(エプスタイン・バー・ウイルス)などをターゲットとするmRNAワクチンの開発を進めている。 もう1つの新型コロナワクチンをファイザーと共同で開発したバイオンテック(BioNTech)は、 結核、マラリア、HIV、帯状疱疹、インフルエンザのワクチン開発に向けて研究を進めている。 両社ともに、がんの治療法開発にも取り組んでいる。 他の多くの企業や大学の研究室も、この動きに同調し始めた。 ●自家製ワクチン メッセンジャーRNA自体は、人体に入るとDNAによって読み込まれ、 タンパク質を作り出すのに使われるらせん構造の遺伝子コードである。 実験室で作られるワクチン用のmRNAは、特定のタンパク質をコードする(特定のタンパク質を作るための情報を持たせる)ことができる。 免疫系に認識させるように訓練したいタンパク質だ。 新型コロナウイルス・ワクチンの場合、 病気の原因となるSARS-CoV-2ウイルスの外殻に存在するスパイク・タンパク質がコードされている。 このmRNAは、脂質ナノ粒子という小さな粒子状の膜の中に収められる。 体内に無事に送り届けるためだ。 mRNAを使ったワクチンの研究に、いち早く取り組んできたペンシルベニア大学のカタリン・カリコ非常勤教授によれば、 このワクチンは安価かつすばやく、簡単に作れる。 非常に効率的でもある。 mRNAを細胞に入れると、30分後にはもうタンパク質が生成されています」と、カリコ教授。 そのようなタンパク質に一度さらされたことのある免疫系は、 同じタンパク質を持つウイルスに遭遇した際に強力な反応を起こしやすくなるというのが、 このワクチンの基本的な考え方だ。 新型コロナウイルスの場合、私たちを感染から守るタンパク質である抗体の生成が、 免疫系の反応を引き起こす主な要因になると考えられている。 訓練された免疫細胞も重要な役割を果たす。 理論的には、あらゆるタンパク質を標的とするmRNAを作ることができる。 そのため、どんな感染症でも標的になり得る。 現在、多くの感染症に対するmRNAワクチンの臨床試験が実施されている。 mRNAワクチン技術にとって刺激的な時代なのだ。 ●万能防御 次に、臨床現場へ投入されるのはどのmRNAワクチンか、正確に予測するのは難しい。 現在のところ大きな期待が寄せられているのは、インフルエンザ・ワクチンだ。 複数のインフルエンザ株に対して予防効果があるだけでなく、 新型コロナウイルスからも防御できる万能ワクチンが現れるかもしれない。 現在のインフルエンザ・ワクチンは、ウイルスが含有するタンパク質を免疫系に導入することで機能する。 免疫系が反応を起こし、ウイルスの倒し方を学ぶのだ。 このタンパク質を作るには、数カ月かけて卵の中でウイルスを増殖させる必要がある。 ブリティッシュ・コロンビア大学でRNAを研究しているアンナ・ブレイクニー助教授によると、 10月にワクチンを使えるようにするには、2月には製造を始めなければならない。 北半球の科学者たちは毎年、南半球で起こったことを参考にして、 北半球で流行しそうなインフルエンザ株がどれかを予測している。 予測が常に的中するとは限らない。 インフルエンザ・ウイルスは卵の中にいる間でさえも、時間とともに変異する可能性がある。 その結果、「ワクチンの効果は低いことが知られています」とブレイクニー助教授。 米国疾病予防管理センター(CDC)の推計によると、 2019~2020年に米国で使用されたインフルエンザ・ワクチンの有効率は39%だが、 2004~2005年のインフルエンザ・シーズンで使用されたワクチンの有効率は10%。 mRNAワクチンは、比較的短時間で作ることができる。 「RNAワクチンは1カ月で完成できると考えていいでしょう」と、ブレイクニー助教授。 10月に流行しそうなインフルエンザ株を予測するために、9月までじっくり考えることができる。 その結果、標的をより正確に絞れるはずだ。 他にももう1つ、潜在的なメリットがある。 複数の種類のウイルスを対象に、それぞれのタンパク質をコードするmRNAの作成が可能なことだ。 複数のインフルエンザ株から防御するワクチンを作れるかもしれない。 ペンシルバニア大学のノルベルト・パルディ助教授たちは、万能インフルエンザ・ワクチンの開発に取り組んでいる。 このワクチンによって、ヒトを病気にさせる可能性のある、 あらゆる種類のインフルエンザから防御できる可能性がある、とパルディ助教授は考えている。 パルディ助教授のチームは最近、このワクチンが、インフルエンザの20種類の亜型から マウスとフェレットを守る可能性があることを示した。 あらゆるコロナウイルスから防御するmRNAワクチンの開発に取り組んでいる研究室もある。 複数のタンパク質をコードできれば、1回の注射で複数の病気から守れる可能性がある。 モデルナはすでに、新型コロナウイルス、インフルエンザ、RSウイルスを標的とするワクチンの臨床試験を始めている。 将来にはさらに進歩し、理論的にはたった1回か2回の注射で20種類のウイルスから 防御できるようになるかもしれないと、カリコ教授。 ●がんワクチン 新型コロナウイルスを標的とするmRNAワクチンの開発が始まる前から、 研究者たちはがんの治療にmRNAを利用する方法を模索してきた。 がん治療の場合、手法は少し異なっており、mRNAは「ワクチン療法」として機能することになる。 ウイルスのタンパク質を認識できるようにするのと同じように、 免疫系を訓練することにより、がん細胞のタンパク質も認識できるようになる可能性がある。 理論的には、この方法は完全に個々の患者専用にカスタマイズすることが可能だ。 科学者は、特定の個人の腫瘍細胞を調べ、その人自身の免疫システムががん細胞を撃退するのを助けるような、 カスタム・メイドの治療法を作り出せるだろう。 「RNAのすばらしい応用です。そこには大きな可能性があると思います」(ブレイクニー助教授)。 これまで、がんワクチンを作るのは難しかった。 原因の1つが、多くの場合、明確な標的となるタンパク質が存在しないこと。 新型コロナウイルスのスパイク・タンパク質のように、ウイルスの外殻に存在するタンパク質のmRNAは作ることができる。 カリコ教授は、私たち自身の細胞が腫瘍を形成する場合、 新型コロナウイルスのような明確な標的が存在しないことが多い。 がん細胞の場合、コロナウイルスから人体を守るために必要な免疫反応とは異なる種類の免疫反応が必要になるだろう。 「少々異なるワクチンを考え出す必要があるでしょう」と、パルディ助教授。 いくつかの臨床試験が進行中だが、「ブレークスルーはまだ起こっていません」(パルディ助教授)。 ●次のパンデミック mRNAワクチンは非常に有望ではあるが、少なくとも現在の技術では、世の中のあらゆる病気を防ぎ、 治療できるものではなさそうだ。 スウェーデンのストックホルムにあるカロリンスカ研究所の免疫学者であるカリン・ロア教授は、 mRNAワクチンの一部は低温冷凍庫で保管する必要がある点を指摘する。 世界にはそうした選択肢をとれない地域もある。 病気によっては、より難しい問題が伴うこともある。 感染症から防御するには、ワクチンのmRNAが関連するタンパク質をコードしなければならない。 そのタンパク質が重要なシグナルとなって、免疫系に対し、認識して防御すべきものを伝えるのだ。 新型コロナウイルスなど一部のウイルスの場合、 そのようなタンパク質を見つけることは非常に簡単だ。 他のウイルスの場合、それほど簡単ではない。 細菌感染を防ぐワクチンを作ろうとすると、良い標的を見つけるのが難しいかもしれない、とブレイクニー助教授。 HIVでもそれが難しかった。 「HIVに対して本当に有効な免疫反応を誘発する種類のタンパク質は、まだ見つかっていません」。 「mRNAワクチンがすべての解決策になるという印象を与えたくありません」と、ロア教授。 ブレイクニー助教授も同意見である。 「私たちは、これらのワクチンが発揮し得る効果を目の当たりにしてきました。それはとてもすばらしいこと」と、ブレイクニー助教授。 「しかし、一夜にして全てのワクチンがRNAワクチンになるとは思いません」。 それでも、楽しみなことはたくさんある。 2023年は、最新の新型コロナウイルス・ワクチンの登場が期待できる。 研究者たちは、近い将来、さらに多くの種類のmRNAワクチンを臨床の現場に投入したいと考えている。 「今後2~3年のうちに、他の感染症のmRNAワクチンも承認されることを本当に願っています」と、パルディ助教授。 パルディ助教授は、次の世界的な病気の大流行に備え、対応策を練っている。 次の大流行には、インフルエンザ・ウイルスが関与する可能性が高いと言われている。 次のパンデミックがいつ起こるのかはわからないが、「私たちはそれに備えなければなりません」と、パルディ助教授。 「パンデミックの最中にワクチン開発を始めてもすでに手遅れであることは、火を見るよりも明らかなのですから」。 This article is provided by MIT TECHNOLOGY REVIEW Japan Copyright ©2022, MIT TECHNOLOGY REVIEW Japan. https://medicalai.m3.com/news/230131-news-mittr?dcf_doctor=false&portalId=mailmag&mmp=AI230203&mc.l=939996725